25.華族
「へぇー…………そんなやり方するんだー」
「はい。ひと手間なんですけど、そうやるとずっと美味しくいただけるんですよ」
晩餐の後、
瑠壱は倉橋に、
「あの、めんどかったら適当にあしらってもいいですからね?」
それを聞いた優姫は不満たっぷりといった表情で振り返り、
「ひど!せっかくお兄に良いもの作ろうと思って色々聞いてるのに、その反応はないんじゃない?」
それだけなら、の話である。
なにせ優姫は食事中ほとんどずっと倉橋を質問攻めにし、途中からは「その位置だと話がしづらいんじゃないのか?」という
恐らくは終始料理のコツについて話しているのだと思うが、瑠壱からしてみればさっぱりだった。やっぱり、少しくらいは手伝った方がいいのだろうか。恐らくは五分と経たないうちに台所から追い出されてしまうだろうが。
「別に困ってはないとおもうよー?ね?」
話を振られた倉橋はどこか楽しそうに、
「はい。困っているとかそういうことは全然ありませんよ。むしろ、色々聞いてもらえてうれしいくらいです。今までこんなことは無かったもので」
瑠壱が、
「そうなのか?なんか詳しそうだから、てっきりそういう話し相手くらいいるものかと」
倉橋は首を横に振って否定し、
「いいえ。一応、仕事上の話はするのですが、ここまで踏み入った話をすることはあまりないんです。千秋さまも夏織さまも、作る方にはあまり興味が無いようですから」
夏織が、
「私食べる専門なんだー」
千秋が、
「私も作る方はあまりな。だから、めんどくさいなんてことは無いと思うから、優姫くん、これからも時々話し相手になってやってほしい。なにぶん、私では反応が出来ないからな」
優姫は手を挙げて元気に、
「はーい」
とだけ返事をする。千秋はそれを確認すると、
「うん、頼むぞ」
パンと、両手を叩いて、
「さて、それではそろそろ本題に入ろうか。最初に断っておくが、面倒で長い話になる。特に夏織は知っていることばかりだが……どうする?部屋に退散するか?」
それを聞いた夏織が、
「んーん?聞いてるよ?ま、飽きるまでだけどねー」
と、反応した。が、その視線は終始手元のマグカップに注がれていて、
「お代わり、ポットでもらえるかな?」
と、近くにいたメイドに催促していた。自由だな、あの人。
ただ、そんな光景は千秋にとって慣れっこのようで、
「分かった。それじゃあ、始めようか。まずは……そうだな。冷泉家の成り立ちからはじめたほうがいいだろうな」
軽く咳払いをし、
「恐らく
夏織が、
「けど、そんな家を建て直したのが、千秋ちゃんのひいおじいちゃんなんだよねー」
千秋はしっかりと「千秋ちゃんいうな」と訂正を入れた上で、
「そう。戦後に冷泉本家の当主となっていた冷泉
千秋はそこで一息つき、手元の紅茶に口をつけ、
「が、そのやり方はまさに強引そのものだったらしい。さっき言った通り旧・華族だった歴史だけはある家柄だからな、コネクションも多かったらしい。それをどのように使ったのかは、公房は最後まで語らなかった。が、側近だったものが晩年に書いた告白によれば、罪に問われていないだけで、それこそ殺しもやっていたという話まであるし、ガラの良くない連中とがっつりつながっていたなんて話もある。それくらい黒い噂の絶えない男だった」
夏織が話を引き継ぐようにして、
「西園寺くんはさ、親がそんな感じだったらどう思う?」
「どうって……そりゃ、流石に良い気はしないんじゃないですか?信念があったとしても殺しはちょっと……」
夏織は口角を上げて、
「そう。まさにそんな分裂が、当時の冷泉家ではあったの」
「分裂……?」
千秋が再び話を引き継いで、
「そう。公房には二人の息子がいたんだが……この二人の間で方針が食い違ったらしい。長男は公房派だ。どんな手を使ってでも名家・冷泉を復興することこそが、祖先への顔向けになるという公房の教えを良く受け継いだ男だったらしい。一方次男はその教えをきいていたにも関わらず。あまりに強引な手段に批判することが多かった」
優姫が、
「それは……え、そっちの方が普通じゃないの?」
夏織がはっきりと、
「そうだねー。でも、ほら、ああいう家の人たちって頭のねじが外れてるから。普通な判断が出来ないことがあるんだよー」
とたしなめる。千秋は少しだけ夏織の方に視線を向けるも、すぐに瑠壱の方に戻し、
「……最初は子供の言うことだ。公房も無視していたのだろう。が、やがてそれなりの知恵をつけてきてもなお、同じ主張を繰り返したんだろう。結果として、次男坊は他家に婿として出されることになった。その当時、冷泉は音響関連への伸長を画策していてな。国内でそれなりのシェアを誇ってはいるが、経営している一家の歴史も格も冷泉にやや劣る家があってな。次男坊はそこに婿として入り、苗字を変えた。その苗字と言うのが、」
夏織が一言、
「
千秋が縦に頷き、
「そう。冷泉と花咲は、元をただせば血のつながった家どうし、ということになるんだ」
一つの事実を伝えた。
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