第一章 第一話 守くん、女神さまと出会う

「いってきまーす」


 元気よく家を飛び出し、いつも通る道を歩く

一人の男の子がいました


 彼の名前は藤崎守、ごく普通の少年です


 今日も、普段と同じように何も変わらない道を進むはずだったのですが、

彼の目の前には少しいつもと違うものがありました



「なんだろうこれ? 変な石、

だけどちょっと光ってるみたい」



 見慣れている地味な色合いの道端に、

見慣れない奇妙な石が落ちています


 どこか不思議な光を放つそれに

守くんの好奇心がくすぐられたことは無理のないことでしょう



「ちょっと面白そう、みんなにも見せてあげ・・・、わっ!」



 その石を拾おうと手を伸ばした瞬間、

弱々しかった光が一気に明るくなり、彼を包み込んでしまいます


 そして光が収まったころには、

もうそこには不思議な石も、彼の姿もありませんでした・・・





「びっくりした~、急に光り出して、一体なんだったんだろう

もういいや、早く行こ・・・?

あ、あれ・・・、ここ、どこなの・・・?」



 彼が目を開けると、そこはもう見なれた場所ではありませんでした


 周りは闇に包まれ、守くんのいる場所だけが明かりに照らされた

少し不気味に思える空間


 見覚えのない場所に戸惑っているといきなり後ろから声をかけられます



「やあ初めまして♪ そしておめでとう♪

キミは恐らく1000万人に一人の幸運の持ち主さ♪」


「えっ・・・? だっ、誰ですか・・・? 一体どこに?」


「ふふ、聞きたいことがあるのは分かるけど少し落ち着いておくれ、

私はキミの後ろにいるよ、こちらを向いてごらん?」


「後ろ・・・? わっ・・・!」



 とても胡散臭い謳い文句を口にする謎の声に後ろへ向くよう言われ、

咄嗟に振り向いた守くん


 すると、そんな彼の目に見たことのない人が映ります



「私の姿が見えるかな?♪ ようこそ創造の間へ」


「き、きれいな女の人・・・?」



 そこにいたのは、ドレスのような服に身を包んだ

とても優雅に見える女性でした


 気さくな口調からは想像もつかなかった風格に、

守くんは驚いてしまいます



「私のことはちゃんと見えているようだね♪ なら問題ない♪

それじゃあ守くん、お話を始めてもよろしいかな?♪」


「お話・・・? あの、どうして僕の名前を・・・」


「分かるさ♪ 私はいわゆる神様だからね♪

この場合は女神様かな?♪」


「め、めがみさま・・・?♪」


「そうだよ~♪ だからキミの名前も知っていて当然なんだ♪

神様はなんでも知っているからね♪」


「そうだったんですか・・・、あ、あの・・・、初めまして・・・」


「うんうん♪ ちゃんと挨拶ができるいい子だね♪

それじゃあ守くん、私はキミが知りたいことも知っている、

だからまず、ここがどこか説明してあげようか?♪」


「あ、は、はい・・・」



 その女性は自分のことを女神様だと告げ、

守くんが知りたいことを教えてくれると言い出しました


 どこをどう見ても、何から何まで、とてもとても怪しい人物なのですが、

彼はそれをあっさりと信じてしまったらしく

姿勢を正して話に耳を傾けます



「ここはさっき言った通り、「創造の間」と呼ばれる

とても神聖な場所なんだ♪

ここで何をしているかと言うと、簡単に言えば世界を創っている」


「世界を・・・?」


「そうさ♪ だけどキミが過ごしてきた世界、

それとは少し違うもの・・・、いわゆる「異世界」というものなんだ♪」


「いせかい・・・?」


「ふふ、難しく考える必要はないよ♪

キミが今までやったことのあるゲームや読んだことのある漫画、

そこにあるような世界が異世界なんだと思ってくれればいい♪」


「ゲームや漫画・・・? じゃあ、女神様はゲームを作ってるんですか?」


「ん~・・・、まあそう言っても間違いじゃないだろうね♪

とにかくいろんな世界を創っているのさ♪」


「へ~、女神様ってすごいんですね」


「そうだろうそうだろう♪ ふっふっふ♪」



 自分がここで何をしているのか、難しい説明が分からない守くんに対し、

女神様の説明はとても大雑把なものでした


 もっとも、そこは大して重要な部分ではなかったのでしょう、

少しだけ間を開けると再び説明が続きます



「それでね・・・、今からキミにはそんな世界へ

行ってもらいたいんだ、

というより、行ってもらわないといけないんだ」


「えっ・・・? 行くって、その、ゲームの世界に・・・?」


「そうだよ♪ だけど、キミが考えているよりも

もう少しリアルな世界だからね、

現実と同じように動いたり歩いたりできる」


「そして、疲れもするし時には怪我もする、

いわゆるモンスターのような敵もいる、危険が全くないわけではないよ」


「ええっ・・・!? 危険・・・、なんですか?」


「ああ、そう不安な顔をしないでおくれ、

私もできる限りサポートしてあげるから大丈夫さ」


「あの・・・、僕、やっぱりお家に・・・」


「怖くなってしまったのかい?

ん~・・・、悪いんだけど、それはできない、

何故なら見ての通り、今ここには元の世界へ戻る道がないのだから」


「えっ・・・? あ・・・、ほんとだ・・・」



 とんでもないことを言われた守くんが改めて周りを見渡すと、

やはり自称女神様と彼がいる場所以外はどこもかしこも

真っ暗な闇に包まれていました


 この暗闇の中を突き進んであるかどうか分からない出口を探すなど、

誰にだってできないでしょう


 段々と怖くなってきた守くんは、お家に帰る方法を女神さまに尋ねました



「あの、あの・・・、僕どうやって帰ればいいんですか?」


「大丈夫だから、そう泣きそうな顔をしないでおくれ、

私が指定する世界へ行って色々とするべきことをしてくれれば

その間に元の世界へ、お家に戻れるよう準備をしておくから」


「ほ、本当に・・・?」


「もちろんさ♪ それにキミの頑張り次第で

いろいろな特典も付けてあげるから、期待してくれてもいいんだよ?♪

あと、異世界では時間の流れは違うから、ご家族に心配をかけることもないだろう」


「えっと・・・、どういうこと、なんですか・・・?」


「そうだねえ・・・、要するに、元の世界の時間は今止まっているのと同じなんだ、

つまりキミは別の世界で時間を気にせずたっぷりと遊んで、

そして遊び終わったら元の場所と元の時間に戻ることができるんだよ♪」


「わあ・・・♪ 本当ですか?♪」


「そうそう♪ つまり実質的に、キミは今からとってもリアルなゲームを

好きなだけ楽しみ放題ってことになるのかな♪」


「ゲーム・・・♪ やった♪」



 女神様の大まかな説明であっさりと気分が切り替わってしまったのでしょうか、

守くんは泣きそうになっていたことも忘れて

今からたくさんゲームで遊べると考えてしまったようです


 先ほどの説明を聞く限りではそんなに簡単なお話ではないように思えますが、

女神様の笑顔と楽しそうな言葉に気を逸らされてしまっているのでしょう



「さて、それじゃあ異世界へ行くにあたってまずキミには特典をあげよう♪

キミはゲームでモンスターと戦う時、どんな方法で戦うのかな?」


「え? ええっと・・・、武器で攻撃したり、魔法を使ったり・・・?」


「そう♪ それでいいんだよ♪ でも今キミは武器を持っていないし

魔法が使えるわけじゃない・・・、だからそれをあげるんだ♪」


「えっ! じゃあ・・・? 剣士になったり魔法使いになったりできるんですか?♪」


「そうだよ~♪ 正確に言うとそれができるようになる素質をあげるんだ♪

だから実際に剣を使ったり魔法を使ったりはその世界で訓練してもらうことになるんだけど♪」


「わぁ・・・♪」


「ただし素質はいくつもあげられないよ? 数は一つだけで、

キミの合わないものもあげることは難しいかな・・・、

ま、とりあえずこれを見ておくれ」



 そう言いながら女神さまが軽く手を振ると、

空中にトランプくらいの小さいカードがたくさん現れました


 初めて見る魔法のような光景に、守くんは思わず感嘆します



「わ・・・♪ すごい♪ 手品みたいです♪」


「ありがとう♪ さて、この中から素質を選んでもらうんだけど、

たくさんあるから大まかに絞っていこうか」


「はーい」


「まずは、そうだね・・・、近くで戦うか、遠くから離れて戦うか、そこから始めよう、

で、キミは運動は得意かな? 例えば剣で戦うなら、普通のゲームと違って自分で武器を振り回さないといけない、

当然疲れたりするし、モンスターの近くにいれば攻撃もされるから、その分危険も増えるよ」


「う・・・、運動は、あんまり得意じゃないです・・・、それに危ないのも・・・」



 守くんの答えを聞いた女神さまが頷きながら人差し指を軽く頷くと、

浮いていた小さなカードがいくつも消えていき、一気に半分以上減ってしまいました


 その中から近くにあるものをまじまじと眺めながら、

もう一度女神さまが質問します



「うんうん、じゃあ遠距離から戦うのを主体にするかな、

次のその手段だけど・・・、まあ結構いっぱいあって、めぼしいのは弓・銃・魔法、こんなところかな?

何なら変な武器を使う素質もあったりするけど・・・、この3つから選ぶならどれがいい?」


「え~っと・・・、じゃあ、魔法がいいです、いろんなすごいことができそうだから♪」



 女神様の不思議な魔法を見ていたからでしょうか、それとも何かの物語に出てくる魔法使いを

想像したんでしょうか、守くんは魔法使いになりたいと言いました


すると、女神様はそれを快諾しますが、そこから少し悩むような素振りを見せます



「魔法か、では魔法使いで決まりだね♪ 魔法は一度覚えれば扱うのはそう難しくないし、

武器を使うよりはいくらか早く戦えるようになるよ♪ しかし・・・、ふむ、

そうすると魔法関係の素質を選ぶとして、問題は魔力かな・・・」


「まりょく? それって何ですか?」


「うん、「MP」って言えば分かるかな? 要するに、魔法を使うためのエネルギーさ、

それがある分だけ魔法を使えるけど、なくなったら何もできなくなってしまう」


「それなら分かります、・・・じゃあ問題っていったい何でしょう?」


「そうだね、率直に言うと・・・、キミに魔法を使う素質だけをあげて

向こうの世界へ送り込んだとしても、その魔法を使うためのエネルギーが足りないかもしれないんだ、

要するに、エネルギー不足で結局魔法が使えないということになる」


「えっ? それじゃあどうしたら・・・」


「ああ大丈夫だよ、魔法を使う素質だけじゃなく、魔力も一緒に増やせる素質をあげれば問題ない、

ただ、一人の人間に多くの力を与えると世界の法則が歪んでしまうから、少し工夫しなくちゃいけなくてね」


「???」


「とりあえず、キミには「良くない素質」も一つ選んでもらわなくちゃいけないんだ、

そうすれば、より強力な素質をあげることができる、

「良くない素質」というのは・・・、まあ例えばこんなものかな」



 問題点を簡単に説明したかと思うと、女神様はよく分からないことを言いながら手を軽く振り、

今度は違う色のカードを空中へ出しました


 そして、指さししたかと思うと、その中の何枚かが守くんに近付いていき、目の前で止まります


 守るくんが驚きながらそれを見ると、それぞれにいろんな文字が書いてありました



「それ、読めるかな? 難しい漢字は使ってないから大丈夫だと思うけど・・・、

とにかくそこに書いてあるのが「良くない素質」さ」


「えっと、なになに・・・? これは、「おおぐらい」?」


「その素質を選んだら、キミは向こうの世界で

毎日たくさんの食べ物を食べないといけなくなるんだ、

そうしないとすぐに力が出なくなってしまうし、具合が悪くなっちゃう」


「毎日いっぱいご飯を食べないとすぐ病気になるんですか?

うう、それはやだなあ・・・、じゃあこっちは・・・、「せんとうきょう」?」


「それはたくさん戦わないと気分が悪くなってしまう、

ずっと戦っていなかったら、相手が誰であろうと喧嘩をしようとするんだよ」


「それもいやです・・・、じゃあこれ・・・、「おそとずき」?」


「それは時々お外で遊んで、お日様の光を浴びたくなる素質だね」


「あ、そのくらいなら・・・」


「でもすまない、それは簡単に対処できる素質だから、

キミにあげようとしている素質と釣り合わなくて・・・、

まあつまり、選べないってことだよ」


「え~・・・、じゃあ・・・」



 素質の名前を尋ねると、文字を読まずとも女神さまがそれを簡単に説明してくれますが、

当然どれもあまりいいものがありません


 中には、恐らく気を遣って誤魔化したのでしょう

守くんには詳しく言わないようなとても危ないものまであったみたいです


 結局何を選んでいいか分からず、守くんはすっかり弱ってしまいました



「なかなか決まらないねえ・・・、これ、「炎に弱い」はどうだろうか?

炎の攻撃がかなり痛くなる、炎の魔法が使いづらくなる、

あと日常生活で火を使うのが怖くなるから代償としてはかなりきつい、けどその分・・・」


「い、痛いのはちょっと・・・、それに炎の魔法、使ってみたいです・・・」


「そうか・・・、お、じゃあこれはどうだろうか?」


「なんですか? 「じょせいによわい」・・・?」


「それは女性と戦う時かなり不利になってしまう素質だね・・・、

攻撃魔法の威力が著しく下がってしまう、

あと、日常生活で女性と接するのが苦手になっちゃうくらいかな・・・」


「女の人と戦ったりすることもあるんですか?」


「キミがやたらと喧嘩したいと思うなら、ね、

基本的にはモンスターとの戦闘だし、

万が一の時は逃げるって手もあるよ」


「喧嘩は・・・、したくありません、

それに、人と戦うなんてちょっと怖くて・・・」


「大丈夫、キミがそれを望まないなら

わざわざ敵対してくるような人はあまりいないよ、

それにさっき言った通り、いざとなれば逃げることはできるんだ」


「う~ん・・・、その素質、を貰えば

きちんと魔法が使えるようになるんですか?」


「そうだね、この素質と引き換えになら

結構いい魔法の素質をキミにあげることができるよ」


「じゃあそれにします、でもほんとに人と戦うことってないんですよね・・・?」


「ああ、キミが行く世界で戦うべき相手は主にモンスターだよ、

敵対しなければ人同士で戦ったりすることはあんまりないんだ」



 どこか煮え切れない言い方をする女神様ですが、

それに気付かなかった守くんはそれを素直に信じてしまいます


 簡単に避けられるような素質と引き換えに

どうしていい素質がもらえてしまうのか、彼はそこまで頭が回りませんでした


 これが後にちょっと大変な事態を引き起こしてしまうことなど分からないまま、

話はどんどんと進んでいきます



「よし、決まりだね♪ じゃあ、キミに与える二つの素質のうち一つは「女性に弱い」

これは女の人と戦うときに力が出なくなったりするし、

日常生活でもちょっとだけ女の人が苦手になる」


「はい」


「そしてもう一つは、「攻撃魔法の神童」だよ、

これは攻撃魔法の習得がとても簡単になり、威力が高くなり、

必要な魔力がかなり減るっていう素質なんだ」


「わ、すごい、そんなにいっぱいいいことがあるんですか?♪」


「うん、ただし「攻撃魔法」に限定されるからね?

そうじゃない魔法、たとえば回復魔法なんかは

地道に習得しなければいけないんだけど、それでもいいかな?」


「大丈夫です♪ それよりも、早く魔法を使ってみたいです♪」


「うんうん、その気があるのはいいことだけど、

これは実際に向こうの世界に行ってからのお楽しみさ♪」


「はーい♪」


「ともかくキミにこの二つの素質を与えよう・・・、さ、両手を出して」



 女神様に言われるがまま守くんが手を出すと、

空中に浮いていたカードのうち2枚がその手にそっと近づき、吸い込まれるように消えてしまいました


 これで魔法が使えるようになったのでしょうか?

守くんは驚きながら手を交互に眺めたり、開いたり閉じたりしてみますが

特に何か変わったようには思えません



「今のでキミに素質が渡った、さあ、それではそろそろ異世界へ出発してもらおうかな、

なに、そう固くならないでいい、きっと楽しいことが待ってるからね♪」


「は、はい・・・」


「それじゃあ・・・、世界を頼んだよ」


「えっ・・・?」



 女神さまの言葉を不思議に思った守くんは、それがどういう意味か聞き返そうとしましたが、

何か言うより先にここへ来たときと同じような眩しい光に包み込まれてしまいます


 そして、光が収まったところで目を開けてみると、そこに女神さまの姿はなく

あたり一面に荒野が広がっていました



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