5:告白と白状

「な、なんなんだよ、静空しずくっ!」



 宴もたけなわを迎えた頃。

 有無も言わせてもらえないまま、静空しずくに結婚式会場に連れ戻される。



 そのまま、十字架の前まで運ばれ、やっと体の自由を取り戻すも。

 静空しずくはまだ背中を向けており、顔を見せないままだ。



「……目を、つむってください」

「は?」



 かける言葉を必死に探していると、唐突に静空しずくが口を開いた。

 そのまま彼女は体を反転させ、真顔で繰り返す。



「……目を、つむってください。

 私が『良い』って言うまで」

「……」



 他に選択肢を見付けられなかった俺は、黙って従った。



 え?

 まさか、ここでキスしちゃったり? まっさかー。

 だって今の俺は、静空しずくが出会う前の、厳密にはなんの関係も無い男だぞ?

 そんなわけ……。

 いや、でも、ワンチャン、ったりするんだろうか……?



「……い、ですよ?

 憩吾けいごくん」

「……」



 などと一人コントを繰り広げていると、悶々とした時間が終わりをげた。

 意外と早かったのね……。



「……だよ。

 一体、なんだってんだ」



 不満たらたらに目を開き、続いて見開いた。

 目の前に居た静空しずく

 彼女がいつの間にか、ウエディング・ドレスをまとっていたから。



「おまっ……!?

 て、は!?

 なんだよ、これぇぇぇっ!?」



 ーーそう。

 気付けば俺は、タキシードを着ていた。



 ていうか、あれ!?

 ここ、どこ!?

 なんで俺、こんな所にるの!?

 てか、静空(しずく)、ウエディングドレス!?

 は!? なんで!?

 あと、ミニスカ最高です!!



「どうやら、入れ替えが成功したみたいですね。

 気分はどうですか?

 未来の……私を、私の知ってる、憩吾けいごくん」

「いや、知らんわっ!

 どうなってんだよ、これ!

 なん夏澄美かすみのゲームに付き合ってたら、いきなり結婚式にワープしてんだよっ!?」

「うーん……強いて言うなら、Win-Win?

 憩吾けいごくんも、夏澄美かすみちゃんも、『後悔してる』って言ってたから。

 で、私も、憩吾けいごくんに伝えたい事が有ったから、ちょっと反則技、使っちゃった♪

 ごめんね、当時の憩吾けいごくん♪

 それに、命王めいおう様♪」

「許可する。全力で許す。

 で? なんで、こんなことを?」



 静空しずくの可愛さに免じ、速攻でてのひらを返した俺。

 静空しずくは胸に手を当て深呼吸してから、ぐに伝えた。



「ーー忘れ、たの?

 私は、魔法が使えるって。相変わらず、うっかりさん、だね。

 けっ……『』、は……」



「は?

 お前……今、俺を呼び捨て……?」

「っ!!」

 敬語まで捨てた静空しずくは、壊れかけの機械みたいに喋りつつ、目を閉じ、俺の胸に飛び込んで来た。

 俺は、状況に付いて行けないながらも、どうにか彼女を、倒れないまま受け止めた。



「私は……。

 新しい私のすべては、あなたに余さず捧げるって……そう、決めった、から。

 普段は、中々、素直になれないけっど……。

 今日だけは、これくらいのご褒美……いっよ、ね……?」



 目を開け、至近距離から、静空しずくがロック・オンする。

 俺の瞳を。

 そして……唇を。



 ゆっくりと、小刻みに近付いて来る静空しずく

 ここまで来た以上、俺も腹を決め、受けの態勢を取る。



 そして俺達は……死神である身で、神聖な場所で、キスを交わした。



「っ……!!

 憩吾けいごくんの……お馬鹿ばかぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁっ!!」



「ぐえっ!?」

 かと思えば、急に怒り出した静空しずくは、俺を突き飛ばした。

なんで、ファースト・キスがポテチ味なんですかぁっ!?

 全然、ロマンチックじゃない!

 憩吾けいごくん、全っっっ然、分かってないっ!!

 朴念仁通り越して、 朴念神っ!!

 せめてピザ◯テトか、バター醤油くらいにはしてくださいっ!」

「だから、知らんって!

 俺はただ、夏澄美かすみとゲームしてただけなんだって!

 ポテチくらい、普通に食うだろ!?」

「ホンッッット……どうして憩吾(けいご)くんは、いつもいつも、微妙通り越して、こうも巧妙かつ絶妙に外してくれるんですかぁ……。

 私が何度、アプローチしても、てんで気付きづいてくれないし……。

 私、初対面の時点で憩吾けいごくんのこと、好きだったのにぃ……」

「え?

 いや、えと……。

 ……さーせん?」



 え?

 俺、悪くなくね?

 てか、そろそろ、状況、教えてくんね?



「もぉ良いです、分かりました、あきらめます。

 私は永遠に、ロマンとは無縁なんですね。

 あーそうですか、そうですか、勝手にしてください。

 だったら、もう……それでも構いません。

 だから……せめて今だけは、私の好きにさせてください……」



 何かを決意した静空しずくは、倒れている俺を金縛りで拘束。

 そのまま、俺の口腔を魔法で綺麗にしたあと、俺の体に馬乗りになり。

 ついばようなキスを、しきりにした。



「……静空しずく?」



 俺達の唇を繋ぐ唾液が、夕日に照らされる。

 一頻しきり味わったらしい静空しずくは、口元に手を当てつつ、いじらしくも大人っぽく語った。



「まぁ……これで、少なくとも今は、満ち足りました。

 今日はこの辺で、勘弁して差し上げます。

 けれど、決して忘れないでください。

 いつか私は、あなたのすべてを独り占めします。

 あなたの心も、未来も、すべて買い占めます。

 私の人生を奪ったとは言いません。

 死神の道を選んだのは、私自身ですから。

 ただし……私の心を、初恋を、初めてを奪った責任は、きちんと取ってください。

 ていうか、取らせます。

 そうじゃなきゃ、困ります」

「キスね!?

 キスのことね!?

 それ以上でもそれ以外でもないからぁっ!!」

「ホンッッット……台無しですね。

 でも、まっ……惚れた弱みという事で、許します」



 そう言いつつ、静空しずくは俺に向かって手を伸ばす。



 気付けば、俺の体はなぜか倒れていて。

 視界には、夕日にライトアップされた、静空しずくの姿が有った。



「は!?

 え!、何!?

 何、何、何!?

 今度は何ぃっ!?」

「何もしません。

 ただ……本の一時、忘れて貰うだけです。

 私のこと、そして夏澄美かすみちゃんのことを。

 タイム・パラドックスの心配は無いと思いますが、念には念を入れたいので」



 少し切なに笑んだ静空しずくは、俺の体から降り、手をかざした。



「さようなら、過去の憩吾けいごくん。

 また、未来ここで会いましょう。

 かならず、会いに、愛しに行きます。

 全力で……手加減抜きで。

 精々せいぜい、頭の片隅にだけでも、記憶し、焼き付け、生き残らせ続けててください。

 近い未来、その記憶を呼び覚まし、生き返らせ。

 あなたに永遠の恋をすることになる、私がいることを」



 そして、俺の瞳が、意識が、オレンジ色の光で埋め尽くされ……。

 やがて、白一色に染められた。





「……誰?」



 気付けば俺は、四方八方をPCゲームのポスターに囲まれた部屋に居た。

 目の前には、何故なぜか二人対戦用になっていた進化版ばくれつカブトム◯、そして横には見知らぬ少女。



「は?

 何言ってんの、ケーゴ」

「いや、お前こそだよ!?

 なんで俺を、その呼び方を知ってんだよ!?

 てか、静空しずくはどこだ!?」

 言葉を交わしつつも、コントローラーを動かす手は止めないし、テレビから目も離さない。



 あれ?

 この感じ……昨日まで灯羽ともはと遊び呆けていた時と、瓜二つ……?



静空しずくは、今日は不在でしょ。

 なんか、知り合いのパーティーに招かれたとかで。

 てか、何それ。マジ下がるんだけど。

 そういう戦略?

 浅っっっさ……。

 ……いや……ケーゴごときが、そんな小賢しい真似マネ出来できはずが無い……」

「如きってなんだよ!

 つーかお前、『分際』とか『如き』とか、言いたい放題過ぎんだろ、灯羽ともはっ!」



 ついには集中出来なくなり、俺はテレビから視線を外し、少女を見た。

 と同時に、赤い甲羅がカブトムシをフルボッコにし、たちまちゲームオーバーとなった。

 だが、それよりも気になることが、今の俺には出来たので、置いておく。

「 ……あ、あれ?

 なんで俺、初対面の女に、『灯羽ともは』って……」

「あー……把握。

 そういえば、あれから丁度5年目だったっけ、今日。

 本当ホント……余計なことしてくれるなぁ、我が弟子は。

 これだから、女ってのは嫌いなんだ。

 時々、中途半端に粋な、不意打ちサプライズを仕掛けて来る」



 フル・スコアを達成し、ポーズしてから、億劫がりつつコントローラーをカーペットに置き、テレビの電源を切り。

 少女は、立ち上がる。



「『現実なんてバカゲー』。

 この認識、及び座右の銘は、今だって変わらない。

 だって、そうでしょ?

 上の連中なんてこぞって無能なのだけだし。

 生活は一向に改善されないし。

 収入の分だけ支出が増えるとか意味分かんないし。

 エアプのくせして発売日前からディスって来るキチガ◯ジとかウジャウジャ居るし。

 違法で作品に触れたくせして評論家気取りで貶したりするし。

 過去作とか他の名作とばっか比べて『下位互換』とか『劣化版』とか『パクリ』とか言い出すし。

 クソ音痴で自己顕示欲者の風俗もどきの口パク役者気取り共が群れをなして媚なり体なり売って席巻せっけんして、『愛』だの『恋』だの年甲斐もなく機械的にワンパに拡散、量産して使い古すし……。

 何より……そんなクズみたいな世界のくせして。

 どんだけ辛くても悲しくても苦しくても。

 いつだって、誰かが助け、庇い、笑顔で手を差し伸べてくれる……。

 遅かれ早かれ修正、救済パッチが配布されて、最終的には救われる……。

 生きること本当ほんとうにはあきらめさせないのが。

 ドSなくせして確変して優しくなるのが。

 なんだかんだでロールプレイさせ続けるのが。

 それもいやじゃないな、悪くないなってデレさせるのが。

 本当ホント、バカゲー……」

「お前……」



 黒髪の少女に惹かれ、俺も立ち上がる。

 向き合いながら、彼女は続ける。



「……白状するよ。

 高石たかいし 灯羽ともはの、本当ほんとう心願しんがん

 それはね、憩吾けいご

 濫造された偽物や粗悪品で満たされた世界から、『現実』ってフィルターを取り除くこと

「……フィルター?」

「そ。

『不倫』とか、『浮気』とか、『痴漢』とか、『世間体』とか、『犯罪』とか、『常識』とか、『普通』とか、『大人の事情』とか、『金』とか、『NTR』とか、そういうの。

 あいつ、何だかんだで、現実世界で生きることを、限り限りギリギリあきらめてなかった。

 現実世界に、真に見切りを付けてなかったんだ。

 ただ……ロマンチストなだけなんだ。

 ようは、グリードみたいな状態を脱したかった……。

 世界を綺麗に、綺麗なまま、美味しいまま、あるがままに味わいたかっただけなんだ。

 余計な情報をシャット・ダウン、シャット・アウトしたくて。

 切り離した状態で、ただ持ち味のみを楽しみたくて、それだけで満たされたくて。

 でも、出来できなくて、途方も無くて。

 どれだけ好きでも満たされてても唐突に夢から覚めるのが。

 『そんなの一部だけだよ。偽物だよ』って、後ろ指差されるのが。

 そういうのが全部、堪らなかっただけなんだ。

 だから、その阻害因子、つまりは黒歴史を無くすか、それが無理なら記憶を抹消したかった。

 そんな事を実現するには、悪魔と相乗りするしか無いでしょ?

 死神に魂でも売らなきゃ、不可能でしょ?

 だから、そうした。

 君が助けようとしたのはね?

 そんな、綺麗なだけの、世界をぐに変えるだけの魔法ちからは持たない綺麗事じゃ満足出来ない。

 本当ほんとうに綺麗で清浄な、明るい世界を求めていた。

 内側では誰よりも生を欲していた、筋金入りの捻くれ者だったんだ。

 分かり味、チャレンジャー海淵かいえんでしょ?

 そんなだから、きちんと感謝とか言葉とかストレートには伝えられないし。

 アイデンティティもレーゾンデートルもあやふやでボロボロで木っ端微塵だから、一人称とかも無いし……いや、違う。

 そんな話をしたいんじゃなくて……」



 言いたい事がめ度なく溢れる中。

 少女は心を落ち着かせ、やがてテーマを一つに絞る。



「……憩吾けいご

 しるべ 憩吾けいご

希亡きぼうしゃ達の心を直し、癒やし、救う、休憩所になりつつ、じぶんように』。

『そうやって、誰かのになって。

『頼もしくて優しいを沢山、増やせるように。

 そう思い、願い、君に与えた名前。

 ……だそうだよ」

「お前……まさか……!?」



 静空しずくと照らし合わせていた情報により確信に迫って来た。

 その辺りで、少女はフィンガー・スナップを決める。

 刹那、俺の衣装がまたもや変わり、それどころか胸部が膨らむ。



「……はぁぁぁぁぁ!?」

 慌てて確認すると、やはり俺の体は変えられていた。

 少女は、そんな俺の頬、そして髪を撫でた。



「言っとくけど、そっちの趣味は無いよ。

 趣味趣向が女性寄りで、男として自認出来できなくなりつつあるだけ。

 だから、完全にTSった。

 まぁ、ensembleアンサンブル感は否めないし、中身は変わってない上に6年分も割れてるから正直、死ぬっほど抵抗あるけど。

 まっ、のままでするよりは大分、増しマシか」

「いや、知らねぇよ!?

 なん真似マネだよ、これぁ!?」

「あー、しくった。

 口調や一人称もいじれば良かった。や、別に?

 ただ、静空しずくだけが美味おいしい思いしてるのが、なーんか気に食わなかっただけ。

 それと……少しは感謝を伝えたくなっただけ。

 今限定の、単なる気まぐれだよ。

 くれぐれも、誤解しないでくれる?」



 なおも意味の通らない事を口にしつつ、少女は俺に近付き。

 俺の頬に、キスをした。

 決して色っぽくはない、友達や家族にするような、軽いキスを。



「……」

 絶句する俺から離れる少女。

 あま)りのショックで腰を抜かした俺は、そのまま後《あとずさる。

 そこで、俺の姿が元に戻った。



なんなんだ……!?

 なんだってんだよ、お前ぇぇぇぇぇっ!?」

「ん?

 まぁ……別にっか。

 どうせ向こうで静空しずくあと処理するんだろうし」



 俺を見下ろし、追い詰めつつ。

 少女は勝ち気に微笑ほほえんだ。

姫城寺棗ひめぎじそう 夏澄美かすみ

 のちに君の前に現れる、天敵、ライバル、相棒、悪友、飼い主の名前だよ」

「色々、多っ!?」

「失礼な。

 これでも譲歩カットした方だっての。

 まぁ、なんだ。

 精々せいぜい今の内に、少しでもレベラゲしとくんだね。

 このURユー・レアにサポートして貰えるに見合った存在になるために。

 まっ……覚えてたら、の話だけど。

 さて、と。……そろそろかな」

 などと抜かしつつ、少女は再び腰を下ろした。



「ちょ、ちょっ……待ってくれ、静空(しずく)。

 頼むから、整理させてくれ。

 ……え? お前……好きなの? 俺を」



「しゃしゃんな、そんなわけあるか。

 阿呆アホ抜かせ」



 数秒前までと打って変わった雑な台詞セリフ

 と共に、知らぬ間に座っていた俺の膝(ひざ)に痛みが走る。

 無論むろん、俺の横でコントローラーを忙しく動かす夏澄美かすみ所為せいである。



……って、だからぁっ!!

 なんだってんだよ!? 一体!



ようは、静空しずくに一杯、食わされたんでしょ?

 いや……この場合、食べられたって方が正しいか?

 このロリコン」

「お前の中では何歳までがロリに含まれんだよっ!?

 大体、俺まだ未就学児レベルだぞ!?

 てか、それどころじゃねぇよ!

 ヤバい、どうしよう夏澄美かすみ!?

 俺、静空しずくに惚れらてるっぽい!」

「ぽいじゃなくて現に、そうなんでしょ。

 知るか。

 厄介事、持って来んな。

 こっちはただでさえ、忙しいんだ」

さっきからゲームしかしてねぇだろ!?」

「うんにゃ。

 会話と食事はしてるよ」

「だぁぁぁぁぁっ!!

 あー言えば、こー言う〜!!」

「揺らすなぁぁぁぁぁ!!

 魔法でカンスト破ってギネス狙ってる所なんだよぉぉぉっ!!」

魔法いほうじゃねぇかよっ!!

 そもそも、死神が登録されるかぁぁぁっ!!」

「うるさい、うるさい、うるさ〜い!!」

「お前それ、人間関係に亀裂入るやつだぞ!?」

「死神だから問題無いのっ!!

 いいから、離、わぁぁぁ!!

 なんで16連打でしか生き返らないんだよぉ!?

 設計者、出て来いやぁ!!」

「お前ぇだよっ!!」



 こうして今日も、俺は騒がしい毎日を送る。



 でも、静空しずくのおかげで、少しは救われた。

 彼女が気を利かせてくれたおかげで、過去の俺は晴れて、知る事が出来できた。

 自分の名前に秘められた真意、そして灯羽ともはが死守していた心願しんがんを。

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