第35話 覚悟を決めているクラスメイト
部活動を終えて向かったのは、高校の最寄り駅近くにある大学受験向けの学習塾。
個別のスペースの隔たれた学習机へと座り、モニターをタップして今日の講義を受講する。
『勉強はいつやればいいと思います? 今っしょ!』
そんな講師のありがたいお言葉を聞きながら90分の講義を終えて、俺は腕を大きく上げて伸びをする。
ふと周りを窺うと、俺が講義を受ける前より多くの学生たちが学習机に向き合いながら真剣な様子で授業をそれぞれが受けている。
他の人の邪魔をしないように俺は席を立ち、トイレを済ませてから入り口付近の飲食スペースへと立ち寄って飲み物を買うことにした。
すると、飲食が出来る休憩スぺースの机に、知っている顔が座っていた。
「おっ、須賀じゃん。ちぃーっす」
「……うす」
クラスメイトの木下夢香は、いつものように金髪の髪を揺らしながら、今は休憩中なのかエナジーゼリーを飲んでいた。
俺も休憩スペースに設置されている自動販売機で缶コーヒーを購入し、木下さんの向かい側に腰掛ける。
「須賀もここの予備校
「俺は先週から」
「あっ、じゃあ最近入ったばかりか」
「そうそう」
「まっ、修学旅行明けから受験勉強に向けて入る人多いらしいからねー。ちな、アーシは夏休みから通ってる」
「へぇー。結構早くから通ってんだ」
そんな他愛のない話をしながら、俺は購入した缶コーヒーのプルタブを開けて、ちびちびとコーヒーを啜る。
「須賀はさ、もう志望大学とか決めてる感じ?」
俺がコーヒーをちびちび
「いや、特には決めてないけど、一応国立じゃなくて私立大学に進む予定。木下さんは?」
「あーしはスポーツ科学部。大学でも部活続けたいから」
当然のように胸を張って白い歯を見せて言い切る木下さん。
「へぇーなんか意外かも」
「はっ、何がだし?」
俺が正直な感想を述べると、木下さんは心外だと言うように眉根を顰めた。
不機嫌そうな顔を浮かべる木下さんに対して、俺は慌てて取り繕う。
「いやっ、木下さんってそんなにテニスに情熱もって取り組んでたんだなって思って」
「あぁそういうこと。まっ、……アーシの場合見た目とか口調で良く遊び感覚でやってんじゃないのって言われるけど、本気でテニスやってるよ」
その目は、疑うことなく真剣そのもの。
「そっか……偉いな」
「なっ、なんだし。急に褒められても気色悪いんだけど……」
そう言って訝しむような目を向けてくる木下さん。
けれど、俺は本当に木下さんを尊敬していた。
なぜなら、俺には将来の目標なんて全く無くて、ただ漠然とやってくる毎日を懸命に生きているだけなのだから。
「まっ、あーしの場合、実力はそこそこある方だけど校内での素行があんまり良くないっしょ? だから、三浦と違ってスポーツ推薦とか来ても学校側が容認してくれないわけ」
「なるほどな」
俺が聞いてもないことを語ってくる木下さん。
まあ木下さんの生活態度は、同じクラスで過ごしていたら大体わかる。
授業中は寝てばかりだし、改善する気もない。先生には反抗的で、校則も度外視。
けど、それは彼女にとって、それが素の自分であると主張しているのだ。
彼女なりの個性であり、それがアイデンティティであると。
だからこそ、彼女の強い意志は、受験においては強みとなる。
「まあでも、木下さんなら大丈夫でしょ。絶対に大学受験も上手く行くって」
「はぁ? 何その根拠のない言葉。全然嬉しくないんだけど」
「だって木下さん、覚悟が他の人と全然違うし。絶対テニスで努力して、大学で花咲かせてやろうっていう気迫が伝わってくるから」
「なっ……」
俺に指摘されたのが恥ずかしかったのか、木下さんは頬を染める。
「うっせぇな。何にも決まってないあんたに言われても、全然嬉しくねーし! もういい、戻るし」
ぶつぶつと文句を垂らしながら、エナジーゼリーを飲みほしてゴミ箱へ捨てると、そのまま逃げるようにして学習机へと戻って行ってしまった。
見た目や態度とは裏腹に、案外木下さんは素直でいい人なのかもしれない。
クラスメイトの新たな一面を垣間見た瞬間だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。