第37話 お疲れの後輩

 授業を終えた放課後、視聴覚室へ向かうと、いつもの席で姫織が珍しくうつ伏せ状態で眠っていた。


「姫織……起きてるかー?」


 小声で話しかけてみても姫織からの返事はない。

 どうやら相当疲れてたらしく、スヤスヤと心地よさそうな寝息を立てて眠っている。

 起こすのも悪いと思い、俺は静かに近くの椅子に腰かけて、PCを起動させた。

 PCを立ち上げて、パスワードを打ち込みデスクトップ画面を開いたところで、今日は何をしようかと思案する。

 姫織も寝ているし、これと言って活動するようなものもない。

 ちらりと姫織の方を見て、起きる様子がないかを再度確かめてみる。

 しかし、彼女は相変わらずスヤスヤと心地よい寝息を立てて爆睡していた。

 すると、姫織の横に置いてあるスマホの画面が無音で明るくなる。

 どうやら通知が来たようで、音が鳴らない設定にしてあるらしい。

 姫織の通知画面には、SNSのリプの返事が返ってきたのか、何通も反応が返ってきている様子。

 通知が届いては一定時間経つと画面が消え、届いては消えを繰り返していた。

 ただ、あまり他人のプライベート情報を見てはいけないと思い、俺はすぐさま視線をPC画面へ戻す。

 そして、しばしやることが見つけられずにただぼーっとPC画面を眺めて――


「勉強でもするか」


 と呟き、鞄から問題集と筆記用具を取り出して、勉強を始めるのであった。


「……はっ⁉」


 しばらくすると、ガタガタっと机を揺らしながら、姫織が盛大に目を覚ました。

 数秒間硬直して、じぃっと真っ暗のPC画面を見つめて固まっている。


「おはようさん。よく眠れたか?」


 俺が声を掛けると、姫織はばっと首をこちらへ向けた。


「せ、先輩⁉ いたなら起こしてくださいよ!」


 恥ずかしそうに顔を染めて、姫織が抗議してくる。


「いやぁ……あまりに気持ちよさそうに寝てたから、起こしたら悪いかなと思って」

「そこは心を鬼にして起こしてくださいよぉー」


 ぷくりとあざとく頬を膨らませて、納得の行かない目を向けてくる姫織。

 すると、姫織の視線が俺の手元へと移る。


「先輩、勉強してたんですか?」


 俺も自分の手元へ視線を移す。


「あぁ……まあ、今からやっておいて損はないからな」

「やっぱり受験勉強って大変なんですね……はぁ、来年やだなぁ……」


 そんな愚痴をこぼしながら、姫織は再び机にす。


「まあ姫織はまだ一年あるんだから、しっかり残りの学校生活を思う存分楽しめばいい」

「そうは言っても、うち勉強苦手なので、単位落としそうな科目いっぱいあって。そもそも進級が危ういです」

「えっ……そうだったの?」


 姫織はPC周りの環境設定や専門知識にも長けているので、てっきり勉強も数学や理系科目は出来るものだとばかり思っていた。


「はい……理数系は出来るんですけど、文系科目が壊滅的でして……」

「なるほどなぁ……まあ文系科目は暗記が得意じゃないと厳しいからな」

「そうなんですよ。だから先輩も、私と一緒に留年して、この根城ねじろで一生ゲームしましょ!」

「バカ言え。流石にそれは出来ねぇよ」

「どうしてですか? もしかして先輩、将来の夢とか大層なものをお持ちで?」

「べ、別に夢は持ってないけど……留年する必要性を感じないからな」


 すると、姫織は座っていた椅子を転がして、俺のそばまで近寄ってくると、潤んだ瞳で見上げてきた。


「先輩……私のために留年してください」

「なんつう低レベルな告白なんだ……」


 思わず、姫織のプライドのなさにあきれてしまう。


「いいか。悪いけど俺は姫織のために留年する気もねぇし普通に進学して大学へ行く。まあ部活引退するまではゲーム一緒に付き合ってやるから、来年度の新入生で仲間を集めろ」

「はぁ……なら仕方ないです。今はそれで勘弁してあげます。だから、今日のランクマ付き合ってください」

「だからなんでお前はちょっと上から目線が入ってるんだよ……」


 まあ、後輩にゲーム誘われたら、やってあげちゃうんだけどさ。

 こうして、二人仲良くアぺのランクマをやろうとしたところで、ドンドンと視聴覚室の扉がノックされる。


「……はい」

「失礼するわね」


 視聴覚室へ入ってきたのは、紗季先生だった。

 そして、紗季先生は少し困ったような顔をしている。


「紗季先生。どうしたんですか?」

「須賀君、ちょっと一緒に来てくれるかしら? 教頭先生からお話があるそうよ」


 紗季先生の表情や口調からして、教頭先生からの呼び出しは、いいものではないとすぐに察することが出来た。

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