第5話 決着
それからというもの、戦いはそれまでの焼き増しかと思うくらい変わらなかった。ただ、まったく変化がない訳ではない。狼が攻撃し、俺が躱す。俺が隙見て攻撃し、狼が反撃する。この流れは変わらない。変わったのは頻度だ。明らかに先程より俺が攻撃する回数が減っている。確実に追い詰められている。
右足による振り下ろしが迫る。先程までならギリギリで回避し攻撃を加えた所だが、大きく回避しそこから更に距離を取る。右足が振り下ろされると共に、右足から針毛が放たれる。距離があったため回避できたが、ギリギリで躱していたら回避する余裕なんてない。
どの攻撃でも針毛による追撃があるため、攻撃している隙がなくなってしまった。しかし、隙が全くない訳ではない。狼が狼は毛を放つようになったが、無限に放てるわけではない。有限である以上、補充が必要になる。狼は何から補充するか。それは天井からだ。毛がなくなったら狼は部屋の中央に陣取る。そのタイミングで天井から白い何かが下りてきて狼に吸収される。その直後、狼の全身から毛が再び生えてくるという訳だ。その時間は、狼は攻撃してこない。ただ、その隙を補うようにマネキンが妨害を加えてくる。奴の攻撃に巻き込まれるのを嫌ってか、壁側に退避していたマネキンがだ。何とかマネキンの妨害をかいくぐれば、絶好のチャンスにはなる。だが、マネキンの妨害を抜け出すころには既に補充を終えている。攻撃に移るには時間が圧倒的に足りない。
加えて敵の攻撃がかすり始めている。長い時間戦い続けて俺の動きが鈍くなっているというのもあるだろう。メニューをチラ見すると、チュートリアル戦闘を開始してから、3時間経過していた。さすがに集中力が続かない。しかし、狼の攻撃が的確になってきたのは確実である。これは狼が俺の動きを学習したというより、今まで動きを読んでいたが敢えて当ててなかったというべきだろう。どういった理由かは知らないが、俺が回避できるよう手加減していたってことだ。
手加減されていたことに対しては、そこまで腹は立たない。手加減されていたからこそ、ここまで戦えていたのだから。むしろ感謝するべきか。勝ち目を残してくれてありがとう、と。
ただ、このままでは敗北する。だから、次のタイミングで仕掛ける。というより、仕掛けさるおえない。そのタイミングを逃したら、多分負ける。そろそろ奴が俺を確実に仕留めにくるし、精神的にも肉体的(残HP)にも俺がこれ以上戦い続けるのは無理だ。次の補充のタイミングで決着をつける。
ボスがこちらに向かって突進してくる。途轍もない威圧感、狂う距離感により非常に避けにくい攻撃だが、何度も受ければ流石に慣れる。慣れたからと言って、簡単に避けられるものでもないが。周りを確認し、壁の近くに着地できるように高く大きくに飛ぶ。
針毛が残っている場所は右後脚のみ。逆方向に飛んだ俺を攻撃するためには、体を反転させる必要があり、攻撃はワンテンポ遅れる。そして遅れた分、回避する余裕ができる。空中で体を捻り、針毛による追撃を強引に躱す。針は俺をかすめることなく、狙い通りに一定間隔を置いて壁に突き刺さる。俺自身はそこから少し離れて着地した。……壁の方を見すぎて頭から着地してしまった。首がおかしな方向に曲がったけど、生きているから平気平気。HP残り一割切ったけど。
アホなことをやらかしている間に狼は部屋の中心に移動し、壁の花とかしていたマネキンが俺を取り囲む。一体は俺の前で剣を構え、他の三体は俺が逃がさないように半円状に離れて構える。全員で俺の相手をするとスキを突かれて逃げ出すかもしれない。実際にそんなことになったら、間違いなくやる。だから、一体が俺の相手をし、他の三体は周りを囲み突破されそうになったら、阻止する。完全に足止めできる訳ではないが、狼が補充を終えるまで足止めできれば良いと。実に合理的だ。現に俺は狼が補充している間に突破できなかった。厄介な陣形だが、今度ばかりは俺にとっても都合がいい。
もう一度、壁を見る。右下から左上に直線状に刺さる針毛が見える。一度だけなら、耐えられそうだな。これなら問題ない。
部屋の中央にいる狼へ天井から謎の液体が補充され始めた。それを確認し、俺は前へ出る。俺の動きをきっかけに周りのマネキンも動き出す。目の前にいたマネキンが振るった剣にナイフを合わせる、ことなく右腕を引く。獲物を合わせなかったことにより、予期していた衝撃が来ず、マネキンがたたらを踏む。その隙を見逃さずに剣を持つ指を切り落とす。人だったら、絶叫していただろう。まあ人ではないから、指を切り落とされたぐらいでは止まらずにすぐに動き出すが。なので、動き出す前に反撃を潰す。腕をこちらに向け何かしようとしていたマネキンの胸部を蹴り飛ばし、こちらにフォローに来ていたマネキンらの足を止める。そして、蹴り飛ばした反動を利用して落ちた剣を蹴り上げる。ナイフを口にくわえ、空いた右手で剣を取る。そして、身構えるマネキンたちを後目に反転する。目指すは針毛が突き刺さった壁。そして、突き刺さった針毛を駆け上がる。針を踏み抜かないように、しかし迅速に。その甲斐あってか無事に天井まで上がれた。眼下には、壁の目前でこちらを見上げるマネキンと、補充が9割方終えている狼がいた。このままいけばマネキンは振り切れるだろうが、狼のところに着く前に補充が終わるだろう。ああ、でも問題はない。狼のところに行く必要も、ましてマネキンを振り切る必要すらない。
狼への射線が確保できたのだから。
体に捻りを加え、右手の剣を大きく後ろに振りかぶる。狙いは首の後ろ、天井から液体を受ける場所だ。天井からの補充はいつも同じ所に受けているよな。何故かマネキンたちが妨害しようとせず、下で右往左往しているが好都合。このまま決める!
振りかぶった剣を思いっ切り投げつける。放たれた剣はスキルの光を纏って弾丸のように一直線に突き進む。マネキンがその身を盾にしようとも間に合わず、そして狙い通りに狼の首の後ろを貫いた。
しかし、ボスの意地か誇りか。狼は首を貫かれてなお、斃れることはなかった。その首からはおびただしい量のダメージエフェクトを溢れさせていても、その目にはまだやれるとばかりに戦意が迸る。崩れかけた四肢を奮い立たせるように遠吠えを上げ、自らを追い込んだ敵手がいた天井を見上げる。そして、敵手を歓迎すべく逆立てていた針がその動きを止める。
当然だろう。そこに、
ああ、わかっていたとも。信頼していたとも。お前がその程度で終わるわけがないと。心臓を貫かれようが首を落とされようが、最期まで牙をもって敵を切り裂く。そんな奴だと確信していた。
だから俺は剣を投げた直後、すぐさま行動に移した。頭が下を向いた状態で天井を蹴りつける。上下反転の状態で地面に自ら加速して落ち、剣の着弾と共に五点着地で衝撃を分散させる。その後、すぐさま狼の下に潜り込んだ。
狼は俺を見失っているが、すぐさま気づくだろう。それでも出来た一瞬の隙、それを見逃さずにナイフを振るう。マネキンとの乱戦時に獲得した「技」。相手がこちらを見失っているかつ、弱点への攻撃の際に威力を上げる短刀術「技」。「レイドピアス」。
ナイフが黒い輝きに包まれ、狼の首下の弱点に炸裂する。何かが割れる音がした。直後、俺に気づいて向かってきていたマネキンがその身を止める。狼は少し硬直したのち、高らかに声を響かせ、マネキンと共にその身を爆散させた。
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