5(静空side):最初で最後の大喧嘩

「はー……やっぱり、自分の時代、ありのままの姿が一番いちばんですねぇ」



 二年前から自宅に戻って来た途端とたんに、そう言いつつ、炬燵にベターッと伏せ、私は蜜柑を食べ始める。

 季節感ゼロだなぁ。一応、春なんだけどな、今。

 美味しいから、いっか。



「俺は、お前に、大分アレなキャラやら衣装やら押し付けられたけどな……」



 暁月あかつき先生の役目を終え、元に戻った憩吾けいごさんが、炬燵に突っ伏す。

 どうやら、蜜柑を食べる気力さえくなったらしい。

 


 無理を強いた自覚はあるので、お詫びに私は、彼に蜜柑を食べさせる。

 


「にしても随分ずいぶん、悪趣味だこと。

 なにからなにまで」



 炬燵の中から声がした。

 どうやら、夏澄美かすみちゃんが潜んでたらしい。



「そもそも、精神医学と心理学は、似て非なる物。

 作り込みが甘い。

 死神の謎パワーを、最適かつ違和感いわかんく噛み砕いて伝えるためとはいえ、安直過ぎ」

「……妙に詳しいんですね、夏澄美かすみちゃん」



 思わぬ方向から駄目ダメ出しが飛んで来て、私は感心してしまう。

 


「そりゃそうだ。

 こいつ、これでも大卒だし、前世は売れっ子の物書きだった、ってぇ!?」

「今も超絶人気だ。

 二度と間違うな、ど三流」

「おまっ……見えない位置から噛むなっ!?」

「そうだったんですね。

 今度、私にも読ませてくださいね?」

「今度と言わず、今読め」

「お前、俺と静空しずくとで対応、違いぎねぇか!?」

「相手との関係性、親和性、親密度によってのキャラ変なんて、大人にとって必須項目だろ」



 今日も今日とて、ぎゃいぎゃい騒ぐ二人。

 私から言わせれば、二人も充分、仲良しだと思うけどなぁ。



「それにしても、友生ゆうき……暁月あかつき 友生ゆうき、ねぇ」



 妙に引っ掛かる言い回しで、夏澄美かすみちゃんが食い付く。

 珍しく興味を持ってくれたみたいなのがうれしくて、私は笑顔で解説する。



「名字は、私が考えました。

 こう……。

 私とは正反対! 赤!

 けれど、空要素はる! 

 みたいな感じで」

「君のネーミングは分かりやすいねぇ。

 ところで、ケーゴ。

 これ、『友生ゆうき』だけじゃなく、『友生ともは』とも読めるけど?」

「トモハ?」



 確かに、限り限りギリギリ読めなくはないけど……。

 それが、どうしたというのだろうか。

 憩吾けいごさん、妙に動揺してるし……。


 

「しっ、仕方しかたぇだろ!?

 他に思い付かなかったんだよっ!

 コピペしたわけじゃないんだから、セーフだろ!?」

「ま、別にー、どーでもーけど」

「じゃあ、噛み付くな!」



 ……やっぱり、仲良しじゃん。

 この、二人だけの秘密感。

 なんだが、ちょっと妬けるし、寂しいなぁ。

 私ももっと、憩吾けいごさんとも夏澄美かすみちゃんとも、親しくなりたいのに。



 などと思っていると、不意にスマホが通知を知らせた。

 地明ちあきからの、謝罪メッセだった。


 

「どうした?」



 残念がっていたのが取られたのか、憩吾けいごさんが私を憂いる。

 私は、手を横に振って、即座に笑顔を貼り付け、取り繕う。



地明ちあき……友達が、メッセくれたんです。

 今日、一緒に遊びに行けなくて、ごめんって」



 そう。

 本当ほんとうなら、今日は四人で遊ぶ予定だった。

 けど、何故なぜか当日になってドタキャンになったので、前倒しで過去に行っていたのだ。



 仕方しかたいのは分かる。誰にだって予定、都合はる。

 別に、それに対しては、そこまで怒ってない。



「せめて前日に教えてしかった」

「全員がブッキングって、有り得る?」

「一人位、空いてたりしない?」

 などとは思うけど。



 でも、やっぱり残念ではある。

 行きたかったしなぁ。

 明日からまた学校だし、死期しきが決まってしまったので、なおこと



 あ。だったら、タイムリープして、遊びに行けばいんじゃあ……? 

 あーでも結局、予定がる未来は変わらないんだから、一緒かぁ……。

 せめて、三人がフリーならなぁ……。



 ……あ。そうだ。



「ところで、憩吾けいごさん」

「お、おう、なんだ?」



 炬燵に隠れた夏澄美かすみちゃんと繰り広げる激闘をめ、こちらを見る憩吾けいごさん。

 私は、思い切って、彼に告げる。



「明日、私と……デート、してくれませんか?」





「なぁ。

 本当ほんとうに、良かったのか?」

「はい。

 明日とは言っても、タイムリープして日曜日きのうに戻ったので。

 高校生が出歩いてても、問題ははずです」  

「そうじゃなくってよぉ。

 いや、それもっけど。

 デート相手が、俺でかったのか、って……」



 二人で(魔法で用意した貸し切りの)カラオケに入った途端とたん、ドギマギする憩吾けいごさん。

 こういう所を見ると、生まれて間も無いというのが、良く分かる。

 まぁ私も、余命は幾許いくばくいのだけど。



 と、それはさておき。

 そういう、煮え切らない態度を出されると、流石さすがに面白くないので、ムッと拗ねつつ、私は彼の頬をつねる。



憩吾けいごさんの、ケチ。

 昨日、『私の彼氏になる』って、約束してくれたのに」

「あ、あれはもう済んだだろ!?」

「別に私、『現実世界こっちでは契約破棄』だなんて、言ってませんよね?」

「続行とも言ってねぇけど!?」

「もぉ!」



 本当ホントに素直じゃないなぁ。

 罰として、ちょっと懲らしめちゃお。



いですか? 憩吾けいごさん。

 あなたは今、私の彼氏です。

 だったら、私を楽しませなくてもいいので、せめて私と一緒に楽しんでください」

「……なにが違うの?

 てか、どうすりゃいの?」



 ……駄目ダメだ、この彼氏。

 早くなんとかしないと。



 あーあ……この前は、格好かっこかったのになぁ。

 もっとも、賛否両論ってか、人によってはドン引かれそうってか、私は風変わりなだけかもだけど。



えず、歌いましょう。

 折角せっかくこうして、二人でカラオケに来てるんですから」

「あー……ここが、カラオケって場所なのか。

 分からんかったわ」



 あ、そっか。

 そもそも、カラオケ来たこと、無かったんだ。

 


「……初めてだったんですか?」

「まぁなー。

 夏澄美かすみく、ヒトカラ? ってのに行ってるから、聞いてはいたけど」



 そっか。

 知らなくて、当然か。



 ……うん。考えてみれば、当たり前だよね。

 だって憩吾けいごさんは死神だし、実際に生約者せいやくしゃと触れ合うのも、私が初めてなんだから。

 過去で(恋人っぽい従兄弟に偽装した)私とショッピングに行った時みたいに、私がリードしなきゃいけないんだ。


 

「すみません。失言でした。

 認識を、改めます」

いって。

 俺が疎いのが悪いんだから」



 配慮が至らない私を、憩吾けいごさんは笑って許してくれる。

 


 だったら……私も目一杯、憩吾けいごさんにレクチャーして、憩吾けいごさんと満喫しなきゃ。

 それが、彼に対する罪滅ぼし、謝罪だ。



「早速、歌いましょう!

 憩吾けいごさん、リクエストとか、あります?」



 汚名返上とばかりに尋ねると、憩吾けいごさんは笑って返す。



いって。

 別に、気ぃ遣ってくれなくったって。

 静空しずくが、好きに歌ってくれよ。

 俺、歌ったことすらいから、聴いてるだけで、別に満足だし」



 ……なんだろう。

 ちょっと、採点に困る。



 私の好きにしていと言ってくれたのは、ポイント高い。

 偏見かもだけど、こういう場では、男子はアイドルとかばかり歌わせようとするイメージがったから。



 好きでも得意でもないのに、喜ばせたいわけでもないのに、意中の相手がるんでもないのに。

 空気読んで、わざ下手ヘタに歌ったり、慣れないダンス披露したり、わざと際どいポーズを取ったり。

 そういう忖度、接待をしなくて済むのは正直、助かる(もっとも、そもそも憩吾けいごさんは、そういうのしなさそうってか、興味無さそうだけど)。



 でも。



「……憩吾けいごさん。

 一つ……ううん。

 二つ、いですか?」

「お、おう。

 んで、どした?

 なんか、怖ぇぞ?」



 デンモクを操作しようとしていた私は、憩吾けいごさんに近付き、ほっぺを引っ張る。



ず、一つ目。

 私は別に、憩吾けいごさんに気を遣ったもりはりません。

 憩吾けいごさんを楽しませたい、喜ばせたいから、行ったまでです。

 他の異性には絶対ぜったいにしないのに、憩吾けいごさんだけ、特別に」

 


 そもそも、他の男子となんて、来ることすら有り得ないのは、置いといて。

 


「次に、二つ目。

 憩吾けいごさんも楽しんでくれなきゃ、私も心からは楽しくないです。

 確かに、行き先を告げず、私の未練解消メインで、未知の場所に連れて来てしまったのは、申し訳無いです。

 でも、だからといって、盛り上がってくれないのは、ちょっとナンセンスです。

 歌えなくてもいので、せめて一緒に楽しんでしい。

 だからこそ、私は憩吾けいごさんに、リクエストを求めたんです。

 ……ご理解、頂けましたか?」



「お、おう……。

 すまなんだ……。

 っても、あれだぞ?

 俺、歌自体、ほとんど知らんぞ?

 夏澄美かすみ経由で、特撮とかアニメとかくらいしか……」

「だったら、その中で私も知ってそうなのを、折衷案としてチョイスすればいですよ。

 それでも駄目ダメだったら、その時は」

「……『その時は』?」

「私の持ち歌で、趣味と種族、文化の垣根を飛び越えて、憩吾けいごさんを全力でおもてなしするまでです」

「お前、強くない……?」



 それはそうだよ。

 だって、りったけの力で、強がってみせてるから。



 女っていうのは、古来から、そういう、気丈な人種なのだ。

 特に。



「……無敵にだって、なってみせますよ。

 好きな相手が、目の前で、私を見てくれているのなら」



 ボソッと、つぶやいた。



 きっと、憩吾けいごさんは気付いてないんだろうなぁ。

 どうして私が、過去の世界に飛んでいたのか。



 確かに、過去の私に、恋に近い経験を積ませたかったのもる。

 それ以上に、未来で憩吾けいごくんに会った際に、少しでも彼の印象を良くしたかったからでもあるのだ。



 だって、そうてじょ?

 過去なり未来なりで恋する相手じゃなきゃ、初対面から裸なんて見せたくない。



 ま、こんな恥ずかしいこと憩吾けいごさんには絶対ぜったいに言わないけど。



「……静空しずく

 どうかしたか?」



 決意を新たにしている私に、憩吾けいごくんが声をかける。

 私は、慣れた様子ようすで、笑みを浮かべ誤魔化ごまかした。



「いえ。

 それより、思い浮かびましたか?

 私達の、共通項」

「……それなんだがなぁ。

 一つ、心当たりはるが、ちと恥ずかしくてだなぁ……」



 目線を逸らさ、爪で頬を掻く憩吾けいごさん。

 器の出来できている彼のことだし、実際は、そこまででもないだろう。



なんですか?

 馬鹿バカにしたり、引いたりしないので、教えて下さい」

「……ラブライ○とか、どう?

 これなら、静空しずくでも歌いやすあかなぁって……」



 ……なんだって彼は、反応に困ることばかり強いるのか。

 天然なのが余計、たちが悪い。



 ラブライ○……ラブライ○かぁ。

 名作なのも含めて、知ってる。



 でも、アイドルかぁ……引いたりはしてないけど、ちょっと抵抗有るなぁ。

 憩吾けいごさんに、そういう、狙ってる的な意図がいのは、分かり切ってるけど。



 でも、あれだよね。

 きっと憩吾けいごさんは、純粋に人柄や話、曲に惹かれたんだよね?

 可愛いとは思ってても、一部の過激な人達みたいに、必要以上に絡ませたり、過度に露出させたり、そういう目的では見てないんだよね?



 だったら、まぁ……っか。

 私も、純粋な意味で好きだし。



「決まりですね。

 推しはます?」

「……桜○さんとか、如何いかがでしょう?」



 ……なんで敬語?

 まぁ確かに、分かりやすいというか、透けて見えるとは思ったけど。



 やっぱり男の人って、ああいう、奥ゆかしいのが好きなんだよね。

 なんか、こう……負けた気がするというか、『こいつを見習えよ』感がすごくて、ちょっと不満だけど。

 確実に、名前の読みが同じだからではないし。



 でも、まぁ。

 私も好きだし、っか。



 ……待てよ?



憩吾けいごさん。

 ちょっと、目を閉じててもらっても、いですか?」

「え?

 お、おう……」



 言われた通りにする憩吾けいごさん。

 ただし彼には、前に私を恥ずかしがらせた前科がるので、念のため、バンダナを作り被せて、一時的にブラックアウトさせる。



「お、おわっ!?

 な、なんだぁ!?」



 思った通り、性懲りもく覗き見してたらしい。

 こうして見ると、憩吾けいごさんって存外、扱いやすいかもしれない。



「約束を破った罰です。

 べーっだ」



 あっかんべーをして、ついでに魔法で嗅覚、聴覚も奪い。

 少し躊躇ためらったあと、「えいっ」と、クルッと体を回転させ、衣装チェンジした。



 いな……桜○さんに、なり切った。



憩吾けいごさん。

 もう、大丈夫ですよ」



 うわー、すごーい、面白ーい。

 本当ほんとうに、声が変わってるー。

 いつもより、お淑やかになってるー。



 こういうこともあろうかと、気軽に魔法が使える環境、状況にしてて良かった。

 一般的なカラオケじゃあ、こうは行かないもんね。



「え……し、しずく?

 ど、どっちの!?」



 バンダナが無くなり、元に戻った憩吾けいごさんが、慌てふためく。 

 その様子ようすさえ、私は味わう。



「……別に、目ぇ瞑らなくても良かったんじゃね?

 一瞬で切り替わるんだし」

「気持ち的な問題です」



 確かに、着替えたりするのとは少し違うけど、やっぱり恥ずかしいものは恥ずかしいし。

 ……あと、やっぱり華麗に可愛かわいく魔法で変身するのって、憧れるし。

 でも、誰かに見られたくはないし。



「それより。

 早速ですが、聞いてください」

「お、おう」



 ソファで正座する憩吾けいごさん。

 なにも、そこまで堅くならなくても……でも、面白いし可愛かわいいから、黙っておこう。

 ただし、足が痺れないよう、こっそり魔法で強化しておこう。



 と、こんな調子で、私は心ゆくまで、憩吾けいごさんとのカラオケを楽しんだ。

 


 余談だが、魔法で歌唱力を上げたりはしなかった。

 代わりに、喉を痛めないようにだけ調整した。



 これくらいの特権、反則、背伸びは、許されるよね?

 折角せっかくだから、アピりたいし、少しでも上手い、可愛かわいいって思われたいし。





 憩吾けいごさんとの初カラを終え、自室で余韻に浸っていた。



 出端ではなは挫かれちゃったけど、最終的には互いに笑顔だし、大成功だよね?



 これで、憩吾けいごさんと親しくなれたかな?

 憩吾けいごさんと、その……カレカノっぽく、なれたかな?



「きゃ〜♪

 どうしよ、どうしよ、どうしよ〜♪

 次はいよいよ、キスですか〜♪」



 ベッドでゴロゴロ転がり、憩吾けいごさんに見立てて枕を抱き締める。



 もしかしなくても、俗に言う、恋に恋するって状態?

 まぁ、それなら、それで。憩吾けいごさんに夢中なのは、事実だし。



 そのタイミングで、私のスマホに、通知が入る。

 そういえば昨日(正確には今日)も、このくらい地明ちあきなら謝罪メッセが来てたっけ。



 まぁ、みんなと行けなかったのは残念だったけど、憩吾けいごさんとリベンジは出来できたし。

 そろそろ、和解すべきだよね。

 と思った、矢先。



「あんさ……すっごいバカなの、承知で聞くけどさ。

 もしかして、静空……。

 ……死神と、何かあった?」



 今度ばかりは、ぐには解決出来できそうにない案件を予感させる。

 そんな、地明ちあきからのメッセが、四人のグループにて、届いていた。



 これだ、と思った。

 地明ちあきたちが昨日、三人同時にドタキャンした理由は、これに違いない、と。





うち、この前、一人で行ったんよ、『unibirthalyアニバーサリィ』。

 けど、そこにはなにかった。

 移転とかじゃなく、最初から更地みたいだった」



 翌日。

 四人が、揃いも揃って学校をサボり、私の部屋で顔を突き合わせ、事実確認をしていた。



「気になって調べてみたらさ……最近、そういう噂が流れてるらしくって。

 死神と契約しただとか、死神関係者しか入れない喫茶店とか。

 そういう、信憑性の欠片かけらい、出処さえ不明な、明らかにそれっぽいデマが。 うちだって、最初は全然、相手にしてなかった、けどさ」



 壁に預けていた背中を離し、自分の足で立ち、地明ちあきは正面を切る。



「……不審な共通点が多過ぎるんだよ。

 だって、おかしいだろ?

 十八年かけても治せなかった母親さんの体が、たった一日でなんで治せるんだよ。

 医療、医学の進歩ったって、そこまで顕著なのは有り得ない。

 それに、『unibirthalyアニバーサリィ』の件だって怪しいし、なにより。

 暁月あかつき先生……あの人の謎チートっりは、どう説明付けろってんだ」



「……それ、は……」



 ……誤算だった。

 まさか、そこからバレるなんて。



 もっと、ちゃんとしとくべきだった。

 あるいは、憩吾けいごさんやシークさんが、意図的に仕向けたのかもしれない。

 少しでも、私のストレスを軽減しようと。



「……なんとか言えよ、静空しずく

 あんた……もう二年も前から、そのもりだったのかよ?

 そんな前から、死ぬの決めてて、そんで……。

 そんな大事なことひた隠しにしたまま、ずっとうちと……。

 どうせなにも知らないくせにって、うちを笑ってたのかよ?

 うち気付きづかなきゃ、文字通り死ぬまで、黙ってたっての?

 自分が死んで、うちの記憶、歴史弄いじって、初めから出会ってなかった、存在してなかったみたいに隠蔽工作して。

 なにも教えず、思い出なんざ欠片かけらも残さず、一人で先立つ腹だったってのか?

 ……所詮、その程度だったってのかよっ!!

 あんたにとっての、うちなんて!!」

地明ちあきっ!!」



 言葉を発せずにる私の代わりに、恵海めぐみ地明ちあきを止める。

 


 初めてだった。

 十五年も前から一緒にて、ここまで恵海めぐみが、感情を出している所を見るのは。



「……気持ちは分かる。

 でも、先走りぎよ、地明ちあき

 私達が今、最優先すべきは、私達の怒りを、有り体に静空しずくにぶつけることじゃない。

 静空しずくの気持ちを、確認することはずよ。

 昨日、三人で、ちゃんと話し合ったじゃない。

 静空しずくとの約束を反故にして。

 静空しずくを、騙してまで。

 程度、経緯、理由は違えども、嘘をいたという一点では、私達も静空しずくと同罪だわ」

「……っ!!

 あぁ、ったくよぉ!!」



 激情を剥き出しにし、地明ちあきは拳を振り上げ。

 私ではなく自分の顔を、思いっ切り殴った。



「ち、地明ちあき、ちゃん……!!」



 オドオドしつつ、体勢を崩した地明ちあきに駆け寄り、腫れた箇所をウェットティッシュで冷やす木香このか

 彼女がすでに涙ぐんでいたのは、きっと、地明ちあきだけが原因じゃない。



「……サンキュ、木香このか

 それと、静空しずく恵海めぐみ

 悪かった。つい、カッとなっちまった。

 あんたがそういうんじゃないのは、熟知してるってのにさ」

「……ううん。

 全部、私の所為せいだから」

「決め付けんな。

 あんたがそこまで思い詰めてるの見抜いてて、傍観者気取りで放任主義、見て見ぬ振り貫いて、あんたを死なせちまいかけた、忘れかけちまった、こっちにも落ち度はる。

 でも、安心しろ。

 今ので、さっきまでの雑魚いうちとは、おさらばした。

 こっからは、あんたの話、ちゃんと聞くから。

 ただ、どーしても勘弁ならん時は、横槍入れっけどな。

 十五年仕込みの大親友、舐めんなや」

「にしたって、やり過ぎよ。

 あーあ……こんなに、赤くなっちゃって。

 跡、残らなきゃいけれど……」

「気にすんな。

 友情の証だ」

「またそうやって、格好かっこ付けて……。

 ハラハラさせられる身にもなってしいわ」

「あ、あの……」



 恵海めぐみまで地明ちあきに近付いたタイミングで、私は地明ちあきに右手を翳す。

 刹那せつな、真っ赤になっていた地明ちあきの頬は、一瞬で元に戻った。



「……みんな嘘吐いた、心配かけた、ケジメ。

 本当ほんとうに、ごめんなさい。

 地明ちあきなんて、あんなメッセさせて、こんな怪我けがまでさせて……本当ほんとうに、ごめんなさい……」



「……いって。

 どっちも、暴走したうちが勝手にやっただけだ。

 それより、そろそろ本題だ。

 今まで黙ってた、騙してた分、たっぷり釈明してもらうからなぁ」



 体勢を整え、拳をバキバキと鳴らし、ドカッとお父さん座りをする地明ちあき

 それ、どっちかってーと、臨戦態勢……っか、別に。

 すっごいさまになってるし。



「ところで、今の……」

「そうね、木香このか

 どう見ても、人間技じゃない。

 時に、静空しずく。あなた……」

「……契約した。

 死神と。

 私は、あと十ヶ月で、この世を去る。

 お母さんの健康な体……私の妹、弟。本当の、パパとママの、代償として」



 ……案のじょうか、という顔をする三人。

 思っていた以上に落ち着いていて、助かる反面、申し訳なく思った。

 昨日のみならず、自分は今まで、どれだけみんなを振り回していたのだろうと。



「……なんとかなったりは、しない感じ?

 母親さんの体も治って、静空しずくも存命、みたいな感じで」

「……難しいと思う。

 その無茶を通す場合、私が相手取るのは、死神だから。

 それに、私の担当者が、すでに手は尽くしてくれてる。

 一万通りもシミュレーションさせて、一万回、目の前で私を死なさせてしまった。

 これ以上、辛い思いはさせたくない」

「マジかよ、それ……」



 地明ちあきが、やや顔を引き釣らせる。

 他の二人も、少なからず衝撃を受けている。



 当然だろう。

 こんなの、普通はぐには受け止められない。



「……死んだら……。

 ……静空しずくちゃんは、どうなる、ですか……?」



 目線を合わせられないまま、木香このかが尋ねる。

 私は、なんく腕を抑えながら、正直に明かす。



「……死神になる。

 あるいは、まったくの別人として転生する。

 いずれにしても多分、今までの記憶は残さないし、みんなの前からなくなると、思う……」

「そんな……」



 この時だけ顔を上げ、木香このかは再びうつむく。

 


 駄目ダメだ、と自分に言い聞かせる。

 彼女を苦しめる原因である私が、気不味きまずそうにしたり、木香このかに駆け寄るのは、違うと。



「ご家族には、どう話を、折り合いを付けているの?

 まさか、秘密にしてるんじゃないわよね?」

「……ちょっと揉めたけど、最終的には納得してくれた。

 家族が増えるのを見届けたら、甘城あまぎ家を出るの。

 家族でも人間でもなくなった以上、もうあそこに居場所はい、ってはならないから」



 恵海めぐみの、もっともな質問に対し、正直に答える。

 恵海めぐみは、不満たらたらな感じで、「そう……」とだけ返した。



「……そこまで徹底する必要、る?

 死神になろうと生まれ変わろうと、また……まだ、うちと一緒にればいじゃん。

 どんな形だろうと、またさっ」



 空元気なのが一目瞭然なほどに、わざと明るく振る舞って唱えられた地明ちあきの異論に対し、首を横に振る。



「……私は、自分の命と体、心を捨てた、卑怯者。

 人ならざる道を自分から選んだ以上、全うに、綺麗に生きてるみんなとは、もう一緒にはいられない。

 そもそも……どちらの道を選択しても、私はきっと、色々と意識してしまう。

 みんなと違って年を取らないこととか、化け物になってしまったこととか、家族でも親友でもないのに一緒にこととか、手放さざるを得なかった後悔のこととか、今の自分のお仕事のこととか。

 全部、自分の所為せいだって分かってても、羨まずに、恨まずにはいられないと思う。

 だからこそ、私は転生するんじゃなく、記憶も抹消して、死神になるもり。

 そうすれば、みんなを理不尽に妬まずに済むから。

 これ以上……いやな人間にならずに、済むから」



 重苦しくなる空気。

 きっと、ここまで考えてる、覚悟してるとは、流石さすがに予想外だったんだろう。



「このこと……本当ほんとうは、誰にも話すもりがかった。

 お母さんとお父さんにも、黙ってるもりだった。

 お母さんの体のことも、記憶を操作して、初めからかったことにする予定だった。

 ちょっとわけ有ってバレても、あとから微調整すればいや、って。

 でも……私のことを知ってからも、二人や睛子しょうこさんは、なにも変わらなかった。

 むしろ、これまでが嘘みたいに、今までの遅れを取り戻すみたいに仲良くなって。

 私のこと、ちゃんと正面から、笑顔で見てくれるようになって……。

 方法や報酬はともかく、私……契約してかった、本当ホントに良かったな、って……。

 でも……その度に、辛くもなった。

 私のことを心配してくれる……私に罪悪感を抱き続けてる……親失格、侍女失格みたいな顔をしてる、三人を見るのが……」



 ……おかしいな。

 私……強くなったはずなのに。

 魔法で、タイムリープしたり変装したり、傷を癒やしたり、出来できようになったのに。

 


 なのに、なんで。

 どうして心は、こんなにも弱くなってしまったんだろう。

 今の私に、みんなの前でみっともなく泣き崩れる資格なんて、い筈なのに。



「だから……恵海めぐみ地明ちあき木香このかには、黙ってようって。

 せめてみんなには、私がなくなっちゃうこととか知られないまま、今まで通り、普通な形で、そばもらおう、って。

 パパやママ、睛子しょうこさん達とは違う形で、変わらずに私に接してしい、って。

 ……そう、願ってた。

 ……ごめんね? みんな



「……馬鹿バカッ……!!」



 足腰が動かず、真面まともに直立さえ不可能になった私に駆け寄り、地明ちあきが優しく、強く抱き締めてくれた。

 目を閉じ、涙を流しながら、けれど笑顔を絶やさない彼女が、私には格好かっこく、眩しく、頼もしく映ってならなかった。



「……変わっかよっ……!!

 死神になったとか、寿命が近いとか……!

 そんくらいで、うちの今までが、今が、これからが、変えられて、塗り替えられてたまっかってんだよ……!!

 静空しずくの、バッキャロー……!!

 ちったぁ、自覚しろってんだ……!

 うちが……これまでなん十年も、あんたと一緒に過ごして来た、共に笑い合って来た、生きて来たうちが、さぁ……!!

 どんだけ、あんたのこと、大事にしてる、したいと思ってるか、知らないわけじゃあるまいし……!!」



地明ちあき……」



 彼女の言葉に賛同するように、両腕を大きく広げ、小さい体で精一杯、木香このかが抱き着いて来る。




「私……!

 もっと、一緒、たい……!

 静空しずくちゃんと……この三人と……!

 もっと、もっと、一緒にたい……!

 ずっと、ずっと……生きてたい、よぉ……!

 三人だけじゃ、だ……!

 四人じゃなきゃ……静空しずくちゃんもてくれなきゃ、私……!

 絶対ぜったいいやだよぉ……!!

 そんなの、ちっとも……! 楽しくないよぉ……!!」



木香このか……」



 口下手で遠慮がちな木香このかが、めずらしくタメ口で、一人称も変えて、背伸びして私に訴える。

 自己主張するように、私の背中に顔を埋め、グリグリと攻撃して来る。

 


 続いて恵海めぐみが、ポンと頭をで、私の目元を指で拭いながら、気丈に微笑む。



「この際だから、言っておくけれど。

 あなた、自分が思ってるより、器用なタイプじゃないわよ、静空しずく

 だから……もっと、ちゃんと、なんでも話して頂戴ちょうだい

 あたしだって、すべてを押し測れるわけじゃないもの。

 教えてもらえなきゃ……いつでもは、あなたを助けられない。

 肝心な時に、救いを求めるあなたの手を掴めない、握り返せないなんて……そんなひどい拷問、無理強いしないでよ。

 その方が、余程よほど辛い。

 迷惑かけまいとする心掛けは立派だけど、その行為自体が、実は意外と、かえって迷惑になってたりするのよ?

 一つ、勉強になったわね。

 以後、けるように」



 実母みたいに説きつつ、私の額をツンッと軽く押し、三人をガバッと包み込む恵海めぐみ



 ああ……と思った。

 もう、私は充分だと。

 


 三人には、ここまででいと。



「……みんな……ありがとう。

 私……本当ほんとうに、うれしい。

 だから……」

「……静空しずく?」



 なにかを察知する恵海めぐみ

 声だけで読み取れる辺り、流石さすがだ。



 けど……ちょっと遅い。

 


「おわっ!?」

「きゃっ……!」

「なっ……!?」



 地明ちあき木香このか恵海めぐみの順に、私から引き離される。

 魔法で三人と距離を取り、ベッドで寝かせ、金縛りで動けなくした私は、背中を向けて告げる。   


「私……ズルくて、お馬鹿バカで、我儘だから……。

 私が望む物を、私が欲しかった状態で、どうしても手に入れたい……。

 そのためなら……こんなことだって、平気でしちゃうの」 



静空しずくぅっ!!」

静空しずくちゃん……!」

静空しずく……!

 あなた、やっぱり……!?」




 わけも分からず、叫ぶ地明ちあき

 嫌な予感がして、慌てる木香このか

 疑惑が確信へと変わり、制する恵海めぐみ



 銘々の反応を感じ取りつつ、私は振り返り、グシャグシャの顔を隠さずに、最後の。

 別れの言葉を、送る。



「……ありがとう。

 ほんの一時だけでも、理解してくれて、親身になってくれて、受け入れてくれて、うれしかった。

 この気持ちだけは、絶対ぜったいに嘘じゃない。

 だから……もう、平気」



 このままじゃきっと、三人まで、死神になってしまう。

 私とたいという、それだけの理由で。

 私の決意、死の運命は、決して揺るがないから。



 無論むろん憩吾けいごさんや夏澄美かすみちゃんは、そんなひどことはしない。

 けど、二人のボス……命王めいおうさまなら、やり兼ねない。



 私の心珠しんじゅ、魂をさらに上質にしたいがためだけに、三人と生約せいやくする危険性が十二分にる。

 まだ会ったこといけれど、憩吾けいごさんやシークさんの話を聞く限り、ろくな印象がい。

 なまじ、気まぐれで人間と契約したり、手間取るようなら問答無用、即決で葬ったりするタイプらしいから。

 現に私も(シミュレーション上とはいえ)何度も消され、ご機嫌取りのために、憩吾けいごさんが物凄すごく苦心したらしいし。



 パパとママ、睛子しょうこさんは、酸いも甘いも噛み分けた大人だから、家族ではあっても、本気で病むほどには思い詰めてないだろう。



 けど、三人は違う。

 元気な地明ちあきでも、クールな恵海めぐみでも、ガッツの木香このかでも、完全には割り切れない。

 間違いく、こうなってしまった私が理由で、無駄に悩んだり、喧嘩したりするだろう。



 そうでなくても、三人は今、受験生。

 これ以上、心労を増やしたくないし、ましてや、それが他でもない私だなんて、冗談じゃない。



 それは、いやだ。

 三人にだけは、『unibirthalyアニバーサリィ』にた時みたいに、自然体であってしいから。

 これ以上、踏み込ませたくないから。

 恵海めぐみに言われた手前、少し気が引けるけど、やっぱり私は、どうしてもみんなにまで負担をかけたくないから。



 だから……地明ちあきにメッセもらってから考えていた、最後の手段を使う。



「死神絡みの記憶を、みんなから消す。

 みんなは、一昨日おとといまでと同じ。

 これで……いたずらに巻き込まれなくて、済む。

 私も……なるべく、いつも通りに振る舞うから。

 だから……もう、心配しないで。

 私なら……一人でも、やって行けるから。

 どうせ、あと少ししたら、家族とも離れるんだし」



だよ……っ!!

 なんなんだよ、それぇっ!!」

「そんなの……駄目ダメッ……!!」

静空しずくぅっ!!」



 三人が、各々おのおのに手を伸ばし、私を引き止めようとする。

 必死、悲痛そうな顔色を見て、わずかに躊躇ちゅうちょしたあと



「……恵海めぐみ

 ……木香このか

 ……地明ちあきっ……」



 掴むのではなく振り払うために三人に右手を翳し、辞世の句を読むのに近い心境で、告げる。



「……またね……」



 三人の手を切るイメージで、右手を振る、

 刹那せつな、三人は一斉に目を閉じ、まるで糸が切れた操り人形みたいに動かなくなった。

 


 そうなるように、調整したのだ。

 三人と普通、普段になるまでの所要時間を、確保するために。



 ……分かってる。

 ちゃんと全部、自覚してる。

 何もかも、私がいけないのだと。

 甘ちゃんで甘えん坊な私が、中途半端に欲張る所為せいだと。

 


「うっ……」



 これで最後。

 もう三人には、何も望まない。

 いつも通り、今まで通りでさえあれば、他にはなにも求めない。

 そう、ならなきゃいけないから。



「うわっ……!」


 だから、せめて、あと少し。

 三人が目覚めるまでの間だけ、一思ひとおもいに泣かせてしい。

 このどうしようもない私の、どうしようもない願いを、どうしようもなく世界にぶつけさせてしい。



「うわぁっ……!!」



 泣き止んだら、強くなるから。

 またみんなと、一緒になるから。

 卑怯者で未熟者で愚か者な私なら、きっと叶うから。



「うわぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁっ!!」



 嗚咽だけでは収まり切らなかった思いが、内側から溢れ出し、叫びになって部屋を駆け巡る。



 いっそのこと、この声で皆の脳が、記憶が呼び覚まされてしまえばい。

 受験とか、夢とか、高校生活とか、未来とか。そういうのすべて取っ払って、私を味方してくれたら、どれだけ楽になれるだろうか。



 そんなことを考えている自分が、私はどうしようもなく、嫌いだった。





静空しずくっ!

 何、一人で勝手にサクッと帰ろうとしてるんだよっ!

 置いてくなんて、ひどいだろっ!?」 



 放課後。

 すべて自分がしでかしたこととはいえ、少なからず負い目を覚えていた私は、三人には無断で、こっそり逃げようと試みた。

 が、地明ちあきつかまってしまう。



静空しずく、ちゃん……?」

なにった?

 あなた今日一日、どうにも上の空だったし」

「さては、昨日の勉強会、捗らなかった所為せいだろ!?

 いやー、分かるっ! 気付けば夕方だったもんなー!」

「それは地明ちあきが、ベッドで熟睡してたからじゃない……」

恵海めぐみ木香このかだって、一緒に寝てただろっ!?」

「フカフカ……寝心地最高だった、です……」

「そうね、木香このか

 でも、ごめんなさい。

 今は、その話じゃない」



「あー、た。

 おーい、甘城あまぎー」



 いつも通りの会話に苦笑いしていると、不意に後ろから先生に呼ばれ、振り返る。

 見ると先生は、資料の入った段ボールを両手一杯に抱えていた。

 あまりに大き過ぎて、先生の顔が判別しづらいレベルだった。

 



「今、時間有るか?

 毎度毎度すまんが、ちょっと手を貸してくれないだろうか?」

「あ……」



 そういえば、帰宅部な上に良い格好かっこしいな私は、自分から率先して、先生達の手伝いに名乗り出ていた。

 しばら色々有った所為せいで忘れかけていた。



 でも、流石さすがにこれからは、そういうわけにはいかない。

 残り少ない時間を、私は一秒でも長く、パパ、ママ、睛子しょうこさん、恵海めぐみ達や憩吾けいごさん達に割きたいからだ。

 だからといって、ここで地明ちあき達に協力を養成するのは、いくなんでも虫がぎる。



 ……仕方しかたい。

 どこか別の部屋に持って行って、魔法でサクッと終わらせちゃおう。

 それなら、そこまで遅くはならないだろう。

 なんなら、そのまま、上履きを下駄箱に、私を家にワープさせればいし。


    

「……分かりました」




 ポジりながら受け取ろうとした段ボールを、横から地明ちあきが、ヒョイッと持ち上げた。



「悪いけどさぁ、セーンセ。

 静空しずくちょっと、これから用がるんだよねぇ。

 だから、代わりといっちゃなんだけど、うちが協力するよ」



 ……え?



地明ちあき

 何言ってるの。

 今日も、ヘルプ頼まれてたでしょ?」

「そっちは、後できちんと詫びればいし」



 力強く言いつつ、木香このか恵海めぐみにウインクをする地明ちあき

 二人も瞬時に察したらしく、うなずき合い、一緒に荷物を持ち上げる。




木香このか……先生、お助け……です」

「そういうわけだから、センセ。

 ここはあたし達に任せて、センセは他の業務をお願い致します」

「おう、そうか?

 じゃあ三人とも、よろしく頼む。

 特に、出住いずみ

「任せてください。

 二人のお守りも、しっかりやります」

木香このか……そんなに子供じゃない、です……」

「そうね。ごめんなさい、木香このか

 訂正します。

 地明ちあきの子守は、しっかりやるので」

「うぉーい!

 うちは、そのまんまかよぉ!

 さきに言い出したの、うちだぞぉ!?」



 なにやら騒がしくなった三人に段ボールを預け、立ち去る先生。

 


 なにが何やらピンと来ず、私は固まった。



「……なんで?」



「分からん」

 私からの質問に、地明ちあきはきっぱり答えた。

 かと思うと、今度ばかりは鼻を掻き、やや恥ずかしがりながら告げる。



「ただ、なんく。

 本当ほんとうなんく、思ったんだ。

 静空しずくが困ってる! 助けなきゃ! ってな」

「口惜しいけど、私も同じよ」

「以下略、以下同文、右に同じ、です……」

「いや、むしろ長くなってない?」

「照れ隠しよ。

 それより、静空しずく。あなた、なにか大事な用がったんじゃない?」

「そうそう!

 静空しずくは今、忙しいもんな!

 ……で、なんでだっけ?」

「何言ってるのよ。

 そんなの、決まって」



 咄嗟に答えを言おうとし、思い返したあと、言葉にまり、頭を抱える恵海めぐみ

 が、長考しても辿り着けず、仕方しかたく目線を下げ、横を見る。



木香このか、覚えてる?」

「……分かるよーな、分からないよーな……です……」



 縮こまりながら、素直に返答する木香このか



 なんだろ。

 さっきから、怪しい。

 三人が、妙に私に合わせてくれているような……?



 でも、それは有り得ない。

 何故なぜなら、その最たる理由となり得る死神絡みの記憶は、確かに消去したのだ。

 他でもない私が、みずからの手で、三人の目の前で。



 事実、さっきから三人は、それらしいワードを使っていない。

 私の死が間近に迫っているだなんて、思いもよらないのが見て取れる。



 じゃあ、なんで?



「簡単だよ」

「っ!?」



 不意に背後から、聞き慣れた、反抗期チックな声。

 と同時に、世界が時を、みんなが動きを失い、私と彼女だけが取り残される。



 いきなり現れた夏澄美かすみちゃんは、依然として不機嫌そうな顰めっ面のまま、理路整然と弁舌する。



「ああだこうだとのたまいつつ、結局は三人をおもんぱかっただけの君の不器用、健気な計らいにより、君の幼馴染達たちは、確かに記憶を無くした。

 が、君の魔法の効果範囲は、あくまでも三人の『脳』まで。

 しからば、彼女等の『精神』、及び『肉体』は、その対象外となる。

 つまり今、彼女等を突き動かし、支配しているのは『なんく分からないけど、かく静空しずくを助けなきゃ』という、不鮮明かつ不可解な義務感ってわけ



 なにその、屁理屈……。

 と思っていると、見透かされたらしく、夏澄美かすみちゃんが皮肉めいた顔をした。



こと教えるよ。

 心ってのは、生き物であり、化け物。

 持ってる本人がもっとも御しがたい、度し難い、凶暴で純粋で貪欲なモンスターなんだよ。

 だから、主の意図、本音を容易く見抜き、それに従って無意識に忠実に動き、得てして再現、実現しようとする」



 なにやら難しい話を聞かされ、私は首を傾げる。

 夏澄美かすみちゃんは、露骨に溜息ためいきを零し、続ける。



「要するに、すべて君の思惑通りってこと

 君が幼馴染達に勘付かれたのも、こんなふう幼馴染達たちを、困った時にかならず、違和感いわかんく助けてくれるアシストキャラに仕立て上げたのも、すべて作為的な必然ってこと

 配慮が至らないドジっ子と見せかけて、その実、君は、計算高い無邪気で腹黒い策略家ってこと



 ……。

 …………。

 ……………………。



いやぁぁぁぁぁっ!!」



 堪らず、私は叫びながら、顔を両手で覆いながら、廊下をゴロゴロしてしまう。

 


 恥ずかしい……恥ずかし過ぎるぅっ!!

 なにそれ、有り得ない!!

 私、なにからなにまで、自分勝手過ぎぃっ!!



「まぁ、気にすることい。

 自覚してるだけ、まだ増しマシだよ。

 あとは、徐々にセーブして行くんだね。

 あんまり傀儡にしてちゃ、流石さすがに怪しまれるだろうし。

 ま、嫌われない程度にしときなよ」

だぁ!

 こんなの、あんまりじゃないですかぁ!」

「今更、何言ってるんだか。

 最初から、あざとさ全開の喋り方しといてからに。

 普通、今時の、く言えば冷めた、悪く言えば下品な女は、『だぁ』だなんて言わないんだよ。

 丁度、今みたいには。

 おめでとう。進化出来できて良かったね」

「〜っ!!」



 八つ当たりなのを承知で、夏澄美かすみちゃんのお腹目掛けて頭突きを食らわせようとする。

 が、ホログラムだったらしく、そのまま突き抜けてしまう。



 勢い付け過ぎたあまり、バランスを崩し、倒れかける。

 が、私の腕を握る形で、夏澄美かすみちゃんが立たせてくれた。



 って!

 そもそも、夏澄美かすみちゃんの所為せいっ!



「残念でしたー。ベロベロバー。

 用意周到さなら、まだこっちに、一日の長がる。

 なんせ、自他共に認める筋金入りの天邪鬼なんでね。

 悔しかったら、さっさと大人になって、同じステージまで来るんだね。

 じゃ、用も気も済んだし、サラバイレーツ」



 意味不明な別れの言葉(恐らくアドリブ造語)を残し、姿を眩ます夏澄美かすみちゃん。

 瞬間、ポーズ状態にあった時間が、再び動き出した。



「……静空しずく?」

「どうか、した……です?」

「……なんでもない……」



 まぁ、その……アレか。

 経緯はさておき、これだ私が必要以上に思い込む、背負い込まなくてくなったと。

 そう、前向きに捉えるとしよう。

 じゃないと、キリがいし、やってられない。



「……今日は、大人おとなしく引き下がる!

 でも、次は無いから!

 あと今度、クレープご馳走する! 強制参加!

 以上!」



 如何いかにも負けヒロインみたいなことを口走りつつ、不思議がる三人に背を向け、私は駆け足で去る。



 余談だが後日、クレープは本当ほんとうに奢った。



 正直、この新しい関係性はまだ慣れない。

 けど、悔しいけど満更でもないし、現に何かと大助かりしてる。



 私は、意外と死神適性値は高いらしい。

 もっとも、是が非でも認めたくないけど。



 そして、なにより複雑なのは。

 そんないびつな自分が、初めて好きになれたことだった。

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