『8』

「タコの足ってさ、八本じゃないらしいよ」

「え、マジ。あッつぅ、」


 切り刻まれて焼け、既に原型の無くなったタコを食べながら言う。私が食べているのは、さっき生地に穴を開けたら落ちた分。熱がった彼女は、まるまる一個を口に突っ込んでいた。口の端にソースが付いている。いや、そら熱いわ。

 口の中を水で流し込んだ彼女は、口を拭って零れてきた髪を括り直しながら言う。


「タコの英語名、『八本です!』みたいな名前じゃなかったっけ」

「大体そういうの、科学が発展してない時の名付けでしょ」

「そうだけど」


 ある程度髪を整え終わった彼女は、再びまるまる一個を口に突っ込もうとしている。私は再び穴をあける。


「雄の一本は足じゃないんだって」


 また中身が皿の上に転げ落ちた。これは本当に足なのか。これは雌で、それならば八分の一でも無いから確率は低いと分かっていても、いつも疑いながら食べている。こうして大阪の大学に来る前、親戚がたこ焼き器を家に持ち込んだ時からずっと思っている。

 雌雄は吸盤の形状を見れば判別が付くのに、何故足かどうかという基本的なことが分からないのか。


「じゃあ何なの」

「ググって」

「えぇ」


 不満を口にしながら、彼女はスマートフォンを取り出し片手でフリック入力をした。やけに文字数が多かったので、多分わざわざ英語名で調べたのだろう。そんなことをすれば検索が遠回りになるのに何をしているんだ。

 一個分、冷まして食べるには十分な時間の後、彼女は声を上げた。


「あー、はいはいはい」

「わかった?」

「わかりましたよ。あんま外でする話じゃなかったね」

「ましてや食ってるときにする話じゃないよね」

「あんたが言うなよ」


 はは、と言いながら、また零れ落ちて冷めたタコを口に運ぶ。噛んでみたらやっぱりまだ熱くて、手元の水を口へと流し込んだ。彼女はまだスマートフォンを弄っている。


「十六分の一なんだけどな」

「んや、そんなこともなさ気かも」

「まじで?」


 私も自分のスマートフォンを開いたが、何と検索したのか分からない。結局彼女のスマートフォンを覗き込んだ。同時にくるりとこちらへ画面を向けられて、その気持ち悪さに顔を顰める。


「うわあ、閉じろ閉じろ」

「標本だと余計気持ち悪さ増すよね」

「分かってんなら向けんな。それかワンクッション置いてよ」


 けらけらと彼女は笑っている。画面から目を背けて下を向くと、もう私の皿には一つしか残っていない。まだ穴を開けていないので中は見えていないが、何だか、本当に何が入っているのか分からなくなってきた。いやタコだけど。そのタコ自体が信じられない。


「もう絶対に今する話じゃなかったね」

「自爆してんじゃん」


 このままでは開けて中を見たとしても食べられない気がしてきたので、そのままで爪楊枝を刺して息を吹きかける。ソースが皿に零れ落ちたが、それでもまだ息を吹きかける。

 意を決して、ようやく口に入れた。


「あっつッ!」


 口の中いっぱいにソースの味が広がったような気がしたが、舌の上が熱すぎてそれどころではない。何とか水を流し込んだ。目の前の彼女はまだけらけらと笑っている。

 何となく微妙な気持ちになった。私は何でこんな思いをしてまで、どうあがいてもタコが主役の料理を食べているのだろう。ごみを纏めて、手を合わせる。

 それでも何だかんだ、また食べに来るんだろうなとも考えていた。彼女も、最後の一個に爪楊枝を刺していた。

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