1-4
「じゃあ普段はカクテルとかウイスキーを飲むんですね。私と正反対だ~」
「吉井さんは一杯目から日本酒ですもんね」
「あはは……まあ飲み会では重宝されますけどよく引かれますね」
一時間後、玲と男性は酒の力もあってかすっかり意気投合していた。お互い一人飲みをする酒好きという共通点もあり、好きなお酒の種類やよく飲む銘柄で盛り上がっていた。
男性は山崎という名前らしく、笑うと冷淡そうな表情が崩れるのが玲にとって意外だった。飲み会で上司に無理やり酒を注がれた女性社員の酒を玲が回収して飲んで回った結果「救世主(メシア)」と呼ばれた話には、手の甲で口元を隠しながら俯いてしばらく笑っていた。
「笑いすぎ! そんなに笑います!?」
「吉井さんて、お酒強いんですね」
「社内一の酒豪と呼ばれております」
すると、山崎は笑いをこらえた顔で、吉井に向かい合って言った。
「この近くに、最近見つけたバーがあるんです。二軒目、どうですか」
(二軒目!? 男性と??)
途端に頭の中が急に冴え始めた。この流れは非常にいい感じと言える。雪子がガッツポーズを作って言った「チャンス」とは今じゃないのか。
玲は酒が回った脳内を必死に働かせてシミュレーションを始めた。飲み会で最後まで生き残り毎回アルコールが回った頭で金勘定を任されていた実績がここにきて活かされた。
「はい、行きます」
「そんな、戦場へ赴く兵士みたいな顔しなくても……クッ」
「また笑ってる……」
山崎に連れてこられたのは、繁華街の路地にぽつんとある階段を下った先にあるオーセンティックバーだった。
暗めに調整された暖かい色の照明に、壁一面に並べられた様々な酒のボトルが照らされている。
一枚板のバーカウンターの席は、一席ずつライトが当てられている。
席では一人でウイスキーを堪能するスーツの中年男性や、落ち着いた雰囲気の大人の男女がそれぞれカクテルを楽しんでいる様子が見える。
(ザ・大人の世界って感じだ……)
「俺はジントニック。吉井さんは?」
慣れた様子でオーダーする山崎に、玲は緊張しつつ「お、同じもので」と頼んだ。
普段ざわざわした居酒屋の雰囲気に慣れているからか、そわそわして無意識に背筋が伸びた。
(カウンター席だと、バーテンダーさんがお酒作る様子が良く見えるな……)
バーテンダーの無駄のない流れる動作には、思わず惚れ惚れしてしまう。スイスイとシェイカーの中にお酒を計量して入れると、激しくシェイカーを振る。静と動の美しさに玲は見入ってしまった。
す、と目の前に出されたグラスにそっと口を付ける。ライムの爽やかな香りと、柑橘のすっきりとした苦み。炭酸が舌の上でぱちぱちと弾けるのが心地よい余韻を残す。
「おいしい……」
「良かった」
初めて会った時は固く引き結んでいた山崎の口元に笑みが浮かぶ。
そして、二杯目、三杯目と山崎のおすすめのカクテルを堪能するうちに、ゆったりと時間は過ぎ……。
気が付くと玲は酒の気持ちよさに、溜まりに溜まった仕事の愚痴を吐き出していた。
「それで後輩がもう本当に……」
「そうなんだ」
否定もせず、割り込みもしない山崎の相槌に、さらに気分は上昇する。
仕事の愚痴なんて、石本に軽く話す程度で延々と語ることなんてなかった。生産的ではないとわかっているからだ。グチグチ言っている時間があるなら目の前の仕事をこなすだけ。
ましてや会社に関係ない雪子や山崎に話すことはないと思っていたのに。
(なんで止まらないんだ……)
「仕事は遅いし、電話もちゃんととれないしもう大変ですよ……」
「大変だ。……そろそろ出るか」
時計の針はすでに12時を回っていた。山崎は腕時計を確認すると、手早く会計を済ませ、管を巻く玲を連れてバーを後にした。
「もう聞いてますか? 山崎さん! 私もう本当にこの先やっていけるのか不安で不安で」
「それは心配だな」
「ですよね!!」
夜道を歩きながら、玲の愚痴は留まることを知らない。山崎はしっかりとした足取りで進む。
そして手頃な場所にタクシーを停めると、玲に向き合っていった。
「心配なのはあんたの後輩だよ」
「え?」
「あんたが仕事をどれだけこなせるのはなんとなくわかった。でも、あんたと同じレベルを求められる後輩も大変だろ」
玲は頭が冷えていくのを感じた。これはなんだ? さっきまで何も言わず相槌を打っていた彼は。
もはや山崎の顔からは愛想の良い笑みは消え、刺すような冷たい表情で玲を真っすぐ見ている。
背筋が粟立つ。冷汗が流れるのを感じる。
(私、何言ってたんだ??)
「自分の面倒見れて半人前、教えれるようになって一人前だと思うけど」
「じゃあ、タクシー呼んだから、どうぞ」
「あ、待っ……」
その時、カクテルのアルコールが遅れて玲に猛攻撃をかけた。
「う……ぎもぢわる……」
「!? おいっ……」
(あれ、世界が回る……なんだこれ)
自分の足で立っていられない。近くの壁に手をついて、そのままずるずるとしゃがみこんだ。
(頭がぐらぐらする……気持ち悪い……)
もはや呼びかける山崎の声も届かず、玲の記憶はそこで途切れた。
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