第41話 盗撮の犯人

 家庭科室の入り口の扉を開けると、部屋の中央付近で椅子に座って背中を丸めてしゅんとなっている京谷と、その前で仁王立ちしている田浦さんの姿があった。


「須賀君……」


 田浦さんがこちらへ視線を向けると、助け船を求めるような目で見つめてくる。

 俺は田浦さんへコクリと頷き、戸惑った様子を見せることなく背中を向けている京谷の元へと向かっていく。

 その間、紗季先生は何がなんだか分からないと言った様子で黙って俺の後ろをついてきた。

 俺は京谷の後ろまで歩みを進めてから立ち止まる。

 そして、はぁっとため息を吐いた。


「やっぱりお前だったんだな、京谷……」

「……」


 しかし、京谷は俺の言葉に反応を示すことなくずっと黙っている。

 家庭科室内が重苦しい空気に包まれる中、ようやく京谷が口を開く。


「どうして、俺だって分かったんだ?」


 消え入りそうな声で尋ねてくる京谷。

 しかし、視線は未だにこちらへ向けようとはせず、ただ地面の一点をじっと見つめていた。


「いやっ、実を言うと昨日まではおおよその見当はついてたけど、なかなか特定までは至らなかった。でも昨日、予備校の帰りに木下さんに見せてもらったSNSの写真を見て気づいたんだ」


 予備校帰り、木下さんが教えてくれたSNSへアップされていた写真は、教室内で俺と紗季先生が二人きりで、仲良さそうに話している様子が盗撮されたもの。

 記憶をたどっても、俺と紗季先生が教室内で二人きりになったのは、昨日の朝意外あり得ないのだ。


「それで、紗季先生が教室を出て行った直後。京谷が教室後方から入ってきた。写真のアングルからして、教室後方から撮られたものだと言える」

「それで、俺だって分かったと」

「あぁ……でもまあ、直接本人に聞いてもしらばっくれるだろうから。あえて罠を張ったんだよ。俺と紗季先生が二人きりになるシチュエーションを作ってな」


 昨日の帰り際、田浦さんへ突然電話したのは、作戦に協力してもらうため。

 俺は紗季先生と個別面談室で二人きりになるというシチュエーションを作り出し、その現場付近に田浦さんを張り込ませて犯人がやってくるのを待った。


「そんで、俺と紗季先生が二人きりでいる決定的な場面を盗撮している瞬間を、田浦さんに撮影してもらうことで、犯人をこうして追い詰めたってわけよ」

「っふ……つまり俺は、しばらく泳がされてたってことか」


 自分の愚かさに、自虐的に笑う京谷。


「なぁ京谷。お前は一体何が目的でこんなことしたんだ? 何か理由があったんだろ?」

「別に理由なんてねぇよ。ただ、俺はお前らが気にくわなかっただけだ」

「はっ?」


 理由が幼稚すぎて、俺は思わず呆れた声が漏れてしまう。


「お前が浮かれてんのが気にくわなかった。だからお前を苦しめてやろうと思った。それだけじゃ理由が足りねえか?」


 ようやくこちらへ首を向けた京谷の表情は、どこか飄々とすらしていて、反省の色すら感じられない。

 そんな京谷の態度に、俺はイライラとした気持ちがこみ上げてくる。


「お前……そうやって人の邪魔して楽しんで、ほんと最低な奴だな」

「ちょっと、須賀君⁉」


 怒り任せに発した言葉に、思わず田浦さんが止めに入ろうとしてくる。

 けれど、俺の怒りは止まらなかった。


「お前のせいでな……っ! 俺がどれだけ迷惑してるか分かってんのか⁉ 機会も逃した挙句、校内では噂が出回って他の奴から白い目で見られる息苦しい生活に、どれだけ耐えたと思ってんだ!」

「そかそか……そりゃ大変だったな」

「てめぇぇぇぇ!!!!」


 俺が怒りに任せ、京谷へ飛びつこうかというところで、後ろからガシっと紗季先生に両肩を抑えられる。


「やめなさい海斗! それ以上手を出したら、教師として見過ごすわけにはいかないわ!」

「でもっ……紗季姉だって被害者だろ? こいつにはこれぐらいの制裁が必要なんだよ!」

「いいから落ち着きなさい!」


 すると、俺の脳天に鋭い一撃が放たれる。

 ノーガードの頭にクリーンヒットして、俺は痛みでその場に蹲ってしまう。


「いってぇ……」

「とりあえず、事情は分かったわ。この件は学校側で責任をもって対処します。田浦さんは須賀君の頭を冷やしてあげて頂戴。もうホームルームまで時間がないから、先に教室に帰ってて」

「わ、分かりました」


 紗季先生の有無を言わせぬその言葉に、田浦さんは素直に従って蹲る俺の背中を優しく支えてくれた。


「須賀君、一旦教室に戻ろ?」


 これ以上の暴走は無意味だと感じ、俺はゆっくりと立ち上がり、じっと数秒間睨みつけてから踵を返して、家庭科室を後にする。


「す、須賀君大丈夫?」


 教室へ戻る間、田浦さんが隣に寄り添って声を掛けてくれたけど、俺は何も言葉を返すことなく、やるせない気持ちが心の中にずっとムズムズと居座り続けたのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る