第49話 最後の晩餐

 田浦さんと別れて、俺は家に帰宅した。

 制服から私服に着替えて、リビングへと向かって早速夕食作りに取り掛かる。

 今日のメニューは唐揚げ、枝豆、大学芋と居酒屋で出てきそうな品ばかり。

 何故なら今日は、俺の手料理を待ちに待っていた人がやってくるから。

 下準備を終えて、俺が唐揚げを揚げ始めた時、家の玄関がガチャリと開く音が聞こえる。

 そして、軽やかな足取りでリビングへと足音が近づいてきて――

 思い切りよくリビングの扉が開かれた。


「たっだいまー海斗!」


 ビニール袋を手に持った紗季姉が元気よく手を上にあげながらリビングへと入ってきた。

 夜はもう肌寒い季節だというのに、紗季姉はvネックのシャツに短パンというラフな格好をしている。


「ただいまじゃなくてお邪魔しますだろ。ここ紗季姉の家じゃねーんだから」

「まあまあ、細かい事は気にしない気にしない」


 そう言いながら、後ろ手でリビングの扉を閉めた紗季姉は、スタスタとキッチンの方へと向かってきて、俺の隣にピタリとくっついてきた。


「えへへっ」


 そして、隣で満面の笑みを浮かべて、俺の顔を覗き込んでくる。


「な、何?」

「んー? なんでもなーい~」


 そうは言うものの、何か意味ありげな表情で首を傾げる紗季姉。


「紗季姉、近いと調理の邪魔だから」


 俺が適当にあしらって手で振り払おうとすると、その手をぎゅっと紗季姉に掴まれてしまう。


「つーかまーえたっ!」


 無邪気にはしゃぐ子供のように俺の手を掴み、頬擦りしてくる紗季姉。


「ちょ……鬱陶しい! いいから席に座って待っててよ」

「だってー。海斗とのこの日常を私がどれだけ待ち望んだことかー!」


 頬ずりをしながら、上目遣いで潤んだ瞳を向けてくる紗季姉。


「はいはい、俺も嬉しいよ」

「そーだよね! んーっ!」


 そして、また嬉しそうに掴んだ腕に頬ずりをしてくる紗季姉。

 相当欲求が溜まっていたのか、ベッタリと俺にくっついてくる姿は、まるで付き合いたてのイチャイチャカップルのようだ。


「ほらっ、油はねると危ないから、どいてどいて」


 今度こそ俺は捕まれていた手を振り払い、こんがりと黄金色に揚がった唐揚げを油の中から上げていく。


「うわぁ……美味しそう……!」


 きらきらと瞳を輝かせ、口元を緩ませる紗季姉。

 まあ、久しぶりに俺の手料理を食べるわけだから、紗季姉にとっては待ち望んでいたと言えるだろう。


「ほら、早く食べたいなら、テーブル周りの準備手伝って」

「はーい!」


 そう言って、紗季姉は素直に俺の指示に従い、食器棚から取り分け皿やお箸などを一式取り出して、テーブルへと運んでいく。

 俺はその間に砂糖を入れて、大学芋作りへと取り掛かる。


「枝豆あんじゃん-! お先に一ついただきー」


 テーブルでは、紗季姉が茹でたばかりの枝豆をつまみ食いしていた。


「茹で加減どう?」

「うん、ばっちり」


 そう言って、親指と人さし指でまるポーズを作ってみせる紗季姉。

 俺は大皿に唐揚げを盛り付け、大学芋も底の深いボール状の皿へと盛り付けて、テーブルへと運んでいく。


「へい、お待ち」

「うわぁー……美味しそう……!」


 今にも涎が垂れてきてしまいそうなほどに目の前の料理にしか目がいっていない。


「先に食べてていいよ」

「ホントに⁉ じゃあ遠慮なく、いただきまーす!」


 手を合わせてから、紗季姉は早速取り皿に唐揚げを二つ取ってから、思い切りよくかぶりつく。


「んんっ~!!!! これよこれ!」


 そう言って、歓喜の声を上げながら舌鼓を打つ紗季姉。

 久しぶりに見る光景に、何だか俺もほっこりとしてしまう。


「ビールは飲まなくていいのか?」

「あっ、そうだ! 忘れてた、忘れてた」


 俺に指摘されて、テーブルに置いていたビニール袋から取り出したのは、コンビニで購入したであろう缶ビール。

 プルタブをカシャと開けて、そのままゴクッゴクッゴクッと勢いよく呑み込んでいく。


「ぷはぁー! うめぇー!!! やっぱり海斗の手料理しか勝たん!」

「それなら何より。今ご飯用意してくるから、ちょっと待っててね」

「ありがとー!」


 俺はキッチンに戻りつつ、舌鼓を打つ紗季姉へちらりと視線を向ける。

 まあ、もしかしたら今日が最後の晩餐になってしまうかもしれないからね。

 これくらいはいい気分にしておいてあげよう。

 それに、俺も作った手料理を他の人に絶賛してもらって嫌な気分ではなかったから。

 だからこそ、この後伝えなければならない悲しい現実から、今は少しでも目を背けたいと思ってしまう。

 でも、現実を受け入れなければ前に進めない。

 それがわかっているからこそ、俺は最終決戦に挑むのだから。

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