第7話 そして、少年は悪魔になる
幾たびの爆発や戦闘の跡が残る廃ビルはどこもかしこもヒビが入っていたり、一部が崩れいたりしていて辺りには焦げ臭いニオイが漂っている。
そんな中、ラストは急に容体が悪くなったリナを助けて、一時的にルフトから避難していた。
そしてラストはリナの体の状態を見ると思わず尋ねる。
「その右腕に角、それに紅い目も......魔力がなくても感じる尋常じゃない強い気配......君はもしかして
「......」
その言葉にリナは返答しなかった。
しかし、その僅かに視線を逸らす目線はどこか悲し気な感情が宿っている。
つまりは肯定を表してるのだろう。
されど、言葉にしたくない複雑な気持ちがあるから言わないだけかもしれない。
ラストはリナの表情からなんとなく察すると安心させるように微笑みながら尋ねた。
「その状態は解除することは出来ないの?」
「いつもなら出来た。けど......今日はどうにも感情が昂って制御が効かない。
このままじゃ体を乗っ取られる。私がまだ適正者として未熟だから.......」
リナは悲しそうな声色で話しながら時折何かに悶えるように左手で必死に右腕を押さえている。
その表情には大量の脂汗が浮かんでいて、疲労も表情に浮かび始めていた。
―――――ドオオオオォォォォン
「おらっ逃げんじゃねぇクソがぁ!」
ルフトの怒号が響き渡る。この場に辿り着くのも時間の問題といったところだろう。
そんなことを考えたリナは助けてくれたことに感謝しつつもラストに命令した。
「助けてくれてありがとう。でも、もう大丈夫だから。
魔力がないあなたじゃ絶対に
リナは頑張って立ち上がろうとするもその度に右腕が伝わる強い意志によってすぐさま座り込んでいく。
立つことすら難しそうなのは火を見るよりも明らかで、そんなリナを見捨てられるラストではなかった。
「逃げれないよ。女の子を......ましてや君を置いていくなんて」
そう言うとラストは少しだけ自分の気持ちを語りだした。
「実は僕......君に憧れてたんだ」
「あこ......がれ?」
「うん。昔小さい頃に僕は悪魔に襲われたことがあって、その時に目の前で両親が魔族に変異させられた。
本来なら僕も変異させられてただろうけど、魔力がないからってことで変異されずに殺されそうになった」
ラストはリナの右手を優しく握りながら過去を語っていく。
まるでここに自分がいるから安心していいよ、と伝えるように。
またその時、ラストは記憶の片隅からこの場を乗り切る唯一の方法を思い出した。
「だけどその時、僕を助けてくれた一人の勇敢な女の子がいたんだ。
その女の子は君と同じように紅黒い腕をしていて、同じような角も生やしてた」
「あなた......まさか!?」
その時、リナは昔に一人の少年を助けたことを思い出した。
そしてその記憶の中にある幼い男の子の顔と目の前にいるラストの顔と重なっていく。
やや大人びたその男の子の顔にリナは少しだけ安心したような顔をした。
「良かった。でも、またこんな目に会うなんてあなたも散々ね。けど、大丈夫。今度も私が助けるから」
「違うよ。今度は僕が助ける番」
ラストは「ごめん、少し嫌なことをするよ」とリナに告げていくと、自身の親指を噛んで血を吹き出させた。
そしてその血でリナの右手の甲に魔法陣を描いていく。
「僕は魔力もないし、筋力すら他の皆より劣っている弱い人間だ。
それは僕自身が一番分かってるし、もう十分に分からされるほどに現実を見せつけられてきた」
「何......してるの?」
「そんな僕にとって君はただ一人の憧れだったんだ。
弱い僕だからこそ、人を助けられる君の輝きに魅せられた。
だから僕は――――君を助けられる人間になりたい」
「ねぇ、本当に何して――――え? ダメよ! こんなの!」
リナはラストが描き終えた魔法陣を見てすぐにそれが何か分かった。
だからこそ、すぐさま言葉でラストを制止させる。
本当なら実力行使でやめさせるのだが、それは右腕のせいで体を動かすことができないので不可能であった。
それ故に、目の前で起ころうとしている現実から逃れられそうになく、ふと自身の甲からラストの顔へ目線を映していくとその顔は安心させるように笑っていた。
その表情がリナの怒りのボルテージを上げさせる。
「どうして笑っていられるのよ! あなた、このままいけば“悪魔”になるのよ!?」
「どうしてだろうね。自分でもよくわかんないや。でも、きっと君をもうこれ以上苦しめなくて喜んでいるかもしれない」
「ダメよ! そんなの!」
リナは必死に説得の言葉を投げかけていくが、もうこれ以上は響かないようにラストは強い意志で実行していく。
「君を救うにはこれしかない。だから、もしもの時のために憧れの君には話しておくよ。
僕が特魔隊に入りたい理由は君のように人を助けられる存在になって、過去の僕や今の君のようにもう苦しい思いをしなくていいようにって思ったから」
「待って――――」
「我、常闇の尋常ならざる存在へと呼びかける。暗き導きの手よ、我の肉体を食らって目を覚ませ。
その魂魄の無限なる悪意を開放せよ――――契約執行!」
その瞬間、ラストの心臓に当たる部分に魔法陣が浮かび上がる。
そしてリナの変異した右腕や角が黒い靄状になって空気中に広がっていくとその魔法陣に吸い込まれるように入り込んでいく。
瞬間、ラストの視界がドクンッと強い衝撃と共に二重にブレた。
そしてその内側から湧き上がるドス黒い憎悪に精神が支配されていく。
「あああああああ!」
ラストは自身の心臓を鷲掴むように右手の爪を立てた。
そして何かが支配していくように意識が遠のいていく。
その様子を見ていたリナは何もできなかった。
もう悪魔が他の人の体に移り終わってしまった時点で出来ることは何もない。
認識していることはただ自身の右腕は元に戻り、角も消え去っているということだけ。
「おーこんな所にいたか。久々にキレて魔力探知を忘れて――――っ!?」
上の階から降りて来たルフトは額に青筋を入れていたが、先ほどとはもっと違うより異質な気配に体を震わせていく。
まるでこの場からすぐに逃げろ、と言わんばかりに。
「ああああああ!」
ラストの叫びと共に周囲に漂う砂煙と小さな瓦礫が吹き飛んでいく。
ルフトは咄嗟に両出でガードしながらその隙間からラストの様子を覗き見るとすぐさま言葉を失った。
ラストが憤怒の悪魔になっていたからだ。
ラストはリナと同じように右腕を変色させて角を生やしている。
しかし、先ほどと違うことがあれば、それはまるで絶対強者と言わんばかりの覇気であった。
「......なるほど、これが今回の適正者か。
移り込んだことで思わず目が覚めてしまったが、未だ同調率は10パーセント。
だが、まるで自分の手足のように動かせるようだな」
ラストの声色はどこか深く、大人びた落ち着きを持っていた。
手を握ったり開いたりしながら感触を確かめてるその姿を見て、ルフトは今度こそ確信した――――本物である、と。
「さ、サターニア様、お目覚めになられたんですね?」
「......」
やや鋭い目つきで見られたことにルフトは体をビクッとさせる。
しかし、ルフトは自分達が同じような存在であることに望みをかけて提案した。
「サターニア様、これから一緒に人間狩りでもいかがですか?
俺達にとってここはいわばバイキングと同じ。至る所に人間がいて食べ放題ですよ?」
「......そうだな」
「でしょう! であれば早速そこの女から――――」
「――――だが、俺には必要ない。受肉した体でわざわざ魂を食らう必要もない。それに俺は
「......っ!?」
ルフトはその一言でもうこれ以上の説得は意味ない、と判断するとその場から逃げ出した。
しかしすぐさま、サターニアはルフトを追いかけていく。
明らかな身体能力スペックの違いからすぐさま追い付かれそうになったルフトは咄嗟に右手を後ろに向けると魔法を発動させた。
「
サターニアの両脇から巨大な黒い手が二つ出現し、その手がサターニアを握り潰そうと襲ってくる。
しかし、サターニアは何もしない。まるで何もする必要がないように。
「なっ!?」
黒い手がサターニアを襲った瞬間、その黒い手はサターニアに触れる前に何かに弾かれた。
その隙にサターニアはルフトに追いつくと右手を振り上げる。
「いいか? 俺は
「待っ――――」
サターニア改めリュウはルフトの顔面を鷲掴むとそのまま地面に叩きつけた。
しかし、悪魔は
ルフトは勝った気でいるリュウへ影を纏わせた巨大な右手ですぐさま攻撃するが、リュウが左手を薙ぎ払うだけで右腕ごと吹き飛ばされた。
「失せろ」
そう一言告げるとルフトの顔面目掛けて足を振り下ろし踏みつぶしていく。
直後、ルフトの体は灰のようになって空気中に魔力として霧散していき、それを見届けたリュウは「限界か」と呟いた。
その瞬間、意識が薄れ始めたのか頭を抱え始める。
それと同時に強大な魔力が急接近してくるのを感じた。
その方向を見れば目の前に小石が飛んできてるではないか。
「反転・移流」
しかし、その小石がすぐに一本の太い杭へと姿を変えた。そしてその杭はリュウの胴体を貫いていく。
体が上手く動かなくなっていたリュウは霞む視界の中で一人の男を見た。
「よし、確保っと」
*****
「う、ん......ん?」
戦闘から数日が経ち、ラストはようやく目を覚ました。
だがその場所はベッドの上ではなく、どこかの何もない隔離された空間。
ラストは口元に猿ぐつわをつけられ、さらには全身を布で覆われその上からいくつもの金属製の拘束具で椅子に括り付けられていた。
そのラストの正面には窓ガラスがあるがそこからは何も見えない。
するとその時、ラストの目覚めを見計らったように声がかけられた。
「さて、寝起きのところ悪いけど話しをしようか――――憤怒の悪魔君?」
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