3-5
しばらく冗談で言い争っていた二人だが、山崎がふと腕時計に目をやった所でお開きになった。
「じゃあこのあたりまで来ればタクシーも捕まえれますね。山崎さんはどうしますか?」
「俺はもう一軒回って帰るわ」
「わかりました。それじゃあ、ここで。ありがとうございました!」
大通りに出た所で、玲はタクシーを探し始める。前回と違い、満足感に満ち溢れた玲は、軽い足取りで山崎と別方向へ向かっていく。
その後ろ姿を、思わず山崎は呼び止めた。
「玲さん」
「はい?」
すぐに玲が振り返る。今日の事を思い出していたのか、先程の掛け合いの時に見せた笑顔の余韻が薄桃色に染まった頬に残っている。
山崎は一瞬、口元に手の甲を当てて躊躇するそぶりを見せた後、視線の先にまっすぐ玲を見据えた。
「来週の週末、空いてるか? 今度はアルコール抜きで……」
「え? なんですか?! 聞こえない~」
少し離れた所にいるからか、それとも山崎にからかわれた意趣返しか、玲が耳に手を当てて聞きかえす。山崎はわずかに苛立ちまぎれの溜息をついて見せた後、玲の元へ歩く。そしてわざと玲を見下ろすように再度、言い聞かせた。
「おい、聞け酔っ払い」
「酔っぱらってませんよ、まだ」
「そうだな。まだ名刺配りしてないもんな」
「はあ~? あんまりくどいと若い子に嫌われますよ」
二十代半ばの玲の鋭い言葉は、三十目前の山崎の心にクリーンヒットした。
我ながら少し格好良く言い放ったつもりが無下にされて、山崎は羞恥心を必死に抑えた。
(いや、別に今更着飾る必要はないか)
「来週の土曜日、十一時から空けとけよ。迎えに行くから」
「え?! あ、はい!!」
嬉しそうに目を輝かせる玲の顔を見て胸をなでおろした山崎は、玲がタクシーに乗ったのを確認すると、行きつけのBARへ向かうべく繁華街へと足をすすめた。
***
玲はアパートへ戻るなり、メイクも落とさずソファに沈み込んだ。
「色んなことが一気に起きすぎて、ついてけない……」
一気に縮んだ山崎との距離、そして来週末に取り付けられた約束。久しぶりの男性との外出に、心が付いていかない。
お酒の力もあって山崎とは打ち解けることができたが、お互い素面の状態で改まって会うとなると、どこか気恥ずかしいと同時に上手く話せるか不安もあった。
「とりあえず、水飲も……」
一旦冷静になろうとするも、山崎の数々の発言を思い出し、その夜玲はなかなか寝付けない夜を過ごす羽目になった。
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