第2話 無茶で無謀な提案

 悪魔、それはこの世界に現存する怪奇的な存在を指す存在のことである。


 その存在がどこから現れたのか、何を目的にするのかは未だほとんど不明であり、わかることは闇に紛れるかのように基本夜を好み、人間よりも遥かに高い戦闘能力と魔力を有するということである。


「――――だってさ」


「いや、何今更になって悪魔のことについて調べてんの?」


 場所は中等部学院の中にある図書館。

 そこの一角に座るラストは黒目をキラキラさせながら悪魔の生態に関する本を手にするとそれについて読み始めたのだ。


 その行動に関して茶髪の髪をかきながら不思議がるグラートが尋ねるとラストは気さくな笑顔を向けて答えた。


「なんか悪魔の話題について話してたらどんなんだったかつい気になっちゃって。

 ほら、僕達って下級悪魔や魔獣の討伐すら許されてないでしょ?」


「まぁ、それが出来るのはあくまで特魔隊に入る連中が通う高等部の話だからな。

 とはいえ、俺がさっき悪魔を倒しに行かないかって聞いた手前そう言うってことはあまり乗り気じゃないだろ?」


「そう......かもね、常識的に考えて僕達のようなひよっこが何人も失踪させている正体が悪魔だとして、その相手に敵うかって言ったらほぼほぼ犬死確定だしね」


 そう言いながらもラストは「だけど......」と言葉を挟むと続けていく。


「正直、グラートの提案は嬉しかった。あ、悪魔を倒せるとかそういうことじゃないんだけど、ただもし倒せちゃったりしたら僕の周りの評価も変わったりするのかなとか思っちゃって」


 そんな淡い期待を抱きつつも、諦めの表情を浮かべているラストに対して、グラートは肩に手を置くと告げた。


「変わるに決まってるさ! いや、変えてやるんだ! 俺はお前が評価されてる所を見たいからな!」


「ありがとう。そう言ってくれるのはグラートだけだよ」


 ラストは嬉しそうに笑顔を向ける。ただその表情にはグラートは少し硬い笑みを浮かべた。

 するとその時、ラストはペラペラめくっていた本に何かを見つける。


「あ、グラート。こんなこと書いてあるけど、これって授業で習ったことあるっけ?」


「なになに......悪魔契約呪文? いやないな。というか、こういうの教えちゃったら俺達的にどうなのよ?」


「でも、悪魔に関して知っておくってのは重要だと思うんだよ。

 それが未だ謎が多い悪魔に関して知り得る重要な手掛かりになるかもしれないし」


「悪魔に興味があるのか?」


「ない......と言ったら嘘になるかな。知りたいんだ、どうして悪魔は人を襲うのか。

 悪魔はどこからやって来たのか。ま、要するに謎が秘められてる部分なんだけど」


「だけどお前は......いや、なんでもない。気にしないでくれ」


 グラートはラストに対して咄嗟に言うのを止めた。それは遠回しにラストを傷つけるような発言になってしまうからだ。


 とはいえ、言いかけたその言葉の先をラストはなんとなく理解しながらも、「気にしてないよ」とばかりに笑顔を向けると読んでいた本を戻していく。


 本棚に挟まれて立っているラストに対し、椅子に座ったままグラートは先ほどまでしていた内容に話を戻した。


「で、どうするんだ? ぶっちゃけ、行くかどうかはお前の気持ち次第だ。そこは尊重する。

 ただ俺個人としての希望としては行きたい。こういうとアレだが、お前のために」


「......もう少し考えてもいいかな」


 そう言ってラストが向かった場所は中等部学院に隣接してある修練場だ。

 そこはドーム型の巨大空間で二階には観客席があり、その場所にやってきた二人は上から修練場の中央で特魔隊に入るために切磋琢磨して模擬戦をしている人達を眺めていた。


「魔力式駆動剣銃......やっぱかっこいいな~。あんな風に戦いながら動かしてみたい」


 「魔力式駆動剣銃」――――通称“魔剣銃”は特魔隊を管理する組織の開発部が作り出した汎用型魔力武器。


 名前の通りこの武器は「魔力」がなければ動かすことが出来ないため、ラストはその武器をまともに扱えたことがない。

 その理由として挙げられるのは悪魔には魔力がないと攻撃出来ないからである。


 ちなみに、その武器には剣特化型や銃特化型、はたまた特殊変形型など持ち主の“魔力特性”から変わってくるため、特魔隊ではほとんどがオーダーメイドと言われている。


 ラストは武器を扱えることに憧れを持ちながら、その武器を使った際の動きを脳内でシミュレートするように注視していた。

 それはグラートが横から見ても気づかないほどの集中力で。


「凄いよな、お前は。そうやって見てるだけで動きの基本はトレースしちまうんだろ?」


「さすがに見てるだけじゃ無理だよ。いくらシミュレートしたって実際に動かすじゃ体の調子であったり、環境変化で変わってくるし。

 いわば、その動きを真似して自分の動きやすいようにアレンジしてるだけ」


「いや、そもそもそれが普通は無理なんだって。俺なんてしばらく練習するほどがある」


「別に褒められた特技じゃないよ。ただ僕は魔力がない分覚えが早くないと皆に置いてかれちゃうから覚えるのが早くなっただけだと思うし。

 実際、覚えるのが遅くても僕よりも全然強くなることなんてザラにあるし」


「そんな謙遜すんなって。少しは欲深く威張ったって俺は気にしねぇぞ?」


「そうかな......なら、僕が唯一持ちうる能力だ! ってね」


「よ、学院一の努力者!」


 和気あいあいとする二人の会話に鋭く威圧するような声が響き渡った。


「うるせぇぞザコが」


 二人がその下に目を向けるとオールバックに金髪を上げた悪役のような目つきをしたツンツンした金髪の男が二人を見上げていた。

 その顔を見てグラートは思わず嫌そうな顔をする。


「うわっ、【エギル=ラクリエッタ】だ。厄介な奴に絡まれたな」


「テメェ、まだこの学院にいたんだな。てっきりとっくの前に消えたと思ってたが」


「はっ、お前如きに誹謗中傷されて止めるようなタマじゃねぇよ、うちの相棒はな!」


「んだと、ザコが!」


「ザコはお前の方ですぅ。俺は学院三位だけど、お前は四位だろうが」


「今の俺はとっくにお前を超えてんだよ! 前はたまたま調子が悪かっただけだ!」


「やーい、小者のセリフー」


「ちょ、もういいから。グラート、落ち着いて」


 二人の言い合いがヒートアップするのを見てすかさず止めに入るラスト。

 それに対し、グラートは「このぐらいにしといてやるわ」と辞めたが、それが不味かったのかエギルのストレスはラストへと矛を向けた。


「とにかく! テメェのようなザコはこの学院の恥だ。

 もっとも魔力のないお前じゃ技術士としても何の役に立たないだろうがな」


 エギルがそう言うと周りにいた取り巻き達がバカにするように笑っていく。

 それに対して、怒り沸騰とした様子のグラートが思わず言い返そうとしたところで、ラストは肩に手を触れて止めると笑顔で言い返した。


「確かに、エギル君の言う通りだと思う。だけど、まだ特魔隊に入る可能性だって諦めない限りゼロじゃない。僕はまだ足掻いてみせるよ」


「......気持ちわりぃ顔しやがって」


 そうエギルは呟くと取り巻き達を率いて修練場を後にしていく。

 そんな様子を見ていたグラートはあんなに言われてもなお笑顔で言い返したラストに対して言葉を告げようと顔を向けるとそこには柵に拳を置いた静かなラストの姿があった。


 その表情は先ほど向けていた笑顔はどこにもなく、どこか決意を感じさせるような雰囲気を纏っていた。


「.......本当はわかってる。どれだけ虚勢を張ったって僕には魔力がないことは事実だ。

 だから実際、特魔隊に入るのはもうゼロと言っても過言じゃない。

 だけどもし、そんな僕に道を作るとしたらその方法はきっと一つしかないんだと思う」


 そう言葉を綴ったラストはグラートに顔を向けると真面目な表情で告げた。


「無茶で無謀しかないかもしれないけど手伝ってくれないかな――――悪魔退治」


 その言葉にグラートは嬉しそうに右手の拳で胸を叩くと告げる。


「任せろ! もとはと言えば俺の提案なんだ! 俺が行かない道理はない!」


「ありがとう」


 そんな二人の言葉を観客席入口の裏で一人の生徒が聞いていた。

 そして「バカ者達が」と呟くと修練場から去っていった。

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