第31話 帰り際のバッティング

 ガタガタガタッ……!

 小刻みにれる振動と、急激にかかる空気圧くうきあつのブレーキによって、俺はようやく目を覚ました。

 丁度同じタイミングで目を覚ました人達も多かったようで、何が起こったんだと辺りをキョロキョロと見渡している。

 窓際を同じ高さに東京国際空港羽田の夜景が綺麗にライトアップされていた。

 どうやら飛行機が丁度滑走路へと着陸したところらしい。

 そこで、同じく目を覚ました田浦さんと目が合う。


「お、おはよう、よく眠れた?」

「う、うん……」


 ちょっぴり恥ずかしかったらしく、俯きがちに頷く田浦さん。


「俺もぐっすりだった。離陸してすぐに寝ちゃったみたいなんだけど、気づいたら着陸してた」

「私も……なんなら離陸した時の記憶もちょっと曖昧かも」

「あははっ……田浦さん相当疲れてたんだね」

「そうみたい。自分では自覚ないんだけど」


 そんな会話をしていると、飛行機は滑走路を外れて、乗客を降ろすため駐機場へと向かう。

 しばらくして、飛行機が完全に動きを止め、シートベルト着用のランプが消えて、乗客たちが一斉に席を立つ。

 荷物棚からそれぞれ荷物を取り出して、飛行機の扉へ向かう列を作る生徒達。

 少し経つと、扉が開いたというアナウンスが流れ、列が動き出す。

 その流れに乗って、飛行機を後にして到着口へと歩いて行く。

 ちなみに、この後は集合することなく各自解散。

 帰路に着き、振替休日を挟んでから学校へ登校という流れになっている。


「京谷は電車?」

「あぁ、海斗は?」

「俺はここからバス」

「おっけ、それじゃあまた学校でな」

「おう、お疲れさん」


 京谷とはここでお別れ。

 京急線けいきゅうせんの改札口へと向かう京谷を見送ってから、俺は田浦さんの方へ向き直る。


「お疲れ夢香。また学校でね」

「お疲れさん愛優。須賀にちゃんと送ってもらうんだぞー」


 そう言いながら、木下さんは俺の方をにやりと見てくる。


「わ、分かってるって!」

「ならよしっ! そんじゃあね二人共。お疲れさん」

「またね」


 どうやら木下さんも電車で帰るらしい。

 そのままキャリーケースを引いて駅の方へと向かって行ってしまう。

 取り残された俺と田浦さんは、ちらりと視線を合わせる。


「田浦さんはバス?」

「うん、須賀君と同じ行き先のバスだよ」

「じゃあ、乗り場に向かおうか」

「うん」


 そうして、俺たちは空港のバスターミナルへと向かい、目的地へと向かうバスが到着するまで、バス停の前で並んで待つ。

 10分ほどして、目的地へと向かうバスが到着する。

 俺と田浦さんは荷物を荷台へと預けて乗り込んだ。

 バスは第二・第三ターミナルを経由して、首都高速へと入り、俺と田浦さんがうたた寝している間に、目的地の駅前のバスターミナルへあっという間に到着した。

 バスを降り、電車の改札口まで来たところで、俺は足を止めて田浦さんの方へと振り返る。


「それじゃあ、お疲れ様田浦さん。今日は色々とありがとうね」

「ううん、こちらこそ色々とありがとう。おかげで楽しい修学旅行になったよ」


 お互いに感謝の気持ちを述べて、しばしの沈黙。

 なんか……どちらからともはなれがたい謎の空気感くうきかんが二人をつつむ。

 これ、もしかしてワンチャンここで告白できたりする?

 京谷と木下さんはいないし、今は紗季先生のことも考えなくていい。

 それに、今回のSNSの件、田浦さんは嘘だと知っている状況。

 もしかしなくても、絶好のチャンスなのではないかと思ってしまう。


「……須賀君、どうしたの?」


 首をちょこんと傾げる田浦さん。

 俺はふぅっと息を吐いて、口元を震わせる。

 そして勇気を振り絞り、俺が口を開こうとしたところで――


「はーい。二人ともお疲れさーん!」


 突然横槍が入り、二人が声の方を向くと、そこに居たのは最も恐れていた人物。


「あらっ……どうしたの? そんなに私をまじまじと見つめて?」

 

 空気の読めない女、大津紗季先生。

 彼女が現れたのは偶然か、それとも必然か?

 どちらにせよ、ここは取りつくろうのが無難だろう。


「いやっ……ちょっと修学旅行の思い出に浸ってただけだよ。そうだよね、田浦さん!」

「う、うん! そうなんです先生」


 俺の言い訳に田浦さんものってくれる。


「あらそう……まあ、一生に一度の思い出だものね。終わった後っていうのは、名残惜しさが湧き上がってきて、帰るのが惜しくなるわよね」


 紗季先生も昔を思い出しているのか、感慨深そうに頷いて同調してくれる。

 すると、ぱっと顔を上げた紗季先生は、ようやく二泊三日の生徒たちの指導が終わったことで、晴れやかな笑顔を浮かべた。


「ってことで海斗。この修学旅行で生徒の監視をずっとしなきゃならなかった私を労わりなさい! 家に帰ったらマッサージして頂戴」

「誰がするかよ!」

「えぇー! だって最近全然海斗の家行けてないんだもん! 修学旅行終わりくらい私にも羽目を外させてよー!」

「だぁー! ダメだって。まだほとぼりは冷めてないんだから!」


 なんなら、昨日のせいで噂が再熱しちゃったんだよ!

 どうやら紗季先生はSNSのことは何も知らない様子。

 っということは、この噂は誰がどういう目的でやっているんだ?

 より謎が深まる中、俺と紗季姉のやり取りを見て、呆然と立ち尽くす田浦さんがポツンと立っていた。


「えっ……え⁉ 須賀君、これはどういうことなの⁉」


 あっ……そっか。

 そう言えば俺、田浦さんに紗季姉との関係を説明したことなかったな……。


「実はその……俺と紗季姉、昔からご近所付き合いがあって知り合いなんだよ」

「そうなの! でも学校では顔見知りだって事秘密にしてるから、他の人には内緒ね」


 そう言ってお茶目にウィンクをしながら、人差し指を唇に当ててお口チャックのポーズを取る紗季姉。


「つまり、須賀君と大津先生は幼馴染ってことですか⁉」

「まあ、一応はそうなるのかな?」


 年がだいぶ離れているので、幼馴染という感じはあまりしないけど。

 信じられないと言った様子で交互の顔を見渡す田浦さん。

 そりゃ、次々と新事実が出てきたんだから当然の反応だよね。


「ってことで海斗! 今日は海斗の家で修学旅行の打ち上げするわよ!」

「えっ? あっ、ちょっと待って!」


 強引に腕を掴まれ、俺は紗季姉にそのまま改札口へ引っ張られていく。


「ちょっと待ってください!」


 その時、威勢のいい声で呼び止めてくれたのは田浦さんだった。

 田浦さんはじっとりとした目で紗季先生を睨みつけている。

 それはまるで、敵意や憎悪にも似た目つきだった。


「今二人を一緒にいさせるわけにはいきません! 私も打ち上げに参加させていただきます!」

「えぇ⁉」


 まさかの田浦さん参戦⁉

 俺は目を丸くして驚いていると、紗季姉はあからさまに嫌な顔をする。


「何言ってるの田浦さん。ここからは私と海斗のプライベートよ。別に私達が二人きりになろうが人の勝手でしょ」

「いえっ、そうもいかない事情があります」


 真剣な口調で田浦さんは紗季先生を見据える。

 紗季先生は分からないと言った様子で、眉間に皺を寄せて首を傾げていた。

 収拾がつかないと感じたので、俺は一つため息を吐いてから、紗季姉に告げる。


「家に帰る前に、一旦どこか落ち着ける場所で話そうか」

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