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「あ~! いらっしゃ~い」

「こんばんは~」


 休日ということもあり、店内はいつも通り大繁盛。忙しそうにあちこち動き回りながらも、玲に気が付いた雪子は満面の笑みで迎えてくれる。

 雪子が席を空けてくれるまで、玲は周囲の席をくまなく探す。

 そして、ちょうどお手洗いから出てきた人物に、思わず声をあげた。


「あー!」

「うわっ」

「先生~!!」


 癖のある長髪をまとめ、サイドを刈り上げた個性的な髪型の男性は、玲に声をかけられわざとらしく飛び上がった。玲の良く知る常連客の一人だ。

 鍛え上げられた胸筋は、なぜか年中柄違いで着ているアロハシャツの下からも盛り上がっている。

 「先生」と呼ばれた中年の個性的な男性は、玲に駆け寄ると「びっくりした~!」と頬を膨らませると人の好さそうな笑みを浮かべた。本人曰く「雑草の如く生えてくる憎たらしいひげ」に囲まれて、白い歯がのぞく。


 「玲ちゃん会いたかった~!」


 語尾にハートマークがつきそうな勢いである。

 それに対し玲はというと、今にも捕まえんばかりの勢いで。


 「私も」

 「え、ちょっと何、強盗が自首する時みたいな顔してるやだ」


 すっかり怯えさせていた。

 いちいちオーバーリアクションな彼にはもう玲はすっかり慣れっこだ。

 本名を「鍋島」という彼には、玲に先生と呼ばれる所以があった。とにかく人当たりの良い彼は様々な経験を活かし、いつも玲のあらゆる相談事に乗っているのだ。


 「先生に聞いてほしいことがたくさんございます」

 「なに~もう怖い雪子さん助けて」

 「玲ちゃん席空いたわよお」

 

 雪子も今更二人の掛け合いにいちいち突っ込むこともせず、流している。

 ちょうどいつものカウンター席に、鍋島と並んで座る。


 「私この前これまでの酒人生史上最悪の失態をおかしてしまいまして……」


 駆けつけ一杯の生ビールを流し込みながら、熱々でふわふわの出し巻き卵を頬張った。口の中で崩した瞬間、半熟の卵が出汁と共に口の中に溢れる。

 鍋島も飲みかけのビールを空にして、一息つく。


 「玲ちゃんが珍しい。何? いい男をつまみに飲みすぎた?」

 「……」

 「雪子さ~ん! ビンゴ! 玲ちゃんに男信号検知しました~! あと生一つくださ~い」

 「え!? 玲ちゃんもしかしてこの前の人?」


 少女のように目を爛々と輝かせる雪子、そして身を乗り出して聞き取り調査をする気満々の鍋島を前に、玲は思い出すのも恥ずかしいあの日の出来事を話さざるを得なかった。

 

 


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