第55話 覚悟の選択

 学習塾を後にして、俺は夕食と風呂を済ませて、自室のベッドに横になってスマホをいじっていた。

 その手が、ぱたりと止まる。

 俺が一点を見つめているのは、とある人物とのトーク画面。

 どう伝えるべきか、俺は悩んでいた。

 文面ではなく、通話で直接伝えた方がいいだろうか?

 しかし、そもそも俺の考えがまとまっていない。

 言葉で伝えようとしたら、支離滅裂な説明になってしまいそうだ。

 それなら、頭の中の思考を文字化しつつ、考えをまとめてから文章で送った方が得策だ。

 総結論にいたった俺は、その後小一時間、文字を打ったり消したりを繰り返した。

 ようやく完成した文章を何度も読み返して、誤字脱字がないかを確認。


「よしっ……」


 気合を入れるようにしてふぅっと息を吐き、震える手で送信ボタンをボチっと押した。

 直後、トーク画面に俺が送信した文章が表示される。

 送信時刻を見れば、既に深夜の三時を回っていた。

 恐らく、向こうはもう眠りについているだろう。

 既読が付くこともなく、スマホの画面にはただ俺が送信したメッセージだけが表示されている。

 返信が返ってくるのは、朝以降になるだろう。

 ようやく重要なメッセージを送り終え、俺はふぅっと緊張の糸を切るようにして息を吐き、スマホを持ったまま手を体の横に下ろした。


「これで……いいんだよな」


 自分の心へ問いかけるようにしてつぶやく。

 おのれの気持ちに嘘はついていないか?

 本当にこの選択で後悔していないか、頭の中で何度も反芻はんすうする。

 まあ一応保険はかけておいたので、最悪直前で選択を変えることも可能っちゃ可能だ。

 それほどに今回の選択は、俺にとって心が痛むものであり、一人の高校生だけで決められるようなものではないほどに難しいものである。

 だからこそ、今送った内容に後悔をしないよう、俺はさっさと部屋の明かりを消して布団をかぶり、そのまま睡眠という深淵しんえんうみに身をまかせることにした。


 翌朝、寝たのが三時を過ぎていたこともあり、完全に寝坊した。

 急いで支度を済ませ、玄関を出てから最寄り駅までダッシュで向かう。

 学校へ何とか滑り込みで到着して、遅刻はまぬがれたものの、寝不足のためかそのあとの授業も全く集中できず、ずっと舟をこいでいた。

 そして、昼休みを挟んで六時間目の授業まで何とかやり過ごして迎えた放課後。

 HRを終えて、俺は荷物を持ってそそくさと教室を後にする。

 恐らくこの後行われるであろう答え合わせの前に、一人で考える時間が欲しかったのだ。

 向かったのは、特別棟とくべつとう三階にある図書室。

 教室棟から離れていることもあり、放課後に利用する人はほとんどいないようで、今は俺以外誰も生徒の姿は見受けられなかった。

 一人図書室の椅子に腰かけて、ぼんやりと窓の外を眺める。

 雲ひとつない青い空に、西の空へと傾きはじめた陽が特別棟を照らし、屋外のバスケットコートに建物の影を作っていた。


「はぁ……」


 俺は思わずため息をらしてしまう。

 何故なら、深夜に送ったメッセージの返事がまだ来ていなかったから。

 既読はついていたので、恐らく読んでくれてはいる。

 けれど、今朝から何度もスマホを確認しても、その人物からの返信は一向いっこうに訪れず、もやもやした気持ちが俺の心の中を満たしていた。

 果たして、彼女はちゃんと来てくれるのだろうか?

 そんな心配をしていた矢先やさき、制服のズボンのポケットに入れていたスマホが振動する。

 すぐさまスマホを手に取り画面を見れば、今ずっと考えていた人物からの返信だった。

 文面には――

『うん、分かった。行くね』

 とだけ書かれている。

 ひとまず、来てくれることに安堵して、俺は気持ちを切り替えた。

 

 この選択に後悔はない。

 例えこの選択で、他の誰かの人生を狂わせることになろうとも、俺はその人たちの責任も負う。

 それぐらいの覚悟を決めていた。

 図書室の時計を見ると、時刻はまもなく午後の四時半になろうとしていた。


「よしっ……行くか」


 俺は席を立ち、図書室の出口へと向かっていく。

 図書委員の学生に一礼して図書室を後にしてから、俺はとある場所へと向かうのであった。

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