第三章 SNS主犯編

第33話 海斗の推測

 振替休日を終えて迎えた登校日。

 いつもの時間に起きて、電車に乗って学校へ向かう。

 俺、須賀海斗すがかいとには、修学旅行という一大イベントを終え、変わらぬ日常が戻ってきた。

 登校時間五分前に教室へ到着すると、教室内は多少まだ修学旅行の微熱が残っているのか、浮かれた雰囲気がただよっている。


「おっす京谷。おはよう」

「おう海斗。おはよ」


 俺の席には、いつも変わらぬ爽やかな笑顔で挨拶を交わしてくるクラスメイトの三浦京谷みうらきょうやの姿があった。



「おい、そこ俺の席なんだからどいてくれよ」

「えぇ……海斗代わりに俺の席座っといて」

「いや、意味わかんないから」


 そんな他愛のない話をしていると、登校時間を知らせるチャイムが鳴り、教室前のドアから担任である大津紗季先生が入室してきた。

「じゃあな」と京谷はすっと俺の席から立ち上がり、素直に自席へと戻っていく。

 入れ替わりで俺は荷物を降ろして自席へ着くと、日直の号令がかかり、全員席から立ち上がる。

「礼」っと号令をかけて、先生へ頭を下げて挨拶を交わす。

 全員が着席したところで、紗季先生はいきなりバンっと突然教壇の机を強めに叩き、怖い顔を向けてきた。


「さっ、気持ちを切り替えなさい! 修学旅行で浮かれてないの。これから受験期に突入するのよ。授業もテスト形式の演習問題が増えていくから、覚悟しておきなさい」


 その突き放すような一言で、浮かれていた連中含めてクラス中全員が現実へと引き戻された。

 これで学年行事は、来年度の体育祭までこれといったものはなく、皆部活動最後の大会に向けて励むか、大学受験へ向けた勉強を本格的に始めることになる。

 俺も例外ではなく、放課後は週三回のペースで予備校へと通い、本格的に受験モードへ頭を切り替えなければならない。

 とまあ、ホームルームでは紗季先生にかつを入れられ、一瞬は身が引き締まったものの、一年先のことでまだ実感身が湧かないのか、紗季先生が教室から出ていくと、教室内の張り詰めていた空気は一気に弛緩し、いつもの和やかな雰囲気へと戻っていった。

 そんな中、俺はクラスメイト達の声に耳を傾けてみる。

「はぁ……受験だりぃ」

「なっ、俺も来月から予備校通いだけど、正直部活もあるし、しばらくは身が入りそうにねぇわ」

「ってか、勉強一日十時間とか、できる気がしねぇ」

「わかるわー! 俺絶対に無理」

「こういう時に彼女とかいたら、放課後一緒に勉強会とかしたりして、お互い切磋琢磨して頑張れるのになー」

「それなー」

「ってか、それで思い出したけど見たあの写真?」

「あぁ、見た見た。やっぱ修学旅行中もデート気分で浮かれてたんだな」

「担任が修学旅行であれだけ肩入れしてちゃ、こっちも『勉強に気合入れなさい』って言われても身が入らないよな……」

「わかるわー」

「須賀の奴は、先生に直接勉強指導してもらうんだろうし、受験期も楽でいいよなぁー」

 

 そこで会話は途切れ、後方からさるような視線を感じた。

 後ろの集団だけではなく、教室前方の複数のグループから、先ほどからちらちらと鋭い視線を受けている。

 あぁ……あの時と一緒だ。

 最初にSNSが噂で流れたとき、教室中の皆が俺を見てそわそわしていたあの感じ。

 なんだか懐かしく感じてしまう。

 結局、修学旅行で噂は消えるどころかむしろ再熱さいねつしてしまい、教室内では俺と紗季先生の関係性は確固たるものとして認識されてしまったらしい

 けれど、前回と違って、今回俺には心強い理解者がいる。

 俺が窓際の席へ視線を向けると、彼女は長い髪をかき分けてからちらりと俺の方を見つめてきて、にこりと微笑んで腰のあたりで軽く手を振ってきてくれた。

 田浦愛優たうらあゆちゃん、クラスメイトにして俺が今絶賛恋心中の女の子。

 あぁ、一番信じてほしい人に信用してもらえるだけで、これだけ心の持ちようが違うなんて。

 周りの視線がちっぽけなものに思えてきてしまうから不思議だ。

 俺は席を立ち、堂々と田浦さんの元へと向かっていき声をかける。


「おはよう田浦さん」

「おはよう須賀君」


 二人があいさつを交わすと、その隣にいた金髪の少女にも声をかけられる。


「ちぃっす須賀。元気?」

「おはよう木下さん。うん、おかげさまでね」


 田浦さんの机にお尻を下ろし、その長い足を組んで座っていたのは、クラスメイトで田浦さんの友人である木下夢香きのしたゆめか


「んじゃ、あーしはちょいおいとましてっから、お二人さんで仲良くね」


 そう言い残して木下さんはパッと田浦さんの机から立ち上がると、振り返ることなく自席へと戻っていった。

 その様子を見て、俺は思わず田浦さんへ小声で話しかけてしまう。


「木下さんどうかしたの?」

「あはは……実は、昨日連絡が来て、SNSの噂のこと問い詰められたから、事実じゃないってこと私から言っちゃったんだよね……ごめんね」

「いや、別に謝らなくていいよ。まあ、知っている人が多ければこっちも気が楽だし」


 つまり木下さんは今回に関しては、SNSの噂がデマであると知っているということか。

 なのでまあ、俺と田浦さんに気を使ってくれたのだろう。


「それで、朝からどうしたの?」

「あぁ、実はこの前話したじゃんか。俺の予想について……」



 それは修学旅行の帰り道、偶然紗季先生と遭遇して、事情を説明し終えた後のカフェでの出来事。

 俺は田浦さんへ、とある予想を伝えていたのだ。


「もしかしたら、京谷が主犯の可能性が高いのではないか」と。

「どうしてそう思ったの?」


 疑問を投げかけてくる田浦さんに、俺は持論を述べた。


「もしかしたら沖縄の班決めの時、京谷があえて二班合同で班を移動させようとしたことに、何か意味があったんじゃないかって思うんだ」


 それは、男女のペアをくじ引きで決めた日のこと。

 京谷はなぜか俺と田浦さんを同じペアにしようとしてくれた。

 最初は俺の好意を知ってくれていることからの配慮だと思っていたのだが、もし何か違う意図があったのだとしたら、あそこでわざとらしく大声で発言したことにも、何か意味があったのではないかと考えたのだ。


「とにかく、俺は悟られないようにしばらく京谷の動向を調べるから、田浦さんも遠くから見てて何か気付いたことがあったら教えてくれないか?」

「うん、わかった」


 と一つの推論を立てたわけだが……。




「俺が登校する前、京谷に何か変わった動向がなかったか教えてほしくて」

「別に、特にいつもと変わった様子はなかったけど……」

「そっか、分かったありがとう、引き続き時々気にかけてくれると嬉しい」

「うん、わかった」


 二人は頷き合い、当のターゲットの方へと視線を向ける。

 次の授業の準備を終えて、自席で盛大にあくびをしていた。

 見ている感じ、黒幕感はまるでない。

 果たして、京谷が本当にSNSの主犯者なのか。

 尻尾を掴むまでの持久戦が始まろうとしていた。

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