聖女リリスは勇者から奪った聖剣を魔王の心臓に突き立てる

黒木メイ

聖女リリスは勇者から奪った聖剣を魔王の心臓に突き立てる

 

「別れようリリス。俺のことは忘れてくれ」


 そう言った男の瞳には何の感情も浮かんでいないように見えた。予期せぬ別れの言葉をリリスは脳内で処理できず固まっていた。リアクション一つとることもままならない。普段冷静に物事を考えるリリスの頭の中は真っ白だった。茫然自失となったリリスをよそに、男は無情にも背を向け、その場から立ち去っていった。

 我に返ったリリスが慌てて男を追いかけようとした時にはもう、男の姿はどこにもなかった。

 その日以降、リリスは男と話し合うどころか、男の姿を見つけることさえできなかった。

 リリス達が住んでいたのは小さな町だ。手当たり次第に人に尋ねていれば誰か一人くらいは何かしらの情報を持っていたりする。それなのに、ここ数日誰も男を見ていないと言う。行方すらわからなかった。男が住んでいた部屋は、男がリリスに別れを告げたその日にはもぬけの殻になっていたらしい。リリスは途方に暮れた。現実味が無くて泣く事すらできなかった。

 縋ることも、問いただすことも、罵ることもできずに二人の関係は男の一方的な別れの言葉だけで終わってしまった。



 ————————



「リリス」

「はい」


 勇者に名前を呼ばれ、リリスはいつものように右手をかざした。黄金の光が勇者の身体を包み込み、小さな傷や蓄積されていた疲労に至るまであますことなく癒していく。全回復をした勇者は己の身体の調子を確認すると満足気に頷き、リリスに笑みを向けた。


「彼女達も癒してやってくれる?」

「わかりました」


 リリスは言われた通り、己への敵対心を隠しもせずに、睨みつけてくる三人の女性へと目を向けた。

 一人は、いつも面積の少ない衣服に身を包み、蠱惑的な身体を惜しげも無く晒している大魔法師。彼女はこんな見た目だが、この国の第二王女でもあるというのだから驚きだ。

 もう一人は、口調も見た目もボーイッシュで一見色気の欠片もなさそうだが、身に着けているアーマーを脱ぐと健康的なメリハリボディが出てくるギャップウケする女剣士。ちなみに、虫が大の苦手らしい。

 最後の一人は、独自にあみだした若返りの秘術で若さを保っているという年齢不詳の合法ロリ賢者。その気になればどんな姿にも変身できるらしい。その才能は他の面でも見せて欲しいのだが。

 彼女達は三者三様ではあるが、あからさまに勇者へと好意をよせていた。勇者も彼女達からのアプローチに気づいていて、彼女達の気持ちにに応えている。だが、決して誰か一人を選ぶということはなかった。『勇者は聖女と結ばれなければならない』なんて、どこで聞いたのかもわからない与太話を彼女達に告げ、彼女達から選択を迫られた際はリリスの元へ逃げるのだ。

 少し考えればわかることだろうに、不思議と彼女達は勇者だけの話を鵜呑みにしてリリスの話を聞こうとはしない。リリスが否定しようとしたのは最初のうちだけだ。すぐに、彼女達には何を言っても無駄だと悟った。

 彼女達はリリスのことを勇者を独り占めしようとする悪女だと決めつけ、きつく当たる。

 勇者はそのことを知っていても誤解を解こうとはしなかった。むしろ、己を巡って女性達がキャットファイトを繰り広げる光景を嬉しそうに見ていた。

 結局何かと勇者が頼りにするのはご機嫌伺いの必要が無いリリス、だということは事実。ただそれも、『使い勝手が良い』ただそれだけの理由で深い意味は特にない。それでも彼女達の嫉妬を煽るには充分だった。


 とはいえ、彼女達も怪我をした際に数に限りがあるポーションを使うよりも聖女の力に頼った方がいいということは理解している。万に一つでも己の身体に傷が残るような可能性は作りたくない。

 故にいつも彼女たちは『勇者に言われたから渋々従っているのだ』というていでリリスに近づいた。


「さっさとしなさい愚図」

「その顔はどうにかならないのか、そんな陰鬱とした顔を見るとこちらの士気も下がるんだが」

「神はお前のようなものにでも一つくらいは取り柄を与えるのじゃな。いささか、分不相応な気もするが」


 リリスは彼女達からいくら暴言を吐かれようとピクリとも反応しなかった。そのことがさらに彼女達を苛立たせた。普段勇者を巡って言い争っている彼女たちだが、共通の敵を前にした途端今度は共同線をはろうとする。

 内心うんざりしながらもリリスは粛々と己の仕事を果たした。


 全回復した彼女たちが勇者の元へと駆け寄り、きゃいきゃいと騒ぎ立て始める。最後にボロボロになったパラディンがリリスの前に立った。


「頼む」

「はい」


 リリスと変わらないぐらいに無口な男だが、その瞳にはリリスに向けた侮蔑と色欲が宿っていた。身だしなみに気を使わないリリスは一見するとわからないがよくよく見れば整った容姿をしている。そのことに勇者もパラディンも気づいていた。

 けれど、あの三人の前でリリスを褒めるような愚かなマネはしない。リリスだけでなく己にも火の粉が降り掛かってくるのは避けたいのだ。


 パラディンの全回復がすむと、勇者達は今晩の宿に向けて再び歩き始める。彼らは聖女であるリリスをきづかったりはしない。リリス自身もいくら立て続けに回復魔法を使い、身体が重くなっていたとしても彼らの前で愚痴を零そうとはしなかった。それよりも早く宿に辿りつきたい気持ちが強かった。

 魔王討伐の旅は始まる前から綿密に計画がたてられていた。今のところ大きなズレもなく順調に進んでいる。過保護な国王が先んじて宿を手配しているおかげで泊る宿に困ることもない。

 加えて、神殿からの通達により、絶対に間違いが起きてはならないようにと聖女と勇者は各々一人部屋が毎回用意されている。故に、リリスは唯一一人になることができて、ゆっくりと休める宿へと早く着きたくてたまらないのだ。



 今晩の宿にようやく到着し、早々に一人きりになったリリスは疲れきった身体をベッドへと投げた。すぐに意識が薄れていく。



 コンコン


 ドアを叩く音で目が覚めた。リリスはベッドに横になったまま、扉をちらりと見て鍵を確認する。

 しばらくすると男の舌打ちと遠ざかっていく足音が聞こえた。内心ほっとして、握っていた拳をほどいた。

 一応、宿の中では互いに干渉しないルールを設けているが、こうやってパラディンや勇者がリリスの元へとやってくることは少なくない。そのたびに、リリスは寝たフリを決め込んだ。ただ、己を見るあの目を思い出すと、いつか無理やり押し入ってくるのではないかという不安があった。


 他メンバーと顔を合わせないように、リリスはいつも彼らがいない時間を狙って食事を頼む。今日も部屋で食べるように伝え、宿屋のスタッフからは十五分後に取りに来るようにと言われている。

 彼らと共に食事をとったことはほぼない。野営での食事は数分毎に交代して携帯食をとるだけなので問題はないが、宿屋でくらいはフードを外してゆっくりと温かい食事をいただきたい。

 時計を見て、時間通りにとりにいく、出来上がっていた美味しそうな食事を受け取り、己の部屋へと戻る。

 勇者の部屋の前を通り過ぎる途中、扉が少し空いていることに気づいた。リリスは扉を閉めようとして聞こえてきた会話に手を止めた。


「ねぇ、勇者様。魔王討伐が終わったら本当にあの聖女と結婚するつもり?」

「なに?! あの女。まだそんな厚かましいことを言っているのか?!」

「次世の為に魔力の高さを掛け合わせてハイブリットの子供を作る……だったかのう。そんなもの、我や王女達がいれば充分だろう。我が国王に助言してやろう」

「ほんとうかい?! そうしてくれると助かるなぁ。僕も義務とはいえ、正直あのいつも能面をつけているような聖女とは夫婦になる自信はなかったから」

「そのかわり、我を側室にしてくれよ。正室はそこの王女に譲ってやるから」

「まぁ! いくら賢者といえども、王族への口の利き方がなっていませんわね。まぁでも? 正室の私は心が広いですから許してあげますわ! どちらにせよ、忌々しくもあの聖女の魔力は私一人では到底敵わないほどあります。私たち三人分は間違いなく必要となりますわね」

「と、いうと……わ、私もそこに加えてもらえるのか」

「……仕方がありませんもの。あの聖女に勇者様を独り占めされるよりはマシですわ」

「うむ」

「みんな……これからもよろしくねぇ」


 感極まった勇者の声が聞こえ、その声に応える女性メンバーの声も聞こえてきた。いつしかその声に甘いものが混ざり始め、これ以上は聞くに耐えないとリリスはゆっくりと扉を閉めた。己の部屋へと向かって足を動かし始める。手に持っていたおぼんが軋み、音を立てた。慌てて力を抜く。感情を露わにしてしまった己を恥じ、首を横に振った。



 ————————



 パラディンを先頭にして女性メンバーが勇者を囲み、最後尾にリリスが立つ。皆、目のまえにそびえ立つ魔王城を見上げ、息を呑んだ。ようやく、ここまできた。魔王との対峙まで後ほんの少し。各々己を鼓舞して、敵の本拠地に足を踏み入れた。


 さすがにここまでくると敵の強さも今までの比ではないくらいに強い。聖剣を持つ勇者でさえ悪戦苦闘しているようだった。リリスは各々に即死を回避するための祝福をかけ、怪我をすれば即時に回復魔法を放った。そのおかげで何とか誰一人かけることなく確実に魔王の元へと進むことができている。鋭い視線を前方に向け突き進んでいく勇者たち。その数歩後をリリスが時折足を止め、周囲に視線を彷徨わせては目を細めた。


 勇者たちは息も絶え絶えに、けれど全員揃った状態で玉座の間へとたどり着いた。緊張の面持ちでパラディンが扉を開けると————玉座に鎮座している魔王がたった一人で勇者達を待っていた。黒い鎧で全身を覆い、同色のマントを羽織っている。その大きさは人間と左程かわらないように見えるが、身に纏っているオーラーが圧倒的に違った。

 誰かの息を呑む音が玉座の間に響いた。その音にぴくりと魔王が反応し、一同を順に眺めながら言った。


『よくきたな。勇者とその仲間たちよ』

「よ、余裕なのも今の内だけだぞ。勇者この僕が必ずお前を倒す!」


 勇者が魔王に向かって聖剣を構える。その前にパラディンが躍り出て、勇者を囲うように大魔法師、女剣士、賢者が立った。いつもの布陣だ。

 その光景を少し離れた位置からリリスは見ていた。


 勇者が雄叫びを上げながらパラディン、女剣士とともに魔王に飛びかかる。続いて、大魔法師と賢者の魔法が魔王を襲った。

 決着は一瞬でついた。


『勇者とはこの程度なのか?』


 首を傾げる魔王の声には呆れが含まれている。勇者は呻きながら身体を必死に起こそうとした。その周りには女性達が痛みに悲鳴をあげながら転がっている。パラディンはすでに瀕死の状態だった。


「くそっ! リリス!」


 勇者がリリスの名前を呼んだ。魔王の身体がようやくその存在に気づいたかのようにビクリと揺れた。


「はい」


 名前を呼ばれたリリスはいつものように勇者に近づいた。

 今魔王は僕達の力を侮っている。リリスに全回復と祝福を同時にかけてもらって、皆で不意をつけば……勇者は魔王から見えないように口元に笑みを浮かべ、リリスにアイコンタクトを送った。

 リリスは表情を変えず、勇者に近づき、手を伸ばした。



『……それは、なんのつもりだ?』


 勇者達に全回復の魔法をかけるでもなく、祝福をするでもなく、リリスは近くに転がっていた聖剣を手に取り、魔王と向き合っていた。

 リリスが小さく何かを呟いたその瞬間、聖剣が光った。皆呆然とその光景を見つめる。

 聖女の手に握られた聖剣は『大剣』から形を変え、まるで他国の武器『刀』のように変化していた。しかも、その『刀』が発している聖なる力は『大剣』の時よりも高いものだとわかる。

 リリスは魔王の質問に答えないまま、近づいていく。後ろで誰かが叫んだがリリスの耳にはもう届いてはいなかった。

 目の前の魔王だけを黄金に輝く瞳に映す。



 魔王の目の前で歩みを止めた。


「魔王。あなた、何故私を攻撃しないの」

『……』

「都合が悪くなると黙るのはあなたの悪い癖よルキフェル」

『なんのことだ』

「その喋り方キモ、いいえ。気持ち悪いわ」


 鎧で顔が見えないと言うのに、それでも魔王ルキフェルが少なからず傷ついているのが雰囲気で伝わってくる。リリスは思わず笑いそうになるのを何とか堪えた。

 ルキフェルが絞り出したような声で言った。


『……恨んでいるのだろう。俺を』

「ええ、恨んでいるわ」


 即答したリリスが魔王との距離を一気に詰める。ルキフェルは仰け反ったが、その場から動こうとはしなかった。近づいてくる聖剣を前に身体中を流れる血が、本能が反応しようとするのを目を閉じてぐっと抑え込む。

 リリスはその隙に、聖剣を台座に刺し、鎧の頭を素早くとった。ルキフェルが抵抗する間もなかった。鎧越しではなく、直接ルキフェルと視線が交わる。目頭が熱くなった。リリスは努めて冷静に話し始めた。


「一方的に別れを告げられた気持ちも考えなさいよ。私は認めてないからあんな最後」

『もう、何年も前のことだろう』

「私にとっては数年よ。……そんなに軽い気持ちだと思われていたの?」


 心外だと眉根を寄せながらも、目の前のルキフェルを観察する。黒い瞳は赤い瞳に変わってはいるが、劇的な見た目の変化はそれくらいに思えた。人間の時とさほど変わらない。だが、決定的にナニカが変わってしまっている。それでも、リリスにとっては愛しい人だ。昔も……今も。


 確かに振られた最初の一年は恨み事ばかりを言っていた。正直、ルキフェルを憎んだりもした。

 けれど、リリスは聖女の力に目覚めた時、知ってしまった。

 ルキフェルがになったのかを、己とは相容れない存在になってしまったことを。そして、二人がたどる未来も。知った上で、それでも彼しかいないと感じた。己の片翼は彼だけだと。


 リリスは聖剣を手にはせず、代わりにルキフェルに抱きついた。————否、抱きつこうとした。


『ダメだ、わかっているだろう。俺も君も昔とは違う』

「わかっているわ。そのために私はこうしてここまできたんだもの。あなたの望みを叶える為に」


 リリスの言葉にルキフェルの目が見開く。普段クールな彼が稀に見せていた表情にリリスの胸が熱くなった。同時に改めて覚悟も決まった。


「誰にも譲りたくないの。この役目は……他でもない私のものよ」


 紛れもない独占欲。リリスの頬が朱に染まる。ルキフェルはそんなリリスの表情に目を奪われていた。

 リリスの気持ち本気が伝わったのだろう。ルキフェルの唇が震えだす。


『リリス』


 ルキフェルの目から涙が零れ落ちた。その涙を見たリリスの目からもぽろぽろと涙が零れ落ちる。もう、言葉はいらなかった。


 ルキフェルがリリスを抱きしめる。リリスも力いっぱい抱き締め返した。ルキフェルの冷たい唇がリリスのおでこに、瞼に鼻先に頬に……そして、唇におとされる。夢中になって口付けを交わしながら、リリスは手探りで右手を聖剣へと伸ばした。何度も空を切り、不意に冷たい手がリリスの手に触れ、その手から聖剣を渡された。涙が次々に零れ、止まらなくなり、嗚咽までもが漏れ始める。

 唇が離れると、聖剣の柄を握るリリスの手の上から冷たい大きな手が重なった。


 ズブリとナニカを貫いた感覚が伝わってくる。声にならない悲鳴が喉の奥で消えた。


 思わず離しそうになった手の上からさらに力が加えられる。

 最後のキスは血の味がした。不思議とその味は人間と変わらないように思えて、ルキフェルがまだ人間なのではないかと錯覚しそうになる。けれど、聖女としての本能が、ルキフェルは間違いなく魔王なのだと伝えてくる。そして、聖剣で心臓を刺されたルキフェルはこのまま……。

 身体に触れていた感覚が消え、慌てて目を開けば、粒子となって消えかかっているルキフェルと目が合う。咄嗟に叫んでいた。


「いかないで! 私をおいていかないで!」


 あの時言えなかった言葉が無意識に口をついて出た。たとえ結末は一緒だったとしても、あの時自分はそう言うべきだった。そうすれば少しの間だけでも一緒にいれたかもしれないのに。

 手を伸ばせば、ルキフェルも伸ばしてくれる。でも、その手はすり抜けて掴めなかった。

 ルキフェルと目が合う。ルキフェルは目を細め、微笑み、告げた。リリスは頷いた。何度も。何度も。



 ルキフェルが完全に消え、あの日のように茫然自失となっていたリリスの耳に不快な声が聞こえてきた。

 ゆっくりと振り返る。

 虫の息だと思っていた勇者達が床に転がったまま必死の形相でリリスに向かって喚いていた。

 早く回復しろ、聖剣をかえせ、盗人、愚図、色んな罵声が聞こえる。普段愛想の良い勇者も素を露わにしていた。


 リリスは聖剣を片手に玉座を降りる。そして、そのまま勇者達の横を素通りしようとした。


 仲間じゃないのか?! どこへいく?! 裏切り者! 反逆者!

 矢継ぎ早に心外な言葉を浴びせられたリリスは思わず立ち止まり振り返った。目的も果たしたのでこのまま出ていこうと思っていたが、仕方が無いのでもう少しだけ彼らの茶番に付き合うことにする。

 勇者たちの元まで近づいて覗き込んだ。子供に向かっていい聞かせるように説明を始める。


聖女が魔王を倒したのを見ていたでしょう。それに、反逆者というなら、それはあなたたちのほうだわ」

「何をっ」

「聖剣が弱体化していた理由、まだわからない? 聖女と勇者だけ一人部屋が用意されていた理由知っているはずよね? 聖なる力を保つために、聖女が清らかなままでいないといけないのならば、勇者も一緒だとは考えなかった? 勇者も聖なる力を使うのに。ここまで言えばわかるわよね。聖剣を弱体化させたのは他でもないあなたたち自身。つまり、魔王に打ち勝つ力を弱体化させたあなた達こそ反逆者。私が聖剣を扱えなかったらどうなっていたかわかるでしょう? ……魔王はもう消えたわ。なら、私はもうあなたたちと一緒にいる意味はない。この聖剣ももうあなたを受け入れるつもりはないみたいだからもっていくわ」


 愛しい人を貫いた聖剣へと目を向ける。リリスにとってはルキフェルの形見のようなもの。聖剣を大事に抱えなおすと眩い光がリリスを包んだ。


 直感でわかった。正式に聖剣の所有者がリリスへと移ったことを。それは勇者……元勇者も感じたのだろう。呆然と己の手を見つめている。



「ありがとうございます」


 リリスは見えない存在へと向かって形だけでも感謝を述べた。未だ動揺している勇者の腰から鞘も奪い、聖剣を戻して腰に括り付ける。手持ちのポーションを全てその場に置いて行くと、勇者を囲んで騒ぎ立てている彼らを置いてリリスは魔王城から姿を消した。




 魔王が倒されても残された魔人や魔獣は消えない。力を持たない人々にとっては脅威が消えたとはいえなかった。勇者と聖女を失った国はもうおしまいだと王族・貴族たちは怯え叫んだが、その予想に反して、数十年もの間、王国の平和はかつてない程に保たれた。

 一部の人々だけは知っていた。その影には一人の女性の活躍があったと。名前を呼ぶことすら禁句とされている禁忌の聖女。勇者であり聖女でもある彼女はたった一人でその命つきるまで戦い続けた。

 たった一つの願いの為に。





『己の役割を果たした時、一つだけ願いを叶えよう』


 そう、姿形を持たない神は言った。

 ふざけた話だと思った。残酷な運命を背負う対価がたった一つの願い事なのかと。

 けれど、すでに未来は定められてしまった。


 ならば……


「『来世では……』」


 薄れゆく意識の中、思うのは、己の片翼のこと。





 遠い昔に感じたことがある温もりに触れ、縋り付くように抱きついた。


 ————もう、離れない。

 ————もう、離さない。


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