2:嬉しい、楽しい喧嘩

「単刀直入に言おう。

 今回の件、反故ほごにしてもらいたい」

 口元をナプキンで拭き取った靖治のぶはるから早速、切り出された。

 先制、牽制のもりか? 甘く見られたもんだ。



「単刀直入に言おう。

 無理だ」

 わざと同じフレーズで返すと、靖治のぶはるがやや前のめりになる。  

 それを、清花さやかが止める。

 思った通り、どうやら旦那には、やや感情的な嫌いがるらしい。



「大方、もう軽くは説明、受けてんだろ?

 一度、交わした生約せいやくは覆されない。

 滅多な事が無い限りはな」

 テーブルに足を乗せ露悪的に振る舞う。

 靖治のぶはるが口を開くより先に、今度は清花さやかが切り出す。



「両親の承諾も得ず、未成年者の命を刈り取る。

 これは、滅多な事には含まれないと?」

「残念ながら、そのケースではねーな。

 こちらとしては、本人の意地を尊重してんでね」

「あんまりではないかしら?

 私達は、静空しずくから、なんの相談も受けてないのよ?」

「進学や就職とはちげんだよ。

 それは、あんたが何年も、娘とろくにコミュニケーションが取れない関係であり続けてる弊害だろ? 俺には、なん関係無い。

 そもそも、彼女はもう高三。ぼちぼち成年だ。

 い加減、自分のことすべて、自分で決めてしかるべき年齢なんじゃないか?」



 二人揃って、押し黙った。

 なるほど……どうやら、少なからず自覚はったのか。

 まぁ、そうじゃないと、俺はここに招かれてないだろうしなぁ。



「ならば」

 両手を組み顎を乗せ長考したあと靖治のぶはるが開口する。

「せめて静空しずく心願しんがんとやらは教えてくれ」



「却下。守秘義務って物が有る。

 てか、あんたにこうして死神の件を知られてる時点で充分、本当は重大な契約違反なんだよ。

 静空しずくの|omni-Birth(オムニバス)の記入欄に書いてたんでな。『家族にも秘匿してくれ』ってな。

 そもそもさっきから、そっちの世界の常識と、こっちの世界のルールを一緒くたにすんな」

「……っ!! そっちこそ!

 勝手に人間の世界に来といて、自分達の秩序を持ち込むな!

 郷に入っては郷に従え! そんな事も知らんのか!?」



 おっ。ようやく本性、現して来たなぁ。

 い傾向だ。ここらで、もっと煽ってやるか。



「おいおい、馬鹿言えよ。

 俺がこの家に来た時点で、世界はともかく、少なくともこの家のトップは俺なんだぜ?

 俺に絶対ぜったい服従なのは当然の摂理だろーが。

 それが不満だってんなら、今直ぐ実例で示してやろーかい?」



 左手を頭の後ろに回し、椅子をグラグラ揺らし、右の人差し指で靖治のぶはるを指差しつつ炎を出し、不敵に笑って見せる。

 我ながら、いややつだなぁ、こりゃ……。  



 にしても俺、割とレスバ強いなぁ。

 まぁ、一年も偏屈家に付き合わされてりゃ、自ずと伸びるかぁ。



「このっ……!!」

「あなた。ちょっと、落ち着いて」

「お前は黙ってろ!

 そもそも、お前が早く俺の言う通りにしない上に、静空しずくの事を使用人にばかり任せていたのも一端だろうが!」

「な、何よ、その言い方!

 あなただって、私の言葉になんて、耳もくれなかったじゃない!

 私があんなに、何度も何度も、必死に訴えたっていうのに!」

「当たり前だ!

 誰が了承してたまるか! あんな頼みを!」

「そもそも、放任主義にしてたのは、あなただって同じでしょう!?

 私にばかり、責任を押し付けないでよ!」



 あーあ……ほら見ろ、予想通り。

 すっかり、てのひらの上で踊らされてやんの。単純だこと。

 清花ブレーキまで、壊れちまった。



「く……くくっ……。

 あはははははははっ!!」

 あまりに滑稽過ぎて、思わず俺は、大声を上げて笑い出してしまった。

 そのまま、ひぃひぃ言いながらテーブルを何度か叩き、両親と使用人の視線を受ける。



 本当ほんとうに……どこまでゆがんだ家族なんだか。



「な、なんだ!?」

「そうよ!

 なんだっていうのよ!? 一体!」

「いやー、わりわりぃ。

 ずぅーっと、性懲りもく、こんなくだらないやり取り、し続けてたんだなぁって。

 何とも不出来できいびつな喜劇だこと。

 これが劇団なら、一体、どれだけの世代を跨げば客を呼び込めるのやら。

 それよりもっと前に、人類なり地球なりが滅ぶだろうぜ」

「貴様ぁ……!!」



 ついに我慢の限界を迎えたのか。

 靖治のぶはるは俺の元に迫り、胸倉を掴む。



「そもそも、貴様が静空しずくの命を奪ったのが発端だろうが!!」

「あー。やっぱ、そう思う?

 違うんだなぁ、これが」

「……何だと?」



 靖治のぶはるの手を離した俺は、ようやく真顔になり、正面から彼等と、この件と向き合った。



およそ二万。

 これがなんの数字か、分かるか?」

 


 冷静さを取り戻した二人が、互いを見合う。

 答えが出なかったらしいので、解説に入る。



一昨年おととしの自殺者の数だ。

 日本だけでも、たった一年の内に、こんだけの人間が、みずから命を経ってる。

 そうじゃなくても、病気や災害、事故などによって毎日毎日、いくつもいくつも、尊い命が失われてる。

 そんな状況で、数多くの自殺志願者の中から、なぜ静空しずくが選ばれたのか。

 あんたに分かるか?」



 靖治のぶはるを突き放し、現実を突き付けるように、俺はげる。

 あまりに残酷な、しかし現実に起こるであろう、真実を。



「答えは、簡単。

 死神おれたちのアプリには特殊なフィルターが施されててな?

 一年以内に本気で他界するもりでいる人間にしか、メールやメッセが届かないシステムになってんだ。

 要するにーー静空しずくは一年以内に、自殺するんだよ。

 俺達が生約せいやくせずとも、みずからの意思で、自分から命を断つんだ」



「なっ……!?」



 ガシャン。

 清花さやかの手から離れたグラスが落下し、割れる。

 そして、真っ白だったカーペットを、ワインの、ドス黒い赤で染めて行く。



出鱈目でたらめを……言うなぁぁぁぁぁっ!!」

 起き上がった靖治のぶはるが、俺に詰め寄る。

 先程までとは、何かが変わった色で。



静空しずくが……あの子が、自殺するだと!?

 そんな馬鹿なことが、有ってたまるか!!

 どうせそれも、我々をだます、娘をかどわかすためだけの、都合のい方便だろう!?

 そうに決まって「嘘じゃねぇっ!!」」



 靖治のぶはるの両手を振り払い、その勢いのまま、今度は俺が靖治のぶはるを掴み、一気に吐露する。

 胸の中で暴れ狂ってる、悲しいんだから憎いんだか苦しいんだか、良く分からない感情と一緒に。



甘城あまぎ 静空しずくは自殺する!

 なんでかって!?

 あんた等がいつまでもいつまでも、あいつの思いなんてガン無視して、『これがあの子の、お前の、あなたの為だから』って決め付けて、馬鹿みたいに、互いに押し付け合ってっからだろうが!」

「っ……!!

 貴様に、何が分かる!?」

「分かってんよ、全部!! あんた等なんかより余程な!

 俺達の力で調べ上げた情報、未来の分までセットで教えてやろうか!?」



 ……悪ぃ、静空しずく

 お前に無断で、余計なことバラしちまって。

 お前は喧嘩がなによりも嫌いなのに、引き起こしちまって。



 だがなぁ……もう勘弁ならねぇ。

 あいつが……静空しずくが、不憫でならねんだよっ!!



「あんた等、離婚寸前なんだろ!?

 原因は、静空しずくを産んだ際の危機的出血による、子宮の全摘出!

 それにより、清花さやかさん!あんたは、妊娠の出来ない体になってしまった!」



 ビクッと清花さやかさんが肩を揺らし、そのまま席を立ち後ずさりし、転ぶ。



「それをうれえたあんたは、靖治のぶはるさんに頼んだ!

『新しいひとを探してくれ』って!

 でも、靖治のぶはるさんは断った!

『それでも愛してるから、傍にいてくれ』って!

 けど言う事を聞かずに、清花さやかさんは自分から、新しい奥さんを探し始めた!

 そして、その度に靖治のぶはるさんは突っ撥ねた!

 あんた等もう、十七年も、そんな堂々巡りを繰り広げてんだろ!?

 陰でコソコソと行っていたそれを、静空しずくは知ってた!

 もう、物心が付いた頃からすでにな!

 あんた等が互いの事を想って口論する度に、静空しずくは傷付き、追い込まれてたんだ!

『私の所為せいだ。私が、ママから全部、奪ったんだ』って!」



 繰り返そう。

 甘城あまぎ 静空しずくは、本当ほんとうに、ぎるほど出来できた子だ。

 さながら、「そうすることでしか、両親に、本当ほんとうなら出来できていたはずの弟、妹に、申し訳が立たない」とでも主張するように。



「違う……違う、違うっ!

 静空しずくなににも悪くない!!

 誰も、なにもっ!!」



「そうだ!

 にもかかわらず、あんた等は静空しずくの中で眠る自責の念に気付かなかった!

 静空しずくが、気付かせないようにしてたんだ!

 詮無いと理解していても割り切れずにるあんたは、その所為せいで、静空しずくとの関係がぎこちなくなってしまい、仕事を建前に彼女と精神的に疎遠になった!

 そして、およそ一年後!

 静空しずくの大学進学が内定した折に、『サインしてくれなければ、静空しずくと一緒に家を出る』と脅された靖治のぶはるさんが、背水の陣で強硬手段に出た清花さやかさんの出した離婚届に判子を押した、その日!

 静空しずくは、自殺したんだ!!

『何もかも自分が悪いんだ』!!

『自分さえなければ、産まれなければ、パパもママも、一緒に暮らせるはずだった弟も妹も、守れたはずなんだ』!!

 そう確信、微塵も疑わない、未練たらたらなまま、すべく、無残にその命を散らしたんだよぉっ!!」



 一気に捲し立てたことで、ようやく俺は、自分の中で渦巻く激情を、多少なりとも吐露出来できた。



 そうだ。

 とどのまり、『omni-Birthオムニバス』も、『conti-Newコンティニュー』も、その実態は。

 亡くなる事をこいねがう、自分が死ぬことしか希望が無くなってしまっている人間……希亡きぼうしゃに対しての。

 気休め程度の、救済システムでしかない。



 俺達……少なくとも俺は、死神なんていう、人間が勝手に名付けたイメージから連想されるような、大層な存在、万物を超越した事実上の神なんかじゃ、決してない。

 どんだけセーブ、ロードを繰り返そうと、人間を延命させることも敵わなければ、自殺する運命を変える事さえ不可能なんだから。

 死ぬ前に平和的、理想的に殺すことでしか、その心を本の一欠片ひとかけらでも救い、掬うことしか許されない、矮小な存在でしか無い。



 半ば冷めた俺は、気付けば馬乗りになっていた靖治のぶはるさんから離れ、今度は穏やかにげる。



「もう、分かったろ? 静空しずく心願しんがん

 それは、清花さやかさん。『あんたの健康な体』だ。

 あいつは、あんた等の子供を、幸せを、笑顔を、本当の家族に戻るのを、誰よりも切望し続けてるんだよ」



「……だとしてもっ!

 死神の手により、静空しずくの寿命が二ヶ月近くは奪われたのは事実ではないか!」



「ーーあ?」

 と思ったら、流石さすがに切れた。

 今度は本気で、ブチ切れた。

 幾らなんでも、往生際が悪過ぎる。

 頑固者なんて言葉じゃ片付かないほどに。



「おい。

 こんだけ話しても、まだ事の重大さを、深刻さを理解してねぇのか?

 巫山戯ふざけた、腑抜けたこと抜かすのも、大概にしとけよ」

 屈んで靖治のぶはるの首を掴み、そのまま持ち上げ、呼吸がかすかに苦しくなるレベルまで締める。



「じゃあ、手前てめえは何か?

 その二ヶ月を失う代わりに、自分の望み通りの幸せを、自分の望み通りの死期、結末を選ぶよりも。

 このまま、なんの解決の目処も見えないまま、根本的な反省も改善もなされないまま、話し合う、やり直すチャンスさえ与えられないまま。

 それでも、絶えず笑顔でいることを余儀なくされ、終いには自分を巡って親が別れる。

 そんな、想像するだに恐ろしい、胸が張り裂けそうな苦しみを。

 このに及んで、十ヶ月にも渡って上乗せして与えた末に。

 自殺するしか選択肢が見付けられなかった未来を、下手すりゃあと数秒後にでも死ぬなんて最悪なイレギュラーさえ起こり得るバッド・エンドを、実の娘に強要するのが、正しいとでも言うのか?

 ……それでも父親かよ、手前てめえぇ!

 この世にはなぁ……!! 死ぬことでしか救えない命、変えられない未来なんざ、いっくらでも、どっこにでもんだよっ!!

 それが今の、無力で無情で無秩序な、この世界の現状なんだろがぁっ!!」



「もう、止めてぇっ!!」



 あまりの体たらくに勘弁ならず、俺が拳を振り被ったタイミングで、やにわにドアの方から悲鳴みたいな声が届く。



 全員が視線を引かれた先には案のじょうすでに涙をこぼし胸を押さえていた静空しずくの姿が有った。



なんで……!!

 なんで誰も、分かってくれないのっ!?

 私……みんなに喧嘩して欲しくなくてっ!! だから、自分の命を手放したのにっ!!」



 思いの丈を全部ぶちまけ、静空しずくはドアを締め、走り去って行く。



静空しずくっ!!

 お願い、待って!!」

「止すんだっ!!

 静空しずくっ!!」



 傍に居た清花さやかさんが、我先にと追い掛ける。

 靖治のぶはるさんも、俺を押し退け、それに続く。


 

 二人の顔は大分、青褪めていたが、それも無理ないだろう。

 今の静空しずくは、このまま飛び降り自殺でもしそうな勢いだ。



 実際には死なないし、体にダメージを負うだけだろうし、それなら俺の魔法でぐに治癒は出来る。

 が、万が一も有り得る。それに第一、そんなんを大前提にのうのうと待機してるだけだとか、気持ちのい事ではない。



 早く、見付けて止めないと!



夏澄美かすみ

 静空しずくの居場所、探知、予測出来できるか!?」



 イヤホンで夏澄美かすみに問い掛ける。

 が、一向に返事が帰って来ない。

 この肝心な時に、何やってんだ!!



「こちらです。憩吾けいご様」



 当てがなくても片っ端から探してやろうと俺が立ち上がると、それまで傍観、黙秘を決め込んでいた睛子しょうこさんがそうげる。

 そして、開けっ放しのドアを横切り、ゆっくりと歩き出す。



「……」

 この緊急事態に随分ずいぶんな余裕だ。

 確信してるとでも言うのか?

 静空しずくが早まった行動に出ない事も。彼女が今、どこに居るのかも。



「……!!」

 考えても埒が明かない。

 今は、仕方しかたく、睛子しょうこさんに従う他にいか。





「はぁ……」



 バルコニーにて、静空しずくは一人、溜息ためいきこぼしていた。

 理由は明白。これまで続けて来た『物分かりの良い子供』の仮面を捨て去り、年相応に叫んでしまったからだ。



本当ホント……何やってるんだろ、私」



「別に普通だよ。あれくらい



 よもやの返答に、両腕を乗せていた手摺から離れ、仰け反った静空しずくは何歩か下がる。

 声の聞こえた方向には、同じく手摺に背中を預けスマホを弄っている、夏澄美かすみの姿が有った。



「か、夏澄美かすみちゃん!?

 いつから、そこに!?

 そもそも、どうして私の居場所が!?」

ほんの数秒前。

 てか、これ位、余裕だから。死神の技術力、舐めんな」



 くまでも静空しずくの方は見ずに、機械的に話す夏澄美かすみ

 そんな、クールでドライな態度と、相手が同性(?)という事も有ってホッとした静空しずくは、夏澄美かすみに近付き、その瞳を、夜空に浮かぶ星々で満たした。



「私の両親、幼馴染おさななじみなんです。なので、昔から喧嘩けんかが絶えなくって。

 それは、恋人同士になってからも、変わらなかったらしいんです。

 でも、互いに目も言葉も交わさくなった時は、晴れた青空や夕空、星空を見ながら、仲直りしてたらしいんです。

 私の名前は、そこから付けられたんです。『静かな、静けさを導く空』。

 そんな風に、誰かに平穏をもたらす人間になれるように、って」



 一通り語り終えると、静空しずくは弱々しく自嘲した。



「とんだ皮肉ですよね?

 誰かを仲裁すべき人間の私が、誰かを仲違いさせようとしてるなんて。

 そのくせ、勝手に傷付いて、勝手に曲解して、そして……勝手に全部、終わらせようとするなんて。

 本当ホント……なんで全部、上手うまく行かないのかなぁ……。

 私は、ただ……ママにもパパにも、笑顔でいて欲しいだけなのに……」



「『全部、上手うまく行かない』……ねぇ」

 それまで無表情を貫いていた夏澄美かすみが、ふと静空しずくの思いを踏み躙るように、鼻で笑った。

 静空しずくは、無性に鼻持ちならなかったらしい。



「……なんなんですか?

 何か、言いたい事でも?」

「無きゃぁ来ないでしょ。

 基本、裏方担当のやつが」

 スマホを仕舞った夏澄美かすみは、そこでようや静空しずくと顔を突き合わせる。

 


「簡潔に言うよ。

 自惚うぬぼれんな。泣き言叫んでヒロイン気取りか。

 井の中の蛙の分際で」

「……!!

 あなたに、何が分かるんですか!?

 ちょっと私の情報をさらっただけで、私のすべてを理解してるとでも言うんですか!?」



「別に、そんなもりは無いし、そもそも必要も無い。

 そこら辺の配役は、そっちの両親やケーゴみたいな、馬鹿正直な連中にでも当てな。

 こっちのスタンスは、憎まれ役を買ってでも、そっちに説教垂れるってな感じだから」

 なおも平坦かつ捻くれ者な夏澄美かすみのテンションに当てられ、柄にもなく憤った静空しずくは、冷静さを取り戻した。



 そこまで言うなら、聞かせてもらおうと思ったらしい。

 静空しずく大人おとなしくなったのを確認してから、夏澄美かすみは、とある身の上話を始める。



「……昔、とんでもない馬鹿な希亡きぼう者がた。

 そいつは、両親が実際に傍に居るのに、心も口も開こうともせず、歩み寄ろうともせずに、色んな事が面倒臭くなって、自暴自棄になった果てに死ぬ道を選んだ。

 家族から自分に関する記憶の一切を消去し、自分という存在を無かった事にした上で、ね」



 意外にも、夏澄美かすみから聞かされたのは、静空しずくの背景と似た家族の話だった。

 一つだけ決定的に違うのは……静空しずくは、自分との思い出を両親から奪うもりまでは、無かったことだ。



「……どうして、そんなことを?

 その人の両親も、仲が悪かったんですか?」

「別に。

 食生活が祟って父親が左半身付随になっても、仕事が忙しくなければ献身的にサポートしようとするくらいには、夫婦仲は悪くなかったよ。

 ただし、その子供、てか希亡きぼう者が在宅ワーカーだってのも手伝い、父親の面倒は大体、そいつが担当してた。つーか、半ば強制させられてた。

 そいつ自身は、やりたくてやってたわけじゃなく、その内、他の家族が代わってくれるまでってスタンスだったんだけど、そのまま惰性的に三年近く、ずーっと九分九厘、その息子が一身に背負わされてた。

 他にも、毎日の家事もするわ、足りなくなった生活品や調味料、食料の調達や交換もするわ、役場や郵便局の用事もこなすわと、まぁ……都合の良いように使われ捲ってたわけよ。

 最早、ハイヤーやパシリみたいな感じでね。

 そいつだって、コドオジとはいえ、月に何十万も稼ぐ位の売れっ子だったってのにね」



 夏澄美かすみの意図が汲み取れず困惑しながらも、静空しずくは親身になって聞く。



「確かに、同情は禁じ得ませんね。

 でも、自殺したくなる位に追い込まれてるとは思えませんね。

 他にも、何か理由が?」

「ビンゴ。

 とんでもなく不仲になってる、愚かな兄貴がた。

 その息子は、その兄貴の事を、陰で『嘘吐き・エゴイスト・家事ニート・イキリ野郎』、略して『UEKIウエキ』って呼んでた。

 挙げ出すと切が無いから駄目ダメな点ははぶくけど、家族全員から嫌われた、百害あって一利無しを体現した、絵に描いたクソガキだよ。

 映画版じゃない方のジャイアンが、あのまま三十代の家族になったみたいな?

 そんな、好感度や信頼度がゼロ通り越してマイナスでカンストしてる様な、最低最悪の真性のドクズ

 そいつとの縁を切りたいってのが、その生約せいやくしゃの、特に強い願いの一つだった。

 そいつへのヘイトだけで、『omni-Birthオムニバス』に辿り着くくらいにはね」

「うわぁ……」



 夏澄美かすみのドス黒いオーラよりも、その男のアレっ振りに静空しずくはドン引きした。

 あまり考えたくはないが、酷く不愉快なのだろう。

 聞くからに、関わりたい人種じゃない。

 そんな人間が家族、しかも自分より上の兄だなんて。

 その生約せいやくが自殺したくなっても、仕方しかたいかもしれない……。

 なんとも気の毒だ。

 と、顔に書かれている。



「って。過ぎた事は、どうでも良いんだ。

 君に言いたいのは、つまり、まだ家族との間に、ほんの一ミリでも、歩み寄れる隙が有るのなら、全力でこじ開けて、意地でも入り込めって事。

 そいつは、もう家族として接するのも億劫、ストレスになるほど、家族との関係が業務的、排他的、他人行儀になってしまったけど、そっちはまだ、そうじゃないだろ?

 君達が喧嘩してるのは、互いを想い合ってこそだ。

 そのクソ兄貴みたいに、自分だけが正義、可愛いからじゃない。

 だったら、不格好でも泥臭くても、チャンスは有る。やり直す事が出来るうちに、きちんと正直になっときな。

 そいつみたいに、記憶も関係もリセットせずとも、君達なら、今まで出来た溝や傷を埋める事は出来るはずだよ」



 ここに来て、初めて静空しずくは趣旨を掴んだ。



夏澄美かすみちゃん……。

 もしかして、何だかんだで、励ましてくれてますか?

 捻くれてるだけで、実はい子?」

「……聞くな。デリカシーい子だな。

 言わせんなよ、恥ずかしい」

「あははっ♪

 耳までっ! 耳まで、真っ赤!

 可愛い〜♪」

「何その、ピザー○みたいなの!

 今直ぐ、突き落とされたいの!?」

出来できませーん。

 期日じゃないのでー」

「試してみる?」

「わっ……!?

 ま、待って待って、ごめんなさい!

 ここ、結構、高いっ!」

「いや、自分家でしょ、把握しときなよ」



 キャッキャッ、キャッキャッと騒ぐ夏澄美かすみ静空しずく

 その顔には、いつの間にか、ぎこちないながらも明るい笑顔が戻っていた。

 


「ふぅ〜……」

 一連の様子《ようす)を、陰に潜みながら盗み見、盗み聞きしていた俺は、事なきを得たと肌で確信し、壁に背中を預けつつ腰を降ろし、一服した。



「助かったぁ……」

「優秀な部下をお持ちですね。憩吾けいご様」

「相方だよ。

 まぁ、出来できればもう少し、ほうれんそうを怠らないで欲しいんだが……結果オーライって事で、大目に見るか。

 それより、頼んでた件は?」

すでに完了しております。

 そろそろ、到着されま」

静空しずくっ!!」

静空しずくぅっ!!」



 俺と睛子しょうこさんの会話を切り、靖治のぶはるさんと清花さやかさんが到着。

 二人は、俺達に目もくれずに、一目散に娘の元に駆け出し、

 そろって娘を抱き締めた(ちなみに、それよりも先に夏澄美かすみ常夜とこよに帰っていた)。

 ありゃ、冗談抜きで、こっちにはまるで気付いてないオチだな。



「……されました」

「だな。お疲れ」

 俺が座りながら手を上げると、意図を汲んだ睛子しょうこさんは微笑ほほえみながら、ハイ・タッチをした。

 食えなくはあるが、い人だ。



静空しずくっ!!

 今まで、本当に、すまなかった!

 パパが間違ってた!!」

「いえ、悪いのはママの方だわ!

 ごめんなさい、静空しずくっ!

 パパは、何も間違ってないの!

 ママが、分からず屋だっただけよ!」

「馬鹿を言うな!

 清花さやかは、あれだけ俺がかたくなだったというのに、不倫なんて一度もしなかったじゃないか!

 小遣いだって、きちんと分相応にくれたし!」

「あなただって!

 なんの連絡も無しに遅帰りした事は一度も無いし、キャバクラやギャンブルとも無縁だし、接待だって少ないし、気不味きまずくはあっても、あんまり味が分からなくても、出来できるだけ三人で食卓を囲えるよう、尽力してくれたじゃない!」

「何よっ!?」

「何だよっ!?」



 いつの間にか話し相手が、静空しずくから互いに移っている夫婦。

 おいおい……。



「……なぁ、睛子しょうこさん。

 あの二人、根本的に喧嘩けんかと無縁になれないのか?」

「良くも悪くも、幼馴染なので。気心が、互いに割れぎてるんですよ。

 それはさておき、是非とも、もっとガツンと言って差しあげてください。

 私の負担が減ります故」

「……苦労してんなぁ」

 んでもって、したたかだなぁ……。



「……ふふっ」

 ふと、静空しずくが吹き出す。

 両親のを引き付けた彼女は、ついには腹を抱え、涙を浮かべながら大声を上げて笑い出した。



「……初めてだね。

 二人が、い意味で喧嘩するの。

 全然、知らなかった……こんな喧嘩けんかも有るなんて。

 ましてや、私にも訪れるなんて、思ってもみなかった……。

 何ていうか、うん……嬉しいし、楽しい。

 とっても」



 目尻を拭った静空しずく

 素っ頓狂な顔をしていた靖治のぶはるさんと清花さやかさんは、釣られて笑うと、それぞれに静空しずくの手を握った。



「これから一杯、いくらでもしよう。

 今まで出来できなかった分を清算する位に」

「そうね。

 これからは心を入れ替えて、パパもママも、可能な限り、ちゃんと、静空しずくの傍にいるから。

 もう静空しずくに、いやな思いなんて、させたりしないから」

「ああ。

 二度と静空しずくに、私達が原因で、悲しい思いなんてさせない。

 確約する」



 靖治のぶはるさんが、小指を突き出す。

 清花さやかさんも、それに続く。

 静空しずくは、泣き笑いながら、同時に両者と指切りをした。

 


「やっぱり、可笑おかしい……。

 今日のパパとママ……」

「良いんだ。

 静空しずくが心から笑ってくれてさえいれば、それで」

「そうよ。

 それが、パパとママの、一番いちばんの、変わらぬ願いなんだから」

「……うん……。

 ありがとう……。

 パパ、ママ……」



 未だにクシャクシャな愛娘の頭を、靖治のぶはるさんが撫でる。

 清花さやかさんも力一杯、静空しずくを抱き締める。



「ねぇ、静空しずく

 これから、何したい?」

えず、三人できちんと、美味しい物が食べたい。

 ……駄目ダメ?」

いに決まってるじゃない。

 ママ、ヘソクリ開けちゃうわ」

「あぁ! 狡いぞ、ママ!

 じゃあ、パパはあれだ!

 えと、その、なんだ……ええい! かくなんでもするぞぉっ!

 他でもない、静空しずくの為だ!」

「もう、パパったら……。張り切り過ぎ……。

 私、捩れ過ぎてお腹、無くなっちゃいそ……」



 すっかり、ダイニングでの気不味きまずさが無くなった甘城あまぎ一家。

 これなら、今日の所は心配ないだろう。

 水を差すのも忍びないし、このまま退散するか。



憩吾けいごさんっ!!」

 無言で立ち去ろうすると、静空しずくがダッシュで近付き、後ろから抱き着いて来た。

 思った通り、気付かれてたか。



「ありがとう……。

 憩吾けいごさん……。

 あなたのおかげで、一日目から、我が家の心が救われた……」

「気にすんな。

 これが、俺の死事しごとだ。

 それに、美味しい所は夏澄美かすみに持ってかれたしなぁ」

「そんな事、無い……。

 あなたが二人に熱く言ってくれたから、パパもママも、仲良くなれた……」



静空しずくの言う通りです」

 今度は靖治のぶはるさん、そして清花さやかさんが、近寄って来た。

 その顔にはすでに敵意、殺意は見られない。



「先程は、大変失礼した。

 謹んで、謝罪します」

「いえいえ。

 こちらこそ、ちょっとばかし口が滑っちまって。

 そもそも、あれ、俺が喋ってたんじゃなく、夏澄美かすみやつ……あ、俺のコンビです。

 そいつが、俺の体を乗っ取って、勝手に使ってた所為せい、うぎゃぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁっ!!」

 み、耳がぁぁぁぁぁっ!!

 耳と、足がぁぁぁぁぁっ!!



「なるほど。

 死神とて、悪い嘘をくと罰が当たるのですね」

睛子しょうこさん!?

 何、呑気に感心してやが、痛ぇぇぇぇぇっ!!

 いぎゃぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁっ!!」



 思わぬ展開に、三人が声を上げて笑った。



 ……こうして、なんとも締まらなくはあるが、甘城あまぎ家の問題は、ほぼ解決したのだった。





「ほら、憩吾けいごさん!

 早く、早くぅ!」

「ちょまっ……!

 んな、急かすなって!」


 

 二日後。

 靖治のぶはるさんや清花さやかさんの約一年分の休み申請だったり、俺が魔法を施した清花さやかさんのメディカル・チェックも済み、彼女が無事に妊娠出来る体になっていた事を確認した頃。

 静空しずくから、連絡が有った。



 なんでも、「両親と遊園地に行く予定だった所、父が腰をやって倒れたので、バーターとして」ということらしい。

 そんなわけで、今こうして、俺は静空しずくと、遊園地のゲートを抜けたりしてる。

 


 ちなみに、夏澄美かすみ常夜とこよで留守番だ。

 誘ったのに断られたので理由を尋ねると、「ホワルバ、特に2の季節だから」とか、良く分からん事を言ってた。

 ようは、またPCゲームだろう。



「つーか、なんで俺なんだ?

 友達や彼氏でも良かったろうに」

「良いんです。

 友達とは、その内、受験勉強の息抜きっていう体で来ますから。

 あと、彼氏云々っていうのは、おちょくってるって事で良いんですよね?

 どうせ憩吾けいごさん、私が初恋さえまだだって、知ってるんでしょう?

 えいっ」

「あうっ!?」



 静空しずくに、腹を摘まれた。

 痛くはないが、くすぐったい。



「何となく気になってたんですけど、憩吾けいごさんて結構、お調子者さんですよね?

 この際、ちょっと細工しちゃおっかなぁ」

「キス?」

「ふふっ。

 えーいっ」

「ぎゃぁっ!!

 サーセンしたぁっ!」

 俺が巫山戯ふざけると、静空しずくも笑った。

 彼女の心からの笑顔が増えているのは、良い傾向だ。



「それにしても、パパってば。

 随分ずいぶん、はしゃいじゃったんですね。

 まさか、三人で遊んだ翌日に、ギックリやっちゃうなんて」

「いや……多分、それだけじゃないと思うぞ……?」

「?」



 こんな想像をするのはゲスいってのは百も承知だが、恐らく靖治のぶはるさんは昨夜、違う意味で奥さんとハッスルしたのだろう……。

 で、約十七年振りに直に行ったものだから、張り切り過ぎて、その……。

 まぁ、そういうことだろう……。



 夏澄美かすみの調べによれば丁度、清花さやかさんは今日、静空しずくの妹を身籠った事になってるし……。

 流石さすがに、年頃の娘にはストレートには言えないが……。



「まぁ、心配は要らねぇよ。

 母親さんも、睛子しょうこさんが看てくれてんだし。

 なんなら、俺の魔法で治しゃあい」

「良いんですか?」

「構やしねぇよ。

 人生を変えるほどの影響じゃなきゃ、心願しんがん以外でも、他者を助けていだんだとよ」

「そういうルールなんですね」

「たった今、俺が決めた」

「もう。

 憩吾けいごさんったら。

 また、適当なこと言って。

 でも……ありがとうございます。

 やっぱり、優しいんですね。

 けど、ルールはちゃんと、守らなきゃ、めっ!

 ですよ?」

「……ごめん。

 今の『めっ!』ての、もっかいくんない?」

「ダー、めっ♪」

「うごはぁっ!?」



 二重構造、だとぉ……。

 あまりの可愛かわいい不意打ちを食らい、精神的な理由で、胸を抑える。

 そんなさまを見て、口元を隠し、たおやかに静空しずくは笑う。



 静空しずく……なんて恐ろしい子……!



「まぁ、あれだ!

 お前ん家の問題の大体がたった一日で解決したってんで、今の俺の評価、鰻上りでよぉ。

 もう、ウハウハーレムよ」

 体勢を戻し、いつも通り冗談を飛ばしていると、静空しずくが露骨に鼻を曲げた。



「ふーん。そうですかー」

 俺が触れようとすると、それよりも早く、ピタッと、静空しずくが体を密着させて来た。結果、俺の右腕が、彼女の魅惑の渓谷に挟まれてしまった。



「あ、ああああの、静空しずくさんっ!?」

「あれー?

 どうしたんですかー? 憩吾けいごさーん。

 ウハウハーレムっていうから、慣れてると思ったんですけどー?」

「どうしたのは、あんただよっ!?」

「ふんだ。憩吾けいごさんの鈍ちん。

 今日一日、ずーっと。こうして拘束してますから。

 覚悟してくださいね?」

「すみませんでしたぁぁぁぁぁっ!!

 単なる方便です、ごめんなさぁぁぁぁぁいっ!!

 だから、頼むっ!! 許してくれぇぇぇぇぇっ!!」

「ふふっ。やーだ♪

 ほら、行きますよー♪」

いやだぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁっ!!」



 結局、この日を通して俺が学んだのは、静空しずくの胸が立派な凶器だって事、それだけだった。



 けど、何となくは覚えてる。

 アトラクションの度に静空しずくが、すこぶる笑顔だった事。

 そして最後の、エレクトリカルパレードを見ていた時の、複雑な横顔を。





「友達と食事したい?」



 遊園地から帰りがてら、静空しずくが打ち明けた。

 彼女は、少し困ったふうに、スマホを胸に抱きながら、俺に上目遣いをする。



「……やっぱり、難しいです、よね……。

 私、正確にはもう、人間ではなくなりつつありますし……。

 そこら辺も込みで、生約せいやくしたのは自分ですけど……」



 正直、その通りではある。

 確かに、生約せいやく絡みの物は、一般人には見えない。

 そして、もし死神絡みのワードが出て気不味きまずくなるのがいやなら、魔法で封印、誤魔化ごまかせる仕様にすればいだけのこと



 が……それだけで、本当にすべてをカバー出来できるかと問われると、困る。

 パラドックスの心配などはいが、あまりに魔法に頼り過ぎると、期日がズレたり、死神おれたちのボスからお叱りを食らい生約せいやく破棄。

 清花さやかさんの体も、甘城あまぎ家の記憶も、すべて元通り……なーんてことも想定し得る。



 以上を踏まえ渋々、異を唱えんとする俺。

 しかし、咄嗟に名案が思い付き、踏みとどまる。



「……出来できるかもしれん」

「本当ですかっ!?」



 俺の言葉に、うつむいていた静空しずくの顔が、途端に華やぐ。

 軽く押されつつ、俺はスマホを操作する。



「もしもし。

 お疲れ。今、平気か?

 ちょっと相談がるんだが……。

 お、マジ? 流石さっすが。相変わらず、早くて助かるぜ。

 ほんじゃ、そうするわ。

 サンキューな」



 思いのほかあっさり話し終え、別に俺が何かをしたわけでもないのに、俺は得意気に静空しずくげる。



「俺の仲間に、シークって料理人がてな。

 すでに予測、準備済みだから、友達連れて、いつでも店に来いとよ。

 そいつが営業してる、死神絡み御用達の店、『unibirthalyアニバーサリィ』には、特殊なバリアが張っててな?

 俺達に不都合な情報は、すべて、当たり障り、違和感いわかんいルビに書き換えられる仕様になってるんだ。

 そこなら、死神にはノータッチな一般人とも、いつも通り、気兼ねく話せるだろうよ。

 っても本来は、死んでからも定期的にコンタクト、コミュニケーションを取りたい側の生約者せいやくしゃ用の場所なんだがな」

「分かりましたっ!

 じゃあ、今からみんなに、メッセしますね!

 ありがとうございます、憩吾けいごさん!」

「別に、俺はなにもしちゃいねぇよ。

 礼なら、シークに言ってくれ」



 幼稚な態度が恥ずかしくなって来た俺の手を、無邪気な笑顔を引っさげて、静空しずくにぎって来る。

 これ……意識すんな、って方が無理なんじゃあ……?



「ところで、その『unibirthalyアニバーサリィ』って、どこにるんですか?」

「そこら中」



 ありのまま伝えると、静空しずくが目を白黒させ、辺り一帯を見渡し始めた。

 あー……なんか、悪いことしたな。

 これ多分、「え? 死神って、そんなに身近なの?」ってぇ勘違いパターンだ。



「すまん。言葉が足りなんだ。

 要はだなぁ」



 訂正し謝りつつ、改めて、静空しずくに『unibirthalyアニバーサリィ』について説明した。



「なるほど……。

 理解しました。

 なにからなにまで、ありがとうございます。

 憩吾けいごさんがてくれて、本当ほんとうに助かります」

「だから、いって。

 それより」



 頬を掻き目を逸らしながら、俺は告げる。



「……すまねぇ。

 ちと、野暮用がってな。

 暫く、付きっ切りってぇわけには行かなさそうだ。

 まぁでも、担当である以上、有事の際には、なるはやで駆け付けっからよ。

 いつでも、連絡くれ。

 返信は遅れるだろうが」

「そうなんですね。

 分かりました。

 ファイトですっ」



 腕を上げ、ふんすっと鼻息を出す静空しずく

 いつもなら悶える所だろうが……生憎あいにく、今はそんな気分じゃない。



「『ファイトですっ』、ねぇ……」



 静空しずくを家まで送り届け、常夜とこよに戻ったあと

 ちょっと複雑な心境のまま、頭を抱える。



 ……ったく。なにを今更。

 苦労することなんざ、初めから分かり切ってただろうが。

 多かれ少なかれ抱え込んで、仕舞い込んで、塞ぎ込んでなきゃ、そもそもこうして、選ばれてないんだ。



 っても、これから俺がするのは、本来ならもう必要のい類い。

 何度も実証、シミュレーションされた、まったもって無駄な行為なんだがな。



「……しゃあねぇ。

 あんっなに健気に応援された手前、根性見せるっきゃねぇか。

 それに……どうにも気掛かりでならねぇしなぁ」



 脳裏を過ぎるは、観覧車で静空しずくが見せた、憂いを帯びた、今にも消えそうな、泣き出しそうな面持ち。

 少しでも和らげたいと、救いたいと奮い立たせる、あの表情。



「……夏澄美かすみ



 覚悟を決め、名前を呼ぶ。

 思った通り、ぐに現れ、いつになく神妙な顔色を見せた。



「……分かってる。

 彼女を見張ってる。

 それに許可なら、もう降りてる。勝手にやんな。

 ただし、あんまり無茶しぎんな」

「止めないんだな?」

「言って聞けるほど、殊勝でも雑魚でもないだろ」



 やり手かつ後方相方面の夏澄美かすみに、思わず変な笑い声が出た。

 


 ああ、そうさ。当然だろ。

 いくら無謀、無意味だろうと、やらなくてはいけない。

 その結果、どんだけ負担がでかかろうとも、挑まなくてはいけない。

 それだけの責任を、役目を、思いを、命を、人生を、俺は担い、背負っているのだから。



「……ったり前だ。

 それに、死にゃあしねぇよ。

 俺は……死神だからな」



 その言葉を最後に、俺は自宅を。



 いや……この時空を、出た。

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