22.従者
「
分からない。
ここでその名前が出てくる理由など微塵もないはずである。と、いうか、それ以前に、
「……なんで、妹の名前知ってるんですか?」
そう。そこだ。
確かに
内部進学が可能なため、来年には瑠壱と入れ替わる形で高等部に進学すると思われる。そう。何も間違っていないのだ。
そして、何も間違っていないことこそがおかしいのだ。
何故そんなことを知っている?一昔前ならともかく、現代においては生徒の個人情報というのは厳重に管理されているはずで、いかに二期目に入ったカリスマ的な人気を持っている生徒会長であったとしても、知っていてはおかしいのだ。
が、そんな疑問を
「知っているから知っている……としか言いようがないな。すまん、西園寺。かなり込み入った話なのでな。出来ればこの後、もう少し落ち着いてから話したいんだ」
そんな曖昧にもほどがある回答に瑠壱が異を唱え、
「そんな曖昧な、」
「だから、家についてからにしてくれるか」
「答えで…………はい?」
ようとしたら遮られた。千秋は構わず続ける。
「だから、家だ。
「本家って……」
思考が追い付かない。
一体これはどういうことだ?千秋の言葉を額面通りに受け取るならば、これから彼女は瑠壱と優姫を自らの家に招待したい、ということだ。そこまでする必要が一体どこにあるというのだ。
「うちじゃ駄目なんですか?もちろん。生徒会長の家ほど広くはないですけど、それなりには、」
「それはね、駄目なんだよねー」
横やりを入れられた。
「西園寺くんの家でってのは難しいんだよね。だって考えても見てよー。西園寺くんは、敵を倒す算段を、その本拠地でする?」
千秋が、
「夏織!」
強めに制する。夏織は千秋の方を向いて、
「なあに?」
「物事には順序ってものがあるだろう。その話は後だ」
「でも」
「でも、ではない」
千秋がぐっと夏織を見つめる。やがて、夏織がすごすごと引き下がるように、
「ちぇっ……はぁい」
千秋は再び瑠壱の方を向いて、
「すまない。夏織が変なことを言った。今のは忘れてくれ…………」
そこで大きくため息をついて、
「……とは、ならないよな。仕方ない。二度手間にはなるが、先に話しておこう。西園寺……いや、瑠壱」
そこで言葉を切って、
「我々には敵と呼べる相手はいくらかいるが、その一人が西園寺
◇
結局千秋はそれ以上のことを説明はしてくれなかった。
何を聞いてもはぐらかされ、最終的には「ついたら話す」の壱点張りで、ひらり、ひらりと交わされてしまった。
が、そのやり取りの内でひとつだけ確かになったことがある。
冷泉千秋、彼女は瑠壱の完全なる味方で間違いない。
もしかしたら瑠壱のあずかり知らぬところで何やら得体のしれない計画がうごめいていて、その斥候となっているのが千秋なのではないかと疑ってもみた。
が、話をしてみればしてみるほどその疑いは晴れていった。
こちらが目線を合せれば意図的に合わせ、その中には一点の曇りもない。『間違いだらけのハーレムエンド』についての質問を、間違えた知識と共にぶつけてみたりもしたが、きちんと間違っている部分だけ訂正をされた。
名前を出すのもはばかられるが、西園寺権太についても二、三質問ぶつけてみたが、好意的に捉えているとは思えない反応が返って来た。
確証は全くないが、瑠壱からしてみれば、千秋を信じる理由はこれくらいで十分だった。後は話しているうちに分かることもあるだろう。
「──おや、お帰りですか?」
奥から、声が聞こえる。性別の判別がつかない、中性的な声。
遅れて、姿が見える。分かりやすいメイド服に、腰ほどまでの黒髪。声とは違い、容姿の方は完全に女性だった。
「メイドさんと来ましたか……」
正直、出てくる気はしていた。
外から見ても、中に入っても、“豪邸”の二文字を当てはめるほかない広さの家だ。千秋の両親を含めた家族が住んでいる可能性もなくはないが、これだけの家を構える財力を持っている人間が、家事なんてことを、自ら進んでやるとは思い難い。
最悪でも通いの家政婦さんくらいはいるだろうとは思っていたし、執事や、メイドの類だっていてもおかしくないとは思っていた。
ただ、それが本当に出てくるとなると話は別である。ぶっちゃけ「ほんとにいるんだ」としか思わなかった。世界は実に広いものだ。
千秋は「ああ、ただいま」とだけ挨拶をした後、
「そうだ、紹介しよう。うちのメイドをつとめている
紹介を受けたメイド──倉橋は足を揃えて背筋をぴんと立て、両手でスカートのすそをつまんだうえで、ぺこりとお辞儀をし、
「倉橋遥、究極のメイドを目指して日々修行中の身。至らない点もあるかと思いますが、よろしくお願いいたします」
と、完璧にも思える自己紹介をした。
夏織が手をひらひらさせながら、
「遥ちゃーん。久しぶりー。また一段とメイドに磨きがかかったねー」
なんだ。メイドに磨きがかかるって。メイドとしての技術が上がったことを表現する語句はそれでいいのか。
倉橋はそんな疑問など持つことなく、
「これはこれは、夏織さま。お久しぶりです。お褒め頂き大変恐縮です。ですが、まだまだ道半ば。これからもご教授いただけると嬉しいです」
夏織はそんな堅苦しさの詰まった言葉を、
「ん、いいよー」
と、適当さの塊みたいな返し方をした。いいのか、あれ。
と、瑠壱がそんなことを考えていたら、倉橋が、瑠壱(と優姫)の方を向いて、
「そちらのお客様は……雨にでも打たれたのですか?」
「え」
「え、そうなの?」
驚いた。
確かに、事実だけを確認するのであればその通りだ。
ただ、それにあっさりと気が付けるのはかなり凄いと思う。なにせ、瑠壱が雨に打たれてからまあまあの時間が経っている。
車に乗っている間にタオルで拭けるところは拭いたと思うし、服に関しても目立って濡れているという部分はないはずだ。
だからこそ、西園寺家に立ち寄って優姫を拾ったときにも、改めてタオルを持ってきてもらうことはしなかったのだ。
もっとも、いま優姫が持っているものの大半は千秋が耳打ちしたうえで、持ってこさせたものなので、瑠壱のあずかり知るところではないのだが。
千秋が「うむ」とうなずいて、
「そうだな……一応あらかた乾いたとはいえ、一度濡れネズミと化したことには違いない」
倉橋が「やはり」と受けて、
「それならば、千秋さま。お客人に一度、風呂に入ってもらうのはいかがでしょうか。この雨です。降られている可能性も考慮し、既に湯は沸かしてあります」
千秋は小さく頷き。
「そうだな、それがいいだろう。と、いうわけだ、妹くん。指示したものを渡してあげてくれ」
優姫は「分かりました!」と啓礼し、どう見ても必要以上の大きさを持った鞄の中から小さな袋を取り出して、
「はい、これ」
瑠壱に手渡す。なんだろう。見覚えがあるような、無いような……
「中に着替えとか入ってるから」
「着替え!?」
すかさず中を確認する。確かに、そこには瑠壱の私服が入っていた。それこそ上着から下着まで一式がきちんと。
「…………これ、どっから持ってきたんだ?」
「え?乾かしてた洗濯物を畳んだだけだよ?いやだ、お兄。部屋から持ってきたと思ったの?自意識過剰じゃないの?そんなこと、するわけないじゃないの」
しそうだから聞いているんだ。
兄が言うのもなんだが、どうも優姫はブラコンのケがあるのだ。
バレンタインのチョコは既製品だった試しが無ければ、その形はハート型だったりするし、兄の好き嫌いをしっかり把握し、嫌いなものをどうやったら食べさせられるかを日夜研究している(これはたまたま研究結果を書いたノートが無防備にもリビングに置いてあったために気が付いたことだ)し、瑠壱が冠木からバレンタインチョコを貰って来た日には暫く不機嫌だったのをよく覚えている。
本人に事実を突きつけても否定するだけだとは思うが、世間的に言えば間違いなくブラコンと言って差し支えないだろう。一度そんな話を朝霞にしたら、
「それ、世の妹持ちに言わない方がいいよ。刺されるから」
とだけ忠告を貰ったことがある。
そんな彼にも、ちょっと前までは一緒に風呂に入ろうとしていたという事実だけは話していないのだが、これまで付け加えようものなら、全国の妹キャラ好きから羨望と、嫉妬の眼差しをぶつけられて、最悪物理的にも何かが飛んできて、生命の危機に瀕すること請け合いである。
そんなもんだから、「兄が必要としている」という事実を突きつけるだけで、部屋に潜入し、タンスを物色し、服を取り出してきてもなんらおかしくないのである。
まあでも、流石に彼女でも嘘はつくまい。きっと部屋には入っていないのだろう。
それならば良かった。だってあの部屋には妹になど到底見せることの出来ない代物がわんさか、
「と、いう訳だ。倉橋。彼、西園寺を風呂に案内してやってくれ。我々は先に食卓の方に向かっている」
「かしこまりました」
瑠壱は二人の会話で現実へと引っ張り戻され、
「それでは、西園寺さま。ご案内します」
そう言って完璧すぎるほほ笑みを見せる倉橋に意識を持っていかれるのだった。
「むー…………」
その隣にいた優姫の機嫌がストップ安状態であったことも付記しておく。
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