第51話 最後の試練

 翌朝、入念に準備を整えて制服へと着替える。

 鏡の前で身だしなみをチェックして、俺はふぅっと息を吐いて肩の力を抜いた。


「よしっ!」


 気合を入れ直して、玄関から出る。

 外へと出て、ちらりと隣の家を覗き見ると、紗季姉の車は既に無く、先に決戦の場へと向かっていったらしい。


「まさか、紗季姉とこんな形で戦う立場になるとはなぁ……」


 そんなことをしみじみ思いながら、俺は駅へと向かって歩き出した。

 学校へ到着して昇降口で上履きに履き替える。

 早朝の校内は、相変わらず静寂とした雰囲気が佇んでいた。

 俺は一人誰もいない校内をトコトコと歩きつつ、一度教室に向かい荷物を置く。


「……うしっ」


 一人で気合を入れ直してから、俺は指定されたボス戦の家庭科室へと向かう。

 渡り廊下を歩いて家庭科室のある特別棟へ向かうと、さらに人の気配が減り、薄暗さも感じる。

 心なしか廊下も家庭科室へと近づいていくにつれて、肌寒くなっていくような感じがした。

 そんな見えない重圧感に気圧されて、自然と家庭科室へ向かう足取りは重くなってしまう。

 ただ紗季先生に呼び出されて向かっているだけなのに、まるでラスボスへとたった一人で立ち向かう勇者みたいな気持ちになっていた。

 特別棟の薄暗さや静寂さが相まって、嵐の前の静けさのように感じられてしまう。

 胸の鼓動がドクン、ドクンと脈を打ち高まる。

 身体は強張り、明らかに緊張しているのが自分自身でも身に染みてわかった。

 そうこうしているうちに、俺は階段を降りて、目的の家庭科室前へと到着してしまう。

 俺はふぅっと大きく一息ついてから、コンコンと扉をノックする。


「はい」


 中から、紗季姉の声が聞こえてきた。


「失礼します」


 俺は意を決して、スライド式のドアを開け、家庭科室へと入る。

 中へ入ると、家庭科室の前の席に、紗季姉が待っていた。


「来たわね……」


 家庭科室の中央の通路を通り、俺は紗季姉の目の前へと一歩ずつ近づいていく。

 机を挟んだ向かい側で立ち止まると、紗季姉が手で椅子に座るよう促してくる。

 俺は紗季姉に従うようにして、椅子に腰かけた。


「それじゃあ早速、洗いざらい話してもらおうか」

「……えぇ、分かったわ」


 そして、おもむろに紗季姉は語り出す。


「さて、何から話そうかしら……聞きたいことはあるかしら?」

「まあまずは、俺と紗季姉が付き合ってるように仕向けた理由を聞こうかな」

「そんなの決まってるじゃない……昨日も聞いたけれど、本当に分からないの?」

「分からないから聞いてるんだよ」

「そんなの……海斗に彼女が出来るのが嫌だったからに決まってるからじゃない!」


 そう言って、怒気強めに紗季姉は言い放つ。

 俺は予想外の言葉に呆けてしまう。


「つ、つまり……」


 思わず続きの言葉を呑み込んでしまう。

 嫌な汗がぶわっと溢れ出るのがわかる。

 俺が驚いて口をぽかんと開けているのを見て、紗季姉が言葉を続きを汲み取ってくれた。


「そうよ。私はあなたが田浦さんに好意を寄せていることを知っていた。だから、海斗と彼女が付き合えないよう、三浦君や小林さんを利用して、学校全体を巻き込むことによって二人を付き合えないようにしたのよ」


 つまり、最初から俺が田浦さんに告白することを紗季姉は知っていて、今までの俺の動向は全て掌で踊らされていたというわけだ。


「何でそんなことする必要があるんだよ……俺がどれだけそれで苦しんだと思ってるんだ?」

「確かに海斗には結果として辛い思いをさせてしまったわ。でもそれは、一時の感情でしかないでしょ?」

「どういうことだ?」


 すると、紗季姉は椅子から立ち上がり、ポケットの中から何やらスッと一枚の用紙を差し出してくる。

 俺は折りたたまれた紙を受け取り、丁寧に開いてみる。

 その中身には、目を疑うようなものが記載されていた。


「私は誰よりも海斗のことを理解してるつもりよ。だから最後には、あなたが私の元へ戻ってきてくれると信じてるわ」


 俺が手に持っている用紙には『婚姻届』と書かれており、紗季姉と俺の名前が記載されていた。


「海斗……私だったら、未来永劫あなたのことを愛してあげられる。だから、私の元へ帰ってきて頂戴」


 潤んだ瞳で懇願してくる彼女は、俺が思っていたようなラスボスでもなんでもなく、ただの恋する乙女そのもので……。

 ラスボスと思われていた彼女からの願いは、俺への愛の告白であった。

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