dearly(ダイアリー) ー死ガキ日記ー

七熊レン

プロローグ 死神

 辺り一面、真っ黒、真っ暗な空間。

 視覚が敵わないものの足場が確かに存在しており、ドライアイスでもるかのごとく、煙に覆われた地面。

 無数、威圧的、意味深に置かれたキャンドルと、静寂だけが支配する空間に、俺は現れる。



 目元どころか鼻元まで隠す、手を使わずとも常に斜めにかけられた特製ソフト帽。

 ワイシャツの上から羽織った、フードの付いたポンチョ風カーディガンと、ハーフマント。

 如何いかにもスチームパンクな、腕時計と一体化したグローブ。

 ダメージの入ったゴシック調の、死神にも騎士にも魔法使いにも見える、ファンタジー色の強い、黒と白のツートーン衣装。



 俺は、顔の右半分を帽子で覆い隠しながら、アメジストのような紫の目を光らせ、グレーの短髪を靡かせながら、ゆっくり歩き始める。

 横切る度、まるで呼応するかのように、蝋燭に青白い炎が灯る。

 


「人間。

 この世でもっとも欲深く、純粋な生き物。

 人は、誰しも夢を抱き、おのが希望を、死んでも叶えんと欲する。

 そう……、ね」



 歩みを止め、手から炎を出す。

 やがて炎は一枚の名刺になり、さながらトランプ、マジックでも披露するかのごとく、名刺を裏返す。



「申し遅れました。

 私は、憩吾けいごしるべ 憩吾けいご

 あなたの命を見返りに、あなたの希亡きぼうを叶えるべく推参した……死神です」



 死神。

 そう自称する俺は、その割には命を狩るための鎌も、禍々しい雰囲気も持たず。

 それまでの厳か、クールな雰囲気を捨て、さながら舞台役者のように滑らかに話を続ける。



「おめでとうございます!

 あなたは、希亡きぼう者としての資格を満たしました。

 いやぁ、なんとも素晴らしい!! これは大変、大っっっ変! 誉れ有ることですよ!!

 ええ、そうですとも! あなたがこの話に乗ってくださるのであれば、そちらの世界の宝くじなんて、一等の当選券でさえたちまち、単なるヤギの餌か、どうでもい知人のどうでもい内容を記すためのメモと変わり果てるほどに、価値の有ることです!

 欲望まみれではありますが、個人的な見解をべる自由が許されるのならば、今ぐ私と立場を代わって欲しい位だ!!

 実にめでたい、うらやましい!! そしてほんのり、うらめしい!!

 良くも引き当てやがったな、こん畜生め!!

 精々せいぜい、幸せな余生を過ごしやがれ!! そうすりゃ、こっちも浮かばれる!!」



 遂にはクルクル、グルグルと回り捲し立てる。

 うん、良い感じだ。只、少しやり過ぎちまったかね。

 と、我ながらあれだったのを自覚し、咳払いをすると、再び冷静さを取り戻した。



「失礼しました。

 どうやら、交信先の電波が乱れていたようでして。あなたに伝えるべきメッセージをいささか間違えてしまいました。

 いやはや、私とした事が。

 でも、言いわけなどするもりは毛頭もうとう、ございませんが、仕方ないんですよ、ええ。

 なんせ、向こうの担当がスティーブというんですけどね? 何と最近、恋人が出来たらしく大層、お熱なんですよ、はい!

 あ、ちなみに『お熱』って分かります? 風邪じゃないですよ?

 ……ふむふむ。何と! 既にご存知でしたか!

 これはこれは、失礼しました。昨今さっこんの時流に沿わない、ご聡明さに恐縮、感服いたします。

 で、そのステインにとっては初めての恋愛なので、もう、見てるだけで……え?

 いえいえ、めめめ滅相めっそうもない! 名前を間違えたなどと、そんな!

 ただ、彼の本名がスティーブンソンなので、いくつかあだ名が有ったので、偶然、少し、違っただけですよ、はい!」



 オーバー・リアクションを入れている俺の頭上に突然、何やらゲームの中から出て来たような、チョコレート色のブロックが落下する。



「〜っ!!」

 声にならない悲鳴を上げ、偽物ではない涙を薄っすらと浮かべつつ、営業スマイルを即座に作り、何事も無かったかの如く、俺は仕切り直した。



「えー……何が言いたいのかというと、つまりはですね?」

 コミカルな色を潜め、仕事モードに切り替えた俺は、シリアスに、死神らしく告げる。



「あなた……真に幸せになるもりは、ありませんか?

 その命と、引き換えに」

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