第40話 仕掛けた罠

 翌朝、家を出ると、昨日と同じタイミングで紗季姉が玄関から出てきた。


「おはよう紗季姉」

「おはよう海斗。今日も教室で勉強?」

「うん」

「そう……大学受験に向けて今から気合を入れるのはいい事よ。頑張って頂戴」

「ありがとう」

「それじゃ、また学校で」


 そして、紗季姉は駐車場に止めてある愛車へと乗り込もうとして――


「紗季姉!」


 っと、俺が呼び止めた。

 紗季姉は車のドアを開けたところで動きを止め、こちらへ顔を向けてくる。


「何?」

「実はその……昨日勉強してて分からないとこがあったから、学校に着いたら教えて欲しいんだけど、時間あるかな?」

「えぇ、もちろんよ。そしたら、私が教室に行けばいいかしら?」

「いやっ……俺が職員室の方に行くよ」

「分かったわ。じゃあ職員室で事務作業しながら待ってるわね」


 紗季姉はそう言って車へと乗り込んでいく。

 心なしか、俺に頼られたのが嬉しかったのか、紗季姉の頬はにやにやと微笑んでいるように見えた。

 そんな紗季姉をよそに、俺も学校へと向かうため駅へと歩き出す。

 俺がこれから何をしようとしているのかも紗季姉は知るよしもなく……。


 学校に到着して、教室の後ろのドアをスライドして開けると、案の定教室内には誰もおらず、辺りは閑散かんさんとしていた。

 席に座り、ちらりと教室前に掛けられている時刻を確認すると、時計の針は七時三十分を示している。

 俺は鞄の中から筆記用具と参考書を取り出して、机の上に置く。

 そして、そのまま紗季先生の元へ――

 とはならず、俺は再び鞄の中から今度は英単語帳を取り出し、パラパラとめくりながら覚えていない単語の意味を暗記する。


 ガチッ。


 そして、長身の針が八の数字を差したところで、スマホのバイブレーションが鳴った。

 画面を見て、とある人物からメッセージが着ていることを確認してから、俺は席を立ち、参考書を持って教室を後にする。

 前のドアから出て廊下に出ると、廊下にはちらほらと登校してくる生徒の姿があった。

 そんな徐々ににぎわいを見せていく学校の様子をどこか一歩引いた様子で眺めつつ、職員室へと向かう。

 入り口でコンコンっと扉をノックしてからドアを開ける。


「失礼します。おはようございます。大津先生はいらっしゃいますでしょうか?」


 俺が職員室を見渡すと、職員室奥の自席で事務作業を進める大津先生の姿があった。

 大津先生は、顔を上げて俺を見ると、顎でしめして、個別面談室へ向かうよう無言でうながしてくる。

 俺も無言で頷き返し、「失礼しました」と言って職員室を後にした。

 そして、職員室の隣に隣接されている、個別面談室へ足を運ぶ。

 三つあるプレハブの個室の一番奥の部屋へと入り、俺は手前のパイプ椅子へと腰かけて、手に抱えていた参考書を机の上に置いて紗季先生を待つことにした。

 しばらくして、コンコンと扉がノックされ、プレハブの個別面談室へ紗季先生が手ぶらの状態で入ってくる。


「ごめんなさい、待たせてしまって」

「いえっ……お忙しい中お時間を取って頂きありがとうございます」

「それで、教えて欲しいのは何かしら?」

「えっと、ここなんですけど……」


 事前に勉強を教えて欲しい延べを伝えていたこともあり、紗季先生は面談室に入ってくるなりすぐさま本題へと入った。

 俺もすぐに、分からない箇所を開き、紗季先生へ教えを乞う。

 問題集の古文の問題を普通に教えてもらうこと十分ほど……


「という感じね。分かったかしら?」

「はい、物凄い分かりやすかったです! ありがとうございます」

「いいのよ。私が海斗のことを手助けできることなんてこれくらいしかないのだから」

「紗季姉……」

「さっ、そろそろ私は授業の準備するから戻るわね」

「うん」


 そう言って、紗季姉が席を立とうとしたところで、ポケットに仕舞い込んでいたスマホのバイブレーションが振動する。


「紗季姉、ちょっとごめん」


 一つ断りを入れて、俺はポケットからスマートフォンを取り出して、通知の内容を確認する。

 連絡は田浦さんからだった。


『言われた通りにしたら、本当に現れてびっくりしたよ。今家庭科室で尋問中だから、紗季先生と一緒に来てくれると助かるな』


 どうやら俺の予想は大当たりだったらしい。

 俺はすっと視線を上げて、紗季姉を見据える。


「どうしたの、海斗?」

「悪い紗季姉。この後ちょっと付き合ってくれないか?」

「え、えぇ……別に構わないけれど、一体どこへ行くつもりなのかしら?」

「いいから」


 俺は紗季姉に重要な情報を伝えることなく、参考書を腕に抱えて、個別面談室を後にする。

 そのままスタスタと教室とは反対方向へと歩いて行く。


「ちょっと、どこに行くのよ⁉」


 戸惑った様子の紗季姉の声を無視して、俺は目的地である家庭科室へと足早に向かった。

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