第59話
リラックスしていると、時間の流れはとても速いらしい。
気が付けばもうアキ君の番がやってきた。2番目のバンドがはけたと思ったらあのこたちがステージに入ってきて、そして淡々と準備を始めた。
ステージに出てきたアキ君は、少し緊張して硬くなっているように見えた。私は心の中で小さく「頑張れ」とエールを言って、彼の姿をジッと観察した。
アキ君が今回演奏すると言っていたのは3曲。
2曲は今までもやっていた曲らしく、環希ちゃんが歌うそうだ。そして最後の1曲が、茉穂ちゃんと愁君。そして、アキ君の"音楽"。
そして彼らはとても素早く準備を終えて、お互い目を見合わせた。そしてドラムの子が、高らかにバチを鳴らした。その音が私には、すべての始まりの合図に聞こえた。
アキ君はとても慣れたようにギターを鳴らした。体を揺らしながら、すごくなめらかに。そして流れるように音を出した。
「音楽じゃん。」
彼はすごく音楽をしていた。でも彼の顔は全然苦しそうじゃなかった。むしろとても清々しくて、爽やかだった。晴れやかだった。
もしかして彼にとっての音楽は"苦しい"ではなくて、"楽しい"だったんだろうか。だったとしたらアキ君は、"音楽"という言葉を作った人の気持ちに忠実に音楽をしている。
「アキ君らしいね。」
それはすごくアキ君らしい気がした。
とても純粋でまっすぐで、だからこそ折れやすくて繊細で。そんなアキ君が奏でる音楽はこれだって、彼が音楽を通して伝えている気がした。
「よかったね。」
改めて思った。本当に良かったね。ちゃんと答えが見つかったんだね。
アキ君だけじゃなくて他のメンバーもすごくスッキリした顔で演奏をしている気がして、多分みんな同じ気持ちなんだろうなって言うのがよく分かった。みんなにとって何かの区切りになるだろうこのライブを、私はそれからも穏やかな気持ちのまま眺め続けた。
そしていよいよ、最後の曲の番が来た。
今まで端の方でギターを弾いていたアキ君が、少し真ん中寄り置いてあるスタンドマイクの前に立った。
「皆さん、お久しぶりです。改めまして、Fall Heartです。」
硬いな。
緊張でアキ君が硬くなっているのがよく伝わって、少し笑いそうになった。でもアキ君はとても真剣な顔をしていたから笑うのは失礼だって思って、何とかそれを収めた。
「本当に久しぶりになってしまいました。1年半ぶり、でしょうか。」
今度はアキ君は少し悲し気な表情で言った。会場はその雰囲気を感じ取ったのか、少しだけ静かになった。
「ご存知の方もいるかと思いますが…。僕たちは去年、大切な仲間を失いました。それはすごく唐突なことで…。受け止めきれなかった僕は1年間逃げ回りました。」
アキ君はすごく淡々と、そして冷静なトーンで話をした。会場のみんなが、食い入るように彼の話を聞いていた。
「でも僕に、彼女は1曲の音楽を残してくれていました。そして彼女の残した音楽は、彼女の大切な人が残した音楽でもありました。」
違うでしょ、アキ君。あなたにとっても、大切な人でしょ。この世で一番、大切だった人たちなんでしょ。すごく尊くて、かけがえのない存在だったんでしょ。
「作りかけの歌を、完成させてほしい。立ち止まってみて初めて僕は…。僕たちは、彼女からのメッセージを受け取れた気がしました」
アキ君はメンバーの顔を見渡しながら言った。みんな同じように悲しそうな顔をしていて、環希ちゃんは今にも泣きそうな顔をしていた。みんなきっと、それぞれの答えにたどり着けたんだと思った。
宙に浮いていたような気持ちが、ちゃんと着地したんだって思った。
「彼女の好きだったこの場所で演奏して初めて、この音楽が完成するような気がしています。」
茉穂ちゃんの好きだった、このライブハウス。音楽が暖かく聞こえる、この場所。茉穂ちゃんが立ちたかったのに、立てなかったこの場所。
「どうか、聞いてください。"――――――"。」
茉穂ちゃんどうか。どうか、聞いてあげて。
あなたの代わりにここに立っているアキ君の音楽を、あなたのために迷って悩んで苦しんで答えを探したアキ君の答えを、どうか、聞いてあげて。
曲名を言ったアキ君は、みんなと目を合わせた。そしてしっとりと、自分が最初に音を鳴らし始めた。
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