第46話 海斗の決断

 翌朝、俺は同じ時間に家を出た。

 それとほぼ同時にして、紗季姉が隣の家から出てくる。


「おっはよう海斗! 今日も勉強頑張ってね」

「……おう」


 俺は紗季姉へそっけない返事だけを返して、顔を見ることなくスタスタ駅へと歩いて行く。


「ちょっと海斗⁉ どうしたの?」


 紗季姉の声を無視して、俺はそのまま駅へと向かっていく。

 登校して、俺は朝から問題集を開き、勉強を始める。

 けれど、勉強をしていても全く身が入らず、出るのはため息ばかりだ。


「須賀君……須賀君……」


 誰かに呼ばれたような気がして、ふと顔を上げると、そこには心配した顔で覗き込む田浦さんの姿があった。


「おはよう須賀君」


 そう言って挨拶をしてくる田浦さん。

 けれど、表情はどこか浮かない様子で、バツが悪そうに顔を覗き込んでくる。


「おはよう田浦さん……」


 田浦さんへ挨拶を返してふと視野を広げると、そこにはいつもと変わらぬ日常の喧噪が漂っていた。


「俺がこんなに悩んでても、周りの連中ってのは気づくことなくこうして日常を繰り返してるんだよな……」


 思わず他の奴らがきらきらと輝いているように見えて、そんな独り言を漏らしてしまう。


「そ、そんなことないよ……須賀君には、私が付いてるよ?」


 すると、田浦さんは恥ずかしそうに頬を染めながらモジモジと身体を揺らしてこっちを見つめてくる。


「……ふふっ、ありがとう田浦さん。ホント、田浦さんだけが俺の見方だよ」


 そう思わないと、俺の心は押し潰されそうだったから。

 今信じられるのは、田浦さんだけだった。

 もし彼女にも裏切られてしまったら、もう誰を信用して生きて行けばいいのか分からないくなる。

 それほどに、昨日田浦さんから聞いた真実は、とんでもないものだったのだ。


「須賀君は、これからどうするの?」


 田浦さんはそう尋ねてくる。


「まあ、少なくとも本人を問い詰めて、吐かせるしかないだろうな。心苦しい所ではあるけど」

「……私も協力した方がいい?」

「うーん……」


 俺は首に手を当てて考える。

 正直、これ以上田浦さんを関わらせてしまったら迷惑を掛けてしまう。

 これは、俺自身の問題であって、これ以上田浦さんに深入りさせるのは良くないと感じる。


「大丈夫、今回は自分で何とかするよ」

「そっか……分かった」


 にこりと微笑む田浦さん。

 刹那、登校時間を告げるチャイムが校舎に鳴り響く。


「それじゃ、また」

「うん、またね」


 そうして自席へと向かう田浦さんの後姿は、どこか物寂しさを感じているような気がした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る