第5話 稼いだ時間
ラストの前に立ちはだかる圧倒的な殺意は僅かにラストの動きを緊張で鈍くさせた。
その横では息が苦しいのかもがいているエギルの姿もある。
「ほらほらどうした? 早くしないと仲間が死んじまうぞ?」
「今、助ける!」
ラストは魔剣銃のトリガーの下にある僅かなくぼみを指で押し込む。
その瞬間、ラストの手にしていた魔剣銃は剣の形から銃の形へと変形した。
そのまま真っ直ぐ走り込むと両手で支えて狙いを定め、引き金を引いていく。
その銃からは引き金を複数回引いた分だけの魔力による銃弾が放たれ、その銃弾はルフトへと真っ直ぐに飛んでいった。
「遅いな」
されどその魔力弾は簡単に床の陰から出現した複数の黒い手によって弾かれていく。
そしてその黒い手は一斉にラストに向かって襲い掛かった。
ラストは「銃を撃つ間合いじゃない」と判断すると再び切り替えスイッチを入れて銃から剣へと変形させるとその黒い手に斬りかかっていく。
しかしその黒い手を斬り飛ばすことは出来ずに弾き返すだけの結果に終わった。
その様子にルフトは嘲笑う。
「どうした? 魔力の
「......っ!」
その嫌みにラストは言い返す余裕すらなかった。
それもそのはず、ラストが現状に扱う魔剣銃はエネルギー不足に陥っているからだ。
通常の魔剣銃はあくまで
しかし、ラストが使っているのは魔力のないラストが使えるもともと魔剣銃自体に魔力が充填されたもの。
よって、本来なら自身でどのくらい魔力を使ったかわかるものもわからず、加えてルフトに一泡吹かせるために使った
それはラスト自身も魔力弾が平然と弾かれた時点で気づいた。
しかし、気づいた所でそれを補填するような動きも、魔法もない。なぜなら魔力がないから。
「どうしたどうした? さっきのあの憎たらしい顔をもう一回浮かべてみろよ」
ラストは紙一重でその動きを剣でさばいていく。
黒い手を切るではなく、その攻撃自体をいなすだけならいるのは技量で魔力は必要ない。
今のラストは大抵の魔力を持つものなら面倒で、もとより魔力で補えるから必要ない剣の技量で四方から襲ってくる黒い手に対処していた。
魔力がないのに案外と粘るラストにルフトは思わず舌を巻く。
「魔力がねぇのに俺の攻撃でここまで粘るとは下等生物とはいえさすがに感心する。だが――――」
ルフトはそっと右手を前に向けるとゆっくりと手を握った。
「所詮は悪あがきに過ぎない」
「ぅぐっ!」
「エギル君!」
ルフトの行動によりダメージを受けたのは高速されているエギルであった。
首を絞めている手の力が強くなったのか表情もより深刻な顔になっている。
その声にラストは思わず反応した――――否、反応させられた。
「足元がお留守だぜ」
「ぐはっ!」
直後、ラストの足元から黒い手による拳が伸びてきて、ラストの胴体に深く刺さる。
それによって、ラストの動きが一瞬止まるとその隙を狙って複数の手が襲い掛かった。
ラストは視界に収めた黒い手の軌道を読んで剣でいなしていくが、その視界外から黒い手が横っ腹目掛けて攻撃してきた。
その重い二撃目が内蔵を傷つけたのか口から血を吹き出していく。
「どうよ? 俺の魔力特性『潜むもの』による影魔法は?
影がある場所は全て俺のテリトリー。つまりはこの建物内は全て俺のホームってことだ」
「魔力特性」――――それは魔力を得る者が必ず一つは宿している魔力の特性である。
その魔力はそれ自体でもある程度の空間干渉力はあるが、それを魔法に変換させて使用するのが主である。
今回で言えばルフトの魔力特性は影に干渉するもので、その影を魔法で「黒い手」として昇華させているのだ。
「.......っ」
「答える余裕もないって感じだな。いい気味だ。まぁ、聞いてろよ。
お前は先ほどまで随分と一生懸命俺の攻撃に対処してたみたいだが、それはあえて俺が
だが、本来の俺の攻撃はこの空間全てに及ぶ。つまり、俺はお前を遊んでやってるってわけ――――こんな風になぁ!」
ルフトは左手を大きく薙ぎ払った。
その瞬間、ラストの背後から現れた巨大な黒い手が同じように薙ぎ払い攻撃をしてくる。
ラストは咄嗟に剣でガードするがその威力はいなしきれるものではかったようでそのまま吹き飛ばされ横に転がっていく。
「まだまだぁ!」
ラストが寝転がり天井を向くとその天井を覆い隠すような複数の黒い手が襲ってきた。
なので、ラストは咄嗟にうつ伏せになってその場から飛び離れていく。
その黒い手の威力は床に大きく凹みを入れるほどで当たればひとたまりもないことは確実のようだ。
加えて、その黒い手はラストを追撃するように次々と襲ってくる。
ラストが走ればその直後を黒い手が通りドスドスと壁に拳をぶち当てていく。
壁に直撃しても壊れないのはルフトが張った結界によるものだろう。
「お前に逃げ場はねぇ! せいぜい捕まらねぇように動き回ってみせろ! ま、それだと仲間の命はねぇだろうがな!」
ルフトはラストを煽るようにエギルを締める力を強くした。
それによって、エギルがさらに苦しみの声を出し、それに釣られたラストが思わずエギルの方を見る。
その瞬間ルフトは「かかった」と呟き、魔法を発動させる。
「闇格子」
ラストの足元から魔法陣が浮かび上がり、その円形に沿って黒い手がラストを取り囲むように伸びていく。
そしてラストを完全に包囲するとその魔法陣の外側から巨人の手のような黒い手が出現した。
「仲間も救えず惨めに死にな」
身動きが取れない状態で、さらに絶体絶命という状況の中でラストが取った行動は――――攻撃であった。
「まだだ!」
その行動は当然賭けに等しく、さらに成功率は著しく低いといえるものであったが、絶望の表情を見せないラストの行動はまるでその賭けが成功するとでも言っているようであった。
今にも死にそうな状況で見せるラストの不敵な笑みは圧倒的優位に居るルフトを僅かに委縮させた。
その一瞬がラストの行動を起こすまでの時間を稼がせていく。
魔剣銃を剣から銃へと変えていくと内在する魔力の全てを一撃に込めるように集中させていく。
魔剣銃もそのエネルギーに耐えかねているのかカタカタと震え始め、ヒビの入った箇所はその溝を大きくしていった。
そしてラストは狙いを定めるとその引き金を引いた。直後に魔力中は粉々に砕け散っていく。
「
銃口から放たれた魔力弾は銃口の大きさよりも遥かに大きいものであり、さらに高エネルギーを宿したそれは黒い手の作り出す格子を打ち破り、ルフトに向かって直進していった。
その魔力弾にルフトは咄嗟に両手を突き出すとその動きに合わせて床から二本の黒い手が交差するように伸び、その魔力弾を防いでいく。
しかし、威力が高いのかルフトであっても弾き返せず、その魔力弾はその場で大きな爆発を引き起こした。
それによって、戦場となった空間には逃げようのない爆風が広がっていき、黒い手が消えたと同時にラストもエギルも吹き飛ばされていく。
辺り一帯は煙に包まれて何も見えない。
本来魔力で相手の生存を確認するものだが、魔力のないラストは目視で確認するしかなかった。
黒い手が消えたということはワンチャン倒せた可能性もある。もし倒せたなら御の字だが――――
「あ~、さすがに魔力を分散させた状態だと危なかったな」
当然そうはいかない。それこそ悪魔及び魔族を倒す専門の特魔隊が設立される所以なのだから。
煙が払われると同時にラストの足元からは黒い手が伸び、その手はラストの首根っこを掴んでいく。
「おいおい、本当にウゼェなお前は。おかげで腕が無くなっちまったじゃねぇか。ま、こんなもんはかすり傷なんだけど」
ルフトは失った右腕と抉れた右わき腹をラストに見せつけるとそれを完全修復させていく。
それが悪魔及び魔族と人間との隔絶された力の差でもあった。
「お前らは腕の一部でも失えば失血で死ぬ。だが、俺達は
ルフトは治した右腕をそのまま上げると手を何かを掴むような形に変えた。
その形は丁度ラストの首を掴んでいる黒い手と同じであった。
「正直魔力がねぇくせによくやったと思うよ。だが、所詮は人間のあがきだった。
とはいえ、俺をイライラさせるまでには十分によくやったと思うから、俺が直々に殺してやるよ!」
ルフトが右手を閉じると同時にラストの首を掴む黒い手の締め付けも大きくなる。
このままでは死ぬ、とラストが想ったその時すぐ横から雷撃が飛んできてラストの黒い手を消した。
「だから、ザコなんだよテメェは」
それを行ったのはエギルであった。
エギルはその言葉を吐き出すと電池が切れたように倒れていく。
「
「――――そのおかげであなたを倒せる」
直後、結界を打ち破って黒い破片を纏わせながら一人の水色の髪をした少女が乱入してきた。
その少女を見た瞬間にラストは思わず困惑する。
その人物はラストが憧れているリナ=エストラクトであったからだ。
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