第1生 ー甘城 静空ー
1:家族思い、反抗期
「マイナス億千万点」
中々の名演技だったと自負していた。
やや脱線したり、
いつぞやのロボット人間ならさておき、
にも
現実とは、何と無慈悲な事か。
つーか、
塩対応なんて目じゃねぇぞ。
明らかに塩分過多なレベルだろうが。
「いや、当然だから。
うざったいし、要点てんで見えないし、胡散臭いし、低能丸出しだし」
「最後だけぁ断じて認めねぇぞ、グォラァァァァァッ!!」
適度かどうかはさておき。
それはともかく。
成績に異論をぶつけたい一心で、指パッチンで舞台セットを片付け、予行練習をしていた一階のフロアからジャンプし、二階の手摺を掴み華麗に降り立ち、そのまま肩を怒らせて、審査員に歩み寄る。
「でゅぅぅぅあれが低能だ、
こちとら、相手の気なり場なり和まそうと、必死に仕事してんだよぉっ!!」
「うーわ。
まだ二回目の時点で、プロ気取りとか。自惚れも甚だしいわー。
痛たたたっ」
「なぁぁぁにぃぃぃっ!?」
やっちまったなぁ、小娘気取りがっ!
つい先日、俺のパートナーとして渋々、了承された身で、恐れ知らずにも、この俺に
「……
「違うだろ、違うだろー?」
袖を捲り拳を構えた俺に、
その画面には、全身
「約束。忘れてないよね?」
「……っ」
そう。
俺の予行練習を見る代わりに、オールド・ゲーム(あとPCゲーム)好きの
それが、こいつから俺に提示されていた交換条件だったのだ。
「……分ぁってるよ。
拳を引っ込めた俺は、乱暴にコントローラーを取り、彼女の隣に腰を落とした。
これにて、ゲーム開始である。
「
「
危うくコントローラー投げ捨てる所だったわ!
てか、どーやって優劣なり決着なり付けろってんだよ、それぇっ!!
「なーんて、
馬鹿が見るー。ケーゴが見るー。
「この、悪魔っ!!」
「死神ですーだ」
「減らず口を叩いてんじゃ、おいぃぃぃぃぃっ!!
おーかしいだろぉっ!!
ネクストッ!!」
「別に、『
あ、トロごちー」
「おのれぇぇぇぇぇっ!!」
結果? 言うまでも無く、ボロ負けでしたとも。ええ。
だって、勝てる訳有るめぇよ。対戦相手が自分だけ、
挙げ句の果てには、向こうの舌で雁字搦めにされた
おまけに、一度に
あんたが誰だか知らんけど。
※
「ほい、これ。
今回の
俺を何度も負かし気を良くした
俺は、自分でも分かる
「
高三。女子。
父親は
家族仲、及び夫婦仲も良好だったけど、一人娘が産まれてから、どうもギスギス中。理由は下記参照。
他のデータも、自分で確認しときなよ」
「……」
「……何?
その、
「いや……お前、有能だなって」
初回から、こんだけ色々と細かく、けれど分かり易く調べ、纏める。
それでいて、デリケートなのが苦手な俺を気遣い、そこら辺の説明はカット、
なんとまぁ、良く出来た
「今更じゃん、何言ってんの」
憎まれ口を叩きつつ、
「こっちとら、とっくに覚悟、決めてんだ。シャキッとせぇ、シャキッと。
宝の持ち腐れしてんな」
「……
そうだな」
「否定しなよ。
調子狂う」
「お前が!
言ったんだろうがっ!!」
人間て、マジ面倒臭ぇっ!!
取り分け、こいつ!!
「まだリアル女はカウンセリングしてない素人が、何か言ってるー」
「まだ死神になったばっかの生娘が、何か言ってるー」
「
「おまっ……!
蹴んなっ! てか、理不尽だろがっ!」
「足癖悪くて、ごめんね♪
敗者に
「お前、反則負けも
本来っ!」
「あーもう、
ゲームマスターに逆らうなぁっ!!」
そんな感じで軽く
※
次に、フローラルの香りと、床を打つシャワーの音。
そして最後に、白く透き通った細やかな体と、長いスカイ・ブルーの髪とのコントラスト。
その美しさに心を奪われていたら、鏡越しに少女が、音も無く風呂場に現れた俺の存在に気付き、オレンジ色の目を見開いた。
「あ……」
ヤベ。これ、完全に外したわ。
最悪、蓋が飛んで来る可能性も……。
「もしかしてーー死神、さん?」
あれこれ言い訳を考えていた俺に向かって、彼女は中々に冷静に、普通なら非常識だろう発言をしつつ、シャワーを止めた。
といっても、やはり男に一糸纏わぬ姿を晒している事に、少なからず羞恥心は抱いている
「へ? あ、ああ……」
初回と今回とにおける雲泥の差に意表を突かれつつも、仕切り直すべく咳払いした俺は、軽く服装を正し、静まり返った浴室で、彼女と向かい合う。
「初めまして。
あなたの担当となった死神です。
ファースト・コンタクトがこんな形となり大変、申し訳ございませんが、決して私の落ち度ではない事をご理解頂きたく存じま」
「きゃぁぁぁぁぁっ♪」
俺の正体を確信した女性は、こちらの話を遮り、タオルを通して、高校生という割には実った二つの爆弾を俺に押し付ける形で抱き付いて来た。
それまでの
「噂は本当だったんですね!?
死神さんが、命と引き換えに願いを叶えてくれるって!
嬉しいっ!!
私の願い……叶えて
やったぁぁぁぁぁっ!!」
「ちょっ、まっ……!?
一旦、落ち着」
「はいカットー、そこまでー」
俺がテンパっていると突如、第三者の声がバス・ルームに広がる。
声の聞こえた方を見ると、バス・タブの上に座る
その表情は、明らかに不愉快そうだった。
「おまっ……!?」
「あなたも死神さん!?
可愛い!」
「どーも。お初ー。
それより」
俺から体を離し
適当に挨拶を済ませた
「このロリコンすけこまし」
「はっ!?
そもそも、お前が無理矢理」
「聞く耳持たぬ」
両手に体重を預けつつ、
俺の体はドアを突き破り、洗濯機に激突。
特に頭を強打した俺は、意識が朦朧として行く。
「きゃあっ!?
お、お兄さんっ!?
大丈夫ですかぁっ!?」
「羨まけしからん思いを独り占めした、当然の報いだ。
馬ー鹿」
閉ざされていく視界の中、そんな言葉を受けつつ、俺は気絶した。
※
「先程は、本当に……! 本当ぉぉぉぉぉに、失礼致しましたぁっ!!
平にご容赦くださいませぇっ!」
「そうだ。もっと謝れ」
「
「は? 助けたのに、ラスボス扱い?
何、
ボコメキョんしてやんよ」
「だ、
暴力、反対っ!!」
隣り合って座りつつ
ただ、静かな印象を受ける彼女にしては、妙に迫真めいていた。
まぁ、理由は知っているが。
それにしても、名前から何となく予測していたが、今時珍しい純朴なマドンナだ。
やはり、女性とは、こうあるべきだ。
どこぞの偽装ゲーマーとはマジで正反対だ。
「ふんっ」
「痛ぇぇぇぇぇっ!!」
足で! 足で、関節、決めて来やがったぁぁぁぁぁっ!!
こいつ、マジで洒落にならんっ!!
「お、お兄さん!?
大丈夫ですか!?
今、医療キットを」
「平気、平気。
こいつ、こんなでも死神だから。
「だからって、何しても
「本当。立った。
先程まで心配してくれていた
そのリアクションを目の当たりにした
「クラ○か。
それより、ケーゴ。次の
「けっ。誰が。
お前じゃあるめぇし」
「どうだか。
それと、
ソースは、半年も一緒に暮らしてても、手を出された事は一度も無い事。
そもそも、デリケートな話や下ネタ耐性が皆無だし、そんな度胸も甲斐性も無いから。
腕はともかく、そこは保証する」
「煩ぇっ!!」
お前の正体を知ってる身で、
「は、はい。ありがとうございます。
「『ちゃん』ぅ!?
お前、いつの間に、そんなに親しくなった!?
つか、お前もお前で今サラッと、呼び捨てんしてたよな!?」
「そっちがダウンしてる
女子のコミュ力、舐めんな」
「女子っ!
女子て、お前っ!」
俺が馬鹿にすると、またしても俺の膝を軽く蹴った
「わっ!?」
初めて死神が消える様を目撃し呆気に取られ、
「おっと」
空かさず、俺がその背中を支える。
「大丈夫ですか?」
「は、はい。
ありがとうございます」
「
これしき、痛ぇぇぇぇぇっ!!」
「っ!?」
今度は俺が奇声を上げた事で、驚く
しかし、許して欲しい。なぜなら、
「能無し」
「分かった、分かった、俺が悪かったぁっ!!
本題に入るからぁっ!!」
「初めから、そうしろ」
俺の懺悔により、両耳を襲うキンキンとした音、そして
俺はカーペットに両手を着け冷静さを取り戻す。
マジで何なの、この子。
お持ち帰りしたい。
ずーっと俺の家でオアシスになってて欲しい。
「落ち着きましたか? お兄さん」
「お陰様で。
ありがとうございます」
「敬語なんて、止してください。
何だか、こっちが気を遣っちゃいます。
名前も、呼び捨てで構いません」
「そ、そか?
じゃあ、えっと……ありが、とう?」
「ふふっ。
お兄さん、アドリブ下手っぴですね。
可愛い」
『っぴ』って。
そっちのが可愛いわ。
などと考えていると、頭を撫でてくれている
こんな子が居るのなら、まだまだ
なんてやり取りをしていると、コンコンコンッと、ふとドアを叩く音が聞こえる。
「お嬢様。
入っても
両親にしては距離感の有る
慣れているのか、
「どうぞ」
「畏まりました。失礼します」
了承を得ると、声の主である和服美人が、紅茶とケーキをトレーに乗せ、たおやかに入室してくる。その仕草に、俺は目を奪われる。
不意に、何かを閃いた
「紹介しますね。
この人は、
それで、
「
まだ自己紹介をしてなかったが故に俺の名前を知らずにいた
すると
「これは、これは。ご丁寧に。
ご紹介に預かりました、
あなたの事は、お嬢様から
あなたの分もお持ちしました故、どうぞごゆっくりお寛ぎくださいませ」
「あ、ありがとうございます」
にこやかに紡がれた言葉通り、
この家には善人しか居ないんだろうか。
「熱い内に飲んでください。
「あ、ああ。
そうさせて
試しに、カップを手に取る。
その芳醇な香りを堪能し、口に含むと、
一気に心が安らいだだけでなく、すっかり魅了された俺は、再び紅茶を飲もうとする。
が、そんな俺をまじまじと見詰める
「す、すみません。
がっつき過ぎましたか?」
「いえいえ。
ただ、懐かしいなぁと、思っただけです。
あなたは知る由もありませんが、私とあなたは、旧知の仲なので」
「は……はぁ……」
「?」
言わんとする趣旨が掴めず、困惑する俺と
そんな中ただ一人、
「では、これで。
下で待機しておりますので、ご用命がございましたら、
「は、はい」
「ありがとうございました。
軽く会釈すると、
「
「さ、さぁ……
あんな印象的な人、そう簡単にも
「もしかしたら、冗談かもしれませんね。あの人、お戯れが好きなので。
緊張を解そうとしたのかも」
「だったら良いんだが……」
しかし、それならそれで、中々の腕前だ。
その内、ご教授願いたいものだ。
「それより、
そろそろ、
「本題ですね。
どんと来いですっ」
心の準備は出来ている。そうアピールする
俺は、少し目を反らしつつ気を休ませ、シリアスのスイッチを入れる。
俺は履歴書を手に取りつつ、話を進める。
「
転生は望んでいない
っても、
それを開いたのも、そして依頼を出したのも、あんた本人。
これは、間違い無いか?」
「はい」
「そうか。
それは、その、何だ。
あんたは今、
「は、はい。
私、どうしても」
「わぁ、待った、待った、言わなくて
願いは知ってる!
興奮気味に立ち上がろうとした彼女を、条件反射的に制す。
「話を戻そう。
本当に、自分の寿命を手放してまで、善意で何かを成就させたい人間にだけ、アクセスする
まぁ以前、
そのお
俺は懐から用紙を出し、面と向かって座ってる俺達の間に置いた。
「これが、
ここにサインさえすれば、あんたは死神と、残りの命を差し出す契約……
その前に、もう少しだけ、確認させてくれるか?」
「
「分かった。
「はい」
『
1.これは、死神との命の契約書(以降、「
2.この書に名前を書いた人間は、心が満たされる(以降、「
3.
4.
5.
但し、関係者にしか視認が出来ない。
6.
7.
8.
9.寿命を知る事が出来るのは、
他者の余命を知る事は、死神にも出来ない。
10.死神の不手際など余程の事が無い限り、
命の返還なども
同様に、
11.万が一、
12.
死神の力を悪用し、この掟に背いた場合、その場で
13.
その際、記憶を維持する事も可能。
また生まれる場所、時代なども、それまでの
14.
場合によっては、何らかの罰を与える可能性も有り、最悪、
15.以上の事を熟知、了承した上でのみ、
「って事なんだが、どうだ?
全貌の把握は出来たか?
結構多くて、大変だろうが……」
「はい。大体、予想通りなので。
ただ、思った以上に好条件だったので、ちょっと
死んだ後に優遇されるなんて、思ってなかったので。
失礼かもですけど、死神さん達って、実は優しいんですね」
「さぁ?どうだかね。
こっちの都合で、
「……それもそうですよね、立場的に。
すみません、無粋でした」
「気にすんな。そのまま、思った通り、ありのまま喋ってくれ。
その方が、こっちとしてもやり易い」
「そうですか?
なら、お言葉に甘えて、そうさせて
そう告げると
それを、俺は制する。
「待ってくれ。
サインなら、これで書いてくれ。
これでないと、
言いながら俺は、同じく懐から、パッと見は
「事情を知らない子供が、注意書きを読まないまま
「ご名答。
っても、そもそも俺達も
仮にも命を預かってるってんで、そういう保険をかけてるって
「分かりました。じゃあ、お借りします」
俺から綺麗な所作でペンを受け取った
その変化に俺が戸惑ってる内に、さっさと
これで
その証拠として、彼女の右手首に、寿命が刻まれる。
「十ヶ月後……。
どうやら、私が
安心しました。
じゃないと、私が死ぬ意味が
「……良かったのか? 本当に。
「いえ。
私の決意はきっと、死神さん
それに……」
泣きそうな目をしつつ、けれど気丈に笑顔を見せながら、
「どうせ死ぬなら……きちんと、その時を分かった上で、満足した状態で、明るい未来が少しでも確約された状態で、迎えたいので」
「あんた……まさか、そこら辺、予測した上で……」
「だって、じゃないと
この世界には、私みたいな人が大勢居る中、まだアプリでコンタクトを取って日が浅いタイミングで、
そういう
俺は何も言えないまま、馬鹿みたいに、黙って首肯する事しか
死神として生まれて、
それでも俺は、まだ受容出来ていなかった。
自分が死神……あれだこれだと相手に都合の
そうまでして何かを叶えたいと願う、人間の心を。
「あ……」
俺が落ち込んでいると急に、
顔を
「あ、あの……。
そのぉ……大変、言い辛いんですけどぉ……」
「口頭じゃなくて、文字でも可能だから、
十中八九どころか九分九厘、あんたの考え、心境は読めてる
いや、決して悪気は無い。
誓って、あんたを辱めたい
いや、
嘘です、ごめんなさい、ちょっと思ってました。
だって、可愛いんだもん! 可愛い過ぎんだろ、ちくしょぉぉぉぉぉっ!!
「は……はいぃ……」
一瞬で察した俺は、欠片ばかりの後悔を隠しつつ、助言した。
『おトイレに行かなくても平気な体』
……やはり、そう来たか。紅茶は、近くなるらしいし。
ていうか、こんな状態になっても殴り書きにならない辺り、人柄が出てるというか
「け、
わ、私……。
もぉ、
「わぁぁぁぁぁっ!!」
ええ。またしてもノイズに襲われたのもあって、速攻で魔法により、彼女の体を変えましたとも。
排泄の必要としない体に。
「はぁ……はぁ、はぁ……。
……はぁ……。
「……すまん……」
なぜか俺まで息絶え絶えになった。
いや、もう、
声も映像も、脳内フォルダに保存した末にバックアップかけました。
てか俺、ワードさえ聞かなければ耐性、有ったんだった……。
「……平気か?」
「は、はい……。
その……すみません。最初のお願いが、こんな形で……」
「気にすんな。
前の候補より遥かに
「ていうと?」
「開口一番、出会い頭に言われたよ。『来るの、遅過ぎ』って。
出前感覚で」
「あ……あはは……。
同じ人間として、謝ります……」
いや、良い子過ぎるだろ、あんた……。
マジで、爪の垢を煎じて飲ませてやりてぇ……。
「いぎっ!!」
今度は足首に痛みが走る。
まさかと思いボトムスの裾を捲ると、いつの間にかリングが着けられており、それが締まっていたのだ。
どう考えても、あいつの仕業だ。
「……
「え?」
「な、
まぁ、あれだ。ここまで来れば、信じて貰えただろう。
経緯はどうあれ」
足の痛みが無くなった頃、そんな風に俺は
「最初から全霊で、信じてますよ。
ただ……」
「……ただ?」
「今日の私の恥ずかしい姿は諸々、忘れて
「本当に申し訳ありませんでしたぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁっ!!」
前者はともかく、後者は完全に俺の
てか、俺が人間だったら、是が非でも責任取って結婚する。
てか、
と、何やら色々と締まらない形ではあるものの、こうして
※
「すぅ〜……。
……すぅ〜……」
「……」
数分後。
「最後に味わいたい」と主張する
最後って事は、眠れなくても大丈夫な体にはなりたいんだな。
なんて考えながら、その、微塵も疑いの無い、安堵し切った寝顔を堪能した俺は、いつまでも見詰めていては
「お嬢様はお休みでしたか」
「おわっ!?」
いつの間にか近寄っていた
「い、いつから、そこに!?」
「ノックしても、そちらが気付かれなかったのですよ。
お皿とカップを回収に来たのに」
「……」
正直、鈍臭いのは自覚してる。
それに今、
だがだ。それを差し引いても、妙だ。
俺かて、死神の端くれ。必要以上に人間に気付かれてはいけないという
早い話……どうも、この人物は、疑わしい。
それを確かめるべく、気を取り直した俺は、彼女と向き合い。
「それは失礼した。
失礼
俺は、彼女から許可が降りるより先に、質問を投げかけた。
「あんた……死神の関係者だな?」
「死神?はて。
変わった名字ですね。
生憎、記憶にございませんね」
「惚けんな。
そうじゃなきゃ、説明が付かないんだよ。あんたが最初っから、俺を認識していた事。
本来、候補にしか捉えられない、この俺をな」
「なるほど。確かに、妙ですね。
ただ、残念ながら、その推理は不正解です」
親しみやすさの裏に強かさを含めつつ、妙齢の彼女は慣れた手付きでカップと皿をトレーに載せた。
「お風呂場での、あなた方の会話を拝聴させて頂きました。それだけの
それより、あなたにお話があります。
ダイニングまで来て頂いても、宜しいですか?」
「……分かった。
「お待ちしております。では」
会釈すると、あっさりと
そのタイミングで、俺はイヤホンをトン、トンと軽く叩く。
「
すると、向こうからもトントン、という音が帰って来た。「了解した」の合図である。
「やれやれ……」
「どうやら二件目から、かなり面倒なヤマに当たっちまったらしい」
※
「は?
分からない?」
「うん。もう、全然。
お手上げだよ、こっちは」
「そもそも、その家の使用人が、ちょっとおかしいんだよ。
別に、その
おまけに、働いてる期間も全員バラバラな上に、
怪しさしか無いけど、こりゃ、これ以上の詮索は
フィリッ八でも当てられそうにない」
「確かに、きな臭いな……」
そう。
そうでなければ、
そして、この家に他の家族は
となれば、
「でも、あの使用人に何か有るのは、間違い無いんだよ。
じゃなきゃ、『俺と面識が有る』だなんて意味深に言わねぇ。
そもそも、風呂で盗み聞きしてたってのも疑わしい。
俺は、いきなり現れたお前に蹴っ飛ばされて、風呂の外に出たんだぞ?
それまで、数秒も
その間に、逃げられるか?
てか、
「まぁ、あのご老体には無理だろうね。
何はともあれ、これはあんたにとっての挑戦状だよ、ケーゴ。
次からはこっちも注意して聞いてるから、そっちも気を引き締めて臨みな。
どうやら向こうは、
「あー……やっぱ、そう来っか。んな事ったろうと思ったぜ。
大方、リークして呼び寄せたって所か」
「ねぇ。
「止めとけ、止めとけ。
あっちにとっての敵を増やした所で、火に油を注ぐだけだ。
それに、殴られるのは男の仕事だ。
お前は、バックアップだけ頼む」
「何さ。
そんなに一人で
余程、惚れ込んでんだねー」
「ばっ……おまっ……。
そんなんじゃ……」
「君が死神くんか」
ダイニングに向かっていると突然、面識の無い男性に声をかけられた。
その横には、
「お初にお目にかかる。
「同じく母、
……いきなり自己紹介か。
礼儀正しいというか、「余裕の表れ」と取るべきか。
……後者だろうなぁ、こりゃあ。となれば、俺も。
そう判断した俺は、
「
あんた
近々、あんた
俺の強気な発言により、二人の表情が見るからに悪い意味で変わる。
そして、父親と俺が、揃って一歩、前に出て威圧し合う。
「
死神とは、もっと厳かな物だと思っていたよ」
「それは、候補に対してだけだ。
器が出来てる訳でもないのに、自分には
「なるほど。理に適っている。
それより、入りたまえ。食事をしながら、話をしよう。
殺意を紛らわせられなくて」
「奇遇だなぁ。
俺も、あんた
「ほう。それは楽しみだ」
「ああ。本当にな」
睨み合い、探り合い、怒りをぶつけ合い、やがてドアが開かれたのを合図に、俺達は離れた。
そして、俺は足を踏み入れた。
ダイニング、改め戦場へと。
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