3-2
「あ、私、山崎さんにも名刺渡してたんですか?」
「俺だけじゃなくて、タクシーの運転手にも名刺交換を迫ってたな」
「嘘!?」
酒の力とは恐ろしい。玲は羞恥に頬を真っ赤に染めて、両手を握りしめた。
山崎によれば、あの後そのまま泥酔してしまうかと思われた玲だが、いきなり立ち上がると手あたり次第にキビキビと名刺交換をし始めたのだという。挙句の果てにはタクシーの運転手にも名刺を渡し丁寧に名乗り始めたものだから、流石に苦笑されていたらしい。
その様子を目の当たりにした山崎は、こみ上げる笑いをこらえるのに必死だった。
「それで、久しぶりにあの店に寄ったら、なんか気にしてるっていうから」
「はい。ずっと気にしてました……。かなり迷惑をかけたので」
「ここで立ち話もなんだしどっかの店に入って飲みなおさない? 俺、さっきの店がいいんだけど、あんたはさっきまでいたっていうし」
山崎からの思いもよらぬ誘いに、玲は飛び上がった。
「え!? いえいえいえ!! また迷惑をかけたらもう顔を合わせられないです」
後ずさりながら離れていく玲に、山崎はこれ見よがしに溜息をつく。
猛禽類を思わせる鋭い眼差しに射貫かれ、玲は思わず固まった。
(え、この人、こんな感じだったっけ……)
初対面時のなんでも肯定するような態度とは裏腹に、悪戯少年のような笑みを浮かべたり、冷たい視線で見下ろしたりと、まるであの日のようだ。
(元々こんな感じの人なのかな……?)
玲があれこれ考えたままフリーズしていると、待ちきれないと言わんばかりに腕組みをした山崎が再度問いかけた。少しかがんで、ずい、と玲に近づく。
「どっち。行くの、行かないの」
「……!? い、行きます。私で良ければご相伴にあずかりたくっ……」
「フッ、だからなんでそんなにかしこまるんだ……」
満足そうに口角を上げると、山崎は颯爽と歩き出す。平日と違い、スーツではなく薄手のテーラードジャケットに細身のパンツ姿は、すらっと伸びた長い脚を際立たせていた。対して玲は、五分丈の無地のTシャツにストレートパンツを合わせた至ってシンプルでラフな格好だ。
(どうしよう、前みたいにおしゃれなBARだったら……!)
玲の危惧をよそに、山崎は迷うことなくぐんぐん路地を進んでいく。
立ち止まった山崎に早足で追いつくと、暖かなランプの光に照らされて、木製のしっかりした造りの扉が見える。長身の山崎でも易々とくぐれそうな程だ。
「ワインって飲めるっけ?」
店先にたどり着いて今更玲に問う山崎は、そう言いつつもすでに扉に手をかけている。扉の隣には、本日のおすすめメニューが手描きで書かれた黒板が立てかけてあった。一見隠れ家レストランのような装いではあるが、メニューからするにどうやらカジュアルなバルのようだ。
つい先ほど満たされたはずの玲のお腹が、メニューに羅列された料理の名前に反応を示す。
「なんでも飲めます!」
「そう。でも飲みすぎるなよ?」
「はい、それはごもっともでございます……」
重そうな扉が開く音と共に、ベルがちりん、と可憐な音色を立てた。
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