第56話 選択した答えとその先

 西の空へと傾く夕陽に照らされる放課後の校舎裏。

 俺は待ち合わせ場所に到着して、ふと腕時計に視線を落とす。

 時刻は約束の時間である四時三十分ジャスト。

 俺はちらりと校舎裏へやってくる人影がないかを確認する。

 しかし、まだ約束の人物が現れる気配はない。

 緊張からか、俺は喉に何かつかえたような違和感を覚えていた。

 俺は咳ばらいをして、喉につかえている不思議な感覚を取り除く。

 そして、強張った身体をほぐすように大きく手を広げて、深呼吸を繰り返す。

 数回呼吸を繰り返してから、ふぅっっと大きく息を吐いて、一気に肩の力を抜いて脱力すると、少し気分が落ち着いたような気がした。

 刹那、校舎裏へと近づいてくる一つの足音が聞こえてくる。

 視線を向ければ、西日を背中に受けて伸びた影が一つ、ゆっくりとこちらへ近づいてきていた。

 校舎裏に姿を現したのは、俺が待ち望んでいた人物。

 小動物のようにおどおどした様子ながらも清楚感あふれる美少女。

 ミディアムヘアの髪を揺らし、華奢な身体を縮こまらせ、スカートの裾をきゅっと手で押さえながら、彼女は俺の元へと近づいてくる。

 夕陽を背中から浴びているため、小顔な彼女の表情はあまり覗うことが出来ないけれど、心なしか赤く染まっているように見える。

 俺は、そんな彼女に向かってにこりと微笑んで手を上げた。


「来てくれてありがとう。ごめんね、急に呼び出しちゃって」


 俺がそう答えると、彼女はふるふると首を横に振る。


「ううん。須賀君からの呼び出しだもん。来ないはずがないじゃない」


 そう言ってにこりと微笑むのは、クラスメイトの田浦愛優ちゃん。

 俺が昨日メッセージを送ったのは、田浦さんだったのだ。


「それで、話って何?」

「あぁ……それなんだけど……」


 二人の間に流れるしばしの沈黙。

 秋も深まり、冬の肌寒さすら感じる冷たい風が吹き抜け、彼女の髪を靡かせる。

 大丈夫、覚悟は決めてきた!

 どんな結果になろうと、この後は全て俺が責任を取る。

 自分の心の中に言い聞かせて、気持ちを奮い立たせた。

 胸が締め付けられる中、俺は大きく息を吸ってから、彼女へ言うべき言葉を口にした。


「田浦さん……俺は田浦さんのことが好きだ。だから、俺の彼女になってください」


 今言える最大限の言葉を口にして、俺は頭を下げた。

 須賀海斗は再び、目の前にいるクラスメイトの田浦愛優ちゃんへ告白をしたのだ。

 これが、俺自身が選んだ選択であり答え。

 紆余曲折あったけれど、やっぱり俺は、心の奥底から田浦さんのことが好きなのだ。

 言うべきこと、やるべきことをすべて言い終えた。

 あとは、彼女の返答を待つのみ。

 果して、俺の告白に対し、彼女の答えは……。


「そんなんじゃ……もう足りないよ」

「えっ?」


 意外な言葉に顔を上げると、田浦さんは今にも泣き出しそうな表情で胸に手を置いてぐっと何かを堪えていた。


「私、欲張りなの。彼女としてじゃなくて、これから須賀君とずっと一緒に寄り添っていきたいの。だから……」


 そう言って、田浦さんは顔を真っ赤にしながら、甘えるような目で見据えてきた。


「須賀君……私とこれから、一生一緒にいてくれませんか?」


 それは彼女からの、とんでもない告白。

 まさに虚を突かれたと言っていいだろう。


「えっ……そ、それってつまり……俺と……」


 そこから先の言葉を発するのに躊躇っていると、田浦さんがコクリと頷いた。


「私と、結婚を前提にお付き合いしてください」


 彼女がきっぱりと『結婚』という二文字を言いきった。

 その言葉に打ちひしがれて、しばらく呆然としていたものの、はっと我に返り、俺は顔がぶわっと熱くなるのを感じる。


「そ、その……俺なんかでいいの?」


 そんな自信の無いことを尋ねてしまう。


「むしろ、須賀君じゃないとダメなの。私はこれからもずっとそばであなたと一緒にいたい」


 はっきりと言ってきてくれる彼女の言葉が、俺の胸に染みわたっていく。

 心がどんどんと幸せに満たされていく感覚とはこのことかと実感する。

 そして俺も、ふぅっと息を吐いてから、彼女の勇気を振り絞った告白に答えた。


「こ、こちらこそ。末永くよろしくお願いします」


 俺がぎこちなくぺこりとお辞儀をすると、田浦さんはクスクスと笑いながらコクリと頷いてくれる。


「うん。こちらこそ、これからよろしくね! ……海斗!」


 そう言う彼女は恥ずかしそうにはにかみながらも、今までに見たことのないような幸せいっぱいの笑顔で微笑むのであった。

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