6:静(しず)やかな空

 それから静空しずくは、約十ヵ月に渡って、家族や睛子しょうこさん、幼馴染たちまれに『unibirthalyアニバーサリィ』で、楽しく過ごした。

 どうしても外せない仕事などで用事が付かない日は、俺や夏澄美かすみ、学校の友人と遊んだりと、退屈しない毎日を過ごしつつ、妊婦となった清花さやかさんのケアも一身に務めた。



 そしてーー。



「ふふっ。お姉ちゃんですよー?」

 出産を終え横になっている清花さやかさんの横で、無事に産まれて来た妹を抱っこしつつ、静空しずくが言葉を届ける。

 その顔は、とても幸せそうで、と同時にかすかに辛そうだった。



「良かった……良かった、本当に……。

 良く、頑張ってくれた……」

「もぉ……。何度目よ、パパ……。

 先が思いやられるわねぇ……」

 清花さやかさんの両手を握りつつ、その健闘を称える靖治のぶはるさん。

 そんな彼の頭を愛おしそうに撫でつつ、首だけを動かし、清花さやかさんは静空しずくに聞く。  



「ねぇ、静空しずく

 あなたが、名前を付けて?」

「……私が?」

「そりゃ良い。

 なんせ、その子は静空しずくが導いてくれたんだから」

「で、でも、私……」

静空しずく。言われた通り、サクッと決めちゃいなって。

 どうせ、未来は確定してるんだから」

夏澄美かすみ

 お前はまた、夢の無いことを……」

「当たり前じゃん。

 じゃなきゃ死神なんて、やってませんよーだ」

「そりゃそうだが、お前……」



 夏澄美かすみの、あまりに情緒の無い横やりに苦言を呈していると、静空しずくは少し悩んでから、やがて口にした。



「……守晴すばる

 この子は、甘城あまぎ 守晴すばる

 常に心の中に、そして周囲に、晴れやかな笑顔を守っていられる……。

 そんな、明るく真っぐな、優しい子になってくれるように……」

守晴すばる……。

 素敵な名前ね……」

「ああ。

 ありがとう、静空しずく

 こんない名前を、守晴すばるを……俺達にチャンスを、与えてくれて……」



 二人が本音を告げると、不意に静空しずくが押し黙る。

 そして。



「ごめん……。パパ、ママ……。

 勝手な事、しちゃって……。

 二人よりも先に……死んじゃっ、て……」

 


 実に、十ヶ月。

 何年にも渡って本音を隠して来た静空しずくが、最期の日に、最後の胸のうちを明かした。

 


「私……本当ホントは、まだ、死にたくない……。

 もっと、パパとも、ママとも、睛子しょうこさん、守晴すばるとも、恵海めぐみたちとも、憩吾けいごさんや夏澄美かすみちゃんとも……。

 一杯、思い出、作りたかった……。

 二人みたいに、素敵な恋、してみたかった……。

 守晴すばるに『お姉ちゃん』って、呼ばれたかった……。

 もっと、沢山……増えた家族を、見てみたかった……。

 いくらでも、やりたいこと、有ったのに……。

 まだ全然、生きられてないのに……」



 直立する事さえかなわなくなり、守晴すばるを抱えたまま、静空しずくひざから崩れ落ちた。



「こんな方法でしか、大切な物を守れなくて、ごめんなさい……。

 こんな……親不孝者、で……。

 駄目ダメなお姉ちゃん、でぇ……」

「そんな……そんな事、無っ!」

 靖治のぶはるさんが起き上がり、静空しずくを励まそうとする。

 それを、夏澄美かすみが制した。



「な、何をっ!」

「黙ってな。

 ケーゴ。例のやつ

「……ああ。

 静空しずく。これ、見てくれ」



 俺は前以て夏澄美かすみに渡されていた物を、ジャケットから出し、魔法により宙に浮かべ、拡大させた。



「……っ!!」

 静空しずくは、目を見張った。

 靖治のぶはるさんは信じられない物を見る様な顔をしており、清花さやかさんは口が塞がらなくなった。



 静空しずくが見た物。それは、一枚の写真だ。

 ただ死神おれたちが用意した以上、当然、普通の代物じゃない。

 守晴すばるの妹が二人、弟が三人、合わせて五人。

 なん十年か先の、こんなにも新しい家族が出来た頃の、特別な写真だ。

 無論むろん夏澄美かすみが死神の力を使って、未来から持って来たのだ。



「君にとって一番いちばんの幸福は、家族だ。

 君の人生最後の日を、最高の形で締める為に、準備した。

 忘れてもらっちゃあ困るが、君が契約したのは、死神。

 この程度、造作もい」

「そんな……!」

「こんな……こんなことって……!」



 清花さやかさんと靖治のぶはるさんが、ただただ驚嘆する。

 死神という物を、まだどこか信用していなかったのだろう。無理も無い事だ。

 しかし悪いが、今は二人には構ってられない。

 優先すべき事が、他に有るから。



静空しずく

 真ん中。父親さんと母親さんの間に居る子を見てくれ」

「え……」

 言われるがままに静空しずくは、そっちを見た。



 そこには、今の静空しずくに瓜二つの、女子高生が写っていた。

 俺のメッセージが伝わり、静空しずくはハッとした。



憩吾けいごさん……!!

 まさか、これ……!!」

「ああ。

 一八年後の、甘城あまぎ 守晴すばる

 たった今、お前が抱えている、お前の妹。

 お前に憧れて立派に他の妹達、弟達の姉をやっている、お前の妹だ」



「〜っ!!

 う、わぁっ……!!

 わぁ、わぁぁぁっ!!

 ……うわぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぅ!!」



 感極まり、静空しずく守晴すばるさらに強く抱き締め、堰を切ったみたいに何度も何度も、泣いた。

 初めて産声を上げた瞬間みたいに、わんわんと。

 まるで、残っていた未練、そのすべてを吐き出すかのように。

 甘城あまぎ家を、自分の夢を、守晴すばるに託すように。



 俺は屈み、彼女の肩にそっと手を置いた。



静空しずく。お前のしたことは、決して、無駄、間違いなんかじゃない。

 お前の尊い犠牲は、きちんと実を結んだ。

 見ろよ、この写真。みんなして、こっちが微妙にムカつくくらいに、仲良さそうに笑ってんだぜ?

 数だって多いし、生まれたばっかの子もるってのに、こんなに満ち足りた表情、してんだぜ?

 ……これ以上、幸せそうな家族、俺はもう、二度と見られない気がするよ……」



「ええ、ええ……。

 私も、そう思います……。

 こんなの、狡い……。反則ですよ、もぉ……。

 なんなんですかぁ……。

 こんなの……どうしたって、泣いちゃうじゃないですかぁ……」



 やっとなんとか話せるまでに回復した静空しずくは、俺や夏澄美かすみの手を借りて立ち上がり、改めて、今の守晴すばるを見た。



「頑張ったね……。

 凄く、凄く、偉かったね……。

 ありがとぉ……守晴すばるっ……。

 これからも、ママやパパ、家政婦さん、他の家族と、仲良くね……。

 お姉ちゃん……きちんと見守ってるから……。

 好きな人のこと、お友達のこと、パパやママには言い辛いこと、その日に有った楽しいこと、嬉しいこと……。

 一杯、一〜っ杯、教えてね……。

 ずっと、ずっと、みんなこと……そばから、見守ってる、からぁ……」



 静空しずくの涙がうれし涙に変わった頃、彼女の体が透明になって行く。

 一方で、静空しずくの胸の辺りに光が生まれ、球体を作って行く。

 そろそろ、旅立ち……別れの時が、そこまで迫って来てる。



静空しずくっ……」

静空しずくぅっ……」

 察した両親が、手を繋ぎ、惜しむ。



 静空しずくは、清花さやかさんに守晴すばるを預け、最後の言葉を伝える。



「パパ……。

 ママ……。

 今まで静空しずくを育ててくれて、ありがと……。

 色々……本当ホントに、色々有ったけど……。

 私……二人の子供で、良かった……」

静空しずく……!!

 ママもよ、静空しずく……!!

 あなたの母親で、本当に良かった……!!

 ありがとう、静空しずくっ……!!」

「俺もだよ、静空しずく……!!

 パパも、ずっと静空しずくこと、愛してる……!!

 パパを選んでくれて……ありがとう……!!」



 約十ヵ月まで擦れ違っていた家族が、互いを抱き締め合い、一つとなる。



 やがて抱擁を解いた頃、静空しずくは俺と夏澄美かすみと向き合い、げる。



憩吾けいごさん。

 夏澄美かすみちゃん。

 今まで、ありがとうございました。

 私の担当が、あなた達で良かった……」

本当ホントだよ。

 まったく……ここまで大変だと、思わなかった。

 でも……そこそこ楽しかったよ。

 ……ありがと、静空しずく

「俺もだよ、静空しずく

 初めて真面まともに担当したのが、あんたで良かった。

 あんたみたいな、聞き分けのい子で、本当に助かった。

 ありがとう、静空しずく

 憎まれ口を叩きつつ、感謝を述べる夏澄美かすみ

 飾らず、素直に言葉を紡ぐ俺。

 静空しずくは、くすっと口元を緩める。



いですね……。

 死神さんに、頼るのも……。

 私、今……最っっっっっ高に!!

 幸せですっ!!」



 満面の笑みを浮かべた静空しずくは、再び両親と妹に向き直り、最後の言葉を残す。



「パパ。

 ママ。

 守晴すばる

 いつまでも、元気で!!

 みんなみんな……。

 ……大好きぃっ!!」



 靖治のぶはるさんと清花さやかさんと、守晴すばる

 そして、夏澄美かすみと俺。



 みんなに見送られながら、静空しずくの体は完全に消滅した。

 彼女のた場所に、一つの宝石を残して。


 

 そこまで来て、誰からともなく、守晴すばるを残して全員、泣き崩れた。



 この日、窓の奥に広がっていたのは、雲一つ無い夕空の景色。

 静空しずくの両親が大好きな、静空しずくの瞳の色みたいな、どこまでもしずやかな空。



 実に気持ちのい、ほんの少し切ない。

 オレンジ色の、空だった。





 ファンタジーをモチーフとしたゲームで出て来そうな、王の間。

 金の刺繍の施された長く赤い絨毯が目を惹き、その先に有るのは王の椅子いす、そして豪華な装飾、ドレスに見合う美しさを放つ女性。

 ……と、金色のテーブル・クロスのかけられたテーブル。 



 一体、誰が想定し得ようか。

 彼女こそが、死神界のトップに君臨せし命王めいおうであると。



命王めいおう様。

 お待たせ致しました」



 ふと、彼女しかなかった空間に、執事風の格好をした、眼鏡をかけた知的そうな男性が出現。

 その右手には、彼が作ったと思しきタルトが、ホールで乗っている。



「タイミング、バッチリよ。

 流石さすがね、シーク。

 それで? 憩吾けいご夏澄美かすみが完成させた心珠しんじゅのスイーツは、完成したのかしら?」

「はっ。たった今」

「結構」



 シークと呼ばれた男性は、簡単な会話を終えると、命王めいおうの前に、タルトを置いた。

 全体に散りばめられた真っ赤な苺も印象的だが、それさえも上回るインパクトを醸し出しているのが、静空しずくの命が熟生じゅくせいした証として作られた心の珠、心珠しんじゅである。



「いつも通り、素晴らしい見た目ね。

 やはり、あの二体をあなたと組ませたのは正解だったわ。

 して、シーク。このタルトの名前は?」

「はっ。

一娘いちごのタルト ー姉の優しさ包みー』、でございます」

「なるほど。

 苺と、一子をかけてるいるのね。面白いわ。

 さて、味の方はどうかしら?」

「はっ」



 シークは何も聞かずに、心珠しんじゅに魔法をかけ、分解し、光の粉に変え、エッセンスとしてタルトの中に染み込ませる。

 そのまま、鮮やかかつ素早い手付きで、タルトを八等分にカットし、更に盛り付けた。



「ご苦労。

 あなたは、話が早くて助かるわ」

「はっ」

 役目を終えたシークは上品な仕草で一歩、下がる。

 命王めいおうは、それを確認すると早速、シーク手製のタルトのピースをまじまじと見つめてから、口に運ぶ。



 瞬間、苺の瑞々しい甘酸っぱさ、生地のサクサクとした食感と、その中に入ったカスタードの仕事っ振り、更に生地の上を覆うフワフワのホイップ。

 そのどれもが、単体でメインを飾れる一級品だが、それさえも凌ぐ魅力を誇るのが、静空しずく熟生じゅくせいされた命の結晶、つまりは心珠しんじゅだった。



「はぁ……」

 ひとピースだけでうっとりとした命王めいおう

 彼女は一旦、シャンパンで口の中、及び舌をリセットし、シークにげる。



「本採用されて初めての死事しごとにしては、上出来だわ。

 時間をかけただけあって、実に素晴らしい出来できね。

 憩吾けいご夏澄美かすみが、真摯に希亡きぼう者と向き合った何よりの証拠ね。

 これなら、次も期待出来るわ」



 感想を一通り述べると、命王めいおうは残りのタルトも、平らげてしまった。

 といっても、じっくり時間をかけて、だが。



「ところで、シーク。

 あの子の調子は、どうなのかしら?」

「はっ。

 夏澄美かすみめが首尾良く扱ったようです。

 希望が叶うのも、そう、遠くは無いでしょう」

「そう。それは何よりね」

 再びシャンパンで喉を潤したあと命王めいおうは、そう遠くない未来に思いを馳せた。



「楽しみねぇ。

 あの子は一体、どんな命を育んでてくれるのかしら?」





「どうするもり?」



 常夜とこよで一人、消沈していたら、いきなり夏澄美かすみが問いて来た。

 俺は、ボーッとした頭で、ぼんやりとした声で答える。



「……次の生約者せいやくしゃを探す。

 それが、死神おれの使命だ」

「それなんだけど」



 周囲に色んなポップを展開しつつ、夏澄美かすみが告げる。

 


「ケーゴ向きの案件が現れるのは、実に五年後だ。

 悔しかったら、そのハー・ボイルドな性格を恨め」

わざと間違えてんじゃねぇよ」



 毒付きつつ、立ち上がる。



 にしても、五年か……随分ずいぶん、先だな。

 まぁでも、それまで希亡きぼうしゃが現れないのは、世界が改善されて来た証。

 俺の存在意義を踏まえると複雑だが、い兆候でもある。



「てなわけで。

 今から、未来送りにする」



 夏澄美かすみの思わぬ申し出(というか命令)に、眉を潜める。



「……いのか?

 てっきり、ずっと特訓付けかと」

「そうしたいのも山々だが、新入りを鍛え上げなきゃいけなくってね。

 まぁケーゴも、そこそこ働けるようにはなったみたいだし。

 先に向こうに行って、甘城あまぎ家の幼女の顔でも眺めてればい」

女だ!

 そして、変な意味は皆無だ!」

いから、ほら。

 さっさと、目ぇ閉じろ。

 静空しずくの時みたいに、先にこっちが、直々に送り出してやる。

 君がやったんじゃ、如何いかんせん、危なっかしぎてヒヤヒヤするし。

 誤った時代、次元に飛ばれた結果、探し当てて回収に行くのも手間だ」

「俺はキングジョ○かっ!?

 はいお前、ベリアロ○さん確定なっ!?」



 すっかり普段の調子に戻る俺達。



 そうだ。

 いつまでも落ち込んでいられない。

 きっと今頃、静空しずくも、人里離れた場所で、のんびり悠々自適に暮らしているだろう。

 


 ……あんない子を逃すなんて、今度は違う意味で落ち込んで来る。

 新しい連絡先だけでも、聞いときゃかった。

 シーク経由で入手出来できたりしないだろうか(夏澄美かすみは最初から当てにしてないし、命王めいおうさまは論外)。



 ……俺、頼れる相手、少なぎない?



「……なんか、ものっそい失礼を受けた気がする。

 面倒だから、強制送還」

「ただの八つ当たりじゃねぇか!?」



 なにはともあれ。

 そんなこんなで、俺は五年後の未来にワープする運びとなった。

 願わくば甘城あまぎ家、そして静空しずくが、そっちでも笑顔であらんことを。

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