4-4
課長の一声で嫌々メンバーが集合した、千田の歓迎会の日。
「とりあえずみんなビールでいいのかな〜?」
課長が、もうアルコールが入ったのでは?と疑われるテンションで仕切り始める。
玲は意義がない事を確認するとすぐに店員を呼んだ。
「千田くんはもうハタチ超えてるもんね?」
「はいっ、大丈夫ですっ……!!」
千田はメガネを直しながら、完全に恐縮してしまっている。まだ課長が相手をしてくれるからいいものの、他のメンバーだけだったらかなりの地獄だっただろう。
玲はふとある事を思い出したように「お手洗い行ってきます」と席を立った。
***
「実は僕、お酒あんまり飲めなくて……ビールが特に苦手なんです」
「冷や汗ダラダラ流してたからね、あの時」
メニュー表も見ずに課長が飲み物を決めた時、玲は千田の「あっ……」という呟きを聞き逃さなかった。
「そこで吉井さんが知らない内に僕だけオーダーをシャンディガフにしてくれたんです」
「へえ〜! 吉井、あんたも捨て置けないじゃ〜ん」
「見た目似てるから、課長も気づかないし気を悪くしないかなと思ったのよ」
お酒が苦手なら、ビールの苦味を嫌う人も多いだろう。自分も昔同じような経験があるからこそ、ノンアルビールではなく、あえてビールにジンジャエールを加えて飲みやすくしたシャンディガフをこっそりオーダー変更したのだ。お手洗いに行くと見せかけて玲が席を外したのはその為だった。
「その時に僕、改めてれいさ…吉井さんにずっとついて行こう!って思ったんです」
そう言って、澄んだ瞳を向けてくる。グラスの残ったカシスオレンジはノンアルコールのはずなのに、なぜか頬が上気して艶々していた。
「お〜! 吉井、良い弟子をもったじゃない〜」
「え、改めてってことはその前があるの?」
千田はまだ話し足りないようで、嬉々と玲との出会いを語り始める。
「はい。僕がこの部署にきたのは僕自身の希望で……」
「え?!」
石本も玲も、思わず手を止めて千田を見た。
当の本人は、うっとりと瞳を閉じて笑みを浮かべた。
「僕が初めて吉井さんに会ったのは、この会社の企業説明会でした……」
「あ、ここから千田君の回想シーンが始まるやつね」
丁度玲が入社二年目になって初めて任された仕事が、企業説明会での座談会だった。人事担当者が一通り説明した後、就活生と若手社員の質疑応答の時間を設けるというものである。もちろんこの依頼を持ってきたのは課長だ。
「あの時の玲さんは、今より髪が長くてモデルみたいで……」
「ふんふん」
「最初自己紹介で、盛大に噛んじゃったんですけど、それをカバーするくらい素晴らしいアドバイスを僕たちにくれたんです」
「だってよ、吉井。あんたそんなこともしてたね」
石本はもはや「愛でモード」の見る影もなく、梅サワー片手に千田と玲の顔を交互に見て茶々を入れている。一方玲はなぜか顔を両手で覆って、テーブルに今にも突っ伏しそうな具合だ。
「吉井さんは、仕事に誇りを持っていて、自信があって堂々としてかっこよくて。僕もあんな素敵な大人になれたらと思って入社を決意したんです」
「え、入社の動機まさかの吉井だったの!?」
「はい! だから一年目が終わる時の面談で、吉井さんの部署を希望したんです」
「そしたら課長が欠員が出たばかりだからって千田さんを受け入れたのね」
「吉井あんたどうしたのその顔。嬉しくないの?」
吉井は丑三つ時に化けて出そうな位、暗い表情で石本の腕をつかんでいた。石本は塩を撒く動作をして玲を払いのける。
「千田さんの夢を壊すようで悪いけど、私にとっては自惚れて勘違いしていた痛い過去よ……あんなにべらべら語って、恥ずかしい」
「始まったよ玲の一人反省会。この気にしいめ」
石本は呆れてお手洗いに消えてしまった。
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