第2話
「とりあえず、それ、抜いてくれない?」
「なんで?」
「は?」
別れる別れないは別として、せめて人の部屋で知らない女の穴にあなたのソレを突っ込みながら話をするのは絶対に間違っている。
訳が分からない状況の中でちゃんとまともなことを言う私に、彼は訳が分からない「なんで?」を繰り出した。
「ねぇ、恥ずかしい…っ。」
そしてもっと訳が分からないことに、彼の下の女は恥ずかしそうに頬を赤らめて言った。人のベッドの上で。
「もっと恥ずかしい状況にされたくなきゃ、出てってくれますか?」
イカれてるとしか言いようがない女に、私は大人として丁寧な口調で言った。どう見ても私より年下のギャルは思いっきりこちらを睨んで、「萎える」と言い捨てた。
萎えてんのはこっちなんですけど。
☆
当たり前のように彼に持ち帰られた私は、当たり前のように彼の家にお泊まりをした。高校の時興味本位で処女を捨てたから、初めてではなかった。でも次はちゃんと好きな人としようと思っていた。それなのに私の2人目に男の人は、好き嫌い以前に、名前も分からない人だった。
「ほら、おいで。」
そして一人暮らしを始めて2年目の私にとって、それが初めて男の人と明かす夜だった。腕枕のされ方もよくわからない私がベッドの隅で小さく丸まっていると、彼はたくましい腕を伸ばして私を引き寄せた。
「寒くない?」
「ううん。あったかい。」
人肌の中寝るということが、こんなに素晴らしいことなんだって初めて知った。温もりを感じているだけで別に好きでもない相手なのに、幸せが溢れてくる感じがした。
「おやすみ。」
彼はそう言いながら、優しく私の頭を撫でた。
私はこれまですごく真面目に生きてきたはずだ。通っている大学も日本でそこそこ上位の国公立の大学だし、授業だって欠かさず毎日行っている。
そんな私が初めて会った名前も知らない男性と、こんな風になっている。自分でも訳が分からないけど、こんな風になってしまっている。
色々考えるべきことはあるはずなのに、温もりを感じているだけで眠くなった。私は全ての思考回路をシャットアウトして、一旦寝ることにした。
「おはよ。」
次目を覚ました時、彼はベッドの上でタバコを吸っていた。体は細いのにタバコを吸う腕が思っていたよりたくましくて、ドキッと胸が高なったのを今でも覚えている。
「名前は?」
そして彼はそこでやっと、私の名前を聞いた。小さく「莉緒」と答えると、彼はにっこり笑って「りお」と名前を呼んだ後、息ができなくなるほどのキスをした。
タバコの苦い味がした。
そこからはズブズブだった。文字通りズブズブだった。1日で人はこんなに致せるのかと思うくらい何度も求められて、私はそれを断ることもしなかった。
そして私は人生で初めて、大学をサボった。自分でも驚くほど自然と、学校に行かなかった。
「そろそろ、帰ります。」
私が正気を取り戻したのは、夕方頃だった。これ以上一緒にいたら私が私でなくなってしまう。そんな気がしたから、私はやっとベッドから立ち上がって服を着た。
「わかった。」
そんな私を、彼は止めなかった。
帰らないでと言われることをどこか期待していた私は少し落ち込んでいたけど、私が私でなくなる前に抜け出さなくてはと思った。
「お邪魔しました。」
丁寧にそう言って、靴を履いた。まだ買ったばかりのスニーカーは硬くて、履くのに時間がかかった。
「莉緒。」
一生懸命靴紐を結ぶ私を、彼は後ろから呼んだ。そういえば私はこの人の名前を聞いていない。でもそれでいい。この人に会うことは、もう2度とないんだから。
そう思いながらも、私は振り返った。すると彼はすごく穏やかな顔で笑って、もう一度「莉緒」と言った。
「次は、いつ帰ってくるの?」
そして彼は当たり前のように聞いた。
私の帰る場所がここかのように、そう聞いた。
どう考えてもおかしい。私はここに“帰って”なんて来ない。
「明日の、夜。」
「夜か。」
それなのに私も当たり前かのようにそう答えていた。そして彼は「分かった」と言った後、玄関の棚をゴソゴソとあさった。
「明日遅くなるかもしれないから、先入ってて。」
そして私に合鍵を渡した。
初めて会った私に、私が“りお”だと言うことしか知らない私に自分の家の鍵を渡すなんて、どう考えてもおかしい。
「うん。わかった。」
なにが分かったのだろう。なにも分からないのに、私の返事はそれだった。
あれが全ての、間違いのはじまりだったのに。
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