第6話 憤怒の悪魔

「どうしてここに......?」


 ラストが最初にリナに抱いた感想はその一言に尽きた。

 リナはラストにとって憧れの人物であるが、その実関わったことはほとんどない人物ともいえるのだ。

 そのラストの質問に対して、リナはやや冷ややかに返答した。


「修練場であなた達のバカな会話が聞こえたのよ。

 どこまで本気で言ってたか定かじゃなかったから念のためについていけば案の定本当に戦いに来てる。

 まぁ、どういう成り行きでここで戦ってるかは知ってるけどそれでも無茶しすぎ」


「ごめん......」


 リナはエギルを横目で確認しながらラストを説教していく。

 ラストは憧れの人に怒られたことがよほどショックだったのかしゅんと落ち込んでしまった。


 そのラストの様子を見て「少し強く言い過ぎた」と感じたリナは少し動揺しながらフォローを入れていく。


「ま、まぁあなたの気持ちもわからないことはないし、中級魔族相手に魔力がないのによく生き延びたと思うわ。だから後は私に任せなさい。コイツは私が倒す」


「......わかった。僕はエギル君を安全な場所へ運んでおくよ」


「助かるわ」


 ラストの言葉にリナはコクリと頷くとルフレへと視線を向けた。

そのリナの魔力にルフレは少し違和感を感じながらも、さらなる乱入者の登場にややうんざりとした顔を浮かべていた。


「はぁ~~~~~、次から次へとまぁ来やがってよぉ。

それに俺の結界を外から破るほどの実力者めんどくせぇ奴だし、今日は厄日かよ」


「そうね、あなたはここで倒される。そういう意味では厄日と言ってもいいかもしれないわね」


「そのすでに勝ったみたいな口ウゼェんだよ!」


 ルフレは右手をしたから上へと振り上げるとその動きに合わせてリナの周囲の影から黒い手が出現して襲ってくる。


 それをレッグポーチについたナイフほどの魔剣銃を右手で引き抜いて素早く処理していく。

 さらに左手をルフレに向けると魔法を発動させた。


氷気の礫アイスブレット


 リナの手のひらから展開された魔法陣にはリナの魔力特性『凍えるもの』のよって作られた氷の弾丸がいくつも空中に展開された。


 それは魔剣銃として放たれるよりも遅く一撃の威力は軽いが、されどある程度の速度を持ってさらに魔剣銃よりも大量に“一斉”に放てるのでその威力は侮れない。


 その横から降りそそぐような氷の雨にに対し、ルフレは左手を伸ばして大きな黒い手を目の前に出現させて攻撃を防いでいく。


 そのルフレの僅かな静止を確認したリナは後ろにいるラストに視線を送った。

 その視線で意図を理解したラストはすぐに動き出してエギルを回収していくと窓から飛び降りて離れていく。


 リナはラストから魔力を感じれないので目視でこの場からいなくなったことを確認するとようやくスイッチを切り替えた。


「これで思う存分殺れる!」


「僅かに空気が変わった? しかもなんだこの妙な震える感じは?」


 リナの目に殺気が宿るとその変化をルフレは敏感に感じ取った。

 しかし、確かに覚えてるような感覚であるのにもかかわらず、それが思い出せないようなもどかしさも感じていく。


 リナが接近してくる。ただ魔力を肉体に纏わせただけの僅かな身体強化のはずなのに妙に速いことにルフレは確かな違和感を募らせていく。


闇夜の誘いシャドウハンド


 ルフレは右手を伸ばしてリナの両側及び天井からと一斉に黒い手を出現させて攻撃していくが、その悉くが切断されてさらに反撃されてた。


「凍て刺す氷柱」


 リナが左手で魔法を発動させるとルフレの上下の天井と床から氷柱が出現して正しく突き刺そうと襲っていく。


 だが、それに素早く気づいたルフレは足もとの影に潜って回避するとリナの側面に現れ、右手に纏わせた黒い手で引っ掻いた。


 リナは咄嗟に両手でガードしながらその攻撃を防いでいくも、飛ばされた先を予測するようにしてルフレが追撃を行っていく。


押しつぶす闇ダークプレッシャー


 天井の影から現れた巨大な黒い手がリナを頭上から襲った。

 それは床を大きく凹ませるほどの強力な一撃であったが、リナは押し潰されずにそれに耐えている。


「チッ、これで終わらねぇ――――かっ!?」


 思わず悪態をつくルフレだったが、急変したリナの魔力にすぐさま動揺した。

 それは先ほどの震えの正体に気付いたからだ。


 わからないはずがない。なぜならであったからだ。


 ルフレは動揺のあまりリナから魔法を解除していく。

 するとそこにいるのは右手を禍々しい紅黒い手に変えて、水色の髪先を黒く染め、右目の上あたりの額から天井に伸びる長い角を生やしていたリナの姿であった。


 その姿を見てルフレは僅かにあとずさりしながら呟く。


「あ、あぁ......この魔力にその角......な、なぜあなた様のような存在がこんな所に!? 憤怒の悪魔――――リュウ=サターニア様!?」


 この時ルフレが動揺するのも無理はなかった。

 本来魔族であっても悪魔であってももとは魔力体である。

 故に、そのままでは消えてしまう現世に留まるには受肉する体が必要で、その体は奪うのが普通である。


 にもかかわらず、魔族よりも圧倒的に上位存在であり、しかも“名付き”である悪魔が受肉も果たせず良いように使われてることに驚きが隠せなかったのだ。


「ここは逃げるのがよさそうだな」


 今までかいてすらいなかった脂汗がルフレの額を流れていく。

 それだけ魔族にとっても悪魔というのは相当ヤバい存在ということである。


「チッ、ホント厄日だぜ今日は!」


 ルフレは逃げるためにリナを闇格子で囲っていく。

 だがその直後、バンッと強く空気が弾ける音がしたかと思い振り返ってみると、闇格子は砕け散っており地面には氷が走っていた。


 リナを中心として広がっていくその氷は瞬く間にルフレまで辿り着くと足元を凍らせていき、さらに進行方向を分厚い氷の壁で覆った。


「これで逃げも隠れも出来ない」


 ルフレを見るリナの右目は爬虫類のように縦に伸びていて、宝石のような深紅の色をしていた。


「不味い不味い不味い......!」


 その向けられた視線はルフトにとっては死刑宣告をされたようなもの。

 床に張られた氷によって影に潜ることもできなければ、分厚い氷が逃げ道を塞いでいる。まさに絶体絶命。


 焦りと動揺のあまり口から思ったことがそのまま出てしまっている。

 そんなルフレを見て、リナは淡々と右手に持つ魔剣銃を頭上に向ける。


「これで終わり」


「不味い! なんて日だ!」


 咄嗟に動き出そうとするも足元が床と氷ついているために動けない。

 この足を氷から剥がすころにはもう死んでいる、とルフレは確かに感じた。

 しかしその瞬間、リナの様子が急変した。


「あ、ああああああ!」


 右手から離れた魔剣銃はカランカランと音を立てて床に落ちる。

 そしてリナは左手で右手を押さえながら何かを抑え込むように悶えていた。


 そのリナの行動がすぐにはわからなかったルフレだったが、一つの答えに辿り着き思わずニヤリと笑みを浮かべた。


「お前......その力制御出来てねぇだろ?」


 そう聞くがリナに反応はない。いや、反応できないと言うべきか。

 そんなリナの様子にルフトはゆっくりと氷から足を引っぺがしながら笑っていく。


「いや~焦った。相手がサターニア様だとすれば勝ち目はなかったが、サターニア様を制御してるつもりになっているただの人間なら話は別だ」


 ニヤニヤと口元を歪ませるルフトは動けないリナをすぐに殺すことが出来たが、リナが未だ悪魔に体を乗っ取られず悶えているだけという状況に仮説を考えた。


「どうしてあのままなんだ? 普通ならとっくに体を奪われてもおかしくないはず。

 だがそうではないということは、あの人間が純粋に抗っているかもしくはサターニア様自体が目覚めていないか。それがもし後者であったならば――――」


 ぶつくさと呟くルフトは今までで一番ニヤリと笑った。


「これは俺がサターニア様の憤怒の力を奪う絶好のチャ~~~~~ンス!

 厄日なんて思ってたがとんだ超絶幸運日じゃねぇか!

 このチャンスはもう二度と来ねぇと確信できる。

 故に、このチャンスを逃すわけねぇよな俺ェ!」


 ルフトは興奮を抑えきれない様子であった。

 だがすぐさま自らその興奮を抑えるように両手で頬を叩いていく。


「落ち着け俺、ここで急いで取り込もうとして目覚めたら元も子もねぇ。

 それに受肉体との結びつきが強かったらそもそも奪うことが不可能だ。

 だからまずは――――その体を殺さねぇ程度に壊す」


 ルフトは右手をリナに向けて伸ばすと巨人のような黒い手を作り出す。

 それは右手に合わせて拳を作ると右手が頭上に向くと同時に天井を突き破るって真っ直ぐ立った。


「んじゃ、死ぬんじゃねぇぞ――――っ!?」


 ルフレがその巨大な手を振り下ろした瞬間、窓側から何かが飛んできた。

 それに気付いたルフレは左手で弾いていくとそれはエギルの持っていた剣の一本で、その一方で誰かがリナに向かって走っていく。


 その誰かはリナに向かってタックルすると黒い手の攻撃を僅かに躱した。

 直後、床が壊れ粉塵が巻き上がると同時にその二人は下の階へと落ちていく。


「何も感じなかった。人間より魔力の長けている俺が攻撃されるまで気づかない?

 いや違う、魔力がねぇと言えば――――あの人間しかいねぇ!」


 ルフレが突然現れた正体に気付いた一方で、未だ苦しんでいるリナは自身が誰かに運ばれていることに気付いた。


 そしてリナは近くの柱に座らせると目の前の様子を伺う少年を見た。


「......どうして戻ってきたの?」


「僕は君を救いたいんだ。ただそのためだけだよ」


 ラストは笑顔でそう言い切った。

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