第2生 ー高石 灯羽ー

1:死験(しけん)、開始

 それは、長い長い旅、もしくは夢を終えたような。

 丁度、そんな感覚だった。



 気が付けば俺は、確かな視覚と触覚、そして実体を認識。

 次いで、他にも俺と似た存在が立っている事を理解した。



 が、他の誰もが一様に、何も無いのに前を見詰めており。

 俺と違って、良く言えばクール、悪く言えば機械的なのが、気になった。




「な、なぁ……」



 試しに俺は、隣に立つ男の肩に触れる。

 しかし、相手は目もくれずに手を払い、何事も無かったかのように振る舞った。

 その流れがあまりに冷たく、重く心に伸し掛かったため、他のやつに接する気力はすでに失われていた。



 これ以上、ショックを受けるのを避けるべく、それからは何もせず、俯いた。

 ここまでの、何とも自然でスムーズな違和感いわかんの無さに、俺は違和感いわかんを覚えた。



 ……なんだ?

 ここは、どこだ?

 この、試験でも始めるかのような緊迫感は、胸のざわめきは一体、なんなんだ?

 生まれたばかりの俺が何故なぜ、最低限の知識、精神を宿している?

 いや……そんな事よりも……。



「俺は……誰だ?」



 口に出すもりの無かった言葉が、思いが、勝手に零れた。

 誰も、答えてくれなかった。



 この世に生を受けた時。

 俺は、孤独だった。





 まるで試験会場みたいな光景。

 俺が抱いたその感想は、何も間違っていなかったらしい。



 あれから何人か生まれ、煌びやかで厳かな部屋に、ざっと百体程度が生み出されたタイミングで製造が終了。

 そこで、同じくゴージャスなドレスに見を包んだ女性が現れ、俺達に演技めいた調子で説明した。



「あなた達は死神です。

 正確には、たった今、命王めいおうである私の手によって作られた、死神の候補達です」



 あらかじめ仕込まれたのか、他の死神が一斉に左右に分裂し、真ん中に、彼女の通る道を作る。

 そのオーラに、美しさから滲んだかすかな殺意、恐怖、不気味さにより、俺も彼女から距離を取る。

 命王めいおうと名乗った彼女は、微笑ほほえんでから、中心に出来た割れ目を歩き、続ける。



「あなた達には、これからトライアル・テストを受けてもらいます。

 テスト……すなわち、希亡きぼうしゃから心珠しんじゅを入手する事。それに成功し、尚かつ私を満足させられたら、私から与えましょう。

 命の証である、名前を」

 俺達の群れを抜けた命王めいおうは、ハイヒールを鳴らし振り返り、意味深に笑った。



「もう、お分かりですよね?

 名前を授かるということは、死神として正式に着任するということ

 つまり……このテストをクリア出来できなかった者は、その程度の存在価値しか無かったと見做みなし、出来でき損ないの烙印を押したのち、その命を奪います」

 それまで黙って聞いていたが、流石さすがに不穏になって来た。



 当然だ。

 突然、命を与えられ、その時には幾つかの言葉を知っていて。

 だからこそ死神という、非現実的な言葉を理解しているのに、拒否反応は薄く。

 そんな中で今度は、不合格なら、またあの、なんの感覚も情報も光も無い、永遠なる無の空間を彷徨わされる、テストを強制されるというのだ。

 動揺しない方が不自然である。



 相変わらず笑顔を絶やさないまま、命王めいおうはステッキを作り、コン、コンッと床を叩く。

 たちまち、反論、意見する気が削がれた。

 彼女の話を聞き逃したくないからではない。

 彼女がすでに何かを仕掛けてきたのではないかと、警戒したから。



「私をもっとも満足させた一品、一名のみが、合格です。

 期間は、3ヶ月。

 チャンスは一度だけ。

 希亡きぼうしゃの選出は、そこも採点に含みますのでお任せしますが、そちらも同じく一度だけです。

 生約せいやくしょにサインを書かせた時点で、希亡きぼうしゃ熟生じゅくせいの開始です。

 キャンセルは己が命のドロップ・アウトも示しますゆえ、どうぞ慎重に、相手を探し、見定め、育んでください。

 先着順ではありませんが、早いに越した事はありませんし、希亡きぼうしゃの難易度によりボーナス・ポイントも付与します。

 ただし、基本的に心珠しんじゅ、及びそれで作られた料理のクオリティで実力を採点するのを、お忘れなく。

 私があなた方を作ったのは、あくまで上質な心珠しんじゅを味わう為であることも、ね。

 なお、多少の心理戦やブラフ、駆け引きは大いに結構ですが、目に余る反則行為、ルール違反を犯した者は、事と次第によっては即刻、退場です。

 正々堂々、競い合ってください」



 一気に話した彼女は、最後にパンと、手を叩いた。

 開戦の合図だと分かったのは、数人が瞬間移動スタート・ダッシュを始めてからだった。

 


「あらあら。

 中々の判断力、適応力ですね。

 話が早い子は好きですよ?」



 命王めいおうの言葉を鵜呑みにし、銘々が粛々と、追って姿を消す。



 気付けば、会場に残ったのは俺、そして命王めいおうのみとなった。

「あら?

 あなたは行かないのですか?

 辞退をご希望とあらば、この場で応えますが」

「……分からないんです。

 俺は……自分の気持ちが」



 両のてのひらを見詰め、髪をクシャクシャにする。

 そんな態度が気に食わなかったのか、命王めいおうはステッキを召喚し、俺に向けた。



「では、今回はキャンセルということで。

 また次回、受験してください。

 もっとも、記憶と機会が残っていれば、の話ですが」



 杖の先端の玉からピンク色の光が発生し、徐々に大きさを増して行く。

 俺は、みずからの最期を悟った。

 


 あー……俺、死ぬんだ。

 生まれた意味も、生きる理由も無いまま、名前すら貰えないまま、消えるんだ。

 まるで最初から、存在していなかったみたいに。



「待て」



 抵抗する気さえ起きないまま瞳を閉じていると、二人だけと思っていた空間に、何者かの声が聞こえた。



 目を開けてみれば、そこにいたのは、自棄やけにピシッとした服装(確か、スーツとかいうやつ)を纏った優男。

 そいつは、俺と命王めいおうの間に、俺を庇う体勢で割って入った。



「あんたも気付きづいてるはずだ。

 こいつの個性がなんなのか。

 ここで消すのは、早計と言う他無いだろ。

 正々堂々と謳っておいて、不平等じゃあないか?」

「……ふっ」



 杖の光、そしてステッキを消した命王めいおうは、俺への敵意、軽蔑の籠もった眼差しを止め、男にげる。



「それもそうですね。

 分かりました。不問に付すとしましょう」



 まるで答えを予測していた風に、男は何も答えず、振り返り俺を見た。



「大丈夫か?」

「あ……ああ。

 と、思う……」

「そうか。ならば良かった」



 一通りの確認を終えた刹那せつな気不味きまずい沈黙に包まれる。

 そんな中、俺は男に質問する。



「……あんた、言ったよな?

 『俺に、個性ってのが有る』って。

 それはなんだ?」



 別に、個性という言葉自体が把握出来てないわけではない(と言っても、最初からインプットされていたにぎないが)。

 俺が知りたいのは、俺の中に宿された個性その物だ。

 そこら辺を取ってくれたのか、中々にさとい男は、返答した。



「『人間味』。

 それが、お前の個性。

 他の死神候補には無い、お前だけの武器だ」

「……人間味?」

「そうだ。

 お前と同様、他の連中にもなんらかの個性、特徴付けが施されている。

 才知に富んでいたり、情報収集に長けていたり、意志疎通が得意だったり、話術が優れていたりと、そういった具合にな。

 そうして区別する事で時代、人間達の需要を計りたいわけだ。

 そして『心珠しんじゅ』は、死ぬ間際まで人間が培って来た心、命の結晶。

 上質な心珠しんじゅを得るには、人間達の満足が必要不可欠だからな」

「じゃあ、俺が……。

 俺だけが、あの中で浮いていたのは……?」

「お前の性格が、死神ではなく、人間寄りだからだろう。

 他の連中は、職務を全うすることしか頭に無いからな。

 馴れ合いは良しとしないどころか、必要とさえ思わないだろう。

 そんな風に設定されている」



 その言葉が、とてもスッと入って来た。

 正直、命王めいおうの演説より余程、腑に落ちた。

 けど。



「何ていうか……。

 ……悲しいな。それ」

「……かもしれん。

 だが、仕方が無い。それが俺達、死神だ。

 お前も覚えておけ。

 お前がどれだけ人間に近しい存在であっても、お前は決して人間その物にはなれない。

 こうして生きている内、転生でもしない限りはな。

 だから、これからどの様な道、自由を選んだとしても、その一点だけは絶対に忘れるな。

 まだ死にたくなければな」

「……」



 正直、まだピンと来ない。

 自分がどうしたいのかはおろか、生きたいのかも、死にたいのかも。

 それでも、何となく分かるんだ。死ぬってのが、とても怖く、辛く、寂しく、ひたすら嫌なことだって。



「……分かった」



 俺の返事に男は、無言でうなずいた。

 他の死神や命王めいおうはさておき、この男は信用に足ると思った。



「本題に入ろう。

 俺と手を組まないか?」

「え?」

 それまで余裕を見せていた男が、ここへ来て頭を掻いた。

 大なり小なり、冷静さを欠いている様子ようすだ。



「俺には、『調理』の個性が付けられている。

 料理はお手の物だ。

 見合った心珠しんじゅさえ調達出来できれば、試験を乗り越える料理を出せるだろう。

 が、如何いかんせん、そこまでの、それ以外の過程が突破出来そうに無い。

 有り体に言えば、てんで興味が無い」

「おい」

 初めて、やつにツッコんだ。

 こいつこそ、人間らしいのではないだろうか?



「そこでだ。

 お前が希亡きぼうしゃに接触し、未練や不満を断ち切り完熟かんじゅくまで導き、心珠しんじゅを入手してくれれば。

 あとは、俺が引き受けよう」

「お前、大して働いてなくね?」

馬鹿バカを申すな。

 俺とて向こう三ヶ月、何もしないわけではない。

 調理の才を有しても、現在の料理の知識を収集や、予行練習も必要だ。

 その間、料理にだけ専念出来る。

 勝率は上がるわけだ。

 逆に問うが。お前は命王めいおうのお眼鏡に適う料理を出せる自信、力は有るか?」

「うっ……」



 そこを突かれると、弱る。

 確かに、俺にはそんな力は無い。

 加えて言うなら、身に付ける気力も湧かない。



 なるほど……どうやら俺も、こいつを馬鹿バカには出来ないらしい。



「……いのか?

 ルール違反って奴なんじゃ?」

「思い返してみろ。

 命王めいおうは、『私をもっとも満足させた一品のみ』と明言した。

 合格出来るのは『一品』だけだが、『一体』だけとは、宣言してない。

 つまり、『組んでも構わない』という事だ。

 やつも、死神を品扱いするほどではないだろ」

「……なぁ。

 さっきから思っていたが、あんた、ちょっと強気ぎじゃね?

 俺達は今、その命王めいおうの面前だぞ?」

「案ずるな。

 現にやつは俺達に何もして来ない。

 まるで意に介していないのだ。

 それに、死事しごとの際には、きっちり遂行する。

 それなら問題無いだろう?」



 不安に思い、俺は体を横にずらし、男の背後に隠れた命王めいおうを見た。

 依然として微笑みを絶やさずにおり、ステッキも出していない。

 つまり、攻撃、消滅対象ではないという事か?



「……らしいな。

 乗った。あんたと組むよ。えと……」

「む? 名前か?

 そうだな……『シーク』。

 そう呼んでくれ」

「シーク?」

「フランス語で『砂糖』を意味する、『シュクレ』から取った。

 俺はもっぱら、菓子を得意としているのでな。

 これからは、そう名乗るとしよう。

 効率上、コード・ネームが求められるだろう?」

「分かった。

 じゃあ、シーク。よろしく、頼む」

「こちらこそ。

 是非とも、最高の心珠しんじゅを手に入れてくれ。

 俺達の明日の為に」

「最善は尽くすよ。

 生まれたばっかで右も左も分かんねぇけど、少なくとも、あんたと話すっていう楽しみは見付けられたからな。

 ちょっとスリリング過ぎるのが難点だが」

い調味料だろう?」

「過多過ぎて死ぬわ……」

「そうか。

 ならば、他の相手を探すとしよう」

「いや、切り替え早ぇな、もっと悩めよ!?」

「大変、大変、大変っス〜!!」



 俺達しか居ない空間に、不意に何者かがワープして来る。

 しかし、着地に失敗し、床に頭をぶつける。



「レイ……あなたのドジは、一体いつになったら直るのですか?」

「レイ?」

「はいっス!

 オペレーター担当で、主に希亡きぼうしゃのデータ全般を担当してるっス!」



 ゴーグルやタンクトップ、ジャケットを腰に巻いたミリタリー・スタイルなどなど、どっからどう見ても発明家の女なのだが。

 実際には情報分析の担当らしい。見えねー。

 てか、随っ分、元気だなぁ。これで死神か。

 てか、そろそろ立てよ。顔だけ上げて会話すんな。



「で?

 何が大変なんだ?」

「それっス、シークさん!

 大変なんスよ、命王めいおうさま

 希亡きぼうしゃの応募フォームがパンク寸前なんスよぉっ!!」

 勢い良く立ち上がり、意味もなく腕を振りつつ、レイは必死に訴えた。



「ご冗談を。

 人間世界で言う所の、一万字まで入力出来る仕様にしたのは、他でもないあなたではありませんか」

「そうっス、そうなんス、うちなんスよ!

 でも、相手がヤバいんスよ!

 希亡きぼう動機の皮を被った悪態を無限に吐きまくったすえに、向こうからこっちのデータを改竄かいざん

 果てには、更に文字を叩き込めるようにした上に、未だに打ち込み続けてるんスよぉ!?

 未曾有ぎるっス、マジヤバっス!

 人間業じゃなさぎるっスよ!

 何なんスか、あの人間は!?

 怖いし気味が悪いしムカつくっスよぉ!!」

「……知らん」



 シークの感想ももっともだ。

 確かに俺達は、レイが作ったシステムがどんな物か詳しくは知らないし、現場に居合わせたわけでもない。

 よって、その凄(すご)さが今一、掴めない。



「知らんじゃないっスよ!

 このままだと、希亡きぼうしゃ募集用のサイトのみならず、うちのデータまでハッキングで盗まれる勢いっスよぉ!?

 下手すれば、死神存続の危機っス!

 希亡きぼうしゃでもなんでもない人間にまで、死神の事を知られるかもしれないんスよぉ!?

 死活問題っス!」

「……え?

 そんなにヤバいの?」



 流石さすがに、危機感が芽生えて来た。

 確かに、緊急事態だ。手を打った方が良いかもしれない。

 

「すんません。

 俺、ちょっと様子ようす見て来て、いですか?」



 いよいよもって無視出来なくなって来たので、俺は名乗り出た。



「おい。

 そんな事をしてる場合か?

 試験中だぞ?」

「分かってる。

 でも、仲間のピンチは見逃せっかよ。

 それに」

 未だに表情を変えない命王めいおうを一瞥してから、俺は言い放つ。



「『くせの具合によって、ボーナスが入る』んだろ?

 好都合じゃねぇか。

 そいつも、希亡きぼうしゃではあるんだ。

 ここまで捻くれたやつを改心させ、完熟かんじゅくまでガイド出来たら、至高の心珠しんじゅが出来ると思わねぇか?」

「……やれやれ。

 やはり俺は、組む相手を間違えたらしい」

 かたすくめつつ、やがてシークは笑顔を見せた。



「だが、乗りかかった船だ。

 今更、解消するもりは無い。

 何より……複雑だが俺も、お前と同意見だ。

 やつを満足させられれば、俺達の合格は確実だろう。

 苦労は必至だがな」

「助けてくれるんスね!?

 あざっス!

 早速、座標を特定するっス!」

 言うとレイは、周囲にポップを展開し、慌ただしく操作する。



「悪いが、俺は付き合わん。

 先程も言った通り、勉強したいのでな。

 だが、相談くらいなら乗る。

 いつでも、連絡しろ。

 武運を祈る」

「分ぁってるって。

 なるべく俺だけで、どうにかしてみる」

 必要最低限のやり取りを終え、シークと拳を突き合わせた俺は、レイの設定したポイントへと、ワープした。



 そして、辿り着いた。後に俺と、切っても切れない関係を持つ事になる人間……高石たかいし 灯羽ともはの元に。

 俺が初めて受け持つ、生約せいやく者の家に。

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