第4話 吹かせる一泡

 ラストは魔族に首を掴まれてるエギルのぐったりとした様子を見て思わず叫んだ。


「エギル!」


「ん? これは新たなる客人ってか?」


 闇のような黒い魔力を纏った魔族はラストへとゆっくり顔を向ける。その顔は「またか」と言った感じでため息まで吐いている始末だ。


 しかし、ラストは手に持った魔力充填式魔剣銃を両手に持つとその魔族へと再び叫んだ。


「お前は魔族だな? 今すぐエギル君を放せ!」


「下等な人族如きで『お前』呼ばわりとは.....実力差を知らない無知ってのは実に怖いもんだ。

 いいか? 俺の名はルフトだ。冥途の土産に教えておいてやるよ」


 ルフトは依然としてエギルを掴んだままラストへと体を向けると見下したような笑みを浮かべて尋ねた。


「で? 何をどうするって?」


「エギル君を放せと言っているんだ」


「おいおい、せっかく逃げるチャンスをやってやったのに律儀に言い返すとかお前バカだろ? さっきも物陰からこっそりと見ていたようだが、来てないもう一人の方が随分と利口みたいだな」


「バカで結構。それで知り合いを目の前から失うよりはマシだ」


 その言葉にルフトは思わず驚く。そしてすぐに失笑した。


「お前、俺から奪い返せると思ってんのか? 明らかにエギルコイツより弱いだろ?」


「弱いことはわかってる。それでも奪い返せる可能性はゼロじゃない!」


 そう言い切るとラストはルフトに向かって走り始めた。そのルフトに向かって少しだけイラッとしたルフトはあざけ笑いながら返答した。


「奢ってんなぁ! 下等生物!」


 ルフトは空いている左手を掲げるとそのままラストへと向けた。


宵闇の誘いシャドウハンド


「......!」


 その瞬間、このビルの内の至る所の陰から真っ黒い手が伸びてきた。その手が我先にとラストに掴みかかっていく。


 ラストはその黒い手の距離や動きを右から左へ簡単に視界に捉えていくと魔剣銃のトリガーを指で引いて魔剣銃に魔力を纏わせていく。


 そして黒い手を躱したり、剣で打ち払いながら着実にルフトへと近づいていった。


「お、弱いくせにやるじゃん。だが、それはさっきのコイツはもっと楽そうにやって見せてたぜ」


 ルフトは左手に魔力を高めるとそれに合わせて黒い手は更に数を増した。

 横からどんどんと増えていく黒い手はやがラストの頭上を越えるとそのまま覆いかぶさるように向かってくる。


 そしてラストはいくつもの黒い手に周辺を包囲された。


「ハッ、他愛もねぇ――――」


「連天斬り」


 思わず悪態をつくルフトの反応を覆すとばかりにラストは覆いつくしていた黒い手を剣戟で払いのけてみせた。


「良かった。僕の剣戟は通用するみたいだ」


「やるじゃん」


 ラストはエギルに向かって高速で向かっていく。そしてラストがルフトを間合いに捉えた瞬間、ルフトはニヤリと笑った。


「―――――だが、所詮は下等生物だ」


「ぐっ!」


 直後、ラストの真下の陰から黒い手が伸びてきて、ラストの首根っこを掴んで持ち上げた。

 ラストは咄嗟に左手で黒い手を掴むが足が宙に浮かせられてしまっているせいで踏ん張りが効かず、魔力で自己強化出来ないラストにとってはもはや逃げることは不可能。


 そんなラストを見て違和感を捉えたルフトは思わずラストに尋ねる。


「お前......魔力ねぇだろ?」


「ぐ......ぅ......」


「しょっぱなから魔力特性である雷を魔法として昇華させて使ってきたエギルコイツと違って、お前は何もしてこない。

 魔力が小さすぎて感じ取れねぇだけかと思ったが、こうして拘束してもお前の身体能力が上がってるわけでもなさそうだ」


 そう言いながらルフトは「まさかとは思うが......」と言葉を続けていく。それと同時に空気が一変するようにピリついた雰囲気と化した。


「お前.....魔力ねぇくせに俺の大見え切ってたってのか?」


 そのルフトの声色はイラ立ちに近かった。目つきも先ほどより鋭くなっている。


「おいおいそりゃねぇぜ。いいか? 大小あれど俺が少なからず戦ってきた連中は全員魔力を持っていた。

 それは当然魔族俺達の存在が魔力でしかまともにダメージを与えられないことに起因するが、もっと言えば魔力を持ってないと勝てる見込みすら得ないってことだ」


 ルフトはエギルを投げ捨てると動けないラストにゆっくり近づいていく。


「だがお前はどうだ? 魔力を持っておらず、たかだか魔力を纏わせることが出来るだけの武器で俺という存在に立ち向かった。その度胸は褒めてやるよ」


 ルフトは右手の爪を立てると僅かに構え、更にイラ立ちを高めた声で告げた。


「だがな、魔力を持たねぇクソ下等生物如きが俺に一泡でも吹かせられると思ってることに腹が立つってんだ」


 その言葉を聞いたラストの表情は恐怖でも後悔でもなく、ニヤリと浮かべる不敵な笑みであった。

 それに対し、ルフトは思わず聞いた。


「何がおかしい? すぐに殺してやるからさっさと答えろ」


「こっちの都合の話だよ。この距離なら――――外さないなと思っただけだ」


 ラストは右手に持っていた魔剣銃の剣先をルフトへと向けた。そしてラストがトリガーを引いた瞬間、その刃が光源となって周囲を激しく照らし出し始める。


 その光が目くらましとなり、ルフトの動きを一瞬阻害した。その瞬間を狙ってラストはトリガー横にあるボタンを親指で押す。


魔力解放フルバースト!」


「なっ――――」


 直後、その魔剣銃から勢いよく魔力の奔流が溢れだし、それは正面にいたルフトを吹き飛ばしながら大きな爆発を引き起こした。


 ラストは魔剣銃の反動と爆風で吹き飛ばされながらも咄嗟に受け身を取ってダメージを最小限にとどめる。されど、それでも右腕は大きく火傷しており、額からも血が流れているが。


 その次にラストが取った行動はルフトへの追撃ではなく、床に寝転がっているエギルの回収であった。

 そしてエギルの下へ向かうとそのまま近くの階段で上へと駆け上る。


 駆け上った先にある窓から外へ脱出しようと試みたが、窓を開けた瞬間にあったのは黒い壁であった。


「これは......結界!?」


 どうやらルフトはラストがビルへと侵入した瞬間からこのビルを覆うように結界を張って出口を塞いでいたらしい。


 そのことがわかるとラストはすぐさま思考を切り替えて、一階にいるルフトから出来るだけ距離を取ろうとさらに上の階へ上り、三階に来たところで一旦身を潜め呼吸を整えた。


 ラストは四階へ上がる階段の角から三階へ上がる階段の様子を見た。

 それはルフトが確実に生きていることを予想しての行動で、ラストのあの攻撃は文字通りの目くらましでしかなかったのだ。


 そんな風にラストが周囲を警戒していると気絶していたエギルが目を覚ました。

 「ここは......」とぼんやりする思考の中で周囲を見渡していくとすぐ隣にいたラストの存在に気付く。


「な、なんでテメェがここに居やがる」


「良かった! 気が付いたんだね」


 エギルのイラ立ったような言葉にラストはただ笑みを浮かべて返答していく。

 その顔を見て更にイラッとするエギルはふと自身の戦っていた相手を思い出した。


「あのクソ野郎は?」


「まだ下にいる。本当は逃げたかったけど、結界が張られて逃げれない」


「なら、おあつらえ向きだ。俺はまだ負けちゃいねぇ......痛っ」


「ダメだよ、動いちゃ!」


「うっせぇ、触れんな!」


 ラストが立ち上がろうとしてよろけるエギルに手を差し伸べるも、エギルはその手を振り払った。


「ザコに助けられるほど弱ってねぇ!」


 キリッと睨まれるような目つきにラストも思わず怯んでしまった。しかし、立ち上がって歩くエギルの姿はやはり明らかに戦えるような状態ではない。


 ラストはもう一度声をかけようとしたその時、背後から不気味にイラ立った声がかけられる。

 そして振り返るとそこにはルフトがいた。


「さっきはよくもやってくれたな。簡単には殺さねぇ!」


 そう言ったルフトが右手を差し向けた瞬間、すぐ横から大きな黒い手がラストへ殴りかかった。

 ラストは咄嗟に魔剣銃でガードして直撃を防ぐが、その魔剣銃に僅かにヒビが入る。

 そしてその横では複数の黒い手で拘束されているエギルの姿があった。


「エギル君!」


「さぁ、先ほどと同じ状況で再戦と行こうか。今度は上手くいくと思うなよ? 簡単には殺さねぇ。嬲り殺しにしてやる!」

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