第53話 唯一の相談できる相手

 結局、答えが出ないまま放課後を迎えた。

 部活にも顔を出しずらかったので、俺は一人トボトボと帰宅する。

 久しぶりにこんな明るい時間帯に学校を後にしたなと思いつつ、向かったのは駅前の学習塾。

 悩みがあるとて、勉強課題のノルマを進めなければならないのは学生にとって必要命題。

 仕切りで区切られた個別の学習机がずらりと並ぶ中、俺はラッキーなことに端の席を確保することが出来た。

 そのまま椅子に座り、バッグの中から参考書とノート、筆記用具を取り出して、頭を一旦勉強モードに切り替える。

 校内でもなければ、紗季姉と田浦さんに声を掛けられる心配もなかったからか、学校で授業を受けている時とは違い、すぐに勉強へ取り組むことが出来た。

 二コマ分の授業を消化し終えて、俺はようやく画面から目を離して、集中を切るようにぐっと腕を上に伸ばして伸びをする。

 ちらりと周りを見渡せば、多くの学習机がまっており、校舎内は活気をみせていた。

 ふと隣の席の生徒を見ると、同じ宇立うだ高校の制服を身にまとっていることに気づく。

 身体を丸め、うつぶせの状態で机に突っ伏して腕を枕代わりにして眠っている金色の髪が特徴的な彼女は、クラスメイトの木下夢香きのしたゆめかだった。

 机には参考書が広げられており、画面に映る講師も映像が停止された状態で止まっていて、イヤホンを耳につけたまま眠っている。

 どうやら仮眠をとっているらしい。

 足元には有名なメーカーのテニスバッグが置かれており、部活終わりに勉強しに来たことがうかがえる。

 すると、俺の視線に気が付いたように身体をピクっと震わせて、木下さんが頭を起こす。

 目をわざときゅっとつむり、眉間みけんしわを寄せて、朦朧もうろうとした意識を戻している。

 パッと目を開けて、ふぅっと力を抜くようにして息を吐くと……俺の視線に気づいたのかバッと首を俺の方へ向けてきた。

 俺と視線が合うと、寝ていた姿を見られたのが恥ずかしかったのか、軽く頬を染める木下さん。

「なっ……何じろじろ見てんだし」

 そう俺に聞こえるぐらいの声で言って、ぷいっと顔を逸らしてしまう。

「いや……授業受け終えたらたまたま木下さんが隣の席で心地よさそうに寝てるの見えたから」

「あーもう、知り合いに見られるとかマジ最悪っしょ……」

 そんな愚痴ぐちめいた言葉をこぼす木下さん。

 すると、ぎろりと鋭い視線を俺へ向けて来て、顎で付いてこいとうながしてくる。

 木下さんはイヤホンを外して席を立ち、トコトコと休憩スペースの方へと向かって行ってしまう。

 俺も木下さんの後を追いかけるようにして椅子から立ち上がり、貴重品だけ手にして彼女の後姿を追っていった。

 休憩スペースに向かうと、先に到着していた木下さんが自販機で飲み物を購入していた。

 自販機の取り出し口に手を突っ込み、中から取り出したのは缶コーヒー。


「須賀は?」

「いや、俺はいい」


 そう言って首を横に振ると、『あっそ』と言って、木下さんはすぐそばにある椅子へと腰かけた。

 プルタブを開けて、缶コーヒーを口元へと持って行き、グビグビと何口か飲んでいく。

 その間に、俺も木下さんと向かい側の椅子に腰かける。

 コーヒーの缶をテーブルの上に置き、木下さんは細い目で俺を見つめてきた。


「んで、須賀はどうして今日一日ボケッとしてるわけさ?」

「えっ……そうかな?」

「とぼけても無駄。今日一日中上の空って感じで、愛優あゆが声掛けに行っても『何でもないの』一点張り。逆に何かあったとしか思えないっしょ」

「まっ……それもそうか」

「で、アーシからしたらあんたが何で悩んでるのかなんて、正直どうでもいいけど、あんたが元気ないと愛優がずっと心配するからこっちが迷惑してるってわけ。だから、愛優にも言えない悩みがあるんだったら、アーシが相談に乗ってやんよ?」

 

 そう言って腕を組み、少々上から目線で言ってくる木下さん。

 確かに、木下さんは今回の件に関してある程度情報を知っていて、当事者ではない存在。

 相談相手にはもってこいかもしれない。

 そう感じた俺は、神妙な面持ちで両肘をテーブルについて、組んだ手の上に顎を乗せ、木下さんを見据えた。


「ちょっと長くなるけど、聞いてくれる?」


 そう尋ねると、木下さんは腕を組むのをやめ、すっと身体を前がかりにしてにやりと微笑む。


「当たり前っしょ」


 俺は知っている、こういう時の彼女は、結構いい奴なのだと。

 まあ、噂話とかが好きだから、そう言う情報を手にしたいだけかもしれないけど、今は弱みを握られるとか言っている場合ではない。

 こうして俺は、何かいいアイディアが思い浮かぶのではないかという淡い期待を込めて、彼女へ相談するのであった。

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