捜査編(Dパート)

「キャップ。やはり、ウエゲさんを疑っていませんか?」

 さくらから背中に浴びせられた言葉にも意を介さず、つばめは歩きながらも思考を止めなかった。手元のスマホには、廣瀬がまとめてくれたレンの部屋、モノの情報が表示されている。

 既に日は傾いていた。事件解決まで長引くと判断されれば、特別捜査本部ちょうばを開くことになるだろう。

 つばめはそれを嫌っていた。なにせああいう捜査本部というのは、人を大勢借り出して、捜査一課長が大声を張り上げて『ホシを挙げる!』とか叫んだりするのだ。気合と根性でなんとかしろ、というわけだ。ああいう雰囲気は苦手だった。

「疑ってる」

「どうしてでしょうか? とても良い人ですよ! 嫌がらずにサインもくれましたし」

 よほど嬉しかったのか、さくらはむふっと鼻息荒く手帳を抱いた。いい人──それはそうだろう。彼は良い人だ。ただ、どんな良い人でも、時に人は人を殺すのだ。

「納得行かないことが多すぎるのよ。なぜあんな時間に血糊を撒くような真似をしたのか。同じ時間にどうして彼の仕事のパートナーが殺されたのか──理由はそれらしいものが出てきても、マンションに怪しい人物の出入りがない以上、殺したのはウエゲさん以外にありえないと思っているわ」

「しかし、アリバイはあります! レンさんのメッセージは生配信の最中に送られているわけですから、そこに映ってるウエゲさんに犯行は不可能ですよ!」

 警視庁ホンテンに戻るのも億劫になり、二人はまた昼間と同じコーヒー店に入った。深夜まで営業しているこの店は、昼間と同じく騒がしい。

 奥の席に陣取って、つばめはホットコーヒーを啜りながら、事件のことを考え始めた。

 しかし、その目論見はすぐに打ち破られた。隣で、なぜかコーヒーゼリーを注文したさくらが、昨日の生配信のアーカイブを見始めたのだ。

「ちょっと、さくらちゃん。あなたこんなとこで動画なんて見たらうるさいでしょう」

「申し訳ありません! 音量が大きくなっていました」

 音量ケージが下がっていくと、ウエゲが無音のまま挨拶し、ビールを飲み、景気よく血糊を撒いていく。ソファの周りには、彼のグッズやおもちゃ、HOMETUBEからの表彰楯──。

「ここです、キャップ。ここで、ニ分ほど席を外しています。仰る通り、彼が天田さんを殺したのであれば、二分以内に全部を済ませたことになりますよ。足がとても速いことになります!」

「そんなの足が速い以前の問題でしょ。だいたい、天田さんの部屋には何も痕跡は無かったし──」

 つばめはそう言葉を切って、さくらのスマートフォンを取り上げた。動画のチャプターを戻して再度確認する。

「ねえ、さくらちゃん。あなたウエゲのファンって言ってたわよね」

「更新されたらいつも必ず見てますよ! サインもいただきましたし、これはもう大ファンと言っても過言ではありません!」

 自信有りげなさくらに、つばめはスマホの画面を見せて、ソファのあたりを指さした。

「この周りって、いっつも同じ感じなの?」

「ウエゲさんのコレクションのことですか? セットみたいなものですから、変わったところは見たことありませんね!」

 さくらはそういうと、HOMETUBEの『ウエストゲイトTV』チャンネルにアクセスし、適当な動画を開いた。OPムービー、挨拶。そしてカメラ上に映るウエゲとセット──動画を確認するように、つばめはさくらのスマホで数十件それを繰り返した。

「どうしたんです、キャップ」

「あの生配信の時だけ、ガンボーイが映ってないわ」

 いつも同じ位置で、誇らしげに胸を張るガンボーイの勇姿──それが、あの生配信の時だけ無かった。偶然として片付けるには気になりすぎる。

「メンテナンスでもされてたんでしょうか? ホコリ取りとか」

「これから部屋を汚すのに? それこそ不自然よ」

 つばめは鼻筋を指でなぞり、唇をなぞる。パズルは大体埋まった。しかし最後のピースが足りない。天田レンの残した遺書──流れで言えばこれもウエゲが作成したもののはずだ。

 直感で言えばそのとおりだったが、それを証明する理屈が埋まらなかった。

 無言のウエゲが、さくらのスマホの中で白い歯を見せる。その時だった。つばめのスラックスのポケットの中で、スマホが震えた。登録名は溝口だった。もらった名刺は、さっさと連絡先を登録して捨ててしまうのが、つばめのやり方だった。

『もしもし、三条さん!』

「あら、溝口さん。朝はどうも。会社、なんとかなったそうで。良かったですねえ」

『それより、三条さん。うちの社長──西木戸から聞きました。レンが殺されたかもしれないって、本当ですか!』

 あまり多くを話したくはなかったが、溝口は事実上ウエストワールドの舵取りをしている。捜査進捗を話すのに問題はないだろう。

「あくまで内々の話ですよ。ウエゲさんは特に、ご自分で動画投稿をされる可能性もありましたし、後から余計な影響が起こらないように釘を刺させて頂いただけでえ」

『しかし、動画投稿を控えるというのは──銀行からも、引き続き活発なHOMEチューバー活動を期待されていますので』

「銀行はうるさいでしょうからねえ……でも、もう少しで真相も分かりそうなんですよ。そう長いことではないと思いますわ」

『そうですか……何にしろ、はやく解決をお願いしたいところです』

「税務署の問題もこれからだって、ウエゲさんもいってらしたものね。お察ししますわ」

『……税務署? 何の話です?』

 溝口の訝しげな口調に、つばめは眉を持ち上げた。

「あらあ? おかしいですね? 確かレンさんの遺書にも、税金が払えないと書いてあったはずですが」

『ああ、その件ですか……あの遺書では確かにそう書いてありましたね。しかし、先程確認できたんですが、税金はすでに昨日払ってあったんです。会社の口座が動いた形跡はありませんから──おそらくレンがポケットマネーで支払ったんじゃないかと』

 つばめはしばらく無言になり、口を覆いながら考え込んでいた。パズルの最後のピースが見つかった。

「それじゃあ、ウエゲさん──西木戸社長はそれをご存知ない」

『まだ言ってませんから。……三百万の使い込みは事実ですし、それを正当化させるようなことはしたくありません』

「よくわかりました。しばらくの間、そのままお話を伏せていただけないかしら?」

『それは構いませんが──』

「ありがとう。それじゃ──」

 通話を切ると、つばめはコーヒーを一気に飲み干して立ち上がった。居ても立っても居られなかった。鼻筋に触れ、唇をなぞり──そのまま指を鳴らした。

「さくらちゃん。行きましょう」

「帰るんですか?」

「まさか。これからウエゲさんのとこよ。──彼に自白してもらうの」




「……と、三条警部補は発言した。あのね、さくらちゃん。捜査報告書はもう少し簡易にしていいの。小説じゃないのコレ」

 つばめは捜査責任者として、さくらの捜査報告書から顔をあげると、赤ペンだらけになったそれを突き返した。

「だめでしょうか!」

 さくらは落ち込む様子もなく、やる気満々といった様子で身を乗り出した。

「だめじゃないけど頑張りすぎよ。もっと肩の力抜いて──いや抜いたら駄目だけど、簡単でいいの」

 すでに時刻は午後六時を過ぎている。今日は夜勤でもない通常勤務日。残業嫌いのつばめには耐えられないほどのオーバーワークだ。

「ここから先は私がまとめるから。今やってるところを完璧にして頂戴」

「わかりました!」

 さくらが赤ペンだらけの報告書を持ち帰る背中を見ながら、つばめはコーヒーを啜ると、椅子を回転させた。

 周囲が暗転し始め、スポットライトがつばめだけを照らし出すと──彼は『こちら』に目を合わせた。

「さて──今回の犯人はとっさの犯罪にもかかわらず、実に効果的な工作を行ったわ。でも、完璧なアリバイを手に入れたと思っている犯人にも、つけいる隙は必ずある。ヒントは『その部屋には無いけど、犯人の部屋にはあるもの』。どうかみなさんも考えてみて頂戴。三条つばめでした」

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