第4話 敗北必至の戦い

 解釈違いの狼をソッコーで倒すことを決意したものの、現状こちらが瞬殺されそうです。

 鋭く振り下ろされた足が岩を砕く。なんとか反応したものの避けきることはできず、飛んできた岩の破片が体をかすめ、HPが半分削られる。ある程度減った今のHPではない、最大HPの半分だ。直撃したら、まあ即死、だな。

 一瞬の隙も許されないこの状況。正直チュートリアルには思えない。思えないが、今もなお視界の隅にあるウィンドウ、そこに『戦かってみよう』ってあるんだよ。つまり、こんな状況でもチュートリアルなんだよな。残念ながらというべきか、もしくは幸いなことというべきか。とはいえこれはチュートリアル。初心者装備で挑むことが想定されているはず。ということは、この狼は今の俺でも倒せるということ。どこかに突破口があるはずだ。

 ……これが負けイベントでもなければ。流石にチュートリアルから負けイベントは仕込まないと信じる。これまでのこと(マネキンとの集団戦闘)からは目を逸らしながら。うん、俺、信じるよ?


 負けイベントでないと仮定するにしても、どうしたものか。

 正面から来た噛みつきを右に飛び退くことで躱す。すぐに尻尾による薙ぎ払いがあるが、屈むことで回避する。そして、しゃがんだ勢いを利用し、右後ろ脚に連撃をお見舞いするもどうにも入っていない。反撃の蹴りを受ける直前に自ら後ろに飛ぶ。直撃は避けられたものの、凄まじい衝撃にナイフを取り落としそうになる。かろうじて耐えつつ、HPを確認。9割方まで回復していたHPが再び半分を切っている。対して相手の足には目を凝らしてようやく見えるというレベルのダメージエフェクトがある。割に合わなすぎる。反撃覚悟でギリギリまで攻撃し続けてもダメージはかすり傷程度。やみくもに攻撃してもダメだ。攻撃が通る場所を見つけて、そこを集中攻撃する必要がある。そんな場所があるかは知らないが。


 解釈違いといったが、そのおかげで生きていると考えると何とも言えん。

 この狼、本来の戦闘スタイルはそのスピードで相手を翻弄し、死角から強烈な一撃を食らわせるものらしい。狼は草原など比較的広い場所で狩りをするイメージがあるし、戦闘スタイルも広い場所が前提になったものだ。しかし、思い出してほしい。ここは何処なのかを。ここは洞窟の中。多少は広くなったとはいえ、俺の何倍もある大きさの狼が駆け回るには小さすぎる。無理に駆け回ろうとしたら、壁に激突するだろう。実際に何度か壁に激突していた。3回やって、どうやら諦めたらしい。移動することはほとんどなくなり、その巨体を利用した攻撃を仕掛けるようになった。もっと激突してくれて良かったのに。あれ、結構いいダメージ出ていたから。いや、速すぎて見ていることしかできなかったら、やっぱいいです。

 そんなことやっていても、大狼は普通に強い。戦闘スタイル変更も「手も足も出ない」から「何とか避けられる」といった状態だし。攻撃の重さといい、素早さといい、もっと後に戦う相手だろ。戦えているのは、狭い洞窟で速さを活かした攻撃を制限されていること、チュートリアルかなんなのか知らないが極めて強力なリジェネが俺に掛かっていること。制限されているから、俺は敵の攻撃をかろうじて躱せているし、リジェネがあるからHPも持っている。どちらかが欠けていたら、既に10回は死んでいる。

 ……もしかしてこの本来の形で戦えないといのがチュートリアル用の調整とか言わないよな? もしそうだったら、あのベールはぎとって顔面に一撃いれる。


「本当にどうしたものか」


 狼に攻撃が入らないわけじゃない。攻撃し続ければいつかは勝てる。問題はそこまで俺の集中力が続かないことだ。一撃一撃がこちらの体力を消し飛ばす威力がある攻撃は避けられても余計に神経が削られる。余波でも大半持っていかれるなら猶更。

 今も巨体を利用したプレス攻撃を大きく飛び退くことで避ける。この攻撃は予備動作も大きいし、プレスの衝撃波も空中に入れば回避できるので、そこまで脅威ではない。むしろプレス後に狼が硬直するので数少ない攻撃チャンスと言える。だが、俺が相対しているのは狼だけじゃない。


「ああ、邪魔だ!」


 狼の後隙を消すように斬りかかってきたマネキンにカウンターで蹴りを入れる。弱点(顔)にもろに入り崩れ落ちたマネキンから剣を奪い、スキルを使って狼に投げるも、他のマネキンが軌道に割って入り狼を庇う。その後、残る2体が切りかかってくるのを後ろに飛んで避ける。マネキンらはそのまま地を叩き、どこからか飛んできた岩に押しつぶされた。奥を見ると、何かを投げただろう体制の狼がいた。何かを、というか岩を投げただろうよ。


「マネキンを巻き込もうと、お構いなしだな」


 そう、これが厄介なのだ。マネキンは狼の隙を消すように攻撃してきており、狼はマネキンなどお構いなしに攻撃してくる。狼に意識を割けばマネキンに狼への攻撃チャンスを潰され、マネキンに意識を割けば狼の攻撃を避けられない。加えてマネキンたちは潰されても、白い液体として天井に上り、すぐに新たなマネキンが生まれてくる。キリがない。

 狼とマネキンの攻撃を避けつつ、狼の弱点を探すもそれらしきものは見つからない。これ、マジで負けイベントじゃないだろうな。

 正面で狼が顔を下げ、態勢を低くとる。嚙みつき攻撃の予兆だ。カウンターを入れてやる。そのため左に回ろうとした時、右足が何かに掴まれ動けない。視線をやると、顔が半分崩壊しているマネキンが俺の足首を掴んでいる。先程カウンターで蹴りを入れたマネキンか。仕留め切れてなかったか。

 すぐさま指を切り落とし、足を自由にする。しかし、その時には狼はすぐ前まで迫っていた。今からは回避は間に合うか微妙だ。回避できたとしても追撃は避けられないだろう。対応方法を考えていると一つだけ案を思いつく。成功するかどうか賭けにはなるが、他に方法はない。

 先程まで俺の足を掴んでいたマネキンはまだ何かしようとしていたが、無視してその右腕を掴む。スキルを使用して、そのまま狼に向けて投げつける。狙いは目! マネキンは狙い通りに目の辺りに直撃した。大したダメージになっていないが、構わない。ダメージが出ることに越したことはないが、もとより期待していない。視界を遮れれば、それでよい。次に後ろに身を引き、背中から地面に倒れる。そして後ろに倒れた反動を利用し、狼の下あごを両足で思いっきり蹴り上げる! 無理やりな態勢のせいか、狼の巨体を蹴り上げたせいか、HPがかなりの勢いで削れ、残り二割を残して止まる。そこまでしても、口を完全に閉じさせることは出来なかったが、少しでもスペースができれば十分だった。後はできたスペースに体をねじ込ませて、狼の下をくぐることで回避する。

 下に入り込んだ後、狼の胸の辺りに手のひらサイズの毛の生えていない所を見つける。


「今のは、もしかして」


 考えている内に狼を完全やり過ごしていたため、直ぐに立ち上がり、距離を取る。

 ギリギリだった。少しでも迷っていたら間に合わなかった。そして、突破口も見えた。

 先程の手のひらサイズの場所、あれこそ弱点だろ。場所は分かった。後はどう攻略するか。そう考え、狼を見やると、その弱点を露出させるように仰向けに倒れていた。


「え、何で?」


 いや、何で弱点を露出させているの? さっきまでは嚙みつき攻撃避けられても、普通に立っていたよね。もしかして視界が遮られたせいで壁に激突した? でも、最初の方ではそうなっていないよね?

 そのような疑問が頭にいくつも浮かんでくるも、そんな場合ではない。せっかく弱点を晒してくれているんだ。マネキンたちは位置取りが悪かったのか、狼の噛みつきに巻き込まれて、全て損壊している。新たに生まれるにしてもまだ時間はかかる。このチャンスは逃さない!すぐさま駆け寄り、ナイフを振り下ろす。今までと違い、ナイフが突き刺さる感触が返ってくる。手ごたえ、あり!


「せっかくのボーナスタイム。今までの鬱憤を晴らさせてもらう!」




 それから狼が起き上がるまで、スキルを活用し何度もナイフを突き刺した。今までの中で一番ダメージを与えたはずだ。このまま一気に倒してやると思ったが、それまでだった。気絶から回復した狼は体を大きく振り、俺を振り落とす。ボスはそこまで甘くないか。反撃を予想した俺は、そのまま振り落とされた勢いを利用し、転がって距離を取る。ある程度距離を稼いだ後、立ち上がり狼に視線を向ける。ところが、予想と反し狼はその場で睨みつけていた。その目からはほとんど感情が読み取れない。かろうじて読み取れるのは憎悪と、これは……、称賛?


 そんな俺の戸惑いなんか知るかと言わんばかりに、新たに生まれたマネキンは俺を包囲し、狼は高らかに遠吠えを響かせる。その遠吠えは洞窟内にあるすべての空気を震わせ、俺を包み込んだ。明らかに今までと違う。気を引き締め直し、何があっても対応できるよう腰を落として構える。


 何が来る? 速さを活かした攻撃? それとも、マネキンを使って何かをする? 何が来ても関係ない、全てさばききってやるよ。

 意気込む俺をよそに狼もマネキンも何も行動を見せない。精々狼が全身の毛を逆立てているだけ。逆立ったことでその鋭さが分かるな、ハリネズミみたいだ。

 待て、何も行動を見せないのではなく、既に行動を終えているとしたら? 毛を逆立てるのが予備動作だとしたら? そこから連想される攻撃はっ!


 猛烈な危機感に襲われ、すぐさま一番近くにいたマネキンの両腕を切り落とす。そして狼と他のマネキンの延長線上に移動し、腕がないマネキンを狼へかざす。マネキンを盾とするのと狼が次の行動に出るのは同時であった。

 狼が短く吠えると同時に全身の毛が発射される。狼から放たれた毛は、一直線に飛び射線上にあるすべての障害物をまるで紙のように貫く。射線上にあった岩は無数の穴が空く。よくハチの巣という表現を聞くが、まさに「ハチの巣」そのものであった。岩を砕くことなく崩すことなく貫いたことから、その鋭さ、威力が知れるってものだよ。いっそ笑えてくる。

 だが、どんなに威力が高かろうと当たらなければ意味はない。俺に向けられた攻撃は全てマネキンたちに突き刺さり、貫通はしなかった。同じ素材?から生まれたなら、防げると思っていた。しかし、確信があった訳ではない。ぶっつけ本番であったが、防げてよかった。とはいえ、完全に防げたわけではないが。いくらマネキンが盾になったといえ、体全て庇えるほど大きくはない。針が左肩を貫通し、右足をかすった。それで残りHPは三割を切った。継続ダメージが入る「出血」の状態異常にはなったものの、そのダメージ量は少なくリジュネのおかげで無視できるレベルだ。状態異常のダメージによっては、そこで終わっていた。貫通力が高いのが、幸いした形になったな。

 とはいえ、手足に喰らったのは痛い。右足は動くことに支障はない。しかし、左肩はいくら力を入れようが上がらない。物はつかめるが、大したことはできないだろう。実質左腕を失ったものだな。


 ああ、でもゾクゾクしてきた。息が荒い。体が飛び跳ねそうになるのを無理やり抑える。心臓の高鳴った鼓動が聞こえてくる。それが現実なのかゲームなのか分からない。しかし、確実に言えることがある。俺は今、楽しんでいると。ここに鏡があったら、満面の笑みを浮かべている姿が映るだろう。容易に想像できるくらいに歓喜していることを自覚する。


 戦いはこれから佳境。ボスは第二形態で、こちらは手負い。リジェネがあるといえ、敵の攻撃力を考えたら、ほぼ無意味だろう。誰が見ても状況は圧倒的不利。十中八九負ける。

 こんな状況で喜ぶやつがいたら、気持ち悪いだろう。俺でも引く。しかし、笑みが浮かぶのを止まらない。止められない。でも、仕方ない。ゲーム開始早々に、いや開始前にこんな状況に遭遇するなんて考えてなかったんだから。

 圧倒的不利だからこそ、挑戦する価値がある。負けが見えているからこそ、勝ちに飢えることができる。勝って当然の戦いに意味はない。パターン化した勝負に未来はない。

 敗北必至の戦いで勝利してこそ、俺は『俺』を証明できるのだから。


「さあ、盛大に楽しもうか!」

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