2杯目 予期せぬ休肝の差し入れスイーツ
2-1
「おはようございます……」
昨晩の大失敗の翌朝、玲は寝不足と二日酔いのダブルパンチに耐えながらやっとのことで出勤した。
明け方に目を覚ました後、大急ぎで化粧を落とし薬を飲んで少し仮眠をとったものの、気持ち悪さとひどい頭痛は依然と主張を続けている。おまけに肌は寝不足や飲みすぎもろもろが災いして最悪のコンディションである。
(学生の頃はどんなに飲んでも次の日はピンピンしてたのに……)
自分のデスクについて、メールをチェックしていると、おずおずと背後から千田が近寄って来た。玲は飲みかけの栄養ドリンクを飲み干すと、手早く蓋をした。
「おはようございます……あの……」
「何?」
千田は持っていた書類の束を、玲に差し出した。先日依頼していた書類だとすぐに気が付いた。
千田は何か言いたげに玲の顔を見つめた後、意を決したように口を開いた。
「先日お願いされていた資料です。ご確認、お願いしますっ」
「わかりました、ありがとう。そしたら次は来週の会議の手配頼める? 上司のスケジュール確認と部屋の確保ね」
「あ、は、はい」
なぜか早足で席へ戻っていく。そしてすぐさまパソコンにかじりつくように仕事をし始めた千田に、玲は内心首を傾げた。
(やっぱり私に怯えてるのかな……? 逃げられてる?)
そこで昨晩の黒歴史が甦る。玲の後輩に対する態度が厳しすぎると辛辣に言い放った、山崎の意思の強そうな瞳。胸に重く響く、落ち着いたトーンの低い声。
(私のレベルを求めすぎたのか……)
玲は思い立って、千田の席へ向かった。背中を丸めてパソコンを凝視する千田に声をかける。
「千田さん、ちょっといいかな」
「あっ、はい!」
玲に怒られるのかと不安げな千田と、オフィス内の会議スペースへ向かう。パーティションで仕切られただけだが、何人か座れる会議テーブルとイスがある。
「どうぞ、座って」
「はい……」
ちょうど四人席のテーブルに、対面を避けて座る。千田は斜め下の目線で、両手は固く握りこぶしをつくって膝の上から動かない。
「何も怒ったりしないから、リラックスして」
「はい……」
(呼び出したはいいものの、どう切り出そう……)
栄養ドリンクで少しだけ回復した脳みそを回転させて、シミュレーションする。
まずは、千田の怯えを取り除くこと。それが優先だと感じた。いつもこんな調子ではスムーズに仕事が進まない。少しでも千田が接しやすい雰囲気を作ること、それが目先の課題だ。
「千田さんがこの部署に来て一ヶ月が経ったけど、どうかな。雰囲気には慣れた?」
「まだ、正直慣れないです……。いつも迷惑、かけてばかりで……」
「最初のうちはみんなそうじゃない? 千田さんはいつも頑張ってるじゃない」
「でも……」
どういう流れに持っていくか考えながら、玲は頭の隅で素直な千田の返答に驚いていた。
(思ったより正直に話してくれてるかも?)
シミュレーションの中には「大丈夫です」と言われて、会話が終わるケースもあった。思ったより千田は自分の気持ちを玲に伝えているようだ。
「何か困っていることはない? 仕事の悩みとか、どう?」
「それは、今のところは……。ついていくのが精いっぱいなのはありますけど」
「ごめんね、私たくさん仕事振っちゃって」
昨晩のこともあり、玲が反省した様子を見せると、千田は立ち上がる勢いで急に否定し始めた。
「いえいえ!! そんなことはありません!! 本当に、本当に……」
「遠慮しなくていいよ、本当のことだし」
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