1-5

 (あれ……? 寝てた……)


 夜明けと共に、徐々に玲の意識が覚醒し始める。


 (どこだ……今何時)


 目をうっすら開ける。ひんやりした固い感触を頬に感じる。見慣れたフローリング。アパートの玄関に自分は倒れているのだ。

 変な姿勢で寝ていたのか、身体中が悲鳴を上げている。

 とりあえず、ゆっくり体を起こすことにした。

 

 「うっ……」


 立ち上がった瞬間、吐いた息のアルコール臭と経験したこともない頭痛で猛烈な吐き気を催し、玲はトイレへ駆けこんだのだった。

 大人の女性として恥じるべきではあったが、ボロボロの身体にヒーターが効いた暖かい便座が心地よかった。立ち上がる気力もなく、しばらく玲は便器にもたれかかって凪の時間を過ごした。

 ようやく歩ける程度に回復して部屋に戻ろうとすると、廊下に何か落ちているのを見つけた。


 「ハンカチ……? 私のじゃない」


 拾ってみると、男物の無地のハンカチだった。玲がずっと握りしめていたのか、縦に皺が刻まれている。

 そしてほのかに残っている香りで、玲は全てを思い出した。爽やかな、柑橘を思わせる、そして昨日飲んだカクテルに似た香り。


 「ジーザス……」


 (夢じゃなかった……)


 次々と甦る、思い出したくもない昨夜の記憶。

 延々と愚痴を吐き、絡み、挙句の果てに泥酔のフルコンボ。記憶をなくすまで酔っぱらうのは玲にとって人生初めてだった。

 ハンカチを握りしめながら部屋を右往左往する。思い返せば恥ずかしい事しかしていない。


 「うわあ……最悪だ、最悪すぎる」

 「しかも、社内一の酒豪とかほざいておきながら、でろんでろんになるとか終わってる……」


 そして極め付けはやはり山崎の豹変だった。


 『心配なのはあんたの後輩だよ』

 『え!?』

 『あんたと同じレベルを求められる後輩も大変だろ』


 いくら酔っていたとはいえ、その言葉は胸に杭を刺されるようだった。

 確かに、今まであれこれ仕事を振られても一人でなんとかしてこなせていた。

 でも、それだけだ。本当は上手く使われていただけで、勝手に天狗になっていただけかもしれない。

 冷静になってみれば後輩の一人も上手く指導できない半人前なのだ。


 玲はこれまでの千田に対する振る舞いを振り返った。矢継ぎ早に指示を出すだけで、仕事を進める中でフォローはできていなかった。

 千田のいつもあたふたした様子は、玲のペースについていけなかったことも原因なのではないか。


(情けないな、私……)


 忘れもしない「大失敗の夜」その一晩が、玲を変えるきっかけになったのだった。

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