2:迷惑ハッカー、ご用心

 オタ部屋。

 俺が送られた場所を一言で表すなら、それが一番、正確だろう。



 漫画。小説。ゲーム。CD。DVD。フィギュア。玩具。

 部屋の壁を埋め尽くす、萌えるポスター。抱き枕。

 そして、どデカいテレビが三台。

 それから、忙しなく仕事するノーパソ。

 絶賛音漏れ中のヘッドフォン。

 開けっ放しのポテチの袋や、そこら中に捨てられた2リットル炭酸の抜け殻達。



 ……不衛生だ。完全に。

 おまけに、物が多過ぎる。

 地震なんて来ようものなら、震度が小さくても、さらに悲惨な風景になるだろう。



 ……ハズレかも。

 などと落ち込んでいると、この部屋の主が、モニターに反射した俺の姿を捉え、振り向いた。



「あー……たんだ、遅過ぎっ……。

 これがピザの出前なら、罰として、一週間かけて全種類、配達させるね。

 当然、無料で」



 生意気な言動を取りつつ、かろうじて男として認識出来るガリガリな体で立ち上がり、ヘッド・フォンを外し。

 髪を掻きながら、アンニュイにげる。

「……高石たかいし 灯羽ともは

 27。

 オールドゲーマーレベル99で、PCゲーマーレベルビリオン。

 希亡きぼう者。

 上の名前は田吾作レベルで絶許ぜつゆるだから、基本的に下、あるいは名字繋つながりで、『タケル』とでも呼ぶこと

 あんたは?」



 意外にも、億劫がりながらも素直かつ、少し過度なまでに自己紹介をする男。

 求められたので、俺は咳払いをすると、精一杯のスマイルを作り、返答する。 



「……死神です。

 初めまして」

「……胡散うさんくさ。

 テクスチャよりひどい」

「あぁっ!?」

「うわ。もうボロ出た。

 マジ、ヌルゲー。

 てか、名前は?」



 すでに正体が割れたので。

 俺は敬語を捨て、態度を自然に戻し、げる。

「……ぇよ。

 ついさっき、生まれたばっかだ」

「あっそ。

 じゃあ、『ケーゴ』でいや。

 ひたすら『敬語』が似合ってないから」

「いや、良くねぇよ!?

 適当かつ勝手にノリで決めんな!」

「だって、無きゃ手間でしょ?

 それより、あんたが本当ホントに死神かテストするから、試しにこの部屋を、人の居ない、どっか静かな所に転送しな」



 27歳にしては子供っぽい言動に腹が立つのも忘れ、俺は落胆した。

 その理由は、言うまでもく……。



「……また、テストかよぉ……」

「『また』?」



 ハッとし、肩を落としていた俺は体を戻した。

 危ねぇ……!

 下手ヘタに情報を握らせるのは危険だ。

 こいつはただでさえ、機械のエキスパートなんだ。



「……なんでもねぇよ。

 それより、具体的には、どんな所だ?

 海か? 山か?」

 俺が了承すると、灯羽ともはは意表を突かれた顔をした。



「……良いんだ?

 生約せいやく、まだなのに」

「問題ねぇよ。

 どうせお前、もう人間として生きるもりなんざぇんだろ?

 それに、お前の要望に応えなかった所為せいで、死神おれたちの情報を世界にバラ撒かれる方がダンチで問題だ」

「ふーん……結構、頭良いんじゃん。

 案外、当たりかもね?

 映司る可能性有るね、あんた」

 え、映司る? と思いつつ、俺は答える。



「そりゃどーも。

 で、希望は?」

「……森で。

 ただし、人は勿論もちろん、虫も動物もない場所」

「あー……となると、探すよりむしろ、新たに亜空間を作った方が早いな。

 よし、そうすっか」

「出来んの?」

「当然だ。

 死神だからな」

「へぇ。

 存外、便利だね。

 じゃあ、それで。

 あ……その前に家族から、こっちの記憶、消してくれる?」

「……何?」

 順調に進んで来た所で、ぐには容認出来そうに無いリクエストが来た。



「……家族ってのは、あれか?

 お前の?」

「他に誰がんの。

 いから、早くしてよ。

 ていうか、もう面倒だから、存在自体、無かったことにして。

 こっちはもう、うんざりしてんだ。

 この世界にも、他の人間にも。

 馬鹿バカみたいに七面倒臭い。

 あ……でもその前に、父親の不随な左半身だけ、直してくれる?」



 予想通りというかなんというか……高石たかいし 灯羽ともはは、末期だった。

 この世にも、人間にも、家族にさえ、ほとほと愛想が尽きていたのだ。

 それこそ、死神に、自分の命を差し出してまで人生を終えようとするくらいには。

 まぁ、後出しではあるものの、父親を気にかけるくらいには、まだ良心は残っているらしいが。

 


「……分かった」

 俺はそれっぽいポーズを取った。

 数秒後、元の姿勢に戻り、灯羽ともはげる。

 


「……完了した。

 確かめるか?」

「遠慮。面倒。

 それより、とっとと移して」

「あいよ」



 灯羽ともはのオーダー通り、俺達は亜空間にワープした。 





「1.『父親を助けたいから』ってんで、何度も何度も父親にアピールして、それがあまりにしつこかったんで仕方しかたく父親が許可出して、母親と息子には事後承諾の形で十年越し位に帰省した来たくせに、父親にベッドや乾燥機を与えただけ、別に家に居着くまでもない、たまに帰れば足りることを、たった一度しただけで助けたその気になって、それ以降はちっとも父親の面倒を見ないどころか、家事も家の用事も生活品の調達もろくこなさない、大嘘吐きだったこと



「2.自分のルールを家族に問答無用で押し付けること



「3.大音量で音楽を流すくせに、こっちが流すと部屋に殴り込んで来ること



「4.自分はほとんど家に貢献してないくせに、偉ぶってしゅうとめみたいに文句を言うこと



「5.デフォルトで威圧の態度を取ってる上に実際に椅子いすを蹴ったりしてくること



「6.一方的に自分の意見をぶつけて来るくせに他者からの意見や気持ちには決して耳を貸さないこと



「7.他人の部屋や風呂のドアを開ける時に、声かけもノックも無い上に、きちんと締めて行かないくらいにデリカシーもモラルもリテラシーも皆無なこと



「8.名前を書いたり別の場所に置いたりしてる訳でもないのに、『自分の物を使うな』とか巫山戯ふざけた無理難題、抜かしてくること



「9.正論を説かれても屁理屈と暴力で返してくること



「10.飲み会に参加した時にはタクシー代をケチるためにに深夜、平日に母親を召喚すること



「11.Wi-Fiのルーターを無くして困ってたら、『レンタル料払うんなら貸してやるよ』とかほざくこと(なお、無事に見付けた模様もよう)」



「12.インフルにかかった時は、次男に事後報告の形で隣の部屋に閉じ込められてる身で、本人からの謝罪や釈明が回復後にも無いこと」 



「13.酔っ払った末に一番風呂をトイレにした挙げ句、仕事終わりの次男に後始末させて呑気に寝てた上に謝罪も無いこと



「14.長男だからって舐めた理由で、父親の死後は家を手に入れられると見当違い、盲信してること



「15.『服が無いから』と、夜型の弟の部屋に、早朝に凸して来る事(濡れ衣の場合も有る上に、そもそも、服に名前が書いてないので判別が困難)」



「16.早朝に叩き起こして雪掻きを押し付けて来るだけ来て、自分はさっさと仕事に向かったこと



「17.何も知らないくせに、知ったかぶりして馬鹿バカにして的外れな発言する事」



「18.風呂に入るタイミングや、米を食べる時間や量が不定期で、家事がしづらい事


 19.『電気消してないと風呂に入れない』とかほざいて、風呂の隣のキッチンに入る事さえ許さないこと(その間、米を炊くことも、弁当や水筒を洗うことも、買って来た食材を冷蔵庫に入れる事も不許可)



「20.ずーっと、テレビも電気も点けたまま阿呆アホづら晒して寝てたくせして、こっちが仕事帰りに風呂に入ろうとすると、『は? 俺が先だし』とか抜かすか、何も告げないまま入りやがること



 読んだ上での感想。

 長過ぎる(特に1)。



なんめんの?

 まだ十分の一だけど?」

「煩ぇ!

 十分じゃなくて、充分なんだよ、こっちゃぁよぉっ!

 てか、なんなんだよ、これぁ!?」

「大して面白くない月並みなコメント、乙。

 見て分かるでしょ?

 うちの愚兄……いや。記憶も存在もリセットしたんだし、元愚兄か。

 つか、そうじゃなくても実兄だなんて認めたくないけど、あんな人間擬もどき。

 かく、それへの不満点、及び希亡きぼう動機。

 百害あって一利無しな真正ドクズだけど、それを率直に書いた所で、『百害はオーバーだろ』とか、相手にされないのが関の山でしょ?

 だから、実際に書き起こしてみた」

「配信者みたいに言うな!

 てか、これだけでも大概なのに、おまけに社会に対してまで百個、合計で二百個書いてんじゃねぇか!!

 入力される方の身にもなりやがれっ!!

 おかげで、常夜とこよのメイン・コンピューターがパンク寸前だったんだぞぉっ!?」

「それ。

 言いたかったんだけど、そっちのセキュリティ甘過ぎ。

 人間用のフォームに慣れてないからって、あれはザルぎでしょ。

 そもそも、あれだと寿命で死にかけてる人間や、冷やかし目的だけのやつも引っかかるじゃん。

 一年以内に自殺する未来が確定してる、本気で死にたがってる、死んでも叶えたい願いを持つ人間だけにメールが送られる様にしないと。

 それも含めて、その内、作り直すから。

 そもそも、死神として転生するだけってのも、詰まらないでしょ?

 時代は転生チートだよ?

 どうせだったら、ファンタジー世界は無理でも、記憶を維持してリスタートする選択肢が有っても良くない?

 前者は『omni-Birthオムニバス』、後者は『conti-Newコンティニュー

って所かな。

 確か『omni』には、『すべての』って意味があるから、『人生の総決算』って感じ。

 はい、決定ー」

「話、聞けぇぇぇぇぇっ!!」



 俺達だけの空間を新たに作り、木々や一軒家を生み出し、家の中に灯羽ともはの部屋を移し、なおかつ電気無しでもゲームが出来る仕様にしてから、一時間が経過。 



 こんだけ凄いことをさせられたのに、灯羽ともはは「ふーん」とコメントし、さっさと生約せいやくも済ませ、ひたすらゲーム三昧と来たもんだ。

 


 ……こいつ、本当ホントに兄貴が嫌いってだけで、死にたがってるの?

 まぁ確かに、聞くからに、そして読むからにろくな人間じゃないが。



「そうだよ。

 家族みんなからそうスカンされて、特に父親には週一で『出てけ』って言われてる、絵に描いたクソガキだよ。

 言わば、『劇場版補正のいジャイア◯』。

  両親の話だと、長男として生まれた結果、弟なり妹なりが出来るか分からないからって、祖父母に溺愛されたらしいよ。

 特に次男とは仲悪くて、子供の時は毎日、喧嘩してたっけ。

 で、次男が中学の時に家を出てったんで清々してたら、これだ。

 ちなみに、入力フォームにぐ打ち込めたのは、普段から遺書として書いてたのをそのままコピペして貼り付けただけだから。

 まぁ、文字数制限かかったから、いじったけど。

 で? アレの様子ようすは?」

「『アレ』は、めろ」



 こいつ、兄貴どころか、人としても見てねぇのか……。

 そういえば、『人間もどき』とか言ってたな……。

 そういう認識ってことか……。



「お前の予想通りだよ。

 お前がなくなったことで、お前が担当してた分の家事は、長男、隼人しゅんとに向けられた。

 で、それを拒んで逆ギレした結果、ついに追い出されたよ。

 絶縁させられてからな」

「そりゃそーだ。

 ははっ、ざまぁ、身から出た錆ぃ。

 すでに父親と弟からイエローカード2枚叩き付けられるてるくせに、母親からも食らう直前だったことに気付かないまま、呑気のんきに寝てばかりいたツケが回ったんだ。

 スリー・アウト、チェンジー。

 そのまま一生、帰って来んなー。

 さっさと路頭に迷って野垂れ死ねー」

「……り敢《あえず、ルール混ぜんな。統一しろ。

 あと、こういう時だけ、元気になるな」



 とまぁ、そんなわけで、結果的にこいつの望みは果たされたのかもしれない。

 それでも俺は、何故なぜか気が晴れなかった。



「で?

 社会に対しての不満ってのは?」

「いや、読みなよ。書いたんだから」

「口頭で言えっ!

 長過ぎんだよ、百個も目ぇ通さされて堪っか!」

「それでも絞った方だし。

 稀代のクリエイターめんな。

 まぁ、もう引退も同然だけど」

 


 そう。

 こいつは意外にも、漫画原作やラノベ作家、シナリオ・ライター(もっぱらPCゲーム)などで大ヒットしていたクリエイターでもあったのだ。

 まぁ確かに、そんなでもなければ、実際に二百個も不満を書けるわけが無いのだが。

 日頃から遺書いしょとして認めていたとはいえ。



「別にー。

 税金多ぎる無駄ぎる悪用しぎるし無かったことにされぎだし、車検が高ぎるていうか車関係が全体的にアレぎだし、アレな人間が世の中に蔓延はびこぎだし、そんなんに限って良い曲書いてたりすんのがマジ腹立つし、ようは現実なんてただのバカゲーだし……」

「もうい、分かった、俺が悪かったぁぁぁぁぁっ!!」



 ……え、何?

 もしかして俺、これから3ヶ月、こんななの?

 こいつのヘイトに付き合わされたり、一緒にゲームやアニメや映画や本を堪能したりしてるだけで、こいつの心は満たされんの?



「まぁ、んじゃない?

 他にやりたいこと、皆無だし。

 趣味をひたすらエンジョイするだけで、もう良いよ。

 厄介払いも出来たし。

 あ……でも、アニメの完全版リメイクとか、してくれる?

 もしくは、実際にアニメ化とか。

 アニメなんて大体、作画やスケが崩壊するからさぁ。

 こっちはゲシュタルト崩壊するくらいに楽しみたいのに」



 まぁ……ようは、やって欲しいことは盛り沢山らしい。



 ……はぁ。しゃーない。

 となれば、一つ残らず、要望に応えるとするか。

 えず、1ヶ月もすれば、こいつも流石さすがに満足するだろ。

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