4杯目 憧れの思い出とシャンディガフ
4-1
休み明けの朝、玲が早めに出社しメールチェックをしていると、オフィスのドアが開く音が聞こえた。
部署のメンバーは基本的に朝礼に間に合うように出社するので、何かと疑問に思った玲が振り返ると。
「あ、おはようございますっ!」
「誰!?」
社会の汚れを知らないような澄んだ瞳。透けそうで柔らかな肌色に調和したトーンでまとめたスーツ。いかにもおばさまがちやほやしそうな可愛らしい青年がこちらを見ていた。
「千田ですっ」
「びっくりした……。別人かと……」
良く見ると千田のトレードマークともいえるサイズが合わない眼鏡が無い。
「あれ、眼鏡は?」
千田は玲の視線を感じて、照れ笑いを浮かべた。それすらも若手のアイドルを思わせる初々しさである。
「結構前から度が合ってなかったので、思い切ってコンタクトにしました……」
「そうなんだ~! なんか印象がガラッと変わったね」
「き、給料が入ったので、スーツも新しくしました……」
「お~爽やか爽やか」
(我ながら反応がおじさん臭くなったな……ま、いっか千田だし)
玲の内心に気づくこともなく、千田はそのまま照れ笑いを浮かべたまま、玲の視線からフェードアウトしていった。玲がデスクトップに視線を移すと、後ろから大きな物音と「いてっ!!」という千田の声が聞こえた。おそらくデスクに躓いたのだろう。その辺は相変わらずだ。
***
「あれ、あんたんとこの後輩じゃない?」
昼休み、同期の石本と恒例のランチをしていると、彼女が玲の後ろを指さして言った。
視線の先には、食堂のお盆を両手に席をおろおろと探している千田がいた。
「よくわかったね。休み明けにイメチェンしてきたから私わかんなかった」
「お~~い! 少年! こっちで一緒に食べよ~」
「……って、え!? なんで呼んだのっ!」
千田に向かって大きく手招きする石本を抑えようとした玲だが、一歩遅く、こちらを見つけた千田が目を輝かせて向かってくる。
「バカバカ石本なにしてんの~きちゃったよ~」
「あれは原石だわ。磨けばダイヤモンドになる」
石本のまなざしはいたって真剣だ。さらには「あんたの部署に来た時から目はつけてたのよ」とつぶやいている。もうこうなると止めようがない。
(そうだ、石本は生粋のアイドルオタだった……)
毎月新人アイドルがピックアップされる雑誌を欠かさず購入している石本は、社内のイケメン探しも外さない。恋人候補としてではなく、本人曰く「あくまでも目の保養」らしい。
「あ、あの、お疲れ様です、石本さん」
「え、石本の事知ってるの?」
「吉井の同期として、一度挨拶してたのよ。まま、こちらにお掛けなさい」
石本はまるで芸能界のプロデューサーさながらの貫禄を出して、玲の隣の席をすすめた。千田もぺこぺこと礼をしながら座った。
ここは新人アイドル発掘のイベントか、面接なのか? 玲は困惑しつつも、石本の仕事の早さに半ば呆れていた。
(目を付けるのが早いな相変わらず……)
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