3(静空side):君の未来に、万感の願いを

「……どうしよう。

 今更、緊張して来た……」



 憩吾けいごさんと解散してから、数時間後。

 着替えを終えた私は一足お先に目的地……山を少し登った所に位置する、今は使われていない古民家で、合流予定の三人を待っていた。



 にしても……本当に、大丈夫なのかなぁ?

 憩吾けいごくんや、シークさん? を疑うわけじゃないけど、にわかには信じがたいというか……。

 本当に、摩訶不思議だなぁ。死神って。



 なーんて……当たり前だよね。

 なんたって、死神なんだから。



「はぁ!?

 おいおい、静空しずくぅ! なんでもう、現着してるんだよっ!

 折角せっかくうちが一着取って、みんなに自慢する予定だったのにぃ!」



 軽く吹き出していると、そんな勝ち気な声が届く。

 思った通り、真っ先に着いたのは、幼馴染四人組の元気印、いつも何かにつけて勝負したがるお祭り娘、地明ちあきだった。

 


 あー……なんか、すごく懐かしい。

 金曜おとといまでは学校で会ってたけど、色々有った所為せいで、遠い昔に思えてならない。

 などとノスタルジーに浸っていたら、私は無意識に、地明ちあきをナデナデしていた。



「……どした?

 大丈夫か?」



 地明ちあきは、まったく嫌がる素振りを見せず、むし大人おとなしく心配までしてくれた。

 控え目に言って素朴な彼女に言われるなんて、中々である。



「……なんでもない。

 地明ちあきは、そのままでいてね」

「はぁ?

 決まってるわ!

 うちは、生涯現役でうちだってーの!!」



 力強く宣言し、力こぶを作ってみせる地明ちあき

 うん。やっぱり、地明ちあきると、不思議と元気になる。



「あら?

 もしかして、遅刻しちゃった?」



静空しずくちゃん……。

 地明ちあきちゃん……。

 お疲れ様……こんばんは……です。

 お招き、ありがとう……です」



 続いて、体格も性格も対象的な二人が、同時に合流。



 スラッとしたモデル体型で、大人っぽくて博識な、チームの知恵袋、リーダー、恵海めぐみ

 小柄で引っ込み思案で可愛かわいらしい、グループの癒やし系、マスコット、木香このか

 


「よっ!

 ご両人!

 仲良く到着かぁ!?

 ヒューヒュー、お熱いねぇ!」

「偶然、近くで見掛けてねぇ。

 あまりに可愛かわいかったものだから、つい拾って来ちゃったのよ」

木香このか……。

 ペットじゃ、ない……です……」



 冷やかす地明ちあき

 木香このかにバックハグをする恵海めぐみ

 困ってはいるものの嫌がってはいない、うれし恥ずかしな木香このか



 ……うん。

 ちょっと戸惑うくらい、いつも通りだ。



「んでぇ? 静空しずく

 その喫茶店てのは、どこにあるわけ?」

「う、うん!

 その前にみんな、ちょっと縦一列になって、目を閉じてもらえるかな!?」

「……なんで?」



 意図が取れず、素っ頓狂な顔を披露する地明ちあき

 


「これでいのかしら?」

「……準備、万端……です」

「いや、早っ!?

 ええい、うちもっ!」



 良く分からないながらも、素直に従ってくれる恵海めぐみ木香このか

 負けず嫌いを発揮し、倣う地明ちあき



 何はともあれ。

 これで、手筈は整った。

 あとは、憩吾けいごさんの言われた通り、強く念じて。



 胸に手を当て、深呼吸し。

 意を決した私は、古民家の前に立ち、ドアを開ける。



 瞬間、レトロモダンな、広々とした店内に、案内された。

 


 ……本当ほんとうに入れた。

 なんの変哲も関係のいドアから。



 まさか、死神の関係者が、念じながら扉を開けるだけで、異世界にワープ出来できるなんて。

 これは、憩吾けいごくんが『そこら中』って言ってた理由が、うなずける。

 確かに、ドアだけなら、至る所にるもんね。



 にしても、サイズ感、大丈夫だろうか?

 喫茶店というより、大衆食堂並みだ。

 明らかに、建物の大きさに釣り合ってない。

 憩吾けいごさんから、『純喫茶だ』って聞いたから、それっぽい場所探し当てて、そこにみんなを呼び寄せたのに。



「おぉい、静空しずくぅ!?」



 最後尾から私を呼ぶ地明ちあきの声に、ハッとした。

 そうだった。まだみんなを、招いてなかった。



「ごめん、ごめん!

 今、行くぅ!」



 ぐに店を出て地明ちあきの背後に回り、後ろから三人を押す。

 そして、幼馴染達を、色んな意味で真面まともに話せる場所に案内する。



「うっひゃー!

 なんだ、これ!?

 うち、こういうのドタイプ!

 青天井なテンション、略してアオテンだぁっ!!」

「こーら、騒がないの。

 勢いだけ任せの造語もお止めなさい」

「とっても、落ち着く……です……」

「確かに、素敵ではあるけど……。

 こんなお店、近くにったかしら?

 妙に年季も入ってるみたいだし……。

 それに、なんだか大きさがおかしいような……」

いじゃん、そういう細かいの!

 それより、飯にしよう! ぐにしよう!」

木香このか……おやつ、食べたい……です」



 いぶかしむ恵海めぐみの肩なり背中なりを叩き、催促する地明ちあき

 こういう時、地明ちあきのボーイッシュさが、非常にありがたく思える。

 さらに、木香このかのおねだり光線がプラスされれば、恵海めぐみはもう、折れるしかい。



 ……改めて考えると、このグループ、バランスいなぁ。

 もっとも、私以外の三人、それぞれ役割が異なっているから、誰かが不調だと崩壊する危うさも秘めてるけど。



「おや。

 随分ずいぶん、賑やかなお客様ですね」

「おわぁっ!?」



 見知らぬ突然の声に、地明ちあきが仰け反る。

 視線の先には、如何いかにもマスターふうの衣装を来た、落ち着いた男性。



 あ。ひょっとして……。



「は!?

 ……誰このイケメン?

 誰このイケメン!?」

「シーク、さん?」

静空しずくなんで知ってんの!?」



 地明ちあきが私に近付き、肩を揺らして来る。



 あー……そういえば、そこら辺、練ってなかった……。

 どうしよう……。



「彼は、時雨しぐれ 吾朗ごろう殿。

 以前まで、甘城あまぎ家にて、専属シェフとして仕えていた方です。

 ただ、シャイな方なので、人前には姿を現したがらないんですよ。

 もっとも、今は多少なりとも改善された模様もようですが」

「おわぁっ!?

 しょ、睛子しょうこさんっ!?」



 と思いきや、今度は睛子しょうこさんの声。

 注意してみれば、奥の方で、ひっそりこっそりと、優雅に一人で紅茶を飲みつつ、読書をしていた。

 余談だけど、地明ちあきのオーバーリアクションも合わさって、余計に大人っぽさが際立ってる。 



 ……そっか。

 私の家族も同然で、死神のことも把握済みだから、普通に来れるんだ。

 っても、まさか実際に、先にたとは、流石さすがに予想外だけど。  



 この人、私よりも死神に馴染んでない?

 なんか、設定まで足してるし。



 そんな私達の心境とは対象的に、睛子しょうこさんは、こちらを一瞥してから、相変わらずクールにげる。 



「彼は元々、甘城あまぎ家お抱えの、腕利きの料理人でした。

 しかし先日、独立したいという旨を旦那様、奥様に進言し、屋敷を後にしたのです。

 その後、消息は不明だったのですが。

 よもや、人里離れた古民家でカフェを営んでいようとは。

 しかも、パティシエ志望だったとは。

 てっきり、イタリアン専門かと」

「……だから、バレたくなかったんですよ。

 い年した男の、趣味じゃないから」



 睛子しょうこさんに合わせるシークさん。



 ……なんか、妙に安心、安定してるよーな……。

 ひょっとして、勝手知ったる間がら、とか……?

 


 ……憩吾けいごさんじゃ、ないけど。

 睛子しょうこさんは一体、何者なんだろうか……。



「え……え、え?」

 口をパクパクさせ、アワアワと二人の顔を行ったり来たりする地明ちあき

「もしかして……出来できてる?」



 質問しつつ、指ハートを作る地明ちあき



 ……地明ちあきって、意外と面食いで恋愛脳だったっけ。

 普段ああいう感じだから、忘れがちだけど。



「ご冗談を。

 それに私は、もう三十年以上も前に嫁いでおります」

「そうなのぉ!?」

「さて、と。

 時雨しぐれ殿。私は、そろそろお暇させて頂きます。

 お嬢様。どうぞ、ご友人方と、ごゆっくり。

 ただし、あまくつろぎぬように。

 帰りが遅れるのであれば、ご一報くださいませ。

 では、失礼します」 



 一方的に要件、別れをげ、睛子しょうこさんは『unibirthalyアニバーサリィ』を去った。



なんか益々、謎が深まったなぁ」

「……おやつ……」

「はいはい。

 そろそろ注文しましょうか。

 ほら静空しずく、それに地明ちあきも。

 早く頼まないと、木香このかがいたたまれないわ」

恵海めぐみちゃん……大好き、です……」

「うふふ。

 私もよ、木香このか

「う、うんっ」

「あいよ」


 

 着席し木香このかとイチャついてる恵海めぐみにリードされ、地明ちあきと一緒にテーブルに着く。

 


「ところで、魔法でパッと出てきたりせんの!?

 ねぇ、ねぇ!」

「……そう、なの?」

「だったら、ホグワー○みたいで素敵ね。

 でも、そこまで時代は進んでないわ。

 未来に期待しましょう」

「ちぇー」



 ……実は、やろうと思えば出来できたりするんだけど……黙っておくべき、だよね?




「確かに生憎あいにく、そういった魔法は使えません。

 その代わり、軽易な類なら、使えますよ?」

「え?」



 し、シークさん?

 まさか……!?



「嘘っ!?

 どんな!? えっ、どんなっ!?」

「それは」



 思わず立ち上がった地明ちあきの唇に人差し指を当て、シークさんは悪戯に微笑む。

 


「僕の料理で、レディー。

 貴方様方を魅了する、魔法ですよ」



 ……物凄く、チャラいことを言い始めた。



 イケ限過ぎる……。

 シークさんが格好かっこくなかったら、ただただドン引きしかされない台詞セリフ……。

 



「……シークさん、うちに仕えない?」

「気分と条件、時期が合ったら、考えさせて頂きます。

 それまで、もっと素的に成長し、存分に煌めいてくださいませ」

「っしゃあ!!」

「それと、今はオーダーをしてください。

 でないと、貴方様のハートに、僕の魔法がかけられない」

「任せろっ!!

 マッハでやるっ!!」



 案のじょう、すっかりその気になり、座り直してメニューと向き合い、目を通す地明ちあき

 まぁいつも通り、ぐに冷めて、再燃するんだろうなぁ。

 


「ところで、お嬢様」

 地明ちあきを眺めていたシークさんが、ふと私を見た。



「わ、私、ですか?」

「残念ながら、今ここにおわす方の中で、ぼくが仕えたのは、貴方様だけです。

 皆さんの食の好みを聞きたいので、少しよろしいでしょうか?」

「は、はいっ……」



 わー……目が、語ってる。

 プラン台無しにすんな、勝手にアドリブ入れんな、させんなって。



 気持ちは分かるけど、私の所為せいなのかなぁ?

 監督不行き届きってこと



「え〜!?

 なんで、静空しずくばっかぁ!?」

いから。

 あなたは少し、じっとしてなさい。

 あとで、なにか奢ってあげるから」

「……ズルい、です……」

勿論もちろん木香このか静空しずくの分もよ。

 それより、早く決めちゃいましょう」

「……棚ぼた、です……」

「それより、ほら、静空しずく

 早く行ってらっしゃい」

「う、うんっ」



 ……どうやら、行くしかいらしい。

 弱ったなぁ。私、シークさんのこと、まだ全然、知らないんだけど……。





 あきらめた私は、シークさんに導かれるまま、彼の厨房へと招かれた。



 シークさんはず、私の前に椅子いすを召喚し、座るように促した。

 私は、なんとなく躊躇ためらわれた。



「わ、私より、シークさんが先に……」

「女性を敬うのが、俺の流儀、作法、礼儀の一つだ。

 いから、座ってくれ。別に、折檻しようってんじゃない。

 ちょっと、死神おれたちの事情について、あんたと擦り合わせたいだけだ」



 ……レディーファーストは、ポーズじゃなかったんだ。

 根っからのジェントルマンなんだ。

 ちょっと無骨だけど、可愛かわいい。

 なんか、親近感。



「じゃあ……失礼します」

「ああ」



 お言葉に甘え、スカートを意識しつつ、私は座る。

 シークさんも、魔法で椅子いすを作り、腰掛ける。



「……俺のことは、憩吾けいごからどう聞いている?」

「死神のシェフだと」

「それだけか。

 そこら辺の説明も込みで、あんたを一時的に俺に預けたのか。

 まったく……夏澄美かすみ共々、世話が焼ける」



 あ。

 やっぱり、い人……じゃなくて、死神さんそう。

 


 ……い死神って、なんだろう。



「……少し長くなるかもしれんが、話してもいか?」

「私は大丈夫ですが……」



 渋りつつ、客席の方を見やる。

 シークさんは、依然としてフラットに返す。



「心配には及ばない。

 今、この空間の時間を止めている。

 用件が済むまで、動けるのは、あんたと俺だけだ」

「そうなんですか?」

「ああ

 便利だろ? 俺の店は」

「ええ、まぁ……」



 ……そういう問題?

 もしかしてシークさんって、天然寄り?



「話を戻すぞ。

 いか?」

「は、はいっ。

 お願いしますっ」



 私は背筋を直し、改めてシークさんと向かい合う。

 シークさんは、軽く微笑ほほえみ、ゆっくりと説明を開始する。



「俺の担当分野は、料理。

 取り分け、心珠しんじゅの取り扱いだ」

心珠しんじゅ?」

生約者せいやくしゃが期日を迎える際に、現出するもの

 生約者せいやくしゃの思い出であり、生きた証。

 死神と生約せいやくした希亡きぼうしゃは、命日に肉体が消失し、その代わりに心珠しんじゅが生まれる。

 謂わば、バックアップのような物か」

「……少し、違う気がしますけど……」

「『ような』と言ったはずだ。

 他に上手い例えが思い当たらないんだ。

 仕方ないだろう?」

「分かりますけど」



 ……あれ?

 もしかして、意外と話しやすい?



 そっか。

 よくよく考えてみれば、憩吾けいごくんの知り合いだもんね。

 なんだか、緊張が解れて来た。



「その心珠しんじゅが、どうかしたんですか?」

死神おれたちのボス、命王めいおうは、それを欲してる。

 正確には、心珠しんじゅをアクセントにして作られた、料理をな」



 やれやれ感を出しつつ腕組みし、シークさんは続ける。



うちのボスは、無類のグルメでな。

 特に、心珠しんじゅを用いた料理が大好物だった。

 だが、人間の強欲、不安定、無気力さに、昨今の不景気も相まってな。

 人生を棒に振るったり、命や心を粗末にする人間ばかりになってしまった。

 上質な心珠しんじゅが生まれにくく、なってしまったんだ。

 ゆえにボスは、対抗、打開策を考えた。

 その結果が、あんた希亡きぼうしゃ熟生じゅくせい、ってわけだ」



「それは、また、その……。

 なんというか……」



 ……つまり、あれ?

 その命王めいおう? 様が、より美味しく私達の人生を味わいたいがために、憩吾けいごさんや夏澄美かすみちゃん、シークさんが死神をしてると?

 


 ……思ってたより、身近な理由だったんだ。 

 決して、食事を侮辱するわけじゃないけど。



「だから今日、私に協力してくれたんですか?

 私の心を満たし、人生に彩りと実りを与えることで、より美味しい心珠しんじゅを作るために」

無論むろんだ。

 俺は憩吾けいごと組んでるんでな。

 あいつの受け持つあんたを支えるのは、自明の理だ。

 ……その辺りの要素を排除しても、一つの生き物として、助けたいがな。

 あんたみたいな、好感は持てども、損ばかりして報われたがらないタイプはな。

 にしても」



 ここに来て初めて、シークさんは動揺した。



「……思った通り。

 やはり、話してなかったのか。

 まったく……どれだけ思い付き、他力任せなんだか……。

 我がコンビながら、手が焼ける……。

 今日だって、俺はなんの準備も予測もしてなかったのに、一方的に決めてくれたしなぁ……」



 理由は、定かじゃない。

 ズケズケと聞いていいのかも、分からない。



 けど、どうしてか。

 すごく、嫌な予感がした。

 それでいて、知らなきゃいけない気がした。



「……どういう、意味ですか」



 質問ではなく、脅迫をした。

 シークさんは、それを把握し、私に答える。



「……あいつは今、大事な死事しごとをしている。

 あんたにだけは是が非でも気取られたくない。

 そう願い、自分と、運命と、必死に戦ってる。抗ってる。

 身も心もボロボロにして。絶えずあきらめかけながら。

 だから、あんたを俺に預けた。

 ここにもらった方が、双方にとって好都合だったからだ」

「……なに、それ……。

 そんなの、一言もっ……!!」



 あいつが言うと思うか?

 そう、シークさんが目で訴える。

 気遣い屋のあいつが、言うか?



 憩吾けいごさんが今、なにをしているのか、私は知らない。

 それがどう、私に影響を齎すのかなんて、てんで読めない。


 

 でも、これだけは断言出来できる。

 それは、私に関係していて。

 尚かつ、私を親身に思ってのことだと。

 


「……すまん。

 どうやら、無粋だったらしい。

 あいつが不憫なあまり、差し出がましい真似マネをしてしまった。

 文字通り、忘れてくれ」



 そう言い、腰を上げ、シークさんはフィンガースナップを鳴らし。



 ーーあ、あれ?

 私、どうしたんだろう?



 ……思い出せない。

 確か、シークさんに招かれて、心珠しんじゅことについて、説明を受けて。

 それから……。



 ……それから、えっと……。



「……静空しずく

 平気か?」



 記憶を捜索していたら、シークさんに声をかけられた。

 


 い、いけない。

 しっかりしないと。

 いくら時間が止まってるからって、恵海めぐみ達を待たせ続けるのは、気が引ける。

 いや……フリーズしてるからこそ、早く助けたいと言うべきか……。



「……平気です。

 それより、みんなの好みでしたよね?」

「……そういえば、そんな口実だったな」

「でまかせだったんですね……」



 しっかりしてるんだか、抜けてるんだか……妙な男性だ。



 何はともあれ。

 三人の好物をレクチャーし、会釈し、そそくさと客席に戻った。



「……憩吾けいご夏澄美かすみ

 それに、静空しずく

 ……悪く思わないでくれ」



 悲痛そうな顔で放たれたシークさんの一言を、耳に入れないまま。





 シークさんの料理は、控え目に言って絶品だった。

 別に奇抜なわけでも、人間に馴染みが薄いわけでもく、実に美味しいイタリアンだった。



 そして、食卓を囲って繰り広げられた、三人との会話も、実に楽しかった。

 バリアーのおかげで、私はいつも通り気楽に話せて、みんなとの時間を、心ゆくまで堪能出来できた。



 私は、心から感謝していた。

 人間を捨てつつある私に、こんな素敵な時間を提供してくれたシークさん、そして憩吾けいごさんに。



静空しずくさ……やっぱ、死ぬのめねぇ、かぁ……?」



 なのに。

 だからこそ。

 私の部屋に戻ってから、電話越しに憩吾けいごさんに言われた言葉を、私は受け入れがたかった。



「……別に、生約せいやく解除しようってんじゃねぇ。

 清花さやかさんの体はそのままに、静空しずくの命だけ、どうにか助けられねぇかな?

 そんな感じにさぁ……上手いこと、いかねぇかなぁ……?」



 ……嘘だよね? 憩吾けいごさん。

 いつも通り、ジョーク飛ばしてるだけだよね?

 そうなんだよ、ね?



「『そんな感じ』、って……なに

 憩吾けいごさん……なんで、そんなひどこと、言うの?

 今更……出来できわけいじゃない……」

「……前例がい、だけだ……。

 話せば、きっと……命王めいおう様にも……分かって、もらえる……」

「仮の話を前提に置かないでよ。

 もし、分かってもらえなかったら? そしたら、どうなるの?

 ママは? 赤ちゃんは? パパは? 私は?

 みんな……なくなっちゃうんじゃないの?

 悩んで、苦しんで、強がって、泣いて、愛想笑いして、子振って、誤魔化ごまかして。

 そうまでして、そのすえに手放した、私の思いは? 命は? 未来は?」



 ……なんで?

 なんで、なにも答えてくれないの?

 いつもみたいに、見え透いた嘘で、私に仕返しさせてよ。



 そしたら、何日かクールダウン挟んだ後、許しはしない代わりに、流してあげるから。

 今の発言、かったことにして、これからは最低限、適切な距離感で、憩吾けいごさんに接するから。

 


 だから……だからさぁ……!!



「……黙ってないで、答えてよ。

 ねぇ……!!

 憩吾けいごさんぅっ!!」

「……すまん……」

「〜っ!!

 憩吾けいごさんの馬鹿バカっ、悪魔、駄目ダメ死神っ!!

 もう知らないっ! 担当、代わってもらう!!

 二度と……もう二度と、私に関わらないでっ!!」



 まくし立て電話を切り、衝動のままに憩吾けいごさんをブロックし、履歴も消す。

 

 

 そのまま、怒りに身を任せ、スマホを壁に投げ飛ばそうとして。

 けど、上手くにぎれずに、そのまま床に落とし、ベッドの上で蹲る。



「私の、馬鹿バカっ……」



 別に、憩吾けいごさんに罪悪感なんて抱いていない。

 私の心境も知らずに、あんな最低な提案をして来た相手に、同情、擁護の余地なんて欠片かけらい。



 が、それを差し引いても、私は浅はかだった。

 こんなことをしたら、それこそ生約せいやく解消になり、みんなの記憶も、お母さんの体も、私が自殺する運命も、すべて元通りになってしまうかもしれないのに。



 強か、悪女の自覚はる。

 それでも、私は模索した。 

 憩吾けいごさん以外の誰かに頼って、なんとかしてもらう、その方法を。



 やはり、話しやすくて面識もる、シークさんだろうか?

 いや……シークさんは、あくまでも料理担当。そこまでの権限はいし、そもそも門外漢だろう。



 それとも、命王めいおう様とやらに直談判とか?

 グルメらしいから、特産品でも持っていけば案外、どうにかしてくれるんじゃあ……。

 ……なんて、安直にもほどる。

 いきなりラスボス戦だなんて、正気の沙汰じゃない。



 となれば、残る伝手は、あと一つ。

 三人の中でもっとも死神らしい、アンニュイで、偏屈で、天の邪鬼で、何だかんだで優しい、同性の夏澄美かすみちゃんしか、頼る宛がい。



 などと思っていたからだろうか。

 当の夏澄美かすみちゃんから、着信が入ったのは。





「……どういうもり?」



 変に静かで、彩度の低い、ゴシック調の世界。

 


 夏澄美かすみちゃんに誘われ、死神の世界(床屋だっけ?)とやらを訪れた私に、開口一番、喧嘩腰に彼女が聞いて来た。



「……こっちの台詞セリフです。

 そっちこそ、どういうもりですか?」

「質問してるのは、こっちだ」

「どう考えても、私が被害者です。

 早く説明してくださいよ。

 どうせ、なにったのか、夏澄美かすみちゃんなら知ってるんですよね?」

「ああ」



 ……やっぱり。

 なら、話が早い。



本当ホントさ……馬鹿バカだよね、は」

「……」



 呼び方、違う?

 普段なら、『ケーゴ』って呼ぶのに。



 その真意はさておき、どうやら夏澄美かすみちゃんは、私と同意見らしい。

 これは、思わぬ幸運だ。



「説明不足だし?

 唐突だし?

 適当だし?

 配慮も足らないし?

 見切り発車だし?

 スケ管杜撰ずさんだし?」

「……そうです。

 憩吾けいごさんは、あんまりです。

 だから、私は」



 私が思っていたことを、夏澄美かすみちゃんがほとんど言ってくれた。



 夏澄美かすみちゃんなら、私の気持ちをきちんと理解してくれると、自惚うぬぼれてた。



 そう……単なる、自惚うぬぼれでしかなかった。



「……は?」



 私が賛同した瞬間、夏澄美かすみちゃんは露骨に不機嫌になった。

 普段より、怒りがマシマシになった。



「『だから』……何?

 今、何を言おうとした?」



 ……違う。

 夏澄美かすみちゃんから溢れる、このオーラは、怒りなんかじゃない。

 そんな生温い、生易しいレベルじゃない。



 もっとトゲトゲ、殺伐とした、禍々まがまがしく冷ややかな、悍ましい激情……私に対する、明確な殺意だ。



「……確かに、あいつは間違った。

 君に対して、明らかに対応を間違えた。

 君の気持ち、きちんと推し量れてなかった。

 でも……それは、君も一緒だろ。

 それに、憩吾けいごことを悪しざまにしていいのは、事情を把握してる、こっちとシークだけ。

 なにも知らない上で侮辱するのは、断じて許さない」



 怖い。あまりに怖過ぎて、なにも言えない。

 夏澄美かすみちゃんから発せられるドス黒い気配が、まるで彼女を覆い隠し、凶暴な、飢えた獣へと変貌させているみたい。



 一歩、後退る。

 刹那せつな、逃がすかと言わんばかりに、夏澄美かすみちゃんも詰め寄る。



「そりゃ、出だしから躓いてたら、聞きづらいだろうが、静空しずく

 君は、ただの一言も、あいつの真意を、理由を聞いてないだろ。

 あっちが悪い、自分に非はいと一方的に決め付け、押し付けただろ。

 そうじゃなきゃ、『自分は被害者』だなんて、口が裂けても言えないはずだ。

 結局の所……君達は、揃いも揃って、ただガキなんだよ」



 ……その通りだとは、思った。

 夏澄美かすみちゃんの言う通り、憩吾けいごさんの意見に、声に、少しは耳を傾けるべきだった。

 それは、一理有る。

 


 けど。

 にしたって、まだ彼を許せそうにない。

 真相を確かめるにも、相手は彼以外がい。

 


 だったら。



「じゃあ、夏澄美かすみちゃんが教えてください。

 憩吾けいごさんは、何者なのか。

 憩吾けいごさんは、なにもって、思って、私に、あんなことを言ったのか」



「……楽しい話じゃない。

 それでも、聞きたいか?」



 今一度、私に問う夏澄美かすみちゃん。

 私は、一片いっぺんの曇りもく、即答する。



「……教えてください。

 ここに来た時点で、覚悟なら出来てます」

「……あっそ。

 強情な子だよ、本当ホント

 まっ……かろうじて嫌いじゃないけどね」

 


 憎まれ口を叩きつつも、夏澄美かすみちゃんは語り始める。

 憩吾けいごさんの、出生の秘密、彼の正体を。



「『last-oryラストリー』。

 それが、憩吾けいごのカテゴリー。

 あいつは、最初から死神になるためだけに作られた存在。

 元人間とか、そういうんじゃない」



 不自然だと思った。

 にしては、憩吾けいごさんは人間的過ぎると。



「素体も前世も無しにゼロから作られる死神は、役割の他に、熟生じゅくせいを効率よく進める、希亡きぼうしゃに気に入られる、取り入りやすくするための個性が設けられる。

 憩吾けいごに宿されたのは、『人情味』。

 更に憩吾けいごは、生まれてまだ一年少ししか経ってない」

「……それって、つまり……!?」

「ああ。

 生後間も無い赤ん坊が、大きな体と、かろうじて人語を解し任務をこなせるだけの頭を与えられたまま、良心が叫ぶままに我武者羅に動いているような状態だ。

 これが、どれだけ危険なことか。

 どれだけの悲哀を背負っているのか。

 君に、理解出来できるか?」



 ……知らなかった。

 てっきり、売れない芸人とか、憎めないセールスさんとか、そんな感じだと思ってた。

 


 まさか……人間ですら、なかったなんて。



「付け加えれば。

 君にとっての幼馴染、家族のような存在は、憩吾けいごには一人もなかった。

 こっちも、シークも、立場上そうならざるを得なかったから、今もつるんでるに過ぎない。

 家族はともかく、君の幼馴染達たちみたいに、自分から親しくなろうとしたわけじゃない。

 つまり、あいつは……なるべくしてなった、コミュ障。

 相手を尊重し過ぎるあまり、かえって裏目に出てしまうような、不器用者なんだよ」



「そん、な……」



 残酷、嘘にもほどる秘密に、私はひざから崩れ落ちてしまう。

 


 足が。

 足が、真面まともに、動かない。

 付いてるのかどうかも、分からない。



 憩吾けいごさんが、どこまでも切な過ぎて。

 彼に……申し訳が、立たなさぎて。



 ……それでも。



「……なんで」

 


 腕だけで立とうとして力を入れながら、夏澄美かすみちゃんに求める。

 私がここに来た、本当の目的を。



なんで、憩吾けいごさんは、あんなことを……」



 屈んで目線を合わせ、夏澄美かすみちゃんが訴える。



「……今のよりも、キツい。特に、君には。

 それでも」

「私はぁ!!」



 両手両足の感覚を失いつつあり、自責の念で体を震わせてもいる。

 それでも、私は食い気味に乞う。

 今度こそ、憩吾けいごさんと、話すために。



「……謝らなきゃ、いけないんです……。

 沢山たくさん……何度でも、なになんでも。

 憩吾けいごさんに、きちんと謝らなきゃ。

 でも、そのためには、まだ足りない……。

 彼の気持ちを、理由を。今直ぐに、正確に、知らなきゃいけないんです。

 今度こそ、彼と向き合うために」



 ……そうだ。

 落ち込んでなんて、いられない。

 自分を叱責するのは、いつでも出来できる。

 


 今、私が一番、最速でやらなきゃいけないこと

 それは、罪滅ぼしでも、反省でもない。

 憩吾けいごさんの思いを、次こそは受け入れ、受け止めることだ。



「……憩吾けいごさんは、きっと……私みたいな凡人の想像を絶するくらい、苦しんで来たんです。

 私なんかじゃ永遠に及びも付かないくらいに、痛かった、悩んだ、辛かったはずなんです。

 彼の傷を、ほんの少しでも癒せるなら……。 彼の心を、一欠片でも汲み取れるのなら……。

 その程度の代償、いくらでも引き受けます。

 だからっ」



 気持ちが切り替えられたからか、やっと体が言うことを聞いてくれるようになった。

 数分振りに取り戻した両足を、しっかり地に付け、踏みしめ。

 揺るがない心と体を武器に、私は改めて、懇願する。



「教えて、ください。

 憩吾けいごさんの、すべてを」



 私の思いが、切れ端程度には届いたのかもしれない。

 夏澄美かすみちゃんは、何もかもを明かしてくれた。



 真実を目の当たりにし、私は思い知った。

 数時間前の私は、どこまで、どれほど、最悪に近かったのだろうと。




 見慣れた町並み。

 聞き慣れた雑踏の音。

 

 

 いつもと、なんら変わらない光景。

 けど、何かが足りない。

 


 ……違う。

 その『何か』が私であることを、私は知ってる。



 ただ……知らない振りを、貫きたかっただけ。

 


 だって、そうでしょ?

 誰だって、見たくなんかないはず



 ーー自分が、死ぬ所なんて。



「っ……!!」



 パラレルの私が居合わせてるだなんて分かるわけく、橋から歩道に身投げする、この世界の私。



静空しずくぅっ!!

 なんで……!! なんでなんだよぉっ……!!

 ……あぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁっ!!」



 血塗れになるのも厭わず、違う私の遺体に駆け寄り、もう死んでいることを認めざるを得ず。

 この世界の絶望と悲しみ、苦しみを一身に背負ったみたいに、泣き叫ぶ憩吾けいごさん。



「……」

 


 魔法で正体を隠しつつ、彼に近寄る。

 憩吾けいごさんは、気配だけ感じ取ったらしく、私に一瞥をくれないまま、頼み込んで来た。 



「……大至急、救急車をお願いします。

 まだ……まだ、助かるかもしれないんです。

 俺……信じてもらえないでしょうけど、この子を何度も見殺しにしてて……。

 今度こそは、次こそは救うんだって、その度に自分を戒めて、叱って、背中とケツ叩いて。

 けど……全然、駄目ダメで……何度やっても、失敗ばっかで……。

 だから、もう……合わせる顔が、いんです……。

 俺には……彼女を助ける資格なんて、もう……」



 私は、無言で彼を抱き締めた。



 そんなことい。

 憩吾けいごさんは、何も悪くない。

 そう、伝えたくて。

 けど、言葉なんかじゃ遅過ぎて、てんで足りなくて。



 だから……行動で示す他、無かった。



「しず……く……?」



 気付けば、ダミーの私の姿が剥がれてしまっていた。

 アバターを維持するだけの余裕も、無かったのだ。

 私の気持ちを、根こそぎ憩吾けいごさんに、ぶつけていたから。



「お前……。

 ……なんで、ここに……?」

「……どうしようもなく、会いたかったから。

 憩吾けいごさんに」

「……っ!!」



 決して雑にならない程度に私を引き離し、憩吾けいごさんは私から、物理的にも精神的にも距離を取る。



「……ダッセーよな、俺。

 お前に切られて、キレられて当然だよ。

 俺……マジで、ダサぎ、間抜けぎ」

「そんなこと

「有るんだよっ!!

 その証拠が、今っ!! お前の目の前にっ!!」



 この世界の私の亡骸を指差し、血みどろになった衣装と顔で、憩吾けいごさんは叫ぶ。



「お前だって見たろ!?

 俺は、お前を助けられなかった!! 救えなかった!!

 お前の気持ちを、何一つ背負えなかったっ!!

 だから今、この世界のお前は、お前の前で死んだんだろがっ!!

 俺はっ……!!」



 憩吾けいごさんの頬に付いた私の血を取り込み、彼の両目から溢れた涙が、真っ赤に染められて、滴って行く。



 ひょっとしたら、それは私の勘違いで。

 彼は最初から、血涙を流しているのかもしれない。



「……お前の言う通り、俺は最低だ。

 人間味を持たされたはずなのに、他者の気持ちがまるで推し量れねぇ。

 嘘の一つも満足にけねぇし、人が死ぬ度に毎回苦しんでて、死神としても失格。

 何もかも中途半端の、減らず口ばっかの出来でき損ない。

 生まれた意味も、生きる理由もい、存在しているだけの、無駄、無意味な命。

 それが、今の俺……俺の、全部だ」



 今日の憩吾けいごさんは、いつにも増して、感情の浮き沈みが激しい。



 当然だ。

 だって彼は、この数時間の内に、もう何万日も、何万人もの私を、繰り返し助けようとしてくれていたのだから。



「違うんだ……。

 今度こそ……今度こそ、何もかも、みんなの理想通りにはずだったんだ。

 清花さやかさんを治療して。

 気紛れで偏屈な命王めいおうさまにも気に入られるよう、邪魔立てされないよう、騙されないよう、機嫌、気分だけでお前を、地球ごと殺されないよう、努力して。

 お前の妹、弟が、元気に生まれる状態のまま。

 お前の家族も、睛子しょうこさんも、お前の友達も、夏澄美かすみやシークも、お前のクラスメートや先生も、お前の視界に入っただけの見ず知らず、赤の他人な人間達たちも。

 全員、一人残らず存命であるように。

 お前の笑顔も、夢も、未来も、健康も、心も、体も、趣味も、過去も、世界も、きちんと維持したまま。

 ちゃんと……ハッピーエンドで、終えられるはずだったんだ。

 だってのに、この体たらくだ。

 まったく……不甲斐無くて、勘弁ならねぇよ」



 倒れかけた憩吾けいごさんの体を、即座に受け止める。

 私の方に顎を乗せ、消え入りそうなガラガラの声で、憩吾けいごさんは尋ねる。



「なぁ……教えてくれよ……。

 なんにんだ……?

 俺は、一体……何度、お前を殺しちまったんだ……」



 ははっ……と、渇いた笑みを浮かべる憩吾けいごさん。

 刹那せつな、私の世界をイメージした風景が消え、モノトーン一色になる。

 


 さっきの私と一緒だ。

 イメージを投射する魔法さえ使えないほど憩吾けいごさんは疲弊し切っているのだ。

 


 本当ほんとうに……私は、なん馬鹿バカだったの。

 私に電話して来た時点で、もう憩吾けいごさんは、千回以上も私を殺してしまい、その事実に胸を痛めていたのだろう。



 もっと、彼の言葉を、声を聞くべきだった。

 もっと、ちゃんと……余す所無く、聞くべきだったのに。



「お前が自殺するまでのシミュレーションを、死神おれたちは何万通りもした。

 その果てで死神おれたちは、今のお前へと導いた。

 でも、俺は……その何万通りを、どうにか覆したかった。

 お前と生約せいやくしないまま、軽微な魔法だけで、どうにかお前を助けたかった。

 エレクトリカルパレードの時みてぇな……お前の、意味深過ぎる作り笑いなんざ、二度と見たくなかったから……。

 こっちの、計算尽くされた未来を変えて、その方法を、経験を活かせたら、リアルのお前も、心から笑ってくれるかなぁって。

 けど、無理だった。

 体を治すだけならまだしも、命に関わるレベルは、生約せいやくしないと使えなかった。

 それでも……塵も積もれば山となる精神で、どうにか、すべてを救おうとした。

 文字通り、万策尽きたよ。

 俺にはもう、手段が思い付かない。

 もう……これしか」



 私から離れ、憩吾けいごくんは土下座した。

 地面に額をぶつけ、血を流し、私に訴える。



「俺を、殺してくれ」と。

「お前の代わりに、俺を生贄してくれ」と。

「お前等のおかげで豊かな日々を送れたし、死神から生まれる心珠しんじゅには命王めいおうさまも興味を持つかもしれない」と。



 そんなことを、言ってる気がする。



 けど残念ながら、それを正確に聞き取る、理解するだけの余力は、もう私の中には無い。



 るのは、一つだけ。

 彼を、一刻も早く、助けたい。

 この、どうしようもなく不器用で、身勝手で、自己犠牲的で、純粋無垢で、ボロボロで、誰よりも優しい、熱い心を持った彼を、今度は私が、救いたい。

 今、私の心に渦巻き、私を支配しているのは、そんな母性、家族愛に近い感情だけだった。



「ごめんなさい、憩吾けいごさん。

 私……やっぱり、死にます。

 もう、贅沢言いません。

 だって……もう、他に方法が無いじゃないですか」



 死神さん達が、何度もシミュレーションしてくれた。

 憩吾けいごさんが、何度も何度も、たった一人で、挑んでくれた。

 私の命と引き換えに、私の願いを叶えてくれた。



 もう、これ以上……欲張ってなんか、いけない。

 私の所為せいで、私を助けたい一心だけで、ズタボロになる憩吾けいごくんに、素知らぬ振りなんか出来できない。

 いくら人間じゃないからって、人間らしさ、私らしさまで失いたくない。



 色々あったすえに、仕方なくとはいえ。

 自分から手放した命や未来に、いつまでも縋り続け。

 あまつさえ、その所為せいみんなを困らせ、私の願いを叶えてくれた、私のためにここまで尽くし切ってくれた憩吾けいごさんを、これ以上、傷付けるわけにはいかない。

 そんなみっともない身勝手、もうしない。許されるはずい。



 全部、私の責任だ。

 私が、全ての発端ほったんなんだ。

 だったら……私が死ぬのが、筋だ。



「待ってくれ……。

 俺がしたかったのは、こんなことじゃない……。

 これじゃあ俺は、無能、無力、無様を晒しただけ……。

 死から絶対ぜったいに逃れられない、お前の運命を、身をもって証明してしまっただけだ……」



「違いますよ、憩吾けいごさん」



 座って目線を合わせ、私は否定する。

 決して、無駄なんかじゃなかった。

 意味無くなんかなかったと。



 だって。



「おかげで私……今度こそ、本気で思えましたから。

 嘘吐きで、口下手で、敬語似合わなくって、乱暴で、適当で、勢い任せで、頼りなくって、浅慮で、子供っぽくって、なにからなにまで死神っぽくなくって。

 けど……憩吾けいごさんなら、信用出来できる。

 この人なら、私のすべてを、喜んで、慎んで捧げられるって。

 憩吾けいごさんは、それを決定付けてくれただけですよ」



 地面に膝を置き、憩吾けいごさんの体を、私は抱き締める。

 これからは、少しでも守れるように。 

 本の一時でも、彼を癒せるように。

 

 

 分かってる。

 これはすべて、憩吾けいごさんに齎された人間味、プログラムが作用してるだけだと。

 結局の所、命王めいおうって死神さんに、踊らされてるだけなのだと。



 でも、それのなにが悪いのだろう。

 私は、今の、ありのままの憩吾けいごさんが、好き。

 だったら、それで、それだけでいじゃない。

 


 彼を大切に思うのに、他になにらない。



「俺……無駄じゃない、かな……?

 無意味じゃ、ないのかな……?

 生きてて……いのかな……?」



 体を離し、横に顔を振った。

 そして、りったけの感情と力を注ぎ、今の私に出来できる、最大、最高の笑顔を、憩吾けいごさんに送る。



「あなたが、生きてくれてるのが、いんです……。

 そばで生きててくれないあなたなんて、大っ嫌い。

 下の下以下。

 マイナス百万点。

 本当ホント本当ホントに、最悪です」



 再び抱擁、包装し、私は提案する。

 彼も、私も納得、笑顔になる、折衷案を。



憩吾けいごさん……私の、彼氏になってください」



「……え゛」



 正直、ちょっとムッとしてしまった。

 自分が可愛いかとか、性格いかとか、男性から見ての印象が、私には分からない。

 おまけに憩吾けいごさんは、生後一年(夏澄美かすみちゃん曰く『小学生並みの精神年齢』)。恋愛に敏いはずい。



 けど、それを差し引いても、異性に告白されてのリアクションとして、失礼なのではないだろうか。



 でも、まぁ……特別に許すとしよう。

 今日の私は、彼を怒れる立場にない。



憩吾けいごさんは、私の未練を断ち切りたいんですよね?

 だったら、私の、彼氏になってください。

 今の私に残ってる後悔の中で特に印象的な物を、まだどうにかなる範囲で、叶えてください。

 あ……でも、どうせだったら、こう、義務的? 業務的な感じではなくてですね。

 もっと、こう……ドラマティック? ロマンチック?

 自然な感じが、個人的には理想なんですよね。

 あーでも、禁断の恋っていうのも、唆られる……」



「……お前、『もう贅沢言わない』んじゃなかったっけ?」



 あれ?

 なんか、いつもの調子に戻って来た?

 むしろ、ちょっと進展したよーな……。

 なんでだろ……。



 ま、いっか。

 結果オーライ。



「そうですよ。

 だからこそ、たった一つの願望を、徹底的に叶えてもらうんです」

「へーへー、分ぁりましたよ。

 んで? 俺に、どうしろっての?」

「……今、『恋愛ど素人しろうと』って、言いました?」

「言ってねぇよっ!?」



 その後も、あーでもない、こーでもない、そーではあるなどと話しつつ、計画を練る私達。

 


 憩吾けいごさんは中々に粘ったけど、最終的には音を上げ、私に協力してくれることになった。



 正確には、過去……二年前の、私に。

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