4:元・クズガキ兄貴に手向(たむ)く詞(うた)

「なぁ。

 そろそろ機嫌、直してくんね?」

「誘拐犯。

 大嘘き。

 詐欺師。

 ペテン師」

「いや、お前が連れてけったんだろが!

 てか、後半、一緒じゃねぇか!」

「こっちは頼んでない。

 なんで今更、現実になんて。

 しかも、結婚式場なんて……陰キャな引き籠もり三十代まほうつかい候補になんて、拷問でしかないじゃん。

 馬鹿バカじゃないの」



 テストの最終日。

 俺は灯羽ともはを連れ、現世うつしよに帰っていた。

 とある目的を達成するために。



「あ!

 憩吾けいごくーん!!」



 待ち合わせの相手の彼女は、式場の玄関にて俺達の姿を確認するやいなや、うれしそうに駆け出して来た。

 そして、俺の隣を見て、ギョッとした。

「……何?

 てか、誰? 彼女?

 生意気。たかがケーゴの分際で」

「あ……あはは……。

 本当ホントに、そうなんだ……。

 ごめんなさい、憩吾けいごくん。

 やっぱり私、帰ります。

 数日前の私を仕留めて来るので」

「せめて『めて』って言って!?

 お前まで物騒な発言、しないで!?」

「だってっ!

 だって私、とんだお馬鹿バカさんじゃないですか!?

 てっきり、同性おなじだとばかり思っていたから!

 信じていたからこそ、二つ返事で了承したのにっ!!

 あ、あんな……あんな、あんなぁ!

 ……ぐすっ……。

 うわぁぁぁぁぁんっ!!」

「だぁぁぁぁぁ!!

 泣きたいのは、こっちだぁぁぁぁぁ!!

 ……うわぁぁぁぁぁんっ!!

 どこで道を踏み間違えちまったんだよぉぉぉぉぉっ!!」

「……何?

 この、見事なまでの類友、完全リアル再現……」



 その後、数分かけて互いに機嫌を直した。

 その間、隙あらば逃げようとする灯羽ともはを、泣きながらも引っ捕らえるのも忘れずに。





「改めまして。

 俺の助手、甘城あまぎ 静空しずくだ。

 っても、未来のだし、俺も直接こうして顔合わせるのは初めてだけどな。

 今まで、常夜とこよのスマホでしか連絡取れてなかったし」

「初めまして。

 今日は、よろしくお願いします」

「……ん。

 っても、何するのか知らんけど」



 すっかりいつも通りに軌道修正に成功した静空しずくが、フレンドリーに笑った。

 灯羽ともはも当てられたのか、素っ気ないながらも答えた。



 未来の俺、こんな出来た助手がるのか。

 羨ましいなぁ、ちくしょう!

 どうやってオトしたんだよ、おいっ!

 てか俺、生存してんじゃん!

 あーでも、あれか?

 分岐した未来、つまりパラレルかもしれないのか?

 面倒めんでぇ……。



「ん、んっ。

 静空しずく。頼んでた件は、どうだ?」



 ガチで意気消沈し始める前に、そう俺は切り出し、静空しずくに話を振った。

 静空しずくは、最高の笑顔で答えた。



「バッチリです。

 夏澄美かすみちゃん、喜びますよー、きっと♪」

「は?

 誰それ?

 まさか、他にも女がんの?

 ハーレムじゃん」

「……それに関しては、未だに俺も静空しずくも浅からぬ不満が有るから、ノー・コメントで。

 それより、とっとと行くぞ」

「そうですよ! ほら、行きますよ、か……灯羽ともはさんっ!」

「は〜な〜せ〜!

 そもそも、了承してな〜い!!」



 ここに来ても煮え切らない態度を示す灯羽ともはを、左右からロックし、運ぶ。

 なおもブランブランと揺れたり、(俺に)噛み付いたり、(俺に)ヤクザキック仕掛けたりするが。

 それでもどうにか、会場に連れて行くことに成功した。



 どうでもいけど、灯羽ともはさんよ。

 初めて「!」使うのが、こんなシーンでいのか?

 お前。





「何……これ……」



 中に広がった光景に、息を呑む灯羽ともは

 こいつの目を奪っているのは、ゴージャスな装飾でも、人の多さでも、見てるだけでも美味そうな食事でも、ウエディングドレスを纏った花嫁でもなく……。



「ーーとも、は?」



 そう。

 花嫁の隣に居た花婿……彼の実兄、高石たかいし 隼人しゅんとさん、その人。

 そして、その横に立つ、父のじょうさん、母の真裕まひろさん、三男の明良あきらさんの姿だった。



 次男が帰って来たのを悟った四人は、ぐ様、灯羽ともはに向けて駆け出す。

 さきに辿り着いた隼人しゅんとさんは、涙ながらに、夢中で灯羽ともはを抱き締めた。

「お前……!!

 今まで、どこに行ってたんだよ!!

 なん年、待ってたと思ってんだ!?」

「は、はぁ!?

 知らない、知らない!

 てか、聞きたいのは、こっち!

 しかも、大袈裟!

 本の3ヶ月じゃん!」



 ハグから解放された灯羽ともはが、こっちに目配せをする。

 俺はえて無視し、静空しずくに話を振る。

「ん、んんっ!

 静空しずくぅ。今、なん年だっけ?」

だぁ、憩吾けいごくん。

 平成、31年でしょ?

 しっかりしてくださいよ。

 いつ何時も、私が付き添ってるとは限らないんですからぁ」



 俺の横に居た静空しずくは、手を後ろに運びつつ俺の前に移動し、俺の鼻を軽く突いた。

 何この、可愛ぎる理想的ヒロイン。

 過去に持ち帰りたい。



「さんじゅっ……はぁぁぁっ!?」

 そう。今は、平成31年。

 すなわち、灯羽ともはた時間から、5年の月日が経っている。



 俺は確かに、未来の助手である静空しずくに声をかけた。

 しかし、現代に彼女を呼んだのではない。

 未来を調べた結果、彼女の存在、そして今日こうして行われる隼人しゅんとさんの結婚式を知り、時間を跳躍して灯羽ともはを連れて行き、この日を灯羽ともはの命日にしようと決めたのだ(きちんと命王めいおうさまから承諾を得た上で)。



「ケーゴ……!!

 お前ぇっ……!!」

 隼人しゅんとさんを振り払い、肩を怒らせ近寄り、灯羽ともはは俺の胸倉を掴んだ。



だましたなっ!?

 しかも家族から記憶、消してなかっただろ!?」

「おぉっと、いっけね、俺としたことが。

 つい、うっかり凡ミスっちまった。

 次からはけるわ。

 悪ぃ、悪ぃ」

「こんのぉぉぉっ……!!」



 ついには殴りかかろうとした灯羽ともは

 が、後ろから迫って来た隼人しゅんとさんが、その拳を下げた。



「……灯羽ともは

 事情は良く分からないが。

 お前が怒りの矛先を向けるべきは、その人じゃない。

 俺だ」



 隼人しゅんとさんはそうげ、花婿の姿のまま、衆人環視の中で、土下座した。

 勢い良く下げぎた結果、頭を強く打ち付け、額から血を出しながら、懇願した。



「……悪かった!!

 散々、お前をぞんざいに扱って!!

 お前に、父さんの面倒も、母さんからの用事も押し付けて!!

 ろくに家事も家の用事もしないまま、ぐうたらしまくってて!!

 それでいて、居丈高いたけだかに振る舞って!!

 いつも、いつも、嘘ばっかで!!

 本当ホントは生活苦しくて戻って来ただけのくせに、偉そうに振る舞って!!

 本当ほんとうに、本当ほんとうに……すまなかったぁっ!!

 今度こそ、嘘はかない!

 どうか、俺を……許してくれぇっ!!」

「ーーえ……」



 ……睨んだ通り。

 隼人しゅんとさんは、根っこまで悪い人ではなかった。



 確かに隼人しゅんとさんは、あれから家を追い出され、勘当させられた。



 おまけに、職場の同僚の家をハシゴしまくり、金をせびり、「給料上げてくれ」だの「日給制にしてくれ」だの散々、無茶苦茶を言って、クビになった(その時にも、「退職金」だなんだと騒いだが)。



 見えを張る為に買っていた高級車を売り払うも、 捨て切れなかったプライドの高さで散財し。

 その結果、数ヵ月は持つ筈だった貯金を数日で使い果たし、ぐに文字通り、どん底に落ちた。



 死にかけた。

 生きるのをあきらめかけた。

 人間不信に陥った。

 犯罪に手を染めかけた。

 自殺未遂も図った。



 そんな、心身共にボロボロの状態で。

 信号無視により轢かれかけた子供を、最期の力を振り絞り助け。

 その姉と親しくなり、やがて恋に落ちる。



 最後の最後でようやく、理解したのだ。

 これまでの行いが、正しくなかったのだと。

 自分は、間違っていたのだと。



 彼女に支えられつつ、髪を坊主にし生まれ変わった彼は、改めて自分と向き合い。

 天職に就き、伴侶も手に入れ。

 そこまでして、やっと両親とも和解し再び家族となり。



 そうやって、どうにか、今日この日を迎えたのだ。



「あっ……」



 その辺りを、言葉を交わさずとも理解したのだろう。

 放心状態から解けた灯羽ともはは、彼に駆け寄ろうとする。

 しかし、あと少しで勇気が出せない。



 当然だ。

 二十年近くもかけて出来た溝は、そう簡単には埋まらない。



「……憩吾けいごくん」

 ギュッと、静空しずくが俺の服の裾を掴む。



「……ああ。

 分かってる」

 互いに、みそぎは済んだ。

 そう判断した俺は再び時間を操り、灯羽ともはを連れて行く。


 

 今のこいつに相応ふさわしい、取って置きの舞台に。





「それでは、新郎様の弟、灯羽ともはさまから、お祝いのスピーチを賜りましょう!

  どうぞ!」

「……え?」



 瞬きを終えた海音かいとが立っていたのは、マイク・スタンドの前。



 そう。

 今まさに、彼はスピーチの直前だったのだ。



「こーら、灯羽ともは

 緊張すんなー!

 失敗しても、リテイクさせてやっからよー!」

「そーですよー!

 思いの丈、ありのまま全部、ぶつけてくださーい!」



 俺と静空しずくが、互いに両手をメガホンに見立て、ガヤを入れる。

 緊張を解すためのジョークと受け取り、席の参列者や主賓達が、一様に声を上げて笑った。

 よもや、文字通りリテイクが可能だなんて、一人として思っていないだろう。



 灯羽ともははふと、ぐ横に座る隼人しゅんとさんを見た。

 その額は、すで血塗ちぬられていない。



 きっと、悟ったことだろう。

 この5年間に起こったストーリーを、俺が都合良く改変。

 それにより、『灯羽ともはが家出した』という事実のみが、無かったことにされたのを。



「……プロ大かよ。

 はっ……上等」



 開き直った灯羽ともはは、気合を入れるべく頬を叩き、向き直った。

 兄に。現実に。

 そして何より……自分自身に。



「……クズ兄貴。

 それが嘘偽り無い、正直な、真っ先に浮かんだ感想です」



 ウェルカムだった会場の空気が、第一声から凍り付いた。

 家族でさえ、焦っていた。

 そんな中、俺と静空しずくだけが、表情を変えなかった。



 熟知してるから。

 こいつが、ただ爆弾だけぶち撒ける様な、最低最悪なやつじゃないって。



「子供の時から、兄とは不仲でした。

 ゲーム機やテレビの争奪戦は頻繁だしり

 晩飯の時には決まって口論して、でも毎回、暴力や暴論で打ち負かされて、泣かされて、ロフトに逃げて、そのあと、一人で寂しく食べて。

 そんな毎日を強いる兄貴が、この世で一番、嫌いでした。

 ……それだけじゃない。

 上から目線な父親も。

 何かと口煩い母親も。

 兄弟で一人だけエリートな弟も、嫌いでした。

 家族なんて……心底、嫌ってました。

 でも」



 司会者が止めに入ろうとしたタイミングで、灯羽ともはは空気を、話を変えた。

「そんな兄貴にも、多少なりとも良い所はりました。

 初代デジモ◯のアニメの第一話がやってる時に、始まったばかりのタイミングで教えてくれたり。

 大学受験の時に、新しい靴を送ってくれたり。

 アラバス◯でワニぶっとばす回だけ、読ませてくれたり。

 祖母が入院した際、病院で待ってる時に、ジャン◯とコーラをくれたり。

 スーツとか分からなくて困ってる時に、なにを買えば良いか教えてくれたり。

 蓋を無くして髭剃りを壊し掛けた時に、こっそり見付けてくれたり。

 仕事で忙しくて墓掃除や大掃除が手伝えそうにない時に、『手伝わないなら、出てけっ!』って母親に脅されたのもあるけど、代わりにやってくれたり。

 そういう、不器用だし七面倒しちめんどいけど、欠片かけらばかりに良い所が有るんだなって、思ってました。

 本当ホント……うんざりするくらい、面倒ですけど」


 

 今度は両親、そして弟に視線を向け、海音かいとは続ける。

「他の三人も一緒です。

 父は昔から、『先行投資』だと言いつつ、新しいゲームを一杯、くれました。

 高校から大学までの七年間、送迎もしてくれました。

 母は、喧嘩してる時でも決まって料理だけは作ってくれました。

 ケータイの充電が切れて連絡が取れない時も、激怒しながらも、迎えに来てくれました。

 弟は、正直あんまり敬ってくれなくって、どっちかってーと、年の離れた幼馴染おさななじみって感じでした。

 勝手に部屋に入るわ、炬燵に隠れて悪戯するわ、人の漫画を勝手に持ってく上に巻数をバラバラにするか返さないわ、気付いたら二十歳で公務員になるとか、兄弟の中で一番、立派に社会人やってるリア充になってるわと……。

 まぁ、逆恨みも含めれば気になる点は、はっきり言って枚挙にいとまりませんが、根は良いやつです。

 一緒にゲームしたり、映画を見に行ったり、替え歌熱唱しながら帰ったり、風呂で馬鹿騒ぎしたり、二人で特撮に夢中になってたりと……改めて考えると、思い出ばかりで笑えて来ます。

 口ではああだこうだとのたまいつつも。

 こんなにも家族のこと、好きで好きで仕方がないんだなって」



 じょうさんが、真裕まひろさんが、明良あきらさんが、そして隼人しゅんとさんが、順に涙を流して行く。

 ついには灯羽ともはまで、最後尾だったくせして、一番ボロ泣きし始める。

 それでも灯羽ともはは、袖で涙を拭いつつ、新郎新婦に目線を戻す。



「……兄さん。

 ごめん。

 今まで、きちんと呼べなくて。

 きちんと、兄と思ってなくて。

 でも……もう、大丈夫だから。

 もう、一人じゃないから。

 これからは、こんな不出来ふできな弟のことなんて気にせずに、存分に、その人を愛してください。

 それが、今の、こっちの……最高、最大、最強の願いです」

「……灯羽ともは……」



 ついしゃべこと真面まともに出来なくなりつつある灯羽ともは

 彼の涙を、静空しずくがハンカチで拭い。

 俺が無言で、マイクを海音(かいと)に近付けた。

 灯羽ともはは、不慣れに笑いながら、今度は両親、弟にげる。

「『死にたい』とか、『生きてる意味無い』とか……

 『こっちの気持ち、知ろうともしないくせに』とかぁ……。

 散々、無神経な事言って……傷付けて、すみませんでした。

 何も分かってないのは、こっちの方でした。

 これからは、きちんと自立します。

 正直、『生きてんだ』って、胸張っては言えないけど……誰かのために、働きます。

 誰かの支えに、笑顔への架け橋に、なってみせます。

 上手くいかないのを、詰まらないのを、社会や誰かの所為せいにばかり、しません。

 ……なんか、自分の話ばっか、関係無い話ばっかしちゃって、すみません。

 湿気させちゃって、すみません。

 真面まともにスピーチ出来できなくて、すみません。

 ……どうか……。

 ……幸せに、なってください……」



 灯羽ともはが締めに入った所で、生演奏でBGMが流れる。

 それは灯羽ともはが、『億が一、自身の結婚式なんて奇跡があるものなら、歌いたい』と言っていた曲。

 大橋◯弥さんの『ありがとう』。

 それに合わせ、会場中が、手拍子で彼を後押しする。



「……っ!!」

 覚悟を決めた灯羽ともはは、俺達に『もう平気だから』のアイ・コンタクトを送る。

 察した俺達は、うなずき合い、灯羽ともはから離れ、手拍子に参加する。



 その後、灯羽ともはは『ありがとう』を熱唱。

 さらに、『産まれた理由(わけ)』、『明日晴れるかな』も、情感たっぷりに歌い上げを

 二人の新たな門出を、心からの笑顔で祝福するのだった。



 そして、式を終えたあと、家族水入らずで話してから。

 一人で静かに、幸せを噛み締めながら、その命を終え。

 綺麗に透き通ったマリン・ブルーの、光り輝く心珠しんじゅとなり。


 

 高石たかいし 灯羽ともはは、旅立った。

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