第43話 かくしごと~京谷Side~

 太陽が西に傾き、影が大きく伸びる夕刻時の放課後。

 俺は学校の外周を走っていた。

 放課後のサッカー部の練習に身が入らずミスを連発した結果、コーチから罰として学校の外周十周を課されてしまったのである。

 心ここにあらずとはまさにこのこと。

 家庭科室での件があってから、海斗とは一度も顔を合わせることなく、一日を過ごした。

 ランニングをしている間もずっと、頭の中では後悔の念と自身の選択がこれで良かったのかということが頭の中を駆け巡り、終始上の空という感じで走っていた。

 ようやくグラウンドへ戻った頃には、既に練習は終了しており、後片付けを終えた部員たちもグラウンドにはおらず閑散としていた。

 俺は一人コーチから説教を食らった後、部室へと向かい帰り支度を始める。

 部室へ向かうと、いつもと様子の違う俺を心配して、部の仲間たちから声を掛けられたものの、なんと言って取り繕ったのかさえうろ覚えだった。

 結局俺は、『教室に忘れ物をしたから、先に帰っててくれ』と部の仲間たちに告げて、一人教室へと戻る。

 特に用事があったわけではないけど、今は一人になりたい気分だったのだ。

 教室内が夜闇よやみつつまれていく中、下校時間のチャイムが鳴り響く。

 下校時刻が過ぎても、俺は自席に座ったままただ呼吸を繰り返していた。

 すると、ガラガラガラっと教室の扉が開く音が聞こえる。


「……三浦君、下校時間過ぎてるわよ。早く帰りなさい」


 声を掛けてきたのは、見回りに来た紗季先生。


「……」


 しかし俺は、無言でただじっと座ったまま動こうとせずに脱力していた。


「大丈夫よ。別に私も今回のSNSの件を他の人に広める気はないし、両者和解という形で画像を消して『おとがめなし』ということにする予定だから。そんなに気落ちしないの」

「……誰のせいだと思ってんだよ」


 思わず、怒りからそんな独り言が漏れてしまう。

 気付けば、ぐっと手を握りしめて、拳に力を入れていた。

 肩がぷるぷると震え、これ以上何かあおられれば暴力沙汰も辞さないといった状態になっているのがわかる。


「はぁ……他の先生に見つかる前に帰りなさいよ。私は一応忠告したからね?」


 そう言い残して、紗季先生はガラガラっと扉を閉め、見回りへと戻って行ってしまう。

 足音が聞こえなくなったところで俺の怒りは収まり、ようやく身体の強張りが解け脱力感が戻ってくる。

 俺はため息を吐いてから立ち上がり、ゾンビのようなふらふらとした足取りで昇降口へと向かった。

 

 学校の校門を出て、しばらく無気力状態で駅に向かって歩いている時の事。


「三浦君」


 すっと立ち止まって振り返ると、そこに居たのはクラスメイトの田浦愛優ちゃんだった。

 彼女は心配そうな様子で俺のことを気に掛けてくれている。


「大丈夫?」

「ふっ……今の姿を見て、大丈夫に見えるか?」


 自虐的じぎゃくてきに答えると、田浦さんは苦い顔を浮かべる。

 それでも田浦さんは逃げることはせず、俺の元へと近づいてきて、ガシっと俺の腕を掴んできた。

 いきなりの出来事に俺が驚いていると、田浦さんは真剣な眼差しで見つめてくる。


「SNSの件。どうして本当のことを言わなかったの?」


 そう俺に疑問を問いかけてくる田浦さん。

 俺は一つ息を吐いて、顔を引きつらせる。


「まっ……俺も自分優先だったってことだよ」

「どういうこと?」


 意図が分からないのか、田浦さんは眉を顰めて俺の瞳を覗き込んでくる。


「朝にも言ったろ、俺は利用されてるにすぎねぇって。だから俺も、利用されるくらいなら自分のやりたいようにやろうって」


 そう、俺が海斗と紗季先生が個別面談室で二人きりでいるところを撮影した瞬間を田浦さんに取り押さえられて家庭科室で待っている時、俺は田浦さんへ真実を話していたのだ。

 その上で、彼女に協力を依頼したのである。


「頼むから、今回の一件は全部俺がやったことにしてくれと。そうすれば、アイツが罰を受けなくて済むから」と……。


 今の様子を見れば、田浦さんは海斗へ真実を言わないという約束を忠実に守ってくれているらしい。

 けれど、納得はいっていないという顔だ。

 そりゃそうだ。

 田浦さんにとっては、俺とのことなんてどうでもいい。

 彼女の中で一番大切な存在は海斗なのだから。

 本当のことを海斗へ言えないのも、もどかしくて辛い気持ちなのだろう。

 俺は逆に、田浦さんの肩を掴んでじっと目を見据える。


「頼む。今回だけは、俺を悪者扱いさせてくれ。田浦にも本当は告げるべきじゃなかったんだろうけど、俺には必要なことだから納得して欲しい」


 俺がそう言うと、田浦さんは俯きがちに小声で答えた。


「じゃあ何で……私には本当のこと教えてくれたの?」

「そりゃまあ……これが俺からヤツに反抗出来る、唯一の悪あがきだからだよ」

「……呆れた、ほんと勘弁してよね。あんなこと言われたら、私はどうすればいいか分からないじゃない」

「決まってんだろ。須賀を最後まで守り切れ。それが出来るのは、田浦さんだけなんだから」

「……私になんか、務まらないよ」

「そんなことねぇよ。実際、贔屓目ひいきめなしでもお似合いだと思うぜ、お前ら二人」

「だけど私は……」

「それ以上は言うな……結局いずれ訪れる未来だったんだ。それが今だったってことさ」


 そう言い終えて田浦さんの肩から手を離すと、田浦さんは暗い顔を浮かべてため息を吐いた。


「……こんなに複雑に絡み合ってなければ、もっと幸せな未来が築けたかもしれないのに、現実って思った以上に残酷なんだね」


 そう言う田浦さんの表情は、どこか悲しみに満ちていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る