24.晩餐
「あっはっはっはっはっはっ……じゃあ、そのまま一緒に入って来たんだ?」
聞けば倉橋は、一度みんなの元に戻っていたらしい。
そこまでは良かった。
問題はそこからだ。
一応、擁護をしておくと、
が、夏織がした面白半分の提案である「客人である瑠壱の体くらい流してあげたらいいんじゃないか」という話を、倉橋は素直に受け取り、Uターンして浴場まで戻り、構造的に面倒な上に時間もかかるであろうメイド服をわざわざ全て脱ぎ捨て、備え付けのタオルを一応は腰に巻き付け、瑠壱との間にあった最後の防衛ラインであるすりガラスの引き戸をあっさり突破し、結果として絶叫を生み出したのだった。
千秋はややあきれ顔で、
「しかしまあ…………よく一緒に入って来たな?」
「まあ、そこは、うん」
ぶっちゃけ、最初はそのまま出ようかと思った。
いや、事実だけを並べていけばおかしいのは瑠壱の方なのだ。
瑠壱は生物学上男性に当たり、倉橋もまた、生物学上男性にあたるはずなのだ。
一応本人にも確認を取ったが、身体的には男性でも心はすっかり女だとかそういった類の話もなく、正真正銘の男性なのだという。
それならば、風呂に(しかも理由は瑠壱という客人をもてなすために)入ってきたのを拒否したり、そこから逃走を図るなんてことは普通に考えればおかしな話なのだ。
ただし、それは、事実だけを淡々と並べた場合である。
そもそも突然の来訪で動揺していたし、先ほどまでの倉橋は見た目だけで言えば完全に女性だったわけで、それが上半身裸で風呂場に現れた時点でとんでもないことな上に、あっさりと取り払われた、股間を覆い隠していた布の下には、確かに男性にしかついていないものがしっかりとついていたのだ。
逆にそれ以外の部分は、無駄な毛もなければ、筋骨隆々とした雰囲気もなく、むしろそんな美人の股間にそんなものがついていることに軽い違和感を覚えて正直、
やめよう。
思い出してはいけない。
やっと平生をとりもどしたんだ。蒸し返すべきではない。
隣に座っていた
「え、やめてよねお兄。モテないからって男に手を出すなんて」
と、目を細めて瑠壱を見つめてくる。その視線は気持ち悪さ半分心配半分と言ったところだろうか。瑠壱はそんな妹の頭を撫で、
「無いから安心しろ。後、モテないとかいうな。機会がないだけだ、機会が」
優姫はそんな手をどかそうとしながら、
「ちょっと、やめてってば、全くもう」
いや、どかそうとはしていない。
どかそうという“フリ”だけしているのだ。長い付き合いだ。それくらいは分かるつもりだ。
そんな光景を見た反応は実に三者三様で、
「とても、仲がよろしいようですね」
「一応言っておくが、兄とは結婚できんぞ?」
「生もののシスコンって夏織、あんまり好きじゃないなー」
ちなみに一応補足しておくと、前から順番に倉橋、千秋、夏織だ。後に行けば行くほど感想がきついものになっていくのはどういうことだ。ますます倉橋の株があがっていくじゃないか。
千秋はパンと手を叩いて、
「さて、それじゃ、そろそろ持ってきてもらうとしようか。倉橋」
唯一席につかず、立ったままだった倉橋が、
「かしこまりました」
とだけお辞儀をして、奥へと消えていく。やがて、倉橋と、何人ものメイドさんが食器類を持って現れた。
ちなみに倉橋は既に私服に着替えていたが、これまた女物だった。清楚の象徴みたいに白いワンピース。麦わら帽子とともに夏の草原に立てばちょっとしたひと夏の恋物語が始まりそうな雰囲気すらする。もしかして、常に女装をしているのだろうか。
スムーズに運ばれてくる食器類は瑠壱たちが普段使っているものとは値段が一桁違うと思われる豪華なもので、盛られている料理は一見するとそこまで高級には見えなかったが、恐らく使われている食材が違うのだろう。
優姫が特売の豚肉を吟味しているその頃、冷泉家では貰い物の最高級牛肉をふんだんに使っているに違いない。きっとそうだ。これが格差ってやつだろうか。
そんな思考を読んだのかは分からないが、
「別に大したものは入ってないぞ?食材だって、その辺のスーパーで売ってるものばっかりだ」
これには優姫の方が、
「そうなの?」
と反応する。台所を預かる身、やはり気になるらしい。
千秋は「ああ」と頷き、
「食器の方は元からあるものだからな。そこそこするとは思うが……食材に関しては無駄に高いものは使わないように管理責任者に言い伝えてある」
「管理責任者?」
首を傾げる優姫の言葉に応えるように倉橋が、
「はい。全て近くのマル○ツで買ってきたものです」
優姫は驚き、
「え、マ○エツって、駅前の?」
「はい。そうですよ?」
優姫は手元の皿と倉橋を何度も見比べて、
「え、天才?」
倉橋は両手を振って否定し、
「そんな、全然。なんならレシピをお教えしましょうか?」
「いいの!?」
随分と興奮気味だった。料理をする人間でなければ分からない何かがあるのだろうか。
優姫に丸投げ状態(もっとも手伝おうとしても追い出されるので、手伝いようはないのだが)の瑠壱からすると全くその凄さが伝わってこなかった。
向かい側に座っていた夏織もその一人のようで、
「ねー、折角の美味しい料理なんだからまずは食べようよー。冷めちゃうよ?」
と、明らかな不満を口にした。
千秋もそれに同調し、
「そうだな。取り合えず食べよう。食べながらでも話は出来るだろう」
そこまで言って、部屋の奥に下がろうとしていた倉橋に声をかけ、
「ああ、それと、倉橋」
「はい?なんでしょうか?」
「席につけ。一緒に食べるぞ」
「え…………」
動揺。
ここまでずっと平静を保っていた倉橋の瞳が揺れ動いた。
「いいだろう、別に。私たちだけしかいないのだから。ほら、隣に来るといい」
倉橋は大分迷ったうえで、
「それでは、失礼して……」
千秋の隣に座った。席の並びは片側が、倉橋、千秋、夏織の三人で、もう片方が優姫、瑠壱という並びだった。そして、それぞれ優姫の正面に千秋、瑠壱の正面には夏織がいた。
テーブルは大分長いもので、所謂“お誕生日席”に類するような位置にも椅子はあったのだが、千秋が「ここに私や瑠壱が座ってしまうと上座下座が決定してしまって良くないからな。今日は使わないことにしよう」と言ってわざわざ避けたため、中途半端な位置を使って、なんとなくで着席していた。
ぶっちゃけ瑠壱はどこでも気にしないのだが、やはりこれくらいの名家になると、そういうものも意識しなければならないことがあるのだろうか。
千秋は倉橋が席に着いたのを確認すると、
「よし。それじゃ、改めて……頂くとしよう」
両手をあわせて、
「いただきます」
他の四人もそれに倣って、
「「「「いただきます」」」」」
食前の挨拶をした。なんとも奇妙な取り合わせの晩餐の始まりである。
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