第32話 話し合い
向かったのは、駅前の商業施設の中に入っていたチェーン系列のカフェ。
三人は四人掛けのテーブルへと腰かける。
俺と田浦さんが隣同士で座り、向かい側には紗季姉が田浦さんから渡されたスマートフォンを見て眉間にしわを寄せていた。
紗季姉に見せていたのは、例のSNSで投稿された写真とコメント。
スマートフォンを田浦さんへ返すと、紗季姉はアイスティーをストローで一口飲みこんでから、はぁっとため息を吐いてしまう。
「全くもう、せっかく修学旅行でほとぼりが冷めると思ったのに何なのよ一体」
紗季姉は心底うんざりした様子で頬杖をついて遠い目をする。
「俺と紗季姉が修学旅行の時、たまたま二人きりになった瞬間を意図的に狙って撮られてる。これは、計画的に仕組まれた罠なんだよ」
「でも、一体これを誰が得してやってるっていうの?」
「そこまでは俺もわからないよ。でも一つ言えるのは、この主犯格は間違いなく俺と紗季姉をあたかも付き合っているとでっち上げようとしてるってこと」
もしかしたら今だって、田浦さんが隣にいるけど、二人で一緒にいるような写真を盗撮されたっておかしくないのだ。
「なので、今須賀君と大津先生を二人きりにすれば、相手側の思うつぼなんです」
「なるほどねぇ……だから私と海斗が二人きりで帰ろうとしたところを呼び止めたってわけね」
コクリと頷く田浦さん。
紗季姉は面倒臭そうな表情のまま机についていた肘を離して、背筋を伸ばしたかと思えば、次の瞬間、とんでもないことを口にする。
「なら、もう私と海斗が本当に付き合っちゃえばいいんじゃない?」
「……はっ⁉」
余りに衝撃的な発言に、唖然としてしまう。
「そ、それは絶対にダメですよ大津先生!」
俺の代わりに、田浦さんが必死に紗季姉の案を否定する。
「あらどうしてかしら? 別に私と海斗が本当に付き合っちゃえば、噂ではなく真実になるわけだし、堂々としていればいいことでしょ?」
「でもそしたら……先生の立場が危うくなっちゃいますよ!
「なら、仕方ないから次の仕事を探すしかないわね」
そう言って、
「いやいやいや、全然よくないから! いくら紗季姉が良かったとしても、懲戒免職になってみろ。俺が全校生徒から後ろ指さされる羽目になるんだぞ⁉」
「なら、
「いやいや、紗季姉楽観的過ぎだろ! というかそもそも、そういうのはお互いに気持ちがある前提で話が進むもので……」
「えっ……海斗は私のこと好きじゃないの?」
紗季姉はまるで、俺が紗季姉を好きであることが当然というような表情で尋ねてくる。
その直球なまでの問いかけに、俺もさすがにたじろいでしまう。
「いやっ、そりゃ紗季姉は女性として素敵だと思うけど……俺には今……」
口ごもりながらも、ちらりと田浦さんの方を窺う。
すると、俺の方を見ていた田浦さんと目が合った。
お互いに何とも言えない気まずさがあり、すぐに視線を逸らしてしまう。
その様子を対面側から見ていた紗季姉がじっとっとした目で見つめてくる。
「何かしら……その反応は? もしかして海斗、実は今好きな人がいるとかいうんじゃないでしょうね?」
「なっ……いたら悪いかよ?」
「なるほどね……つまり、その好きな子がいるから、私と安易に付き合うなんてことはできない、そう言いたいのね」
「あぁ、そうだよ」
「そう……」
俺が
「まあそういうことだから、紗季姉の案はなしってことで、しばらくはまた二人で接触するのを避ける方向性で行こう」
「そうね、それしか無さそうね」
ようやく現状維持という結論が出たところで、氷をかみ砕いで飲み込んだ紗季姉がにやりとした笑みを浮かべた。
「それで? 海斗、あんたの好きな人っていったい誰なのかしら?」
「なっ……べ、別に紗季姉にわざわざ言う必要ないだろ!」
「そう……残念だわ。田浦さんも気になるわよね?」
そう言って、紗季姉は田浦さんへ同調するように視線を送る。
突然話を振られた田浦さんは、肩をピクっとはねさせて、一瞬俺の方をちらりと見てから、紗季姉の方へと顔を向けた。
「わ、私はそういうの、あんまり興味ないので……」
語尾になっていくにつれて、田浦さんの声はどんどんと小さくなっていく。
「ふぅーんそっか。つまんないのー」
田浦さんの反応をどうとらえたかは知らないが、興味を失った紗季姉は、おもむろに席から立ち上がった。
「どこ行くの?」
「先に帰るのよ。できるだけ接触を避けるんでしょ? まっ、私の方でもこの件に関しては個人的に調べてみるから、海斗の方でも調べてみて頂戴。分かり次第連絡するわ」
「おう、分かった」
そして紗季姉は、自身のキャリーケースを引いて店内を後にして、駅の改札口へと向かって行ってしまった。
取り残された俺と田浦さんは、お互い顔を見合わせる。
「ごめんね、なんか面倒事に巻き込むことになっちゃって」
「ううん、平気だよ。むしろいつでも私を頼ってくれていいんだよ?」
「そう言ってくれてありがとう。感謝してるよ」
「でも一体、だれがどういう目的でこんなことする必要があるんだろうね」
田浦さんが顎に手を当てて悩み顔を浮かべる。
「それなんだけど……俺に一つ思い当たる節があるんだ」
そう言って、俺は田浦さんへ一つの可能性の話を始めた。
しかし、これが大きな闇へと片足を踏み入れているなど、二人は全く思っていないのである。
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