チェイサー ~あの夜の真相~

from:山崎義隆

to:吉井玲

title:【共有】あの夜の件について


○○株式会社

○○部

吉井 玲 様


いつも大変お世話になっております。株式会社△△の山崎と申します。

先日はお付き合いいただき誠にありがとうございました。

吉井様がお心を痛めておりました例の件について、報告いたしますのでご確認ください。


玲「はぁ、何!? 迷惑メールに入れよ……」


***


 「きもぢわる……」


 つい厳しい事を言ってしまった。山崎が少し後悔した矢先、急に玲が店を出た先で壁にもたれてしゃがみ込んだ。

 口元を抑えて、蹲っている。こういった場面に慣れている山崎は、咄嗟に近寄ってその細い背に手を当てた。


 「おい、大丈夫か」

 「世界が回る……」

 

 もはや会話が通じないレベルである。とりあえず立てるか?と声をかけるも返答がないことがわかった山崎は、玲の肩に腕を回し、ゆっくり立たせた。もしもの時に備え、念の為自分のハンカチを持たせてやる。


 「ちょっと移動するから、吐きそうな時言えよ」

 「う~ん……山田錦、五百万石……」


 (もうだめだこれ)


 とりあえず、どこか休ませる場所……と辺りを見回す。コンビニは歩いて5分の距離だが、流石に一人でお手洗いに行ける様子ではないだろう。救急車を呼ぶほどではないにしろ、横になれる場所があった方が良い。とりあえず、手配したタクシーをキャンセルした。


 (俺の家に連れていくか……? でもここからだと大分かかるな)


 そう思い、咄嗟に振り返った先には、ピンクのネオン。

 すでに何軒か回って出来上がった若いカップルが腕を組んで中へ入っていった。


 (いやいや……。起きた時に驚いて訴えられたりでもしたら)


 却下。最悪ビジネスホテルにでも空きがあれば、会計だけして自分だけ帰ることも考えられた。手を出す気は無いとはいえ、意識が曖昧な女性をそういうホテルに連れ込むのは気が引ける。

 せめて座れる場所でもあれば、と山崎が探し始めた時、玲がおもむろに山崎の腕を離れ、しゃがみ込んだ。


 「うう……」

 「気持ち悪いか? ちょっと待……」

 「申し訳ありません……」

 「ん?」


 いままで軟体動物のようにあちこちへふらついていたのが嘘のようだ。玲はしばらくしゃがみ込んで唸った後、スッとなんの迷いもなく立ち上がった。

 そして山崎の想像を超える行動に出た。


 「ご挨拶が遅れました、私○○株式会社の吉井玲と申します! よろしくお願いします!」

 

 淀みの無い動作でどこからか名刺ケースを取り出し、その中の一枚を山崎へと差し出す。

 差し出された山崎はただその様子に唖然としている。


 「……そういう芸?」

 「御社とは是非、今後も良い関係を築いていきたい所存です!」

 「え~……」


 山崎が相手にならないと見ると、玲は通行人目がけてロボットのような機械的な動きをして近づく。


 「よろしくお願いいたします!」

 「おいっ……!」

 

 (これまで酔っぱらった奴は散々目の当たりにしたけど、初めてのパターンだろこれ!)


 玲は名刺を差し出したまま、山崎によって回収された。


 「あんた、名前は?」

 「はい! 私○○部の吉井玲と申します!」

 「自分ちの住所は?」

 「住所ですね、○○区、○○丁目……」


 (あ、これ行けるか?)


 山崎は、ちょうど近くに待機していたタクシーを呼び止め、玲を座席に乗せた。

 どこかでぶっ倒れても困るので、念のため自分も同じく後部座席に座る。


 「運転手さんに住所を伝えるんだぞ」

 「かしこまりました! 住所は~……」


 (よし! 言った!)


 玲は流暢に自分の住所を話した。そして、


 「あ! ご挨拶申し遅れました、私○○株式会社の~」

 「それはいい! もういいから!」


 最初は困惑していた山崎も、徐々に玲の奇行がおかしくなり、家に着くまでしばらく後部座席で背を震わせていた。


 「鍵は!?」

 「はい、家の鍵でございますね! 少々お待ちくださいませ!」


 (すげえ、本当に言葉通じてるわ)


 こうして無事、山崎の指示により帰宅した玲は、家につくなり玄関に寝そべって寝息を立て始めたのであった。


おわり


※山田錦、五百万石…どちらも日本酒を造るためのお米の名前だよ

 

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