4(静空side):真っ赤な初恋(うそ)
腰まである、赤いメッシュの入った黒髪。
髪を右にボサボサと靡かせ、
遠くからでも分かるだろう、中性的かつ端正な顔立ちと、真っ赤な瞳。
ちょこんと出された耳に装着せしは、天使の羽を模したイヤーカフ。
白と黒を貴重とした、所々に「☓マーク」の施された、ロックでパンクな服。
そんな、
高校一年生になったばかりの私の前に現れたのは、
一般的なクール女医をイメージしていたのも合わせて、動揺するのは当たり前で。
「嫌ぁぁぁぁぁっ!!」
……まぁ、だからといって、彼のお腹に向けて鞄を全力投球するのは、我ながらどうかと思う。
でも、同時に、褒めて
※
「ほら、免許。
ちゃんと、ここの
分かって
数分後。
あれだけ理不尽な不意打ちを受けておきながら、先生はケロッと、にこやかに私に潔白を証明した。
それが、このアバンギャルドな
なんてーか……。
「……服装はともかく、性格と口調には、合ってますね」
「あははっ。
よく言われるよ。
それより、今日は
「……私の
実に
先生は、「器用だなぁ」なんて笑ってるけど。
「……
「ここに配属された
君の友人に、そう呼ばれてたから。
それに、聞いたよぉ?
入試も一位で、新入生代表のスピーチも務めたって話でしょ?
憧れちゃうなぁ。僕は、そっち方面、からっきしでさぁ」
「そんな調子で、よく
「ねー。ホントだよねぇ。
あははっ。不思議だし、面白いよねぇ。
でも、ありがと」
あからさまに抵抗を示し、ジト
……どうしよう。
本格的に、苦手なタイプだ。
「それより、ベッドに横になって。
じゃないと、始められないから」
草食系だと油断していたからか、
先生からの、まさかの一言に私は、それまでとは異なる恐怖を覚えた。
いやいや、待て待て、落ち着け、私。
普段から少女漫画を読み漁ってるから、そういう曲解に陥るんだ。
説き伏せる
「……は、始める、って……。
……
「
足だよ。あ・し。
体育の授業でグネっちゃって、だから来たんでしょ?
違う?」
……ほら、見なさい。
思った通りだ。
当たり前じゃない。彼は、
「……
「別に、ガッカリなんてしてません。
それより、
ツンケンと拗ねていたら、正論を突かれた。
「
「〜っ!!」
あー、もうっ!
死にたいっ!
成り行き上、
せめて、スカートだけでもっ……!
「
だってさぁ。ボトムスで隠されてるって分かってても、つい気になっちゃうのが、男の性分って物だからさ。
その楽しみを最初から、根こそぎ、無慈悲にも奪うのって、ねぇ」
「すみません、ちょっと黙ってくれません?
別に成績とかに響かないし、もうタメ口でいっか。
「あっはっはっ。
ごめん、ごめん。
まぁ、
「は?」
軽い捻挫とはいえ、ただお喋りしてるだけで治るなんて、そんな非科学的、医学的な
「ーーは?」
……
え? ……嘘でしょ?
全然、痛くない。
ここまで一人で来るのも、大変だったのに。
誰かに補助に付いてて
「どう?
これでも結構、名が知れてるんだよ?」
これが自分の腕前とでも主張する
……いやいや。
魔法じゃあるまいし、
百歩譲って可能だとしても、世界で、最前線で戦える
「で?
余ってる時間、どうする?
今戻っても、変に疑われるだけだし、
「……」
しかも、見抜かれた。
私が成績を維持しているのは、あくまでも両親を仲直りさせたいが
こんな、
徹頭徹尾、抜かりない。
恐らく、ここで
だったら。
「はぁ……」
これみよがしに
先生は、相変わらず笑顔を崩さずに、カーテンを閉めてくれた。
……
……少し
「っ!?」
自分の思考に驚きつつ、余計な
にしても、妙に寝心地抜群だなぁ。
枕もシーツも、可もなく不可もなくな、普通の
などと不思議がっていると、いつしか私は、深い眠りに就いていた。
※
「ん……」
これまでで断トツのスッキリ感に包まれつつ、私は目覚めた。
そのまま上体を起こし腕を伸ばし、だらんと倒して窓の向こうを見る。
あー……放送が鳴ってる。もう、下校時間か。
どれだけ、熟睡してたのやら。
通りで、睡眠時間の割に、目も体も軽い
「はいぃっ!?」
目の前の景色が信じられず、慌ててベッド横のスマホを取り、時計を確認。
バタバタと騒がしくした結果、先制に
「起きた?
カーテンの向こうから、声を掛けてくる先生。
いきなり無許可で開けなかったのは、ポイント高い。
……じゃなくってぇ!!
「あ、あのっ!
誰か、来たりしなかった!?」
「君の幼馴染達なら、もう帰ったよ。
君の寝顔を見たら、安心したんじゃないかな?
っても、
「そう……なんだ……」
三人の対応まで……。
どこまで、気が回るのやら……。
「あれ?
もう
スマホのカメラで確認しつつ身支度を整え、ベッドを降り、靴を履き直し鞄を持ち、カーテンを開け、私は先生にお辞儀した。
「お陰様で。
本当に、ありがとうございました。
でも、今度からはなるべく来ない
「それは、
これ以上、
君が、塩対応ばかりで、幼馴染の三人以外とは
「……っ!!
失礼しますっ!!」
図星だと気付かれたくない
こうして私は、先生と……異性に向ける、初めての感情に出会ったのだ。
※
認めよう。
確かに私は、
彼の、全体的に謎だらけな言動に、振り回されつつあるのは確かだ。
でも、それが
だったら、もう
なんて
改めて思い返してみると、もっときちんと怪しむべきだった。
どうして彼は、私の
「初めまして。
本日より、
以後、お見知り置きを。
依然として攻めた衣装に身を包み、
私は悟った。
もう、退路さえ断たれたのだと。
※
「あ。おはよう、
いや……
……。
「あれ?
もしもーし。聞こえてますかー?
……体調、悪い?
起き抜けだから、仕方ないよね」
…………。
「それより、ご飯の支度、
早く、一緒に行こう?
ね?」
……うん。
「ってに……!!
執事じゃあるまいし!
そもそも、
同棲中の彼氏かっ!
そんなこんなで、いきなり眠気が覚めた私は、先生に向けて再び鞄を投擲した。
先生と保健室で出会い、家で再会し、一緒に暮らす
翻弄されっ放しの私に、安息の日は、果たして訪れるのだろうか。
※
「あー……あの、イケメン
「
「当ったり前だろぉ?
あの先生、学園きっての超絶イケメンだからなぁ!」
クラスメイトで幼馴染、
ボーイッシュでフレンドリーな性格が
まぁ、その
お
「しっかし、驚いたなぁ。
まさか、浮いた話が
え?
と思ったけど、胸に秘めた。
脱線するのも、関係が拗れるのも、どっちも困る。
「あの先生、
よー分からんけど、妙な治療法で、気付けば全快してるんだもんなぁ。
おまけにあの、中性的かつ魔性的な、現実離れしたファンタジックな雰囲気。
そんなだから、内の学校でも、『Dr.ヴァンパイア』なんて呼ばれてて、早くも七不思議の仲間入だってさ」
「……矛盾してない?」
などとツッコむと、私の机で腕を組んでいた
「こういうのは、フィーリングなんだよ、フィーリング。
イメージにそぐわないとかでなければ、
大体、フィクションには
それに、頭ごなしに否定から入るのは、名付け親に失礼だ」
「それは、まぁ……確かに……」
「だろぉ?
て
「
名付け親!」
真相に辿り着いた私に対し、
それとも、私が騙され
「まぁでも、冗談抜きに、
ああいう手合いは、往々にして、陰でよろしくやってるってのが、ラブコメでは定石だ。
遊びならさておき、本気にはなるなよぉ?
手痛い目にあうのがオチだぞ?」
「なっ……!?」
(私が買って来た)コーラを飲みつつ、創作頼りで上からなアドバイスをして来る
幼馴染、相談を持ち掛けた側の贔屓目を抜きにしても、カチンと来る。
そもそも。
「別に、そういうんじゃないんだってばぁ!!」
※
正直、どこか鼻で笑っていた、
予想通り、それは外れていた。
「……」
平日の放課後。
う、嘘……!?
まさか、
彼女さん、メンタル強過ぎない!? それとも、そっちの趣味が……!?
「除き見は、
「わぁっ!?」
い、いつの間に、後ろに!?
てか、あれ!? 恋人さんは!?
「あの子は、仕事に戻ったよ。
……そんなに時間、経ってた?
体感だけど正味、たった
「……別に。
ただ、物色してただけ。
家には帰れないし、皆に迷惑、心配かけたくないから……」
……てか今この人、ちゃっかり読心術使わなかった?
まぁ、もう
「そっか。
それは、好都合」
伏し目がちに私が答えると、やにわに先生が笑顔になる。
「な……
「君に、付き合って
あと、ここから先は、『先生禁止』で」
「へっ!?
あ、あのっ!?」
言うが早いか、先生は私の手を握り、青信号になったりタイミングで、横断歩道をダッシュした。
この人、
、聞かないのぉ!?
※
私が連れて来られたのは、
「ごめんね?
無理矢理な上に、急に誘っちゃって。
ちゃんと、埋め合わせするから」
手を合わせつつ、謝る先生。
……ズルい。
そんな
「……別に
それで? どうして私を?」
「
これ、どうかな?」
……この人、どこまでも話、聞かないな。
ってのはさておき、先生は私に、白ワンピを見せて来た。
……彼女へのサプライズ、プレゼント?
なるほど……それで、異性の意見を聞きたいと?
まぁ確かに、家でも顔を突き合わせている都合上、私には相談し
だったら、
あーでも、あの人、既婚者なんだっけ……。
いや……そもそも、彼女以外の異性に聞くのも、どうなの?
先生は
「
先生に呼ばれ、ハッとした。
いけない、いけない。
私は今、感想を求められているんだった。
なら、きちんと責務を果たさないと。
そう
……白ワンピか。悪くはない。
王道ってか、「男の人って、こういうの
可愛い系の彼女にも、きっと合うだろう。
ただ……。
ジーッと眺め、頭の中の恋人さんに会釈し、着せ替え開始。
が……結果は同じだった。
となれば、開き直る
「……ちょっと、物足りないかも。
春らしい、ピンクのカーディガンやジャケットとか、足してみる?
ちょっと気が早いけど、白いテンガロンハット、麦わら帽も捨て
あ。空色のストールとかも、合うかも。
小物も欲しいなぁ。肩掛け鞄とか」
て……今度は、がっつき過ぎてしまった。
ていうか、もう完全に塩対応なんかじゃなくなってるじゃない、私!
あー、もぉ……。
そもそも私、初対面ですらないし、私が着る
「あははっ」
ただ、人目を引く
「……分かった。参考にしてみる。
ありがとう、
はい、これ。お礼」
どこからともなくソフトクリームを出し、私に手渡す先生。
……この人、マジシャンこそを
「って、
気付けばまたしても、姿が見えなくなった。
……考えてても
ただ、商品に付けたりしないようにだけ注意しよう……。
そう決心し、私は服屋を出て、近くにあったベンチに座り、ソフトクリームを頂くのだった。
……本当に、どこから出したのか。
そもそも、
案外、本当にファンタジックだったりして。
魔法使いとか、ヴァンパイアとか、悪魔とか……。
死神、とか? 格好からして
「なーんてね……」
※
「置いてくなんて
買い物を終え帰宅した先生が、開口一番に不満顔で
私は、腕を組みつつ素知らぬ顔で返す。
「別に約束なんてしてないし、ましてや、そんな親しい間柄でもない。
誰かに見られて騒がれるリスクを回避したのも含め、最適な距離感、判断だと思うけど?」
「だったらせめて、メッセくれたら良かったのに」「……知らないのに、どうやって送れと?」
私が正論を突き付けると、「あ、そっか」と先生は納得した。
さては、
「じゃあ今、交換しない?」
「必要性と緊急性とメリットを感じない」
「そう言わずにさ。
ほら。振るだけで
それなら、
「……先生の中で私が、『友達の少なさが災いした『機械コミュ音痴』的な位置付けになってるのが心外なので、お断りします」
「
いや何も、どこも
距離感おかしいの、そっちじゃない?
などとツッコミつつも、
そう。これはあくまでも、
だって、ここで却下した結果、学校や町中で求められても困るし。
単なる、妥協案だ。
「……あ。
そのシステム、もう無くなったんだった」
「……」
……この、ルーズ男。
まぁ、
これで、プライベートを変に詮索されずに済む。
寝室のみならず、スマホにまで無断侵入されては、堪らないし。
……別に、落ち込んでなんてないんだから。
ちっとも、これっぽっちも、残念なんかじゃないんだから。
「なら、どうしようもないですね。
先生、事前準備にもっと入念になった方が
リード
それじゃ、
願わくば、私の前からも消えてください」
「急な敬語、怖っ!?
まぁ、
それはそうと、はい」
いや、
てか、
プレゼント?
私に?
「……
「お近付きの印。
それじゃあ、またね。
あ……
「分かった。
じゃあ、先生を逮捕する
「それは、それだけは
……自覚は有るんだ。
私は先生と別れ、自分の部屋に戻ってから、先生に渡された袋の中身を確認。
そして、驚嘆した。
「これ……」
しかも、私が提案した物、一式揃えてる。
それでいて、高そうなのばっかり。
「
本格的に疑問に思っていると、持ち上げた服から、ヒラヒラと、紙切れが落ちて来た。
私は、それを無言で拾い上げる。
……メモ?
『いつも、困らせちゃってごめん。
よかったら、受け取ってください。
p.s.一緒に
……
この、
「……あれ?」
よく見たら、裏にも
これは……ID?
「意外と抜け目ないなぁ……」
どこがルーズなんだか。
っと。
こうしちゃ、いられない。
頂いた以上、きちんとお礼を返さないと。
そう思い、制服のままベッドにダイブ。
スマホを構え、先生のアカウントをフレンド登録し、初メッセを送る。
『まわりくどかったけど、受け取った。
プレゼント、ありがとう。
これからも、程々によろしく。
しょうがないから、相手してあげる』
……
とてもじゃないけど、感謝してる
ま、いっか。
飾らない本音だし。
「よっと」
まだ制服だった
そこで、はたと
早速、着てみたいと。
「……まぁ、
言い訳めいた発言をしつつ、私は白ワンピを装備。
そのまま全身鏡の前で、モデル気取りでポーズ取ったり、クルッと一回転してみたり、ランウェイごっこしてみたり、見えない範囲でピラッとしてみたりした。
とまぁ、ここまで来ると、他のも試してみたくなるのが性分であって。
まぁ、あれだ。
使わないでいるのも、失礼だしぃ?
などと、普段の失言っ
海賊王みたいに両手で二つの帽子を回したり、空に打ち上げ、被ったり腕で転がしたりと宴会芸、大道芸のノリで遊んだり。
……こうして見ると、使いみちに困るスキルばかり身に着けたな、私。
退屈な一人時間を持て余し過ぎた結果だけど。
などと自嘲しているとコン、コンと、ドアをノックする音が聞こえる。
入室を許可しようとする私だったが、微妙に恥ずかしい格好なのを思い出し、踏み留まる。
「
「わ、分かってるっ。
ちょっとタイム」
着替え直してる時間……は、
制服は……散らかしてないっ! 数分前の私、グッジョブ!
となれば、急いで髪だけ整え……って、見えてないのに、
違うから!?
意識してるとか、少しでも可愛く見られたい、ドキドキさせたいとか、そういうんじゃないからっ!?
あくまでも、異性! 引かれたくないだけで、決して惹かれてる
って、そうじゃない!
早く、先生に話をさせないと!
などと一人コントを繰り広げた
「……
「晩御飯
……それだけか。
褒めに来た
ってぇ! 当たり前じゃない!
何、その気になってるのよ!? 私っ!
ただただ、痛いじゃない!
「……分かった。
「うん。
それとさ、
……フレンド登録の
別に、感謝される
律儀だなぁ。
「そんな、改まって言わなくっても……。
あれ位、私にだって……」
「そっちだけじゃ、なくってさ。
そのぉ……。
……思った通り、
早速、着てくれて、ありがとう」
「……」
もしかして……。
……バレた?
「かっ……てにっ……!!
私の心に、不法侵入するなぁっ!!」
……
私は。
※
体育祭。
文化祭。
卒業式。
三者面談。
授業参観。
私は、これ
その理由、共通点、心は、ただ一つ。
軒並み、家族が出席するタイプのイベントだからだ。
「……そうですか。
やっぱり、無理でしたか」
先生と暮らし始めて、そろそろ一週間になる頃。
二人だけでの食事中に、私は
……分かってる。
最初から、さほど期待なんてしてない。
元々、二人は常に仕事に追われてて、一緒に食事した
いや……それを抜きにしても、二人は犬猿、敬遠の仲。
それはもう、この家に居辛くなる
「……お嬢様。
やはり、私が代理で……」
「
「ですが……それ以上に、私はお嬢様の幸せを、笑顔をお守りしたい所存です」
「お気持ちだけで充分です。
いつも通り、私は一人で大丈夫ですから。
気を遣わないでください。
ごちそう
一方的かつ強引に話を切り、その場を去る。
駆け足で部屋にもどり、ドアを締めロックし、凭れかかりながら、堪え切れずに泣き出す。
「『気を遣ってる』のは、どっちよ……。
私の、
もう一度、言おう。
私は、両親に『さほど期待していなかった』。
裏を返せば……
父親でもなく、母親でもなく。二人が笑顔で、私を見守ってくれている、間違っても有り得ない現実を。
※
参観日、当日。
当たり前の
廊下や後ろを眺めるのも億劫、恥ずかしくなって、私は机に伏せた。
……
分かり切っていたじゃない。
割り切っては、いないけど。
「お、おい、
後ろ、見ろ……!
物凄いイケメンが
席替えで前の席になった
耳を澄ませば、確かに辺りがザワついている。
大して興味は
結果……絶句した。
そこに
ピシッとした、シックなスーツ姿が決まっていて。
無造作ヘアも、きっちりハマっていて。
高級感があり、それでいて
そんな、いつもとはまるで別人の……奇抜ではない、
「あ」
目が合い、急いで体を戻す。
が、
「お嬢様ー!
ファイトでーす!」
「〜っ!!」
応えたら、色々と
ここは、無言を貫いて、赤の他人を装わないと。
ていうか、フォーマル姿で来るんなら、ちゃんとキャラまで仕上げて来てよ!!
「お嬢様って、誰の
「ほら、あの子じゃない?
学年トップで、部活にも合コンにも参加してない、イケメン百人切りした、
「あー……いつも幼馴染と一緒に
バレるの、早くないっ!?
ていうか、不参加なのは事実だけど、あなた
あと私、悪くなくない!? 普段、
「……
「もしかして……」
「
左隣の
これは、
「……ごめん、皆……。
ちょっと、静かにしてて……。
「マジでぇ!?
チョコ・カスタード・ホイップ・アイス・マカロン・クッキー・りんご・ナッツ・パフ・みかん・シロップ・ハニー・マシュマロ・シリアル・レモンチーズケーキ!?」
……
完全にパンケーキの域じゃない。
いや、それでも怪しいよーな……。
「
ね……?」
「っしゃあ!!
任せろ!!」
「
ドリンクも付けるから……」
「おうともよ!!」
手始めに
他の二人も、了承してくれたらしく、
にしても……。
「……
先生の、お
ボソッと悪態を
が、そのタイミングで本鈴が鳴り、担任の先生が入室し、しまわざるを得なくなる。
こうなった以上、抗い
前回、私は
ただ、黙って聞いていれば良いのだ。
などと、高を括っていると。
「前回は、えと……誰まで進んだっけ?」
「私の前までです、先生」
「おぉ、そうか。
親切にありがとう、
んじゃあ、最初の文を……
読んでくれ」
ーーん?
あ、あれ?
先生、今、何て……?
「っかしいなぁ。
今、私は確かに、『
じゃあ、改めて……
言葉を止め、右手で喉を弄る先生。
妙な空気を感じ取り、教室が
……違う。
先生は一切、
この人は、少し抜けているけれど、
こんな
と、いう
呼べないんだ。私の名前以外を、
「お嬢様。
さぁ、さぁ。早く、お読みください。
意味も
「……」
どうやら、避けては通れない、か……。
「先生。
私、読みます」
「おぉ、そうか?
すまんな、
覚悟を決め、教科書を構え、私は起立する。
「よっ!
またしても要らぬ茶々を入れる
しかも、ピンヒールで。
一体、どんな関係の知り合いなのか。
気にはなるが今、解決すべきは、目の前の問題。
差し当たって、教科書の音読である。
「ファイト……です……」
「緊張しないの。
リラックスよ、
「一発、ド派手に噛ましたれぇ!!」
「……
「嘘ぉん!?」
……そこまで?
あれだけ具材入ってるんだし、一つ
とまぁ、それは置いといて。
三人のアシストを受け、私は淡々と読み終えた。
「ありがとう、
お
しっかし、どうなってるんだ、一体……」
「きっと、お疲れなんですよ」
「単に、緊張し
もしくは、
「
「フルーツばっか取んなよぉっ!?
レモンチーズケーキからレモン取ったら、何が残ると思う!?
チーズケーキだけじゃないかよぉ!!」
「じゃあ、続き。
今日になって明かされた、衝撃の事実。
どうやら、このクラスに『
そんなにありふれた名前でもないし、この席順は自由制なので、とんでもない、それこそ運命的な確率である。
……そんな
「お、おい……。
私は
……こっちが聞きたい。
「
「っ!?」
いつの間にか
耳つぶしながら、教科書の、次の文章を指差す。
「ここですよ。
ここを読めば
簡単でしょう?」
ち、近いっ……!?
てか、
「先生」
「私、読みます」
と、こんな調子で、またしても読み始める。
結局、この日の授業は
四回目からは、本格的に手間に思えたので、終業のベルが鳴るまで音読し続けたのだった。
※
「ま、待ってください!!」
ホーム・ルームの
開口一番に放つ
「
息を整えながら尋ねる。
先生は、私の方へ体を向けながら、笑顔で答える。
「ああすれば、緊張が解れるかなぁと。
いやぁ……我ながら、慣れない
恥ずかしいったら、ありゃしない」
「そっちじゃない!
いや、それも
態勢を直し、改めて問う。
「先生の仕業でしょ?
どんなトリック?」
「君は一体、
「初対面の生徒をジャージ姿でベッドで寝かせ込んで、家まで転がり込んで、熟睡中の女性の部屋に無断で入り込んで、拒んでいる未成年に連絡先交換を頼み込んで、『いつでも部屋に来る
「ちょっと情報量と悪意多いですね」
「身から出た錆。
まぁ、詮無いので色々置いといて。
どうして、あなたが?」
「決まってるじゃない。
「レスバ弱いなぁ」
「君のガードが固過ぎる
「
まぁ、九分九厘、この人の、良く言えば親しみ易さ、悪く言えば慣れ慣れしさが原因だろうけど。
「まぁ、多目に見てよ。
こうして
「え」
普段と変わらない調子で放たれた、
春風に髪を踊らせ、はにかみながら、先生は続けた。
「
君とは、もう……一緒に
※
先生の衝撃発言から、数時間後。
泣いて縋る
……
そもそも、
神出鬼没、いつも突然で勝手だとは常々、思っていた。
でも、ここまでとは、
なんて落ち込んでいると、不意にドアを小さく叩く音が木霊する。
この音量、リズムは、間違いない。
「……
ちょっと、
「〜っ!!」
この人は、
どうしてこうも、私を振り回すのか……!!
そもそも、これじゃあ連絡先交換した意味が
「ま、待って!
五分……いや、十分で
「……
「色々、
それから、ちょっと離れてて!
聞き耳とか、立てないでよっ!?」
「……もしかして、振り?」
「じゃないっ!!」
明らかに男性ウケの悪そうな理不尽な態度を示しつつ、いそいそと準備に取り掛かる。
その途中で、思う。
この人は、こういう私のリアクションを楽しんでる愉快犯なのではないだろうか、と。
※
そんなに狙ってない、あざとくない、ダサくもない、無難な、けれど念の
私と先生は、クッションに座りつつ、テーブルを挟んで向かい合っていた。
今の私、大丈夫かな……?
でも、学校帰りだし、体育マラソンだったし、お風呂と歯磨きまだだし。
あ。そういえば、ご飯もだった。
お腹鳴ったり、しないよね……?
にしても、良く十分で、ここまで整えられたな……今回ばかりは、素直に自分を褒め称えたい……。
「……
やっぱり。
そう来ると思った。
だって、先生が私の部屋を訪問する理由が、他に思い付かなかったから。
最近、食事の連絡は
「……うん」
大丈夫。
気持ちの準備なら、気が得ながら済ませた。
ちゃんと、聞ける。
「……もう、察してるかもだけど。
僕は元々、君のお母さんに依頼されて、ここに来た。
君の学校に一時的に赴任したのは、君の心身のケアも、お母さんに頼まれたからなんだ」
……薄々、
あれだけの腕を有した名医が、
きっと、お母さんの体を治すのがメインで、来たのだと。
「でも……。
ここを去る、って
「……ご推察の通り。
君のお母さんは、僕でも治せなかった。
保健室に
けど、それでも
叩きのめされたよ。自分は、非力ではなく、無力だったんだと」
初めてだった。
力無く、切なく、儚く笑う、先生を見るのは。
「だから、思った。
お母さんを治せないのなら、せめて、二つ目の依頼は完遂しよう。
君の心を、孤独を、痛みを、少しでも和らげなくては、と」
腑に落ちた。
それが、必要以上に私に構って来た理由なのかと。
つまり……先生は別段、私を意識してなんていなかった。
ただのビジネス、リップサービス、ご機嫌取りだったのだ。
「って、言う
でも、実際は、少し違う。
仕事とか、同居人とか、主人とか、生徒とか。
そういう大義名分じゃなく。
気付けば少しずつ、君に惹かれる自分が
「え……」
流れが、変わった。
先生の、
「……
僕は……」
言おうか言うまいか悩んだ
「こんなの、ご法度、言語道断……公私混同なのは、百も承知だけど。
プライベート的な意味で、君を知りたいと切望する
君を……恋愛的な意味で、好きになりつつあった」
「……じゃあ、
先生との距離が、私達を遮るテーブルが、もどかしく思えてならなかった。
「……私の
私に、
……
先生……」
「……分かって
いや……
僕は、君の『先生』であり、君の『使用人』。
君は、僕の『生徒』であり、僕の『主』。
加えて君は、現役の高校生。
そして僕は、立派かどうかはさておき、一人の大人。
今の時代で僕達が結ばれるには、
ねぇ、先生。
どうして、私と目を合わせてくれないの?
「言い訳して逃げないでよ……!」
「
世間体とか、常識とか、世論とか時流とか、そういうのばっか!
先生は、私の
「愛してるに決まってんだろっ!?」
これも、初めてだった。
先生が、ここまで語気を荒げるのも。
心情を、吐露するのも。
「そうだよ、『好きになりかけてる』なんて嘘っぱちだ!
それじゃ
先生の雰囲気に押され、飲み込まれ、無言になる。
「……前にも言ったろ?
これでも
未成年で患者の君と特別な間柄になったのを、週刊誌にでも取り沙汰されてもみろ。
僕の人生のみならず、君の人生も終わりだ。
清廉潔白でありながら、そうやって面白半分、実しやかに職を奪われ、破局し、
気にするなって方が、無理なんだよ」
……読んでた。
立場上、先生が安易に
だからこそ、用意していた。
それに対する、反論も。
「だったら、あと二年……ううん。
何年だって、待つ。
恋人として先生の隣になってても、誰にも
それ
私、処世術には長けてる」
「じゃあ、
君のこれからの数年間を、僕だけに捧げさせろと?
君の、たった一度の青春、高校生活を、僕に奪わせろと?
僕なんかよりもっと優れた男と出会えたかもしれない期間を、可能性を、他でもない
「……先生より
そもそも、そんな簡単に
「分からないじゃないか、そんなの」
「分からず屋なのは、先生の方でしょぉ!?」
抑え切れずに、私は先生に駆け寄り、抱き着いた。
先生の胸は、割と引き締まっていて。
ゴツゴツしているのに、妙に落ち着いて。
まるで、保健室のベッドの
「私……もう、好き避けしない。
先生が言うなら、他の人にも素直になるし、友達も増やす。
そんなに我儘言わないし、
私、
……だからぁっ!!」
意図的に体を押し当て、私は打ち明ける。
恐らく一世一代になるだろう、告白を。
「私を、私だけを、私こそを、選んでよ……!!
……友生ぃ……!!」
全力だった。
本気だった。
これが、今と私に
「……そういう、色仕掛けで
けど、
先生は私を離し、遠ざけた。
もう一度、今度こそ繋ぎ止めたいと思わせる、複雑な面持ちで。
「……
僕は、医者だ。
僕には、これから先、
君には悪いが、ここで人生を踏み
君にばかり
そうだ。
先生は、そういう世界を生きているんだ。
私が、足枷になる
でも……。
「人の家に、心に……恋路にまで、ズカズカ、ズケズケ踏み込んで……。
さんざ、自分仕様に踏み
今更、どの面下げて、言ってるのよ……。
こんなに……こんなに、
……どうして、私の
初めてだった。
こんなにも誰かを、一心に想ったのは。
いつも振り回されて、困り果てて、突っぱねて、恥ずかしい所ばっかり見られて、なのに嫌いにだけはなれない。
そんな……初めてだらけの、初恋だった。
どうしても、
「君なら、そう言うと思った。
……
そう
まさか、ナデナデなんぞで手を打とうなんて思ってるんじゃあ……と、振り払おうとした、次の瞬間。
私は突然、強い眠気を覚えた。
「な、に……これ……」
「言ってなかったね。
僕の専攻分野は、心理学。
簡易的ではあるが、僕は人の心、記憶を操れるんだ。
今、君の精神、脳に負荷をかけた。
俗に言う、催眠術って奴だ。
君が僕を思い出す
君は、僕という
君は、もう……自由に、生きて
でも、もし……僕の洗脳を、弱さを、君の思いが、記憶が、いつか上回ったのなら。
その時こそは、もう迷わない。君を、迎えに行く。
今度こそ
その顔は、誰が、いつ、誰と、どこで、どのように見ても、明らかに悲痛そうだった。
違う……私は、こんなエンディングを望んでたんじゃない。
助けなきゃ……
初めて本気になった、大切な……大好きな人、を……。
「ゆ、う……。
……きっ……」
伸ばした手が、虚しく空を掴み。
そのまま、力無く垂れ下がり。
視界がボヤけ、揺れ、真っ黒に染まり。
そして、私の意識は、記憶は、途絶えた。
※
恋なんて、したいと思わなかった。
恋をしてカップル、夫婦になった
あんな
そう自分に、ずっと言い聞かせていた。
だから、異性とは親しくなろうとしなかった。
そういう風に見るのも、見られるのも、
そんな態度を示し続けた結果、痴情の縺れみたいになるのも
そうやって私は、意図的に、クラスで浮いていた。
そう。
恋なんて、幸せに対する、単なる阻害因子。
呪いで、呪縛で、ネック。
ましてや、初恋なんて尚更。
よしんば失敗したら一生、悔いが残るのだから。
だから、私は恋をしない。
そう……思ってたのにな。
「
「……
「分かんないけど、こう……雰囲気?」
柔らかくなった、ってーか……
通学中に
「
別に、
「っかっしーなぁ……
どうにも、
「
あと、そのセンサー、修理に出した方が
冗談を飛ばすと、
……そんなに、
「……やっぱ変わったって、
今までも最高に仲良くしてた
「……別に、
だって、
「誰に?」
そのまま、無意識に足を止め、考え込み、記憶を検索する。
が、ヒットせず、眉間にシワを寄せる。
私は一体、誰に、
「……分からない」
「ふーん。
まーでも、あれだ。
正体は謎仕舞いだけど、とりま、その誰かに感謝だな。」
「
別に、
「
見た目も性格もイケメンに決まってる!」
「……
「でしょ?」
ニカッと笑い、叫びながら、
私は、特に意味も
相変わらず理由は分からないけど、
けど、どこか寂しい
「
「おはよう……です……」
呼ばれて正面に戻すと前方から、
もしかして、迎えに行ったんだろうか。
「……うん。
今行く」
拝啓、どこの誰とも知らない、誰かさん。
私はこれからも、大切な幼馴染と一緒に、生きて行きます。
だから、もし、あなたが未来に
私も、いつか、あなたに会いに行くので。
初恋は、まだ未経験。
でも……いつか初恋になって
これは、そんな私の、秘密で不思議な、恋の物語。
ずっと忘れない、きっと思い出す、大切なお話。
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