第1生 ー甘城 静空ー

1:家族思い、反抗期

「マイナス億千万点」

 中々の名演技だったと自負していた。

 やや脱線したり、巫山戯ふざけ過ぎだったり、ちょっとしたアクシデントこそ有ったものの、及第点ではあるだろうと。

 いつぞやのロボット人間ならさておき、ほとんどのターゲットの胸を打つに違いないと。



 にもかかわらず、この仕打ちだ。

 現実とは、何と無慈悲な事か。



 つーか、なんだよ。その、郷ひろ◯の歌みたいな点数は。

 塩対応なんて目じゃねぇぞ。

 明らかに塩分過多なレベルだろうが。



「いや、当然だから。

 うざったいし、要点てんで見えないし、胡散臭いし、低能丸出しだし」

「最後だけぁ断じて認めねぇぞ、グォラァァァァァッ!!」

 あまりの低評価の嵐に我慢出来できず、つい、普段通りの素行になってしまった。

 いんだ。適度なガス抜きは必要不可欠だし。

 適度かどうかはさておき。



 それはともかく。

 成績に異論をぶつけたい一心で、指パッチンで舞台セットを片付け、予行練習をしていた一階のフロアからジャンプし、二階の手摺を掴み華麗に降り立ち、そのまま肩を怒らせて、審査員に歩み寄る。



「でゅぅぅぅあれが低能だ、でゅあれが!?

 こちとら、相手の気なり場なり和まそうと、必死に仕事してんだよぉっ!!」

「うーわ。

 まだ二回目の時点で、プロ気取りとか。自惚れも甚だしいわー。

 痛たたたっ」

「なぁぁぁにぃぃぃっ!?」



 やっちまったなぁ、小娘気取りがっ!

 つい先日、俺のパートナーとして渋々、了承された身で、恐れ知らずにも、この俺に喧嘩けんかを売るとは!



「……いぜ。そっちがその気なら、高く買ってや」

「違うだろ、違うだろー?」

 袖を捲り拳を構えた俺に、夏澄美かすみはコントローラーを差し出し、同時に余っていた左手で、後ろにあるテレビを指差す。

 その画面には、全身ピンク色のモンスター二匹の貸し切りとなった回転寿司屋の光景が広がっていた。



「約束。忘れてないよね?」

「……っ」

 そう。

 俺の予行練習を見る代わりに、オールド・ゲーム(あとPCゲーム)好きの夏澄美かすみに何戦か付き合う。

 それが、こいつから俺に提示されていた交換条件だったのだ。



「……分ぁってるよ。

 っせぇな」

 拳を引っ込めた俺は、乱暴にコントローラーを取り、彼女の隣に腰を落とした。

 夏澄美かすみは、それを鼻で軽く笑うと、同じくテレビと向き合う。

 これにて、ゲーム開始である。



ちなみに、全部のネタに山葵わさびが仕込まれるよう、設定しといたから」

巫山戯ふざけんなぁぁぁぁぁっ!!」

 危うくコントローラー投げ捨てる所だったわ!

 てか、どーやって優劣なり決着なり付けろってんだよ、それぇっ!!



「なーんて、うっそー。

 馬鹿が見るー。ケーゴが見るー。

 雲丹うにもーらいっ」

「この、悪魔っ!!」

「死神ですーだ」

「減らず口を叩いてんじゃ、おいぃぃぃぃぃっ!!

  っで、かっぱや卵にまで山葵わさび、入ってんだよぉぉぉっ!!

 おーかしいだろぉっ!!

 ネクストッ!!」

「別に、『なんも手を加えてない』とは言ってないしー。

 あ、トロごちー」

「おのれぇぇぇぇぇっ!!」



 結果? 言うまでも無く、ボロ負けでしたとも。ええ。

 だって、勝てる訳有るめぇよ。対戦相手が自分だけ、山葵わさび耐性のチート使ってんだから。

 ついでに、俺がそれを知ったのは、敗北により散々、苦渋を舐めさせられたあとだったんだから。

 挙げ句の果てには、向こうの舌で雁字搦めにされたすえに、場外に飛ばされたんだから。スマブラじゃあるめぇし。

 おまけに、一度にすべてのネタを平らげまくってるし。



 やつの違法行為に、もっと早く気付けって? 無茶、言わさんなや。

 あんたが誰だか知らんけど。





「ほい、これ。

 今回の希亡きぼうしゃ



 俺を何度も負かし気を良くした夏澄美かすみが、気持ち弾んだ声で、履歴書みたいな用紙を数枚、俺に向けた。

 俺は、自分でも分かるほどにムスッとしたまま、無言で掴む。



甘城あまぎ 静空しずく

 高三。女子。

 父親は甘城あまぎ 靖治のぶはる、母親は甘城あまぎ 清花さやか

 家族仲、及び夫婦仲も良好だったけど、一人娘が産まれてから、どうもギスギス中。理由は下記参照。

 他のデータも、自分で確認しときなよ」

「……」

「……何?

 その、如何いかにも不満たらたらな顔」

「いや……お前、有能だなって」



 初回から、こんだけ色々と細かく、けれど分かり易く調べ、纏める。

 それでいて、デリケートなのが苦手な俺を気遣い、そこら辺の説明はカット、あるいはぼかす。

 なんとまぁ、良く出来た情報じょうほうはん、そして補佐ですこと……。



「今更じゃん、何言ってんの」

 憎まれ口を叩きつつ、夏澄美かすみは俺の脛に蹴りを入れる。



「こっちとら、とっくに覚悟、決めてんだ。シャキッとせぇ、シャキッと。

 折角せっかくURユー・レア級のアシスト付けてもらってんだから。

 宝の持ち腐れしてんな」

「……わりぃ。

 そうだな」

「否定しなよ。

 調子狂う」

「お前が!

 みずから!

 言ったんだろうがっ!!」



 なんなんだよ、ったくよぉ!

 人間て、マジ面倒臭ぇっ!!

 取り分け、こいつ!!



「まだリアル女はカウンセリングしてない素人が、何か言ってるー」

「まだ死神になったばっかの生娘が、何か言ってるー」

っさい」

「おまっ……!

 蹴んなっ! てか、理不尽だろがっ!」

「足癖悪くて、ごめんね♪

 いからとっとと、死事しごとして来い。

 敗者に相応ふさわしいエンディングを見せられたくなければ」

「お前、反則負けもい所だろうが!

 本来っ!」

「あーもう、本当ホントっさいっ!

 ゲームマスターに逆らうなぁっ!!」

 そんな感じで軽く喧嘩けんか、というよりほぼ一方的にボコられてから、俺は言われるがまま、常夜とこよを去る。





 現世うつしよへ降り立った俺が最初に覚えたのは、 濛々もうもうと漂う煙。

 次に、フローラルの香りと、床を打つシャワーの音。

 そして最後に、白く透き通った細やかな体と、長いスカイ・ブルーの髪とのコントラスト。



 その美しさに心を奪われていたら、鏡越しに少女が、音も無く風呂場に現れた俺の存在に気付き、オレンジ色の目を見開いた。



「あ……」

 ヤベ。これ、完全に外したわ。

 絶対ぜったい、桶が飛んで来る流れだわ。

 最悪、蓋が飛んで来る可能性も……。



「もしかしてーー死神、さん?」

 あれこれ言い訳を考えていた俺に向かって、彼女は中々に冷静に、普通なら非常識だろう発言をしつつ、シャワーを止めた。



 といっても、やはり男に一糸纏わぬ姿を晒している事に、少なからず羞恥心は抱いている模様もようで、紅潮こうちょうしつつ、ドアの取っ手にかけてあったタオルで体を隠す。



「へ? あ、ああ……」

 初回と今回とにおける雲泥の差に意表を突かれつつも、仕切り直すべく咳払いした俺は、軽く服装を正し、静まり返った浴室で、彼女と向かい合う。



「初めまして。

 あなたの担当となった死神です。

 ファースト・コンタクトがこんな形となり大変、申し訳ございませんが、決して私の落ち度ではない事をご理解頂きたく存じま」



「きゃぁぁぁぁぁっ♪」

 俺の正体を確信した女性は、こちらの話を遮り、タオルを通して、高校生という割には実った二つの爆弾を俺に押し付ける形で抱き付いて来た。

 それまでの大人おとなしい雰囲気、イメージを払拭する勢いで。



「噂は本当だったんですね!?

 死神さんが、命と引き換えに願いを叶えてくれるって!

 嬉しいっ!!

 私の願い……叶えてもらえるんですね!?

 やったぁぁぁぁぁっ!!」

「ちょっ、まっ……!?

 一旦、落ち着」



「はいカットー、そこまでー」

 俺がテンパっていると突如、第三者の声がバス・ルームに広がる。

 声の聞こえた方を見ると、バス・タブの上に座る夏澄美かすみの姿。

 その表情は、明らかに不愉快そうだった。



「おまっ……!?」

「あなたも死神さん!?

 可愛い!」

「どーも。お初ー。

 それより」

 俺から体を離し夏澄美かすみを見た彼女。

 適当に挨拶を済ませたやつは、俺に蔑んだ視線を寄越す。



「このロリコンすけこまし」

「はっ!? 巫山戯ざけんなっ!

 そもそも、お前が無理矢理」

「聞く耳持たぬ」



 両手に体重を預けつつ、夏澄美かすみは両足を構え、そのまま俺を蹴り飛ばす。



 俺の体はドアを突き破り、洗濯機に激突。

 特に頭を強打した俺は、意識が朦朧として行く。



「きゃあっ!?

 お、お兄さんっ!?

 大丈夫ですかぁっ!?」

「羨まけしからん思いを独り占めした、当然の報いだ。

 馬ー鹿」



 閉ざされていく視界の中、そんな言葉を受けつつ、俺は気絶した。





「先程は、本当に……! 本当ぉぉぉぉぉに、失礼致しましたぁっ!!

 平にご容赦くださいませぇっ!」

「そうだ。もっと謝れ」

手前てめえもだろうが、諸悪の根源!」

「は? 助けたのに、ラスボス扱い?

 何、るの?

 ボコメキョんしてやんよ」

「だ、駄目ダメぇっ!!

 暴力、反対っ!!」



 静空しずくの部屋。

 隣り合って座りつついがみ合う俺と夏澄美かすみの間に、今回の希亡きぼうしゃ甘城あまぎ 静空しずくが割って入り、仲裁をする。



 ただ、静かな印象を受ける彼女にしては、妙に迫真めいていた。

 まぁ、理由は知っているが。



 それにしても、名前から何となく予測していたが、今時珍しい純朴なマドンナだ。

 やはり、女性とは、こうあるべきだ。

 どこぞの偽装ゲーマーとはマジで正反対だ。



「ふんっ」

「痛ぇぇぇぇぇっ!!」

 足で! 足で、関節、決めて来やがったぁぁぁぁぁっ!!

 こいつ、マジで洒落にならんっ!!



「お、お兄さん!?

 大丈夫ですか!?

 今、医療キットを」

「平気、平気。

 こいつ、こんなでも死神だから。ぐに直る。

 さっきだって、数秒で目ぇ覚ましたし」

「だからって、何してもわけじゃねぇよぉっ!!」

「本当。立った。

 すごい」



 先程まで心配してくれていた静空しずくが、呑気な感想を零す。

 そのリアクションを目の当たりにした夏澄美かすみは、軽く吹き出す。



「クラ○か。

 それより、ケーゴ。次の希亡きぼうしゃ絞らなきゃだし、もう帰る。

 あとは、そっちで適当にやんな。

 ただし、モニターとイヤホンで逐一、リアタイでチェックしてるから、可及的かきゅうてきすみやかにスムーズに済ませなよ」

「けっ。誰が。

 お前じゃあるめぇし」

「どうだか。

 それと、静空しずく。この男、マジで変な事はしないから。

 ソースは、半年も一緒に暮らしてても、手を出された事は一度も無い事。

 そもそも、デリケートな話や下ネタ耐性が皆無だし、そんな度胸も甲斐性も無いから。

 腕はともかく、そこは保証する」

「煩ぇっ!!」

 お前の正体を知ってる身で、なんで襲わにゃならねんだよっ!



「は、はい。ありがとうございます。

 夏澄美かすみちゃん」

「『ちゃん』ぅ!?

 お前、いつの間に、そんなに親しくなった!?

 つか、お前もお前で今サラッと、呼び捨てんしてたよな!?」

「そっちがダウンしてるうちに。

 女子のコミュ力、舐めんな」

「女子っ!

 女子て、お前っ!」

 俺が馬鹿にすると、またしても俺の膝を軽く蹴ったあと夏澄美かすみは言葉通りワープし、席を外した。



「わっ!?」

 初めて死神が消える様を目撃し呆気に取られ、静空しずくが倒れそうになる。

「おっと」

 空かさず、俺がその背中を支える。



「大丈夫ですか?」

「は、はい。

 ありがとうございます」

なんなんの。大事なお客様ですから。

 これしき、痛ぇぇぇぇぇっ!!」

「っ!?」



 今度は俺が奇声を上げた事で、驚く静空しずく

 しかし、許して欲しい。なぜなら、常夜とこよに移った夏澄美かすみと繋がっているイヤホンから、物凄いボリュームのノイズが飛んで来たのだから。



「能無し」

「分かった、分かった、俺が悪かったぁっ!!

 本題に入るからぁっ!!」

「初めから、そうしろ」



 俺の懺悔により、両耳を襲うキンキンとした音、そして夏澄美かすみからの通話がたちまち止む。

 俺はカーペットに両手を着け冷静さを取り戻す。

 ちなみにその間、静空しずくが背中を擦ってくれた。



 マジで何なの、この子。

 お持ち帰りしたい。

 ずーっと俺の家でオアシスになってて欲しい。



「落ち着きましたか? お兄さん」

「お陰様で。

 ありがとうございます」

「敬語なんて、止してください。

 何だか、こっちが気を遣っちゃいます。

 名前も、呼び捨てで構いません」

「そ、そか?

 じゃあ、えっと……ありが、とう?」

「ふふっ。

 お兄さん、アドリブ下手っぴですね。

 可愛い」

 『っぴ』って。だよ、『っぴ』て。

 そっちのが可愛いわ。



 などと考えていると、頭を撫でてくれている静空しずくが笑んだ。

 こんな子が居るのなら、まだまだ現世うつしよも捨てたもんじゃねぇな。



 なんてやり取りをしていると、コンコンコンッと、ふとドアを叩く音が聞こえる。



「お嬢様。

 入ってもよろしいでしょうか?」

 両親にしては距離感の有る台詞セリフが、外から届く。

 慣れているのか、静空しずくは微動だにせず、答える。

「どうぞ」



「畏まりました。失礼します」

 了承を得ると、声の主である和服美人が、紅茶とケーキをトレーに乗せ、たおやかに入室してくる。その仕草に、俺は目を奪われる。

 不意に、何かを閃いた静空しずくが手を叩く。



「紹介しますね。

 この人は、天良寺てんりょうじ 睛子しょうこさん。使用人さんです。

 それで、睛子しょうこさん。こちらは……えと……」

しるべ 憩吾けいご

 静空しずくさんの友人です。初めまして」



 まだ自己紹介をしてなかったが故に俺の名前を知らずにいた静空しずくに代わって、自分から名乗る。

 すると睛子しょうこさんは、実に優美な立ち振る舞いで、俺に挨拶を返す。



「これは、これは。ご丁寧に。

 ご紹介に預かりました、天良寺てんりょうじと申します。

 あなたの事は、お嬢様からすでに伺っております。

 あなたの分もお持ちしました故、どうぞごゆっくりお寛ぎくださいませ」

「あ、ありがとうございます」



 にこやかに紡がれた言葉通り、睛子しょうこさんの持って来たトレーには、俺の分と思しきカップ、皿も置いて有った。

 この家には善人しか居ないんだろうか。



「熱い内に飲んでください。

 憩吾けいごさん」

「あ、ああ。

 そうさせてもらう」



 試しに、カップを手に取る。

 その芳醇な香りを堪能し、口に含むと、なんとも美味だった。

 一気に心が安らいだだけでなく、すっかり魅了された俺は、再び紅茶を飲もうとする。

 が、そんな俺をまじまじと見詰める睛子しょうこさんの視線が、なぜか気になった。



「す、すみません。

 がっつき過ぎましたか?」

「いえいえ。

 ただ、懐かしいなぁと、思っただけです。

 あなたは知る由もありませんが、私とあなたは、旧知の仲なので」

「は……はぁ……」

「?」



 言わんとする趣旨が掴めず、困惑する俺と静空しずく

 そんな中ただ一人、なおも笑顔を崩さぬまま、正座をしていた睛子しょうこさんは立ち上がる。



「では、これで。

 下で待機しておりますので、ご用命がございましたら、ぐにお呼びくださいませ」

「は、はい」

「ありがとうございました。睛子しょうこさん」

 軽く会釈すると、睛子しょうこさんは部屋を出た。やや経って足音が聞こえなくなった頃合いで、静空しずくが俺に小声で尋ねる。



憩吾けいごさん、睛子しょうこさんの知り合いだったんですか?」

「さ、さぁ……まったく覚えが無い。

 あんな印象的な人、そう簡単にもぐにも、忘れないと思うんだが……」

「もしかしたら、冗談かもしれませんね。あの人、お戯れが好きなので。

 緊張を解そうとしたのかも」

「だったら良いんだが……」

 しかし、それならそれで、中々の腕前だ。

 その内、ご教授願いたいものだ。



「それより、静空しずく

 そろそろ、いか?」

「本題ですね。

 どんと来いですっ」

 心の準備は出来ている。そうアピールするように、静空しずくが胸を叩く。

 俺は、少し目を反らしつつ気を休ませ、シリアスのスイッチを入れる。

 俺は履歴書を手に取りつつ、話を進める。



ず、死神おれたちのアプリ……今回は、『omni-Birthオムニバス』。

 転生は望んでいない希亡きぼうしゃ向けのサイトな?

 っても、あとでプランの変更も任意で可能だが、それは置いといて。

 それを開いたのも、そして依頼を出したのも、あんた本人。

 これは、間違い無いか?」

「はい」

「そうか。

 それは、その、何だ。

 あんたは今、みずからの命を早急に手放してまで、叶えたい願いが有るから?」

「は、はい。

 私、どうしても」

「わぁ、待った、待った、言わなくてい!

 願いは知ってる!

 すでに『omni-Birthオムニバス』の必要事項に書いてあったし!」



 興奮気味に立ち上がろうとした彼女を、条件反射的に制す。

 静空しずくは、少し顔を赤くしつつ、再び正座した。



「話を戻そう。

 ず『omni-Birthオムニバス』、それに転生希望者向けの『conti-Newコンティニュー』も、通常の人間には見えない。

 本当に、自分の寿命を手放してまで、善意で何かを成就させたい人間にだけ、アクセスするためのアプリが、メールやメッセで届くシステムのはずだ。

 まぁ以前、生約せいやく者になった人間が真しやかに吹聴ふいちょうした所為せいで、都市伝説レベルで留まってこそいるものの、知られちまってるみたいだが……。

 そのおかげ希亡きぼうしゃが程良くなってるんだから、大目に見よう。

 かく、過程はどうあれ、そこへ辿り着いたあんたには、俺達と接触する権利が有る」



 俺は懐から用紙を出し、面と向かって座ってる俺達の間に置いた。



「これが、生約せいやく書。

 ここにサインさえすれば、あんたは死神と、残りの命を差し出す契約……生約せいやくをした事になる。

 その前に、もう少しだけ、確認させてくれるか?」

なんなりと」

「分かった。

 ず、その用紙を読んでくれるか?」

「はい」



 静空しずくは俺に促されるまま、生約せいやく書を黙読し始める。



生約せいやく



 1.これは、死神との命の契約書(以降、「生約せいやく」書とする)である。



 2.この書に名前を書いた人間は、心が満たされる(以降、「完熟かんじゅく」とする)と、その命を死神に譲る。 



 3.生約せいやく者の完熟かんじゅくの為、死神は全力、誠意を以て、その命を育てる(以降、「熟生じゅくせい」とする)。



 4.生約せいやく書に、生約せいやく者本人が記したみずからの本名が無かった場合、生約せいやくは行われなかった物とする。



 5.生約せいやく者となった人間は、手首に完熟までの日数、すなわち寿命が刻まれる。

  なお、どの角度から見ても分かる形で表示される。

  但し、関係者にしか視認が出来ない。



 6.生約せいやく者は、完熟かんじゅくまでの間、如何いかなる望みも叶えられる。

  ただし、家族や友人も含め、生約せいやく者以外はその対象ではない。



 7.生約せいやく者は、一つだけ、命を賭してでも叶えたい願い、他者にも効力を及ぼす願い(以降、「心願しんがん」と定める)を叶える事が出来できる。



 8.生約せいやく者は、本人の希望さえ有れば、自分に関する記憶や記録をすべて、この世から消す事が出来できる。



 9.寿命を知る事が出来るのは、生約せいやく者のみである。

  他者の余命を知る事は、死神にも出来ない。



 10.死神の不手際など余程の事が無い限り、生約せいやくを破棄する事は出来ない。

  命の返還などもしかり。

  同様に、完熟かんじゅく日以外に死ぬ事も出来ない。



 11.万が一、生約せいやく書が無効となった場合、それまで与えられた物はすべて無償で提供する。



 12.生約せいやく者は何人たりとも、他者の命を奪う事は許されない。

   死神の力を悪用し、この掟に背いた場合、その場で生約せいやく破棄となり、元生約せいやく者は永遠に地獄を味わう事となる。



 13.生約せいやく者は死後、死神界(以降、「常夜とこよ」とする)で生きるか、新たに人間界(以降、「現世うつしよ」とする)で生を受けるかを選択出来できる。

   その際、記憶を維持する事も可能。

   また生まれる場所、時代なども、それまでの生約せいやく者の態度によって、生約せいやく者の意見を最大限、考慮する。



 14.生約せいやく者はいたずらに、我々の事を他者に広めてはならない。

   場合によっては、何らかの罰を与える可能性も有り、最悪、生約せいやく破棄となる。



 15.以上の事を熟知、了承した上でのみ、生約せいやくは成される』



「って事なんだが、どうだ?

 全貌の把握は出来たか?

 結構多くて、大変だろうが……」



「はい。大体、予想通りなので。

 ただ、思った以上に好条件だったので、ちょっと吃驚びっくりしちゃいました。

 死んだ後に優遇されるなんて、思ってなかったので。

 失礼かもですけど、死神さん達って、実は優しいんですね」

「さぁ?どうだかね。

 こっちの都合で、人間あんたらの死を多かれ少なかれ早めてるのは、紛れも無い事実だし、何とも言えん」

「……それもそうですよね、立場的に。

 すみません、無粋でした」

「気にすんな。そのまま、思った通り、ありのまま喋ってくれ。

 その方が、こっちとしてもやり易い」

「そうですか?

 なら、お言葉に甘えて、そうさせてもらいます」



 そう告げると静空しずくは、机からボールペンを取りに行こうとする。

 それを、俺は制する。



「待ってくれ。

 サインなら、これで書いてくれ。

 生約せいやく書用のペンだ。

 これでないと、生約せいやくした事にならない仕様なんでな」

 言いながら俺は、同じく懐から、パッと見はなんの変哲も無いボールペンを渡す。



「事情を知らない子供が、注意書きを読まないまま生約せいやくしたりするのを避けるため……ですか?」

「ご名答。

 っても、そもそも俺達も生約せいやく書も、生約せいやく者候補以外には基本的に感知出来ないようになってるから、その心配は杞憂なんだがな。

 仮にも命を預かってるってんで、そういう保険をかけてるってわけだ」

「分かりました。じゃあ、お借りします」



 俺から綺麗な所作でペンを受け取った静空しずくは、一点の曇りも無い強い眼差しを見せる。

 その変化に俺が戸惑ってる内に、さっさと静空しずく生約せいやく書に名前を記した。



 生約せいやく、完了。

 これで甘城あまぎ 静空しずくは、一年以内に、死ぬ。

 その証拠として、彼女の右手首に、寿命が刻まれる。



「十ヶ月後……。

 どうやら、私が熟生じゅくせいする日は、私の心願しんがん通りの日のようですね。

 安心しました。

 じゃないと、私が死ぬ意味がすべて、失われるので」

「……良かったのか? 本当に。

 なんなら、こっちの確認不足とかって事にして、心願しんがんだけ叶えて、生約せいやくは解除するよう、働きかけるが……」

「いえ。

 私の決意はきっと、死神さんたちでもゆがめる事は出来ませんから。

 それに……」



 泣きそうな目をしつつ、けれど気丈に笑顔を見せながら、しずくは確かにげる。



「どうせ死ぬなら……きちんと、その時を分かった上で、満足した状態で、明るい未来が少しでも確約された状態で、迎えたいので」



「あんた……まさか、そこら辺、予測した上で……」

「だって、じゃないとあまりに不公平ですもの。

 この世界には、私みたいな人が大勢居る中、まだアプリでコンタクトを取って日が浅いタイミングで、憩吾けいごさんが実際に私の元に現れてくれたのは……。

 こと、なんですよね……?」



 俺は何も言えないまま、馬鹿みたいに、黙って首肯する事しか出来できなかった。



 死神として生まれて、およそ一年。

 それでも俺は、まだ受容出来ていなかった。

 自分が死神……あれだこれだと相手に都合のい事を宣いつつ、あまりに無慈悲、早過ぎる死へと導く存在である事も。

 そうまでして何かを叶えたいと願う、人間の心を。



「あ……」

 俺が落ち込んでいると急に、静空しずく様子ようすがおかしくなる。

 顔をほのかに熱くさせ、モジモジと、スカートの上に手を置き、縮こまり、それでいて空いていた左手で口元を隠す。



「あ、あの……。

 憩吾けいごさん……。

 そのぉ……大変、言い辛いんですけどぉ……」

「口頭じゃなくて、文字でも可能だから、えず俺に伝えてくれ。

 十中八九どころか九分九厘、あんたの考え、心境は読めてるもりだが、確認は必要だからな。

 いや、決して悪気は無い。

 誓って、あんたを辱めたいわけでも、あんたの恥ずかしがる姿を眺めていたいわけでもない。断じて。

 いや、本当ホントに。眼福とか、思ってないから」



 嘘です、ごめんなさい、ちょっと思ってました。

 だって、可愛いんだもん! 可愛い過ぎんだろ、ちくしょぉぉぉぉぉっ!!



「は……はいぃ……」

 一瞬で察した俺は、欠片ばかりの後悔を隠しつつ、助言した。

 さいわいにもあらかじめメモを準備していた静空しずくは、悶えつつも急いで文字を書き、俺に渡した。



『おトイレに行かなくても平気な体』

 ……やはり、そう来たか。紅茶は、近くなるらしいし。

 ていうか、こんな状態になっても殴り書きにならない辺り、人柄が出てるというかなんというか……。



「け、憩吾けいごさん……。

 わ、私……。

 もぉ、駄目ダメぇ……」

「わぁぁぁぁぁっ!!」



 ええ。またしてもノイズに襲われたのもあって、速攻で魔法により、彼女の体を変えましたとも。

 排泄の必要としない体に。



「はぁ……はぁ、はぁ……。

 ……はぁ……。

 憩吾けいご、さんの……いけずぅ……」

「……すまん……」

 なぜか俺まで息絶え絶えになった。



 いや、もう、なんてーか……ご馳走様です。

 声も映像も、脳内フォルダに保存した末にバックアップかけました。絶対ぜったい、言わんけど。

 てか俺、ワードさえ聞かなければ耐性、有ったんだった……。



「……平気か?」

「は、はい……。

 その……すみません。最初のお願いが、こんな形で……」

「気にすんな。

 前の候補より遥かに増しマシ、似て非なる物だから」

「ていうと?」

「開口一番、出会い頭に言われたよ。『来るの、遅過ぎ』って。

 出前感覚で」

「あ……あはは……。

 なんか、その……ごめんなさい。

 同じ人間として、謝ります……」

 いや、良い子過ぎるだろ、あんた……。

 マジで、爪の垢を煎じて飲ませてやりてぇ……。



「いぎっ!!」

 今度は足首に痛みが走る。

 まさかと思いボトムスの裾を捲ると、いつの間にかリングが着けられており、それが締まっていたのだ。

 どう考えても、あいつの仕業だ。



「……あとで、とっちめてやる」

「え?」

「な、なんでもない。

 まぁ、あれだ。ここまで来れば、信じて貰えただろう。

 経緯はどうあれ」



 足の痛みが無くなった頃、そんな風に俺は誤魔化ごまかした。

 静空しずくは、ふふっと微笑んだ。



「最初から全霊で、信じてますよ。

 ただ……」

「……ただ?」

「今日の私の恥ずかしい姿は諸々、忘れてもらえたらなぁ……と」

「本当に申し訳ありませんでしたぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁっ!!」



 前者はともかく、後者は完全に俺の所為せいだ。

 てか、俺が人間だったら、是が非でも責任取って結婚する。

 てか、むしろ結婚させて欲しい。静空しずく、マジ最高!



 と、何やら色々と締まらない形ではあるものの、こうして生約せいやくは完了したのだった。





「すぅ〜……。

 ……すぅ〜……」

「……」



 数分後。

「最後に味わいたい」と主張する静空しずくの気持ちを汲み取り、彼女に睡眠を貪らせていた。

 最後って事は、眠れなくても大丈夫な体にはなりたいんだな。

 なんて考えながら、その、微塵も疑いの無い、安堵し切った寝顔を堪能した俺は、いつまでも見詰めていてはなんだと思い、常夜とこよに戻ろうとする。



「お嬢様はお休みでしたか」

「おわっ!?」

 いつの間にか近寄っていた睛子しょうこさんから、慌てて距離を取る。



「い、いつから、そこに!?」

「ノックしても、そちらが気付かれなかったのですよ。

 お皿とカップを回収に来たのに」

「……」



 正直、鈍臭いのは自覚してる。

 それに今、静空しずくの寝顔をまじまじと眺めていたのも、認める。

 


 だがだ。それを差し引いても、妙だ。

 俺かて、死神の端くれ。必要以上に人間に気付かれてはいけないということを熟知している都合上、注意警戒は怠らないでいるもりだ。



 早い話……どうも、この人物は、疑わしい。



 それを確かめるべく、気を取り直した俺は、彼女と向き合い。



「それは失礼した。

 失礼ついでに、も一つ、いかい?」

 俺は、彼女から許可が降りるより先に、質問を投げかけた。



「あんた……死神の関係者だな?」

「死神?はて。

 変わった名字ですね。

 生憎、記憶にございませんね」

「惚けんな。

 そうじゃなきゃ、説明が付かないんだよ。あんたが最初っから、俺を認識していた事。

 本来、候補にしか捉えられない、この俺をな」

「なるほど。確かに、妙ですね。

 ただ、残念ながら、その推理は不正解です」

 親しみやすさの裏に強かさを含めつつ、妙齢の彼女は慣れた手付きでカップと皿をトレーに載せた。



「お風呂場での、あなた方の会話を拝聴させて頂きました。それだけのことです。

 それより、あなたにお話があります。

 ダイニングまで来て頂いても、宜しいですか?」

「……分かった。ぐに行く」

「お待ちしております。では」

 会釈すると、あっさりと睛子しょうこさんは部屋を出た。



 そのタイミングで、俺はイヤホンをトン、トンと軽く叩く。

睛子しょうこさんについて、調べてくれ」というメッセージを、夏澄美かすみに送ったのだ。

 すると、向こうからもトントン、という音が帰って来た。「了解した」の合図である。



「やれやれ……」

 自棄やけになっているのを百も承知で、俺は零す。

「どうやら二件目から、かなり面倒なヤマに当たっちまったらしい」





「は?

 分からない?」

「うん。もう、全然。

 お手上げだよ、こっちは」



 夏澄美かすみからの連絡を受け、俺はショックを隠せずにいた。

 ちなみに、ここは馬鹿でかい屋敷のため、部屋を移動するだけで、かなり時間がかかる(まぁ、その気になればワープも出来るが)。



「そもそも、その家の使用人が、ちょっとおかしいんだよ。

 なんか、同じ人間がずっと働いているとかじゃなく、次から次へと入れ替わってて。

 別に、その甘城あまぎ家の面々がアレってんでもなさそうなのに。

 おまけに、働いてる期間も全員バラバラな上に、なんの接点も見当たらない。

 さらに、こんなどデカイお豪邸での家事を、揃いも揃って、たった一人で受け持ってると来た。

 怪しさしか無いけど、こりゃ、これ以上の詮索は無理むりゲーだね。

 フィリッ八でも当てられそうにない」

「確かに、きな臭いな……」



 そう。静空しずく勿論もちろんの事、その両親とて、悪い人間ではない。

 そうでなければ、静空しずくが俺達の候補として挙がるための、悪人なら問答無用で弾き出されるセキュリティを突破出来るはずが無いし、あんな心願しんがんを持つはずも無い。

 そして、この家に他の家族はない。

 となれば、いぶかしむべきは使用人だ。



「でも、あの使用人に何か有るのは、間違い無いんだよ。

 じゃなきゃ、『俺と面識が有る』だなんて意味深に言わねぇ。

 そもそも、風呂で盗み聞きしてたってのも疑わしい。

 俺は、いきなり現れたお前に蹴っ飛ばされて、風呂の外に出たんだぞ?

 それまで、数秒もようさなかったはず

 その間に、逃げられるか?

 てか、死神おれたちの存在は声すらも認識出来ない、つまり静空しずくの独り芝居状態だったのに、なにもせず黙って盗聴、傍聴に徹し続けてたってのも、妙に引っかかる」

「まぁ、あのご老体には無理だろうね。

 何はともあれ、これはあんたにとっての挑戦状だよ、ケーゴ。

 さいわい、こっちの業務も終わった。

 次からはこっちも注意して聞いてるから、そっちも気を引き締めて臨みな。

 どうやら向こうは、すでに一人じゃないみたいだ」

「あー……やっぱ、そう来っか。んな事ったろうと思ったぜ。

 大方、リークして呼び寄せたって所か」

「ねぇ。

 なんなら、そっち行たげよっか?」

「止めとけ、止めとけ。

 あっちにとっての敵を増やした所で、火に油を注ぐだけだ。

 それに、殴られるのは男の仕事だ。

 お前は、バックアップだけ頼む」

「何さ。

 折角せっかくこっちが気にかけてんのに、つれない事言っちゃってさ。

 そんなに一人で格好かっこ付けたいんだ?

 余程、惚れ込んでんだねー」

「ばっ……おまっ……。

 そんなんじゃ……」

「君が死神くんか」



 ダイニングに向かっていると突然、面識の無い男性に声をかけられた。

 その横には、静空しずくに酷似した女性の姿も。



「お初にお目にかかる。

 甘城あまぎ 靖治のぶはる静空しずくの父だ」

「同じく母、清花さやかよ」



 ……いきなり自己紹介か。

 礼儀正しいというか、「余裕の表れ」と取るべきか。

 ……後者だろうなぁ、こりゃあ。となれば、俺も。



 そう判断した俺は、たたずまいを整え直し、挑発に乗る。



しるべ 憩吾けいご

 あんたの知っての通り、死神だ。

 近々、あんたの大切な一人娘の命を奪う予定の、な」

 俺の強気な発言により、二人の表情が見るからに悪い意味で変わる。

 そして、父親と俺が、揃って一歩、前に出て威圧し合う。



随分ずいぶん、ラフなんだな。

 死神とは、もっと厳かな物だと思っていたよ」

「それは、候補に対してだけだ。

 器が出来てる訳でもないのに、自分にはなんら関係の無い赤の他人にまで崇め奉ってちゃ、気が休まらないだろ?」

「なるほど。理に適っている。

 それより、入りたまえ。食事をしながら、話をしよう。

 なんせ、食べながらでもないと、真面まともに話せそうにないからな。

 殺意を紛らわせられなくて」

「奇遇だなぁ。

 俺も、あんたに言いたい事が有ったんだ」

「ほう。それは楽しみだ」

「ああ。本当にな」



 睨み合い、探り合い、怒りをぶつけ合い、やがてドアが開かれたのを合図に、俺達は離れた。



 そして、俺は足を踏み入れた。

 ダイニング、改め戦場へと。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る